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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
四章 天変万化編
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13話 上級神に迫る者

 空を黒く染めるのは、地上から放たれる虚無にも似た闇。

 逆円錐形の容器からは何本も黒い線が飛び出し、絡まりぶつかりながら遥か空へと昇っていく。

 抑え込むと言っていた魔導の神は、その容器の前で膝をついていた。


「魔導神!?あんた、どうしたのよ!?」

「……思った、以上に……闇の神が強くなっていましたの……。それに、この力……極夜の剣さえ、取り込んでしまったやもしれませんわ……」


 極夜の剣。白夜の剣と対を為す、かつて存在した闇黒神が変質した姿。

 予想が正しく、さらに極夜の剣まで取り込んでいたとしたら、今の闇の神は上級神に匹敵する。

 そして、上級同士の戦いにおいて、手加減などしていれば確実に負ける。

 その程度しか違いはなく、それほどまでに上級神は力を持っているのだ。


「意外と早くて助かりましたの……これ以上は、本当に”今のわたくし”では抑え込めませんわ」

「そ、それじゃあ、どうするの?リベルも、ちょっと疲れてるでしょ?」

「それでもやるしかないだろ。魔導神、きついなら封印は解除していい。あとはもう、俺がどうにかする」


 リベルは白夜の剣と叛逆者の剣を構える。

 そして限界を迎えたように、闇の神を封印していた容器が破裂する。


「よくもやってくれたなぁ魔導神!だが魔法を極めたと言ってもこの程度だなあ!」

「……【天使化エンジェリオン】」


 ゾア、と魔導神の背中から天使の羽が生える。

 瞳に十字架の紋様を描き、頭上には金の円環を携えたその姿は、暗獄の悪魔相手に見せた魔導神の本気の姿。


「堕ちなさい。不遜なる下級の神」

「なッ!?」


 立ち込めた闇から人型の何かが堕ちてくる。

 それは闇の神、を人の器に閉じ込めたもの。


「わたくしが、あなた如きに劣るとでも?」

「だが実際その通りのはずだ!自分は天使へと昇華し、我を人の器に押し込むなどッ!」

「殺す程度、造作もありませんわよ」


 ぴしり、と人の器にヒビが入る。

 閉じ込めた容器であるはずなのに、その中から闇が漏れ出すことはない。


「ま、待ってくれ!悪かった!もう暴れないから元に戻してくれ!」

「そんな要求が通ると思っていますの?あなたを殺すことは変わりませんわ。ただし、ここの叛逆者を殺すことができたなら、わたくしもその実力を認めてあげましょう」


 え、俺?と急に振られたリベルは驚いているが、どれだけ強化したところで神が神を完全に滅ぼすことはできない。

 結局リベルがトドメを刺すのは変わらないのだから、この流れは自然なものだ。


「ふん、こんな小僧一人、すぐにでも殺してくれるわッ!」


 殴りかかった拳は、いとも容易く白夜の剣に切り裂かれた。


「がァッ!?」

「こっちも死ぬわけにはいかないんだ。あと、お前くらい明らかに悪そうなやつなら、こっちも容赦はいらない」


 攻勢に出るリベルを見ながら、翼の生えた魔導神はリナの肩を叩く。


「わたくしたちは一度撤退しますわよ」

「はあ?ちょっとあんたねえ、あんなこと言っておいて、本当にリベルが死んだらどうすんのよ」

「死にませんわよ」


 確かな自信を持って、魔導神は言い切る。


「彼は死にませんわ。そもそも、あの程度の神に負けるようでは、叛逆者として未熟ですの」

「……そうだろうけど」


 それでも不安な顔をしたリナは、強制的に転移させられる。


「魔導神、そんなことまでできた」

「わたくしの本気ですわ。さ、あなたも一度逃げますわよ。何かあればわたくしも手助けしますが、こんなところにいては何に巻き込まれるかわかったものではありませんの」


 ティエナと、魔導神の姿までもが消える。

 それを見てから、リベルは一度闇の神、が相当強くなったものから距離を取る。


