1話 人にとっての常識
月明かりどころか、人工の光さえ吸い込まれてしまうような闇の中。
その闇が寄り集まって歪な形を作り出す。
しかしそれは異形とは違い、また魔物とも毛色が違う。
人のようにも見えるが、確かに魔物の特徴を有していた。
それの名は魔王。
わかりやすく人類に恐怖を与える存在である。
むしろ神や悪魔など人間に興味を示さない、というか不干渉を貫かされている存在よりも、人間を脅かしているかもしれない。
だが、それは世界を裏から監視している者にとっては、野放しにしたところで問題がないと思っている、ということにもなる。
つまり、あまりにも弱い。
「おーおー、世界中どこでも発生の危険があるとは聞くが、まさかアタシのテリトリーに出るとはなぁ」
世界から与えられた仕事を終えて、久しぶりにホームに帰ってきた暗獄の悪魔が、生まれたての魔王を見て楽しそうに呟いていた。
そもそも、悪魔とは人間の悪意を好む。
本来魔物には興味がないのだが、魔王となれば話は違う。
「会話はできるか?」
「オ……あ……殺す……」
「なんだよ出来損ないかよつまんねえ」
ゾバン!と闇が弾け飛び、出来立ての魔王は消滅する。
闇を好む悪魔の王の、そのテリトリーの中に入ればどうなるか。
たとえ悪意を宿し人の言語を解する魔王だろうと、面白くなければ即死させられる。
これが暗獄の悪魔。
これが悪意と闇の王。
そう。本当はものすっごく強いのだ。
決してあんな風に、闇を剥がされて普通の少女みたいな反応をしていい存在ではないのだ!
「……ったく、人間の服を着たのなんていつぶりだっての。あいつほんとぶっ壊れてんだろ」
ルイナの力を削ぐには自分のホームだと思ったのだが、なんとこの力、帰ってきても落とせない。
顔だけ見えないなんて違和感強めの状態で外を歩きたくもないし、しばらくここに留まることになりそうだった。
「……まさかアタシを縛りつけるために?いや、そりゃついでだろうな。あいつの性格なら、まずアタシが嫌がることを優先するだろうし」
大体合っているのだが、ルイナの誤算は傷が癒えずに引きこもられてしまったことである。
何しろ、しばらく出てこないということは、おもちゃが一つ減ったということになるのだから。
そんなことを聞いたら暗獄はブチ切れて今すぐ飛び出していきそうなものだが、ルイナにとってそれは遊び道具でしかないので知らない方が幸せだろう。
「ま、時代じゃねえなんて言われたし、のんびり待ってみるとすっかね」
暗獄は心地の良い闇に身を浸す。
本当の、来るべき日に備えて。
「リベルくん。あなたにこの剣を授けます。私の剣となり腕となり、生涯を捧げ私を守ってください」
「ははあ。?」
よくわからない儀式の後、リベルはリナから極天の剣とやらをもらった。
白夜の剣と極夜の剣が融合したとのことだが、それにしては感じる力が弱い気がする。
ただ極夜の剣に関しては闇の神に吸われていたので、これくらいで普通なのかもしれない。
まあそれはいいとして。
「生涯を……」
「捧げる……」
「な、なによ。リベルならそれでもオッケーしてくれるでしょ」
「一応」
「い、一応?」
嫌?嫌だったの?なんてちょっと涙目でリベルに詰め寄るリナを見ながら、魔導神とティエナは遠い目をしていた。
その心の中は一つ。
あの人、また子供っぽくなったなあ、と。
「まあ、剣がどうのこうのなんていいけど、俺は最初からリナの一生を守るつもりだよ」
「……」
よしよし、と撫でられて、リナはその表情を緩くする。
ただここにはティエナも魔導神もいる、と思い出すと、慌ててその手を払いのけた。
「そ、それじゃあ、能力の説明するわね?」
「今更取り繕っても無駄ですわよー」
「ん。ねえさま、甘えたいならそうすればいい」
「〜〜〜〜〜っ、家でするっ!!」
「するんだ」
「しますのね」
「うっさい!」
最近は言うだけならその好意をあまり隠さなくなってきた。
リベルは、本当の恋の意味を知らないようだが。
能力の説明やら光と闇の魔法の使い方などを教えて、保護者枠の二人は、少し離れた場所でまた魔法の練習に励む二人を眺めていた。
「本当に強くなりましたわね」
「一日中寝てただけあるわよね」
「……それほとんど昏睡では?」
「私もちょっと焦った」
二体分の神核は重かったのか、リベルは日付が変わるまで起きなかった。
昨日の昼過ぎに闇の神を倒したことを考えると、実に十八時間ほど寝ていたことになる。
