2話 ハンターギルド
「そもそもハンターってなに?」
最初に二人から出た疑問はそれだった。
「ハンターは、魔物退治をして生計を立てている人たちよ。ランクによってできること、行ける場所が違ってね。上に行けば行くほどできる幅は広がっていくわ。ただ実力があるのに下の場所で荒稼ぎするのは御法度だから、その辺は気をつけないと行けないの」
「つまり、強い人は強いところで稼げと」
「そゆこと」
もちろん実力があれば低ランク向けのスポットは楽だろうが、そんなことをされたらそこが適正の人たちの分がなくなってしまう。
魔物が蔓延る危険な時代ならいざ知らず、鉱石の産出や一部魔物の発生さえ管理されている現代において、必要以上の狩猟は禁止されている。
「もちろん上質な素材とかを持ち込めばそれだけのお金がもらえるんだから、そりゃあ上を目指して一攫千金!ってのがわかりやすくていい目標よね」
「上質な素材、って例えばどんなの?」
「んー、本当にわかりやすいのは竜の鱗とか、天使の羽とか、悪魔の爪とか。まあそんなのはS級が頑張って取ってくるような素材だけどね」
「魔導神の髪の毛!」
「え、確かに神の一部は貴重だけど……人間に加工できるかしら」
そもそも並大抵のことでは傷つかないなんて性質を持っているのだ。
装甲に纏わせることはできても、それを加工して鎧にするなどは不可能だろう。
「痛そう、なのは別にいいけど、やめておいてね?」
「ん、わかった」
神の素材が流通したらどうなることかわからない。
魔導神が狙われる分にはどうだっていいが、それでティエナが狙われてはいけない。むしろ見た目は子供でしかない分人質に、なんて考えられそうなので、絶対にやめてもらいたいところ。
「さ、ここよ」
「木造なんだな」
「伝統、ってやつらしいわ。一応ここ、本部だし」
運営本部は裏にある高層ビルなのだが、仕事の斡旋や依頼の受注を行う受付だけは形を残しているらしい。
もう何度も壊れては修復されていると有名な木のドアを開けて、三人はギルドに入る。
その瞬間に険しい視線を向けられる、とか品定めされるようなかつての風習はない。
服装も基本私服で、まずわかりやすい武器を携行しているようなこともない。
現代のハンターは、どこまでも普通の人間と変わらないのだ。
三人は入り口で番号札を受け取って、横長の待合席に並んで座る。
「ちょっと時間かかりそうだし、試験について説明しておくわね」
「「試験?」」
「そ。やっぱり命かかってる仕事だからさ、そんな二つ返事でハンターにするわけにもいかないのよ」
試験は二つある。
一つは筆記。知識と常識を問う試験。とはいえ小学校卒業レベルなので、あまりこちらは問題視されない。
「「……小学校、卒業……?」」
「あ、や、ま、まあ大丈夫よ。二人とも四則演算くらいはできるでしょ?」
「足し算引き算掛け算割り算?」
「そうそう」
「「多分できる」」
それくらいの教養ならある。
リベルの知識は多少おかしな部分もあるが、まあ生きていく上で問題はない。
そして二つ目の試験は、
「実技よ」
「なんの?」
「戦闘の」
試験官となる人がいて、その人と模擬戦をする。
勝つ必要はないが、あまりに弱い場合は失格となる。
むしろ毎日が命がけのハンターになるのだから、筆記よりも実技が優先される。
それはもう、筆記が全て空欄だったとしても勝てば合格できるほどに。
「だから二人とも、最悪勝てば合格するわ」
「俺でも勝てる?」
「極天の剣は影響ないでしょ。剣の扱い自体は本物だし、いけるいける」
リベルの剣は、実戦用に調整された剣と言っても過言ではない。
変な伝統とか家柄とかを踏襲して、無駄に自信だけつけちゃったような剣士なんかよりは、よっぽど強いはずだ。
「わたしはよゆー。早くS級なって、ねえさまに並ぶ」
「油断してると足元掬われるぞ」
「む。子供相手に本気は出せない。その隙に付け入る」
「言ってることがやべえ」
確かにティエナ相手に本気を出せる大人なんて少ないだろうが、それを織り込んでしまうのは少し危険な気がする。
「あんまり油断しちゃダメよ。いくら体が硬かろうと、痛いものは痛いんだから」
「……気をつけます」
念の為に釘を刺しておけば、ティエナだって勝手なことはしない。
リナの言うことは基本的に聞くのだから。
