12話 意思を持った中級神
叛逆者の剣と光の剣が衝突する。
火花を散らす勢いでぶつかった二つの剣は、音の代わりに光を散らす。
その散った光だけで、この闇が払拭されて細かな粒が目立つのが嫌な感じだ。
このままだと、拮抗しているだけでいつかは光の神が力を取り戻してしまうだろう。
「闇、拭う、晴らす、背く、消し去る!」
よくわからない単語を列挙すると、光の神はまさしく光の速度でリベルに斬りかかってくる。
だが、あまりにも軽い。
まるで暗い場所に向けた懐中電灯の光を、刀身だと思い込んでチャンバラでもしているようなもの。
押し返す、というより型でも確認するような気分で剣を振り抜けば、リベルの剣は光の神の胴体を貫通していった。
そして、光の剣もまた、リベルの体を貫通する。
「リベル!?」
「……実体がない?」
闇の中に閉じ込め、その体を人間サイズにまで制限しているはずなのに、それでも実体は掴めない。
向こうの光も貫通しているが、そんなことは重要ではない。
これはむしろ、一人芝居でもやらされているようなもの。
試しに光の神の心臓に剣を突き立てるが、やはり手応えもなければ神核もない。
「また地の神みたいな遠隔?いや、でも神核の反応はここにあるな」
集中してみても、神核の反応は目の前にある。
「背理、排斥、反骨、持論、押し通す!」
光の剣が迫る。
リベルは試しに、これを手の平で受けた。
「ちょ、リベル!」
リナが焦っているが、リベルには平気だという確信があった。
実際、リベルの左手に触れた光の剣はそこで止まり、前にも後ろにも動くことはできない。
そして、重さもない。
「俺が手を動かせば」
光の剣は貫通し、リベルの手が触れても光の神が消えることはない。
正直、ここにある理屈はわからなかった。
ただ一つわかることがあるとすれば、何かを呟いた後の剣には能力があり、それは叛逆者の力で無効化されているということだ。
「でもどうやって殺すかだな」
「ねえリベル、大丈夫なの?」
「まあ死ぬことはない、かな」
リナに当たるとまた結果は違うものになるだろうが、光の神はリベルしか見ていないし、リベルに光の剣は効果がない。
あとは、どうやってこの光の神を殺すかを考えればいい。
「闇夜、暗澹、結末、憎悪、拭い去る!」
「それには一体なんの意味があるんだ?」
もう首で光の剣を受け止めながら、リベルは光の神に訊いてみる。
顔のパーツに見える陰影はあるものの、それが正しい機能を果たしているようには思えない。
それでも、何かを伝えるように口が動く。
「……私はただ救いたい……?何を、救うって言うんだ?」
光の剣がリナに飛ぶ。
えっ、ちょっ!?とリナが焦っていたが、やはりその剣に威力はない。
「……リナを、救う?そういうことなのか?」
「……」
光の神はまた距離を取り、何度目かになる単語の羅列を呟く。
「皆無、一縷、希望、残光、それでも尚!」
斬り結ぶ度、光の神の表情がはっきりしてくる。
その顔は、どこまでも苦痛に歪んでいた。
食いしばった歯は、いっそ涙を堪えているようにも見える。
「私はぁっ!光を齎すのだっ!」
カァン!と光の剣が弾かれる。
咄嗟にリベルが黒い剣を滑り込ませたからだった。
「……人の意志、覚悟の力。神へ、抗う力?」
光の神から、自分と同じものを感じた。
もう剣を軽いとは思わなかった。
当たっても平気だなんて確信はどこかへ消えた。
だが代わりに、光の神から自慢のスピードは失われていた。
「お前は誰だ?ただの神じゃないな?」
「種族など、関係ない!私はただ、光に満ちる者!」
「……光に満ちる、か」
意味はわからない。しかしそれが光の神にとっての譲れない物であることは伝わった。
何度も剣をぶつけ合い、その度光を散らしていく。
叛逆者の剣に刃こぼれはないのに、光の剣はどんどん消耗していく。
だが、折れない。
「傷跡、鈍痛、痕跡、傷心!それでも、癒えぬ傷はないっ!!」
言葉から察するに回復能力かと思った。
しかし、その剣が修復されるどころか光の神が欠けていく。
ボロボロと崩れたところには、神核ではない、何か別のものが見えた。
きっとそれが、この光の神をここまで強くする物。
人を殺すような躊躇いはあった。
それでも、リベルは光の神を両断した。
「わた、しは……」
パキパキと、神の肉体が崩れていく。
それと同時に、この闇の世界も。
「お、終わった、の……?」
リナが後ろからおずおずと問いかけてくる。
不安だったのだろう。
最初はなんの防御もなしに光の剣を受けたかと思えば、途中から本気で剣を弾き返そうとして。
終わったと、言えればよかった。
言うだけでいいなら、すぐにでも終わったと言っていた。
しかし神核はなく、割れた闇の先には、最初と変わらぬ光の世界が待っていた。
「……どういう、こと?」
「ここからが本番、ってことじゃないか?」
言ってしまえば、机の上を照らす吊り下げランプに対して、逆さにしたコップを置くことで真っ暗な場所を作ったようなもの。
全体で見ればそれはあまりに小さな空間に過ぎず、ランプの光に影響を与えることはない。
「さっきの光の神は残り滓か」
「残光、って?さっきなんか言ってたけど」
完全に遮断されるその直前に、消えかける光を全て集めた結果があの姿。
なら、その本体は。
「悪意、悪意、悪意、悪意、この世界は、狂っているっ!!」
スッと莫大な光が収縮する。
元の青空さえ吸い込んでしまったのか、空は新月の夜よりも闇に満ちていた。
そして、全ての光が降り注ぐ。
「リベル!?」
天から伸びた光の柱は、まるで叛逆者の力がリナに落ちてきた時のよう。
しかしこれは光の神の攻撃で、リベルの足元が溶けて水になっていくのを見れば、その破壊力はすぐにわかる。
リナからすれば、なんの抵抗もなくリベルが焼かれているようにしか見えない。
だがリベルは焦った様子もなく、その右手を天に向けて伸ばす。
「それは俺の仕事だよ」
振り抜かれた右手、その中にある剣が貫いていたのは、柔らかな日差しを閉じ込めたガラスの球体。
光の神の、神核だった。
○ ☆ ○
そこは、痛みも熱さもない、優しい光の世界。
ただ光だけが満ちていて、なんとなく、穏やかな気持ちになれる場所だった。
そんな中に、ティエナよりも小さな女の子がいた。
何も知らない、純真無垢な女の子。
しかしその体が弾けると、暗い瞳の少女に変わる。
「どうして?」
少女は訊ねる。
「どうして、死ななければいけないの?」
本当にわからないと言うように。
「何も、悪いことなんてしてない」
ならどうして奪われたのだ?