「な、なんだお前は……闇黒神を食らった我は、上級神をも超えるのだぞ……」

「叛逆者。それでわからなければ多分お前は弱いよ」

「ッッ!!」


 叛逆者という部分に驚いたのか、挑発に乗ってしまったのか、闇の神は分かりにくい表情を怒りに染め上げる。


「極夜の剣ッ!」


 闇の神が手を掲げれば、闇夜の空から一振りの剣が落ちてくる。

 それは闇を極限まで凝縮した剣。

 白夜の剣と対を為し、伝説上では太陽神よりも強かったとされる闇黒神が変質した姿。


「神でありながら剣の性質を示す物だ。叛逆者と言えど、斬れぬ道理はないッ!」


 極夜の剣を構え、神速で以てリベルに肉薄する。

 しかしこちらも対の剣を持っている。

 いくら劣っていたとしても、対を名乗れるほどの強さを持った剣だ。

 打ち合えば、その威力は相殺できる。

 それでも少し押され気味になるので、リベルは一度距離を取った。

 どうにかこの剣を強化できれば、あの靄を纏わせることができれば、そもそも受け身になる必要もないはずなのだが、死んでも神である白夜の剣はリベルの力を拒絶する。


「これだけだと思うなァッ!」


 闇の大地から、リベルの膝裏を貫くように黒い刃が飛び出す。

 白夜の剣に意識を割いていたリベルは、呆気なく足を失ってしまう。

 その闇を赤い血が伝っていくが、しかしリベルは冷静だった。

 適当に足を動かして刃から逃げれば、そこに傷らしい傷はない。


「……超越者か」

「なんだそれ」

「はっ、そんなものも知らぬとはな!」


 ザグン!と大量に伸びた刃に全身を貫かれる。

 その上で追い打ちに極夜の剣が首に迫るが、痛みなど無視して白夜の剣を合わせる。


「やはり首は弱点か!所詮人間に過ぎぬというわけだ!」

「……あんまりそういうところ見せるとリナが騒ぐからな」


 魔導神の性格的にどこかで見守っている気がする。

 そうでないとリナも納得しない気がするので、見られていると思った方がいい。

 そして、いくら再生力が高くても首が落ちればどうなるかはわからない。

 リナを不安にさせないためにも、そういった危険は回避するべきだった。


「ほう?叛逆者にも大事なものがあると。これはいい情報だなあ?」


 斬!と闇の神が真っ二つに裂ける。

 上空から闇が集まってくると、割れた隙間から人の器へと流れ込んでいく。


「……これが叛逆者の逆鱗か……危うく死にかけた、」


 その器が、十字に切り裂かれる。

 頭と心臓を的確に狙った攻撃。

 しかし、闇が寄り集まるとすぐに動き出す。


「魔導神」

『な、なんですの』

「こいつの神核はどこにある?」

『……わかりませんわ。ただ人の形にした時点で、宿っていなければおかしいですの』

「……なら、さっきと同じか」


 所詮力の一端。

 何度破壊されたところで、上から供給され続ける限り壊れることはない。

 思えば人の器も上から堕ちているので、魔導神に干渉された時点で闇の神がなんらかの手を打った可能性は非常に高い。


「気づいたか?だがだからどうした。広がり続ける闇はどこまでも広がっていくぞ。魔導神に横は制限されたが、上へ広がることに制限はない!」

『……闇黒神と同じことを言っていますわ』


 そうなってくると、目の前の敵が闇の神なのか闇黒神なのかわからなくなってくる。

 だがどちらにしても同じこと。

 リベルは白夜の剣を天に向けると、見たものを完璧にイメージする。


「極光」


 それはリベルに落ちた光の柱。

 しかしその性質は、リベルの意思によって大きく変化する。


「拡散!」


 上空で弾けた光は、闇の世界を強烈に照らし出す。


『っ、そ、それはダメですの!闇の中で光を使うとは、それ即ち闇を強くす──』


 魔導神の声が途中で途切れた。

 地上を覆う闇が、より黒く濃くなった。


「ふふははは、感謝するぞ叛逆者。闇は光とは違う。拭われるほど、押しやられるほど、重なった闇はより強くなる。しかもあれほどの光。今の我は、最強と言っても過言ではないかもしれんなぁっ!」