「お、私らの番ね。行くわよ」
電子掲示板の番号が切り替わったのを見て、リナは席を立つ。
二人がついてきているのを確認しながら受付に向かえば、スタッフがにこやかな笑みを投げてくる。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょう」
「この二人のハンター登録をしたいんだけど」
途端、にこやかな笑みが凍りつく。
少し聞いていた人たちも、驚きというか引いたような表情をしていた。
一瞬なぜ?と思考に空白が生まれたが、ティエナの見た目を考えれば理由はすぐにわかる。
「見た目で判断しないであげて。この子はそこまで弱くもないわ」
「そ、そうですか。では身分証の提示をお願いします」
「……身分証?」
「はい。登録には身分証も必要となります」
まさかお持ちでない……?なんてさらに疑いの目を向けられるが、二人の身分証なんてリナは持ってない。
後ろの二人も、身分証?知らない……。なんて首を傾げているので、本人に頼ることもできない。
「……ええと、ギルド長と話をさせてもらえるかしら」
すっとリナが取り出したのは、かつての栄光を示すS級のハンター証。
それはハンター相手なら絶対的な効力を持ち、対魔物におけるエキスパートであることを示す物。
スタッフも先ほどまでの疑惑に満ちた表情を消して、どこか恭しい態度でどこかに連絡を取っている。
リナのハンター証を見ていない人たちだけが、まだ怪訝な顔をしていた。
「れ、連絡、取れました!それではご案内いたしますね!」
「ええ、お願いするわ」
そのままギルドの裏へ案内されるので歩いていけば、後ろの二人は足止めされていた。
「すみません。たとえS級ハンターのお連れ様であっても、部外者は立ち入りを禁止されていますので……」
「「……」」
「大丈夫よ二人とも。別にこんなところに危険なんてないし、少し話をしてくるだけ。すぐ戻ってくるから、ここで待ってて?」
「「……わかった」」
どうしても不安そうな二人を置いて、リナはギルド職員でもない限り基本入ることのできない運営本部へ足を伸ばす。
さて置いていかれた二人はというと、無表情ながらもどこか悲しさを感じさせる顔で待合席に座っていた。
「また、置いてかれた……」
「これは仕方ないんだろ。人の世界には、色々ルールがあるみたいだし」
「めんどくさい……力で解決……」
「やめとけ」
こんな場所でティエナが暴れ出したら、止められるのはリベルくらいだろう。
ただ魔物退治専門の人たちと言うし、もしかしたら強い人がいるかもしれないが、そんなどこの誰かも知らない人に任せるわけにはいかない。
はぁ、とため息を吐いてリナの帰りを待つ二人に、声をかける人がいた。
「お前ら、ハンターになりたいのか?」
「「……」」
二人の表情には誰?と思いっきり書いてあったが、基本無口な二人が言葉にすることはない。
話しかけてきたのは男で、大体二十から三十歳くらいに見える。
二人の顔に苦笑いをしていたが、それについて言及することはなかった。
ティエナにどっちが答える?と目だけで訊けば、わたしは嫌、という答えが返ってきたので、リベルが適当に答えておく。
「俺はほぼ成り行きみたいなもんだけど、こいつが知り合いに言われて連れに並びたいんだと」
「こいつじゃない……!」
「下手に名前出すわけにいかないだろうが……っ!」
ティエナが変なところで噛みついてきたが、それは適当にいなしておく。
男はふむ、と何かを考えて、座っているティエナに目の高さを合わせる。
「お嬢ちゃん、本当にハンターになりたいのかい?」
「ん、リベル」
「伝わるわけないだろ」
「……ねえさま、ハンターの最高位。わたしも並んで、ねえさまの役に立ちたい」
「姉様、ってのはさっきの子か?あっちも随分若そうだったが、本当にS級なのか?」
多分この男は善意で訊ねている。
ただ、その選択は二人にとっては最悪と言えるだろう。
「「ねえさまを悪く言うなら許さない」」
「わ、悪い、別に疑ってるわけじゃないんだ。ただ君くらいの子供がハンターになるなんて、今時珍しいから、何かあったんじゃないかと思ってな」
「……何もない。そもそもあなたに関係はない」
「そ、そりゃごもっとも……」
やはり、男はティエナを心配していた。
