14話 天に望むは災禍の龍
「堕天龍……こんなとこで、出てくんじゃないわよ……!」
「リナ!大丈夫なのか!?」
「ええまあなんとかね……でも、こいつには勝てない……」
苦しそうに顔を歪めるリナは、それでも憎しみの籠った目で堕天龍と呼んだ赤黒い龍を睨んでいる。
「意識を切ったというのにこの復帰の早さ……今回は特別性か?」
「なんだっていいでしょ。つか何の用?どこにいるかもわからず、こっちのピンチに顔すら出さないようなあんたが」
「出さないのではなく出せないのだがな。まあその説明はいい。そして用があるのは叛逆者だけだ。貴様は寝ていろ」
かふ、と空気が抜けるような音がして、リナの意識がまたも途切れる。
だが今回はそこに留まらない。
リナの体が溶けたかと思うと、ジェルのような感触だけを返す、金属質のスライムに変貌していく。
「リナ!?おい、どうしたんだよ!」
リナが、自分に言い聞かせてまで固執していた人の形が崩れていく。
特徴的な緋色の髪も、どこか幼さを残す可愛らしい顔も、全て溶けて金属へと戻っていく。
「知らぬのか、叛逆者?其奴の分体は全て液体金属だ。そこに自我という意識を乗せただけにすぎん」
「……知らねえよ。リナは自分のこと語りたがらないんだよ。だから、お前みたいな奴も知らない。リナが話そうともしない奴が、知ったようなことを言うんじゃねぇッ!」
許せなかった。こんな危険な龍を知っているのに教えてくれなかったリナが、ではない。
どこから出てきてリナの何を知っているかもわからないような奴が、でかい顔をして我儘を押し通していることが、許せない。
「知ったようなこと、か。我はこれでも、かつて其奴の暴走を止めようとしたのだがな?」
「ッ!」
悪食。そんな風に呼ばれ、リナの攻撃さえも喰らい、無効化したという龍。
怒りに飲まれたリナを肯定するわけじゃない。
だけど、当時のリナさえ嫌だと感じ、あまつさえリナを喰らおうとした敵を、肯定できるわけでもなかった。
「何が止めるだ。リナを喰って、自分の力にしようとしただけだろ」
「ほう、知っているか!では今回我がやってきた理由もわかるだろう?」
「……俺か?六体の神を取り込んだ俺から、力を奪おうとでも」
「察しがいいな。では早速、取り込ませてもらおうかッ!」
人間どころか、家さえ丸呑みにできそうな巨大な顎門がリベルを狙う。
だが、届かない。
それ以上に巨大な壁に阻まれたように、堕天龍の口がリベルから数メートル離れた場所で止まっていた。
そこにどんな力が働いているのか、今のリベルには自分でもわからない。
「俺はさ、正直自分がどうなろうと知ったこっちゃないんだよ」
腕の中から逃げていくリナを、魔法で作った容器に入れて蓋をする。
もう人間の原型なんてどこにもないが、それでもリナはリナで、守るべき存在であることに変わりはない。
「だけどさ、リナを傷つけられることだけは許せない。そして俺は、自分で言うのもなんだがリナにとって欠かせない存在なんだよ」
「ならば同時に喰らってやろう。同じ場所に行けるのだ。何も文句はあるまい」
「だから」
リベルを、黒い柱が包む。
「リナを傷つけるのは、許さないって言ってんだろうがァッ!!!」
リベルの、その中身。
叛逆者としての性質が、怒りに呼ばれて顔を出す。
「ほう!これが本物か!面白い、我が辿り着けなかった力の境地、見せてもらうぞ!」
楽しげな堕天龍だが、その顔はすぐに驚愕に染まることになる。
「排斥」
ゾグン、と堕天龍の首が落ちる。
切り口から新しい頭が生えてくるが、落ちた頭は氷の大地に亀裂を生む。
「……何をした?」
「排斥」
それは答えたつもりだったのか。
言葉にするだけで発動する力は、もう一度堕天龍の首を切り落とす。
より正確には、割れた次元よりこちら側にある部分を。
「ならば」
堕天龍は次元の亀裂の向こうへ戻り、その先から黒く見えるブレスを放つ。
それは”こちら側”に入った途端、力が安定しないかのように色も形もブレながらリベルへ向かって突き進む。
「安定」
パッと、音もなくブレスは消滅する。
空間に爪痕を残し、触れたものを永遠に癒えぬ傷で侵す最悪のブレスは、最初から無かったことにされた。
「そろそろ力も定着してきた。こっちからも行かせてもらおうかな」
黒い柱が折れる。
半ばから、光と闇で肉体を構築した叛逆者が飛び出した。
迎え撃つように尖塔をひっくり返したような槍が落ちてくるが、リベルの姿がブレると、その時には既に堕天龍の前にいる。
「神界構築」
「閉じよ、次元の壁ッ!」
堕天龍が焦ったように叫ぶと、割れた次元が元に戻り、リベルの姿を消していく。
しかしその声は、あらゆる障壁を貫通する。
「完璧な世界」