「……」


 地上に追いやられた闇が強いのであれば、上空は変わらず輝いているはずだった。

 なのに、上へ目をやっても同じだけの闇が広がるばかり。

 もう自分が地に足をつけているかさえも不安になってくるが、この硬い感触は確実に氷の大地であると直感は告げている。


「こうなってしまえばこちらの物だ。さあてどうしてくれようか」


 チンピラのような言葉がどこからか聞こえてくるが、発信源はわからない。

 そして全方位から闇の刃が飛び出してくる。


「ははははっ!もう場所に囚われることもない!威力だってこれまでの比ではないぞ!頭と胸を貫かれる感覚はどうだ!?」

「……痛い、としか」

「……その口も塞いでやろう」


 顎の下を狙うように刃が突き出し、脳天まで突き抜ける。

 それでも、死なない。

 思考は止まらず感覚は消えずしかし痛みはどこにもなく、ただただ動きにくいという感覚が付き纏う。

 だから、斬った。

 対抗する力はあるのだから、リベルは自分の体を拘束する刃を叩き斬っていく。


「なぜ、なぜ斬れる……、斬れたとして、本来そちらも壊れるべきだろう!?」

「知らねえよ。お前は弱い。それか、叛逆者はやっぱり神には負けないってだけだ」


 左手に持っていた叛逆者の剣は、いらない。

 右手の白夜の剣を闇に突き刺し、その柄に両手を添える。


「非可逆反転。絶望転じて希望へ移る」


 白にも黒にも変わる光が、白夜の剣から迸る。


「我が名はリベル。その闇を浄化する者であるッ!!」


 カッ、と真っ白な光が溢れる。

 より強くなる闇から悪魔の腕のような物が伸びるが、あまりに強い光は闇の接近を許さない。


「小僧ォッ!我が闇をも喰らうと言うかァッ!!」


 雨のように闇が降り注ぎ、全方位から黒い武器が殺到する。

 しかし光の波動が白夜の剣から放たれると、その全ては霧散する。


「取り込め。その全てを」


 闇の中に暴風が吹き荒れる。

 いいや吹き荒れるのはただの風ではない。

 空間に満ちる闇そのものが、リベルに吸われて流れているのだ。


「やめろぉっ!もう嫌なんだっ!」

「……」

「失うのは、もう……」



 ○ ☆ ○



 暗がりの中に、一人の少年がいた。

 その腕の中には、少年よりも小さな少女。

 呼びかけても起きることはなく、柔らかな肌が温もりを返すことはない。

 限界まで口を開いて叫ぶが、その声は無慈悲な暗闇に飲まれて消えるだけ。

 何もなかった。

 もう、ここには何も。



 リベルは直面する。全てを失った少年に。


「なぜ?」


 問いかける瞳は光を映さない。


「本当に、奪われる必要はあったのか?」


 それは世界への問い。

 たった一人の子供が残した、完全で不確定な答えへの。


「何を持って悪と断ずる?何があれば死は正当化される?」


 リベルは、何も言えなかった。言わなかった。

 ただ、その頭に手を伸ばす。


「……今更慰めなど」


 強がっていても子供は子供。

 リベルは、強がりたい子供なんてもう何回も見たから。


「頑張ったな」


 そうやって言うことが、一番の救いになるんだと、胸を張って言える。


「あとはさ、俺がどうにかするから」

「……」

「だから、正しい場所に戻ろう」


 こくりと頷いた少年は、その姿を消す。



 ●  ☆ ●



「リベル!」


 寒空の下、リナが駆け寄ってくる。

 リベルは白夜の剣を氷の地面に突き刺したまま止まっていたようだ。


「だ、大丈夫?闇の神は?なんともない?」

「ああ。多分、勝ったよ」


 リベルの周りをくるくる回って、目立った傷がないと知るとホッと胸を撫で下ろす。


『あなたどれだけ心配ですの。わざわざ神殿まで飛ばしたのに全力で海を飛ぶなど、正気を疑いますわ』

「だ、だって。納得いかなかったし」


 どこからか語りかけてくる魔導神にリナが言い返す。

 というか、リナは一体どんな速度で飛んできたのだろうか。


『まあとりあえずお二人を戻しますわ。……、あの、阻害しています?』

「は?そんなことするわけ」

『ッ!?気をつけてくださいまし!何か、何かがやって』


 もう魔導神はこっちに来た方がいい。

 さっきから言葉が切られまくっている。


「……転移阻害に空間への影響?じゃあ何、空間の神でもやってくるって……?」

「これ以上の連戦は流石にきついぞ」

「そう、よね。うん。任せて。私がなんとかする」


 そんなことを言ったリナが、電池が切れたように横向きに倒れる。


「……リナ?」


 なんの攻撃かもわからなかった。

 どこからやられたのかもわからなかった。

 ただ漫然とその体を抱き寄せると、見えない攻撃から守るように抱きしめる。


「……誰だ」


 問いに答えるように、上空の次元が割れる。


「叛逆者、ようやっと見つけたぞ」


 その奥に真っ赤な空を映しながら、赤黒い鱗を持った龍が顔を覗かせていた。

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