もう起きないんじゃないかなんて焦った時もあったが、呼吸は安定しているのと時々寝返りを打っていたために大丈夫だと判断した。
「それで、そろそろ次の場所へ行きますの?」
「うんまあ、そうね。もうちょっといたいけど」
「……あなた、まだ怖がってますの?」
「だって!絶対認めてくれないじゃん!嫌だよぉ……嫌われたくないよ……」
「……本当に、本音で話すようになりましたわね」
元々限界を超えていた不満や恐怖が、もう一度同じだけ許容できるわけもないのだ。
それにそもそも、根本的な問題解決に至っていない時点で、リナの中にある弱い部分は消え去らない。
「ですが、そうも言っていられないでしょう」
「そうよねえ。生命神のあの感じ、大海神のあの目。明らかに衝動に飲まれてるもんね」
「……わたくしはどちらも見ていませんが、闇の神と光の神が上級にまで上り詰めるなど、異常としか思えませんの」
「まあ、そうね」
光の神は準上級、闇の神は闇黒神の力を取り込んだとはいえ、完全に知性を宿した上級神。
下級神から繰り上がるにしても、少し度が過ぎている。
「ねーリベルー?」
「うん?どうした?」
「生命神とか大海神が暴れてそうな気配ってある?」
「……ここからじゃなんとも。ただその大陸全土に影響が出てたとしたら、ここでもわかるんじゃないかな」
「つまり今は平気ってことね?」
「まあ、確証はないけど」
「ん、おっけおっけ」
リベルが知覚するのでさえ大陸が一つ滅んでから、というのも少し怖いが、流石にまだ大丈夫だと思いたい。どちらも、一度は叩きのめしているのだし。
「特定能力、最初から使っているようですが、かなり便利で強力ですわよね」
「そうね。なきゃルイナかあんたに頼んでたんだろうし」
「あら、わたくしが本気を出せば大陸など飛び越えて見えますわよ」
「じゃあちょっと確認してよ。今生命神がどこにいて何してるか」
「い、いいですわよ?少々お待ちなさいな……」
小さな杖をその手に取り出し、虚空を彷徨わせる。
遥か遠方を覗いていた魔導神は、どこか呆れたように腕を下ろした。
「どうだった?」
「……森の木々に何やら語りかけていましたわ。彼女にとっては必要な行為だとしても、わたくしからするとお友達のいない可哀想な人にしか見えませんの」
「自分を見ているようで?」
無言で頭を叩かれた。
どうしてもぼっちだけは認めたくないらしい。
「はぁ、まあなんにせよまだ平気じゃありませんの?暴走は発作のようなものですが、兆候は見られませんの」
「よし。まだ隠せる」
「いずれ語るなら早いに越したことはないですの」
「……」
今度はこっちが後頭部を叩いてやった。
なんだか睨まれたが、そっちもやったのでお互い様だろう。
「まあ、時間を稼ぎたいのであれば、色々やってみればいいですの」
「色々って何よ」
「そうですわね。例えばティエナさんに人の暮らしを教えてあげたらどうでしょう。ほぼ全ての障害を排除できるだけの力もあることですし、ハンターになってみるのも、わたくしは面白いと思いますわよ」
「ハンターね……」
日夜危険な魔物と戦い、非力な民衆を守り支える存在。なんて言われていたのは昔のことで、今はただの害獣駆除とあまり変わらない。
そもそもメリー大陸は魔導神が、ソロー大陸はリナの分身やルイナ、また創造神などがそれぞれ街を守っている。
焦土と消滅は守る必要さえないので放置だが、人の街に魔物が発生すること、入り込むことは滅多にない。
それでもハンターが必要とされるのは、一歩でも街の外へ出た途端襲われる危険が跳ね上がるからである。
「ティエナちゃんなら、まあほとんど負けないだろうけど。でも悪魔とか出てきたらどうするの?」
「あちらは創造神とルイナの管轄ですの。襲われた人はついてなかったと諦めるしかありませんわ」
「……まあ今んとこ被害情報はないっぽいけどさ」
悪魔は存在自体が希少で、まずわかりやすく現れることはない。
そして表に出てきたならば、その瞬間に狩り殺される。
基本的に害悪でしかない悪魔には、それくらいの対応が必要なのだ。
「悪魔は置いとくとしてもさ、ハンターの中に混ざれるかしら?まだ子供だし、にしては強すぎるし」
「平気ですわよ。最近の子供達はなかなか強くなっていますの。魔法が身近になった分、幼少期から魔法を扱う子供が増えたみたいですわよ?」
「へえ、戦闘用じゃなくて常用魔法が影響してくんのね。面白い結果だわ」
昔はもっと戦闘一辺倒な魔法が多かった。