パラパラとカードをめくるように世界が形を変えていく。
氷の大地は活気溢れる人の街になり、雲一つない青空は満点の星空へと移り変わる。
それは人の暮らす場所では見られない光景。
大気汚染によって閉ざされた星空が、ここでは人々を照らしていた。
「第三の世界、だと?」
たった一匹で島を形成できそうな龍が上空にいても、その下を行き交う人々は何も気づかない。
何せここは完璧な世界。
たとえ敵だろうと、排除されることはないのだ。
「ここにいてくれ。居心地はいいはずだ」
「馬鹿か。人に造られた世界が心地良いだと?笑わせるな」
堕天龍はその長い胴体を地上へ打ち付ける。
それだけで街は崩壊し何人もの人が死ぬ、はずなのに。
「完璧な世界は、死をも超越する」
「……ふざけた世界だな。誰がここに居心地の良さを感じるというのだ?」
「少なくとも俺は一人知ってるけどな」
奪われることのない世界。
これはそう、世界から何も奪われなかった世界線。
だからこそ医者はおらず、生物は食べ物を必要とせず、あらゆる苦痛は排除された世界。
聞くだけであれば理想郷かもしれない。
だが、そこに本当の生きがいを見出せるか。
「世界とは神でさえ思い通りにならんからこそ面白い。それがなんだ?こんな世界に、何一つ価値はないぞ」
「……そうか。なら殺そう」
世界を構築した叛逆者は、その責任を持って守護者となる。
「奪われぬ世界と言っておきながら殺すなどとは。貴様はどこまでも頭が回らんようだな!」
「背理、その性質は裏返る」
堕天龍の巨体が地に堕ちる。
クレーターどころか新たな海を作りかねないその体は、みるみるうちに縮んでいく。
奪われない世界を反転すれば、そのまま全てを奪う世界へと変貌する。
「何も知らんようだな。いくら人の考え得る理想を生み出したところで、基盤に本物の世界があるならば同じ話だ」
蛇にも見えるほど小さくなっておきながら、堕天龍はどこまでも余裕の態度を崩さない。
世界に命さえも奪われようかというとき、堕天龍は世界の秘奥を持ち出す。
「【生命還元:不死の象徴】」
消えかけた灯火は、消えなければ何度でも吹き返す。
そこにミミズほどの力しか残っていなかったとしても、堕天龍は堕天龍で、力を得ればもう一度蘇る。
生命の神秘を操る堕天龍に、死という概念は存在しない。
「世界のエネルギー……じゃあそっちから絶つか」
パキッと、呆気なく、ガラスのコップを床に落としたように、世界は簡単に砕け散る。
元々は叛逆者によって構築された世界だったが、消えた先に元の世界はない。
「これもまた一つの世界か。だがイメージをなくすことで無の世界を生み出したか?」
「俺もよくわからない」
叛逆者は腕を前に伸ばし、その拳を、握り込む。
堕天龍の胴体が何かに引かれるように沈むが、自らその体を切り捨てることで引力から抜け出す。
頭が落ちても再生され、頭が残れば胴体は蘇る。
真正の不死。滅ばぬ不死ではなく、潰えることのない命。
「言ったであろう。基盤に本物の世界がある限り、我が死ぬことはない」
「……」
何を考えているのか、叛逆者は黙ったまま堕天龍を見据える。
その前で、堕天龍は敢えてその逆鱗に触れる。
「そして世界に干渉できるということは、物質のやり取りも容易いというわけだな」
堕天龍の目の前に、まだ人の形をしたリナが現れた。
しかしその瞳に意思はなく、宙に浮いた体に力は入っていなかった。
「……何を」
「これも奴の分体だ。そして我が求めた力でもある」
その力の一端であるリナの分体に対して、堕天龍は全てを飲み込む大口を開ける。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
虚無であるはずの世界が歪み、堕天龍の体が不自然に抉れ、叛逆者の体が完全な闇に覆われる。
脱力したリナの体が真横へ吹き飛び、堕天龍の顎門に叛逆者の腕が捻じ込まれた、その瞬間。
「どらっしゃあぁっ!」
叛逆者の世界を吹き飛ばしながら現れた少女が、堕天龍の頭を人間の拳でぶん殴った。
銀色の髪を靡かせるその少女は、極地の寒空の下、殴り倒した堕天龍の上で腕を組んでいた。
「ふん。随分と”揺れている”かと思えば、こんなものが争っていたか。勝手にやっていれば良かったものを。世界に干渉なぞするから、私の目に留まってしまうのだぞ」
「……」
「お前もだよ」
ピッと創造神の指から放たれた光線が、叛逆者の顔を弾き飛ばす。
半分ほど割れた仮面の下には、ただの人間でしかないリベルの顔があった。
「全く。大事なのはわかるがな?だからと言ってそこまですることもないだろう」
「……」
唖然とするリベルに対して、創造神が取った行動は単純なものだった。
