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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
一章 魔導国編
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1話 積み重ねた時間の違い

 この二日で何度もお世話になっている飛竜に乗って、二人は今、広大な海の上を飛んでいた。


「晴れ渡る空、降り注ぐ日差し、穏やかな海、そして立ち上る血潮!」

「いやなんでだよ」


 だが実際、突如として海面を割って突き上がったのは紛れもない血の赤色。

 穏やかとは言ったが、それは上から見た場合の話。

 海の中は地上よりも激しい生存競争が日夜繰り広げられているのである。


「これが人類が海洋進出できない理由ね。船で渡ろうとするともれなく餌になるから」

「……恐ろし」


 感情の薄そうなリベルでも戦慄するくらいには、常識からかけ離れた世界が広がっていた。

 まあこんな魔境が広がっているのは本当に水深の深い部分であり、人間が漁業をするには何も問題はない。ただ大陸間移動が不可能というだけで。


「でも別の大陸があることは知識としてみんな知ってるのよね。昔色々あったし」

「その色々がかなり不穏な気がするのは?」

「気のせいよ」


 海が駄目なら空を渡ればいいじゃない、という意見もあるだろうが、空は空で別の危険が待ち受けている。

 飛竜に乗っていれば基本的に安全だが、人間が自力──機械なども含めて──で飛ぼうとすると、たちまち撃滅される。


「ま、これも神のせいだからいつか話すわ」

「……なんか、本当に色々あるんだな」

「そ。色々、ね」


 世界とは、どうしようもなく制限が付き纏う。



 リベルは海を眺めるのに飽きてどこかをぼーっと見つめ、リナに関しては手綱を握ったままうとうと、というか半分寝ていた時、飛竜が何かを伝えるように鳴き声を上げる。


「……ん、見えてきたわ」

「お?」

「ほら、あの緑豊かに見えて実は安全地帯は大陸の真ん中くらいにしかないっていう、メリー大陸よ」

「……褒めてる気がしないのは?」

「褒めてないからじゃない?」


 自動化された漁船が停泊している港を越えて、一行はさらに大陸の中心へ。

 飛竜の速度はかなりのもので、すぐに人間の生活圏が見えてくる。

 現在時刻は夜の十時頃なので、大人しくしていれば竜が飛んでいようと気付かれることはない。


「お、着いた着いた。ここの真下」


 飛竜にそんな命令を出して、ゆっくりと下降する。

 着陸場所が広い庭で、どこか大きな一軒家の敷地だとわかったのは、完全に地に足をつけてからだった。


「さて、ここがこっちの大陸での私の家ね。鍵渡すから先入ってていいわよ」

「ん、ああ」


 飛竜を労っているリナを尻目に、リベルは渡された鍵で家に上がる。

 元いた場所よりも広いな、と思うと同時、しかしここは確かにリナの家だと直感で思った。

 なんとなく、この家具の配置はリナらしいと思ったのだ。


「玄関で突っ立ってないで、さっさと手洗ってきたら?」

「あ、ああ、悪い」


 リベルにとっては新しい環境でも、リナにとっては日常の一部分。

 なんの感慨もなく入っていくリナに押されて、リベルも家の中へ。


「なんか、何もかも違うのに、似たような感じだな」

「あらそう?まあ私が暮らしやすいようにしてるんだから、それも当たり前かもね」


 もうキッチンに立って夕食の準備を始めるくらいには、リナにとってはここも生活の拠点なのだろう。

 やっぱり手持ち無沙汰のリベルは、一応言われた通り手洗いうがいだけはして、家の中を探索し始める。


「……扉しかないな」


 一度廊下に出てみると、どこもかしこも全く同じ真っ白な扉が待っている。

 片っ端から開けてもいいが、それでリナに怒られたくはない。

 とりあえず見つけた階段で二階へ。


「……こっちもか」


 まあ一階が扉だらけなら二階も同じような構造になっている。

 さてどうしたものか、と思えば、背後の階段からリナが上ってきた。


「あんた、暇だとすぐどっか行く癖があるわよね」

「やることもないし」

「ん……じゃあ後で本でもなんでも置いとくから」


 まあそれはそれとして、とリナは近くの扉を無造作に開ける。


「ここ、あんたの部屋ね」

「わかった」

「他の部屋はまあ……入りたきゃ勝手にすればいいけど、何が出てきても自己責任でね?」

「え、何その不穏な感じ」

「ま、まあ、死ぬことはないわ。……多分」


 なんだか物凄く嫌な感じである。

 一体この家に何が眠っているのか。気にならないと言えば嘘になるが、このリナが若干気まずそうに目線を逸らす仕草は本当に何かありそうなので、リベルは入らない方向で心を決める。