歴史などは全く知らないが、過去に子供が巻き込まれるような何かがあったのかもしれない。
だがその騙されていそうな本人にこうも否定されてしまえば、それ以上強く言うことはできないだろう。
「ま、まあ何もなけりゃいいんだ。俺たちは新たな仲間を歓迎するぜ。ああいや、あんまり歓迎もできない職業だが、それでもやりたいってんなら拒むこともない」
「ハンターはそんなに危険なのか?」
「ああもちろんだ。何しろ相手にするのは言葉の通じない獣。しかもこっちは殺意を剥き出しにしてんのに、向こうには大人しく死んでくれなんてそりゃ無理な話だろ?」
「確かにな」
「だから、魔物も全力で殺しにくる。ハンターってのは毎日命をベットして賭けをしてるような奴らだ。稼ぎたけりゃ、力を磨くしかない」
命を秤に乗せる。それはもちろん、普通の人間にとってはとても危険な行為で、誰からも薦められないようなことだろう。
だがこの二人は少し違う。
傷がついてもすぐに治る人と、そもそも生半可な攻撃では傷さえつかない人。
命をベット、という表現は少し間違っている気がした。
「力なら、ある」
「そうか?まあS級ハンターの連れなら、そんだけのものもあるんだろうな。でも、あんま油断してっと、知らん間にころっとやれちまうかもしれないぞ?」
「……脅しのつもり?ならもっと強い言葉を使った方がいい。恐怖は、その程度で呼び起こされるものじゃない」
「……君、どんな生活を送っているんだい?」
これ以上は怪しまれる、というか既に怪しまれているが、ティエナに喋らせると色々厄介なことになりそうだ。
頭……は撫でられないので肩を叩いて喋りすぎだと伝えておく。
「普通と大して変わらない。ただ少し、戦いってものに慣れてるだけだ」
「そ、そうか?なら俺としちゃ言うことはないが……嫌だったら、誰かに言うんだぞ?ここにいる人たちはみんな味方だからな」
「よくもまあそ」
「ティエナ」
「む……」
ティエナはきっと強い。
リベルはあまり知らないが、ここにいる人全員と戦っても勝てるんだろう。
だけど、それでは馴染めない。
相手を見下してもいいのは、それを受け止めてくれる人の前でだけだ。
「そ、それじゃあ俺は仕事に行くから。ああそうそう俺はパーズって言う。よければ覚えておいてくれ」
「ん、できるだけ善処する」
「……よろしく頼む」
大人相手にこんな調子でいいのだろうか。
まあ怒らせることはなかったようなので、ここは良しとしておく。
「パーズ、念の為に言っておくと、俺たちは強い。そこらの魔物じゃ死なないくらいには」
「……そうか。できればその自信が、本物の強さから来るものだと思いたいな」
「疑うのは構わないが、見た目で判断するのはやめた方がいい。多分、俺はお前より強いぞ」
「……ほう?」
パーズから、鋭い視線が突き刺さる。
だが弱い。神なんて激情から放たれるオーラに慣れていれば。
「……なんて野郎だ。こっちは全力で殺気をぶつけてんだぞ」
「殺気?なのか。ふむ……まあ、わかっただろ。俺たちは、弱くない」
一瞬、人間ってこんなもんなのか?と言いかけたが、それはあまりに失礼だと思ったのでやめておいた。
「そうだな。疑って悪かった。一応これでも、A級まで上り詰めたんだけどな」
「A級……?」
「ティエナ」
「ぐぬぅ……」
ティエナが言いたいことはわかる。
S級の下のA級でこの程度なら、すぐになれるんじゃないか?ということだろう。
だが口にしていい言葉ではない。
「それじゃあ、今度こそ本当に俺はもう行くから。ちゃんと気をつけるんだぞ」
「心配しすぎだ」
「はは、悪い」
パーズが去ってから、リベルはティエナに釘を刺しておく。
「簡単になれるとか思わないように。あとあまり舐めた態度してると、いくら子供でも怒りを買うぞ」
「……なら知らない人には何も言わない。リベルが代わり」
「わかったよ」
ティエナも、根本的に人間は好きじゃないのだろう。
まあ本物の恐怖を植え付けられてしまえば、そう簡単に払拭することはできないのもわかる。
「ええと……リベルさん、ティエナさん、ハンター試験の準備が整いました。案内いたしますね」
「わかった」
リナが上手いことやってくれたのだろう。
さっきも見た受付のスタッフに連れられて、二人は別室へと向かった。
その後ろ姿を眺める人影には、気付かないまま。