つまり、
「やるなら徹底的にやれい!ムカつくならぶっ飛ばしてやればいいのだ!」
強烈な平手打ちを、残った叛逆者の部分に叩きつけた。
きゃーえっちくらいの感覚で飛んでくるビンタだが、創造神のそれは一撃で肉体を粉砕するようなもの。
もうそこに、叛逆者の力は残っちゃいなかった。
「お前の逆鱗はこれだろう?戻してやるから矛を収めい」
リベルが作った容器から液体金属が飛び出し、ジェル状のリナが人の姿へと戻っていく。
まだ目を覚まさないが、リベルは不思議ともう大丈夫だと感じた。
「……無理やり剥ぎ取られたけど」
「おお?なんか言ったか?まあいい。今回はお前も被害者だということを加味してな、これくらいの温情は与えてやろう。だが元凶はこうだ!とうっ!」
綺麗?なフォームの蹴りが放たれるが、やはりその威力は桁が違う。
一応叛逆者の影響が残っているのか所々体が欠けた堕天龍が、開いてもいない次元を割って、別の世界へ帰される。
あの巨体が、一瞬でどこかへ消え去ってしまった。
「ふう。あー疲れた疲れた。叛逆者よ。肩でも揉んでくれ」
「……仕方ないか」
「いいのかよっ!お前プライドはないのかっ!?もっとこう、こう……叛逆者なら背いてみろっ!!」
「ええ……」
相変わらず何を言っているかわからない。
本当に自分が楽しければそれでいいようだ。
「ああもうままならんな。だがだからこそ面白い!」
「……」
「む?呆れている?おいおい、今更じゃないか?」
「自分で言う?」
「ふふはっ!だからこそ面白い、だろう!?」
「……押し付けないでもらえます?」
「つれんなあ。だがこんな対応も珍しい。楽しませてもらったぞ、叛逆者!」
「……」
「それでは私はまた人類の文化を遊び尽くしに行くとしよう!さらばだ!」
そして、世界が正しい時間を刻み始める。
人の形に戻ったとはいえ意識のないリナはその場で倒れ、リベルの後ろにはティエナを連れた魔導神がやってきた。
とりあえずリナを受け止めたリベルは、しかしそのまま後ろに倒れ込んでしまう。
「……あれ?」
「ええっと……リナさんがまた何かしている、と言うわけではありませんわよね?」
「うぁ……なに……?あれ、リベル……?」
ちょっと顔を上げたリナは、ごく至近距離でリベルの顔を覗き込む。
その瞳どころか頭の中までぼーっとしてきたところで、後ろから魔導神に頭を叩かれて現実に戻される。
「いったいなぁ……何すんのよ」
「ティエナさんもいますのよ」
「……ねえさま、いつも通り。大丈夫そう」
「ごめんなさいもうしませんだからその評価だけはやめていただけないでしょうかっ!」
頭を下げるのはいいが、そこはまだリベルの上なのだ。
真っ当な評価が欲しければまずは降りるべきだろう。
「それで、何がありましたの?」
「……堕天龍?とか言うのが出てきた。リナがスライムみたいになった。怒った。なんかよくわからないやつが全部ぶん殴って終わってた」
「……断片的すぎますわ」
だが叛逆者が出てきた時点で、リベルもほとんど意識がなかったのだ。
その間のことは、本当に何も知らない。
「はぁ、まあ何はともあれ無事で良かったですの。とりあえず帰りますわよ」
「それはいいんだけど、体が動かない。多分、神核を二つも取り込んだせいだとは思うけど」
「えっ、そうなのっ!?」
なぜか嬉しそうなリナがリベルに飛びつくと、その体を抱き起こして背中に回す。
腕を首に回して背負えば、リベルに見えないからと緩み切った笑みを見せていた。
「「……」」
「な、何よ」
「いえ、帰りますわよティエナさん。このお二人は、一気に家まで飛ばしてしまったかまいませんわよね」
「ん、今のねえさま、見たくない」
「……ねぇ魔導神」
「助けを求めるなら自分の行動を顧みてくださいまし」
ぷいっと顔を背ければ、それを合図に四人が転移する。
本当に別々に飛ばされたらしく、リナは自分の家の玄関に立っていた。
「……ねえリベル、ティエナちゃんの評価を覆すにはどうしたらいいと思う?」
「ティエナの目の前で甘えなければいいんじゃないのか。元々の評価は高いんだから、優秀なとこだけ見せてりゃ勝手に尊敬してくれるだろ」
「あんた、なかなか辛辣ね」
でも確かにそうかも、なんてリナも思ってしまうからティエナもわかりやすい。
家に上がって、休んでていいからね、なんて言えば、リベルはすぐに眠りについてしまった。
そんなリベルを、どこまでも慈しむようにリナは見つめていた。
うーん、闇の神から思ったけど戦闘描写雑だな?
理由は後で気づいたんですけど頭の中にちゃんと描けなかったのが悪いですね。ただこれを元にしては変えられないので、まあ本当に嫌にならない限りこのままです。