 今リナがキッチンを離れていたのは料理の合間にできる待ち時間のようなものだったらしく、書斎の場所だけ教えるとすぐに階段を降りていった。


「……リナは本が好きなんだろうか」


 本棚の置かれ方が最早図書館のようになっている書斎で、リベルは力無く呟いた。

 読むスペースも机と椅子だけを置いたものだし、ここはどちらかと言えば保管の意味合いが強そうだ。


 図書館のような割には分類などがはっきり分かれているわけでもなく、専門的な学術書の隣には漫画が置いてあったりもする。

 小説も小説でフィクションもノンフィクションもごちゃ混ぜになっているし、もしかしたら一回読んだら満足するタイプなのかもしれない。


「全部覚えてるから?……でも本ってそんなもんじゃないだろうし」


 人の考えを測るのは難しい。

 とりあえず家の中だけでリナの性格を考えるのはやめにして、リベルは個人的に面白そうだと思ったものをいくつか見繕った。



「何読んでんの?」


 いつの間につけたのか淡い黄色のエプロンに菜箸なんて持っているリナが訊ねてくる。


「……ええと、なんて言うんだっけこういうの。ああ、伝記ってやつだ。魔法を構築した人の話」

「……つまんねえもの読んでるわね。それ魔導神の話だから、まあ弱点を知る上ではいいかもね」


 なんか荒い言葉が飛び出てきた気がするが、まあ気にしない。それにしてもまさか神の歴史が書かれていたとは。

 リベルは本の表紙を眺めながら、またキッチンに戻っていくリナに質問する。


「魔導神って、結局どんなやつなんだ?」

「……どんな答えがお望み?」

「いや、一通り読んでみた感じ神とは思えないって言うか、随分と人のために頑張ってるんだなって」

「……そいつはね、上級神の中でも珍しい、人間上がりの神様なのよ」

「人間上がり?」

「そ。成ったとかって言われる、人が物事の極致に辿り着いた姿。それの最後の方に載ってるけど、魔導神は魔法の深奥を覗き、神へと至る素質を手に入れたってね」


 実際は素質は最初から誰にでもあるんだけど、とリナは付け足す。

 リベルはパラパラとページをめくり、リナの言う場面を探す。


「あ、これか。『素質を手に入れた少女は世界に認められ、神として天上の世界へ招待された』」

「そうそう。まあ、それも結局は他人が書いた本だから全部が全部正しいわけじゃないんだけどさ」


 リナはスープの味見をしながら適当な調子で答える。


「私に言わせれば、天上の世界ってなんだよって感じなんだけど、人間はそういうの信じてるらしいわね」

「ないのか?」

「……ないとは言い切れないけど、少なくとも存在したなんて話は聞かないわ」


 世界の裏側に生きるリナでさえ、知らない世界。

 かつて神々と殴りあった先人がいるが、そいつも知らないと言っていた。

 言葉の全てを信じるわけではないが、天上の世界なんてある方が胡散臭いのだ。

 だからリナは、きっとないんだろうと思っている。


「あったら面白そうだな」

「まあね。でもあんた、そしたらそこでは厄介者よ?なんてったってせっかく成った神の力を否定されるんだから」

「ああ、そうか。俺は根本的に相容れないか」


 選ばれた者しか辿り着けない世界。そんなものを真っ向から否定しにかかる存在がいるとしたら、すぐにでも排除しにかかるだろう。

 そういう点も加味すれば、ない方の信憑性が格段に跳ね上がる。


「さ、できたわよ。今日はロールキャベツ。ついでにオニオンスープもあるわ。あ、味が似てるって文句は受け付けないから」


 元となったコンソメ味の話だろうか。

 まあリベルはそこまで気にするほどグルメでもない。

 リナの対面に座って手を合わせると、感想も何もなくひたすらかきこんでいく。


(な〜んか、この時間を求めてる節があるのよねぇ……)


 最初は無言の時間が辛くてテレビをつけたり会話を求めたりした。

 しかし何回もリベルの食事風景を見る度に、こんな時間も悪くない、もっともっと食べてほしいと思うようになってきた。


「……何も言わないのが、美味しい証って言うか」

「ん?」

「いやなんでも。おかわりあるわよ?」

「余るならもらう」

「ん、おっけおっけ」


 渡された皿に盛り付けながら思う。

 あぁ、きっと私は、誰かとの繋がりを求めていたんだ。



 ややあって、現在時刻は日付を跨いだ頃。

 思えば夜食の時間に夕食を摂っていたわけだが、リベルに気にした様子はないし、リナは『消化』しようと思えば一瞬で内容物は消える。

 そして風呂上がりのリナは、見覚えのある構図に出くわしていた。


「……眠れないの?」


 前にも言った覚えのある言葉を投げれば、窓の外を見ていたリベルが振り返る。


「前ほどじゃないけど、強い力を感じる。引き寄せられるほどではないが……これも神か?」


 今度はリベルの隣に立って窓の外を眺めてみる。

 ただまあ、やはりと言うべきか、リナには何もわからない。


「まあ、さっき言った魔導神がいるわよ。あいつは安定してるから殺す必要はないけど、私個人は嫌いなのよねぇ」

「なんかあったのか?」

「ん、随分昔ね。一回……いや二回か。殴りあって、どっちもボコボコにされた。それだけじゃないけど、私はあいつ苦手」


 リナの随分昔が一体何年前なのかはわからない。

 けれど掘り返そうとして掘り出せるほど浅い場所にはないと言うことは、リナの声音からよくわかる。


「ま、今あんたが切羽詰まってるって感じないならここに脅威はないわよ。本物の脅威ってのは、発生の予測すらつかないもんだし」

「……それはそれで嫌だな」

「んふ、私たちは日々それと戦ってるんだけどね」


 にこりと笑ったリナは、それが当たり前と思っているようだった。

 寝る前には窓閉めてねーと言って部屋へ向かうリナを見送って、リベルはもう一度だけ外へと目を向ける。


「……魔導神、か。元は人だと言うし、できれば戦いたくないな」


 リナは戦う必要はないと言っていたが、叛逆者と神が出会えばどうなるかはわからない。

 リベル本人の意思とは関係なく、あの闇が広がるかもしれない。

 それでなくても、魔導神がいきなり攻撃してくるかもしれない。

 可能性はいくらでもある。もちろん、戦わなくていい可能性も。


「……俺も寝るか」


 難しいことは考えない。

 リベルの目的はもう、はっきり一つに固まっている。

 ただリナが笑っていられるなら、それ以上のことはないのだから。

ここからが始まりです。

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