剣の形をしているだとか、炎の球を直接ぶつけるだとか、そのための研究がされ、詠唱が短くなったりいらなくなったりと様々な変化を起こしてきた。
それが今や空気を入れ替えるだとか、部屋全体を温めるだとか、不意についた汚れを落とすだとか、なんだか便利な魔法が増えてきている。
「時代の移ろいですわ。銃なんて扱いやすい武器や、それに対抗する魔法、また近接武器を強化する技術など、人の強さはどんどん多様化され洗練されていってますの。さらに魔法に取って代わろうと機械もますます便利になっていく世の中。人が取れる選択肢はいくらでもありますわ」
「うへえ、みんなで交代しながら暖を取ってたのが馬鹿みたいね」
「わたくしは貴族でしたので、暖炉などはありましたけれど」
「マウント取るのやめよ?今はもうどうでもいいけど、それでもムカつくもんはムカつくからさ」
「……謝りますのでそのグーをしまってくださいまし」
魔法があっても機械の需要が減らない理由は、どんなに便利でも知らなければ扱えず、また人の魔力は一日中使えるほど多くないからである。
だからこそ、外に出る時だけ魔法で温度調整をしたり、コーヒーをこぼしてしまった時に洗い流したりと、どうにもならないことをどうにかするために使われることが多い。
それでも火属性魔法がなければ冬の寒さは消せないし、水魔法がなければ洗うこともできないなど才能による得手不得手はどこまでも付き纏うのだが。
「それで、どうしますの?あなた一応、S級なんてハンターの最高ランクを持ってませんこと?」
「持ってる持ってる。本当にやばい相手から人を遠ざけるためにね」
「ならそのツテと言いますか、自分の弟子だとでも言い張れば強さはどうとでも説明できますの」
「うーんまあそっか。ティエナちゃんならその称号喜んで受け入れそうだし」
ねえさま大好きなティエナなら、リナの弟子になれることを喜びそうだ。
ただやはりずっといることはできないし、本当に教えているのは魔導神だしで問題は多い。
「あんた表でなさいよ」
「か、カツアゲですの!?」
「言い方悪いとは思ったけど、違うから。だから、あんたが預かってる子供って言えば一発でしょ。誰も文句はないわ」
「……神が誰かを贔屓するなど、本来あってはいけないことですわ。あなたはわたくしの影響力をあまり知らないようなので言っておきますが、ファッションショーに飛び入り参加を敢行して、わたくしが着た服を完売させるくらいのカリスマはありますのよ」
「絶対嘘だ」
「嘘じゃないですの!!」
信じ難いが、どうやら嘘じゃないらしい。
魔導神が一度だけ出たファッションショーの映像を見せてくれた。
確かに誰よりも人気は集めている、ように見える。
まあ、これが妄想じゃないことを祈るばかりだが。
「……そこまで疑われたらどうしようもないですの。試しに街を歩いてみてもいいですが、サインを求められて動けなくなるだけですの」
「流石にそれは自信過剰じゃない?」
「ち、違いますわ。魔導の神が本当に存在し、そんな神様が土地を守ってくれているという事実は、民にとってもそれだけの安心材料となりますの。ですから、自ずと人気も出るのですわ」
「ふーん。ま、今は信じといてあげる」
「……いつかあなたを群衆の檻に閉じ込めてあげますわ」
その言い方は、なんだか地獄を見てきた人の物に聞こえた。
「で?結局どうすんのよ。ハンターにするの?てか本人の意思次第でもあるし」
「それはそうですわね。少し聞いてみればいいですの」
「ティエナちゃーん。ハンターなりたい?」
「……ねえさまがなれって言うなら」
「おぉうリベルみたいなこと言うわね。別にやりたくないならそれでいいのよ?これも一つの道としてね、提示してみただけだから」
「ちなみにこの人S級ハンターですの」
「ちょお、魔導神」
「それ、どれくらいすごい?」
「ハンターで一番上ですわ」
「!! なる!ハンターなって、ねえさまに並ぶ!」
「え、そ、そんな?う、うんわかったわ。じゃあちょっと登録しに行きましょうか。ハンターとして活動するには、免許が必要だから」
リナがハンターの一番上にいることにどんな価値があるのだろうか。
自分ではわからないが、子供の心もある程度理解する魔導神は笑っていた。
「あんた、後で覚悟しときなさい」
「な、なんですの。帽子はもう取れませんわよ!」
「そこに価値ないから。とにかく覚えとけ」
適当に言い放って、リナはリベルにも声をかけてからギルドに向かう。
予想通りではあるが、リベルもついてくることになった。