「あなたが悪いの?」
大人が悪いのか。
「私が悪いの?」
変えられなかった自分が悪いのか。
「それとも」
見て見ぬ振りしかしない、世界が悪いのか。
「それともそれともそれともそれとも」
ああ、ああ、崩れていく。
心が全てが崩れていく。
リベルは、あまりに強すぎる光を纏う人に直面していた。
「私の心。壊したな」
「……光の神?」
「全ては全ては同じこと」
会話なんて成り立たない。
ひたすらに怒りを向ける少女に、届く言葉なんて持ち合わせていない。
「背負え。人の業。悲しみと怒りと恨みと悲しみと悲しみに満ちた怒りを」
「光の神?」
「わた、わわたあ、あ、ああ」
光が明滅する。
光の神が、滅んでいく。
「……なんだかよくわからないけどさ、それがリナに関係あるって言うなら、俺は背負うよ」
ふっと、最後に光が笑った気がした。
● ☆ ●
正しい世界とは、青空があってリナがいる世界だ。
そんな漠然としたことを、リベルは最初に思った。
「だ、大丈夫だったの?あんな光に撃たれて……」
「……大丈夫、なんだろうな。ちょっと、変な夢を見てたよ」
「ゆ、夢?」
「ああ。光の神……なのかな。言葉の全部が支離滅裂で、ただ輝いてるようにしか見えなかったけど、でもあまりに強い怒りは感じた」
何かを伝えようとしていたようだが、あまりに言葉が滅茶苦茶で、何も知らないリベルが理解できる部分はなかった。
「そ、っか……思った以上に進化してたのかな……」
「ん?」
「ううん。楽に勝ててよかったって話」
濁された気もするが、何も言わないなら知らなくてもいいのだろう。
このまま闇の神も、と思ったが、神核を取り込んだ影響かリベルはその場に座り込んでしまう。
「ちょっと、休ませてくれ。神核を吸収するとどうにも疲れが」
「あ、そうなのね。うん。じゃあ私が白夜の剣を取ってくるね」
「ああ、そんなのもあったか。頼む」
ん、と頷くと、リナは氷の大地を歩き出す。
光の神がいたときは寒さなんて感じることはなかったが、いなくなってみると物凄く寒い。
「……とりあえず、普通の火」
焚き火で自分を囲うようにして暖を取り、リナが戻ってくるのを待つ。
静かな環境だと、どうしても考え事をしてしまう。
今考えるのは、やはり光の神のこと。
「よくわからない単語の羅列に、全てを諦めたような、それでも前に進もうとするような、あの表情……」
何かを伝えようとした。何か思うところがあった。
リベルに向けられたのは怒りだったが、リナに向いたならどうなっていただろう。そして、リナを救いたいとはどういう意味か。
「根源的な怒り、ですかねぇ。ふうむ……準上級神、とでも言うべき存在だったのかもしれません」
「……おい」
「なんですかその相手のことを考えず、自分の考えを理解しろとでも言いたげな呼びかけは」
「……どっから出てきたんだよ」
「どこでもいいでしょう。ただ一つ言えるのは、私に距離なんてものはないということだけですかね」
輪郭のはっきりしない、金色の少女が隣に立っていた。
「転移?」
「みたいなものです。もう誰がやっていたことかも忘れましたが」
「?」
「まあ、私のことはまたいずれ。それにしても叛逆者自体は成長しましたね。もう神核を取り込んでも疲労感だけですか。おかげで私が消耗するばかりです」
「……疲れるなら、来なけりゃいいんじゃないかな」
「リナみたいなことを言いますね。嫌です」
「なんなんだよ」
「私は好きなように生きる。そのための力があるんです。自由に使って何が悪いですか?」
「……人を巻き込むなと言いたい」
「どこまでもリナみたいですね。嫌です」
「……」
この少女も話が通じない。
いや通じているのだろうが、こちらの希望は悉く突っぱねられて、向こうの思惑を無理やり押し通されているような感じ。
みんなに嫌われるタイプだろう。
「……あの、そういうこと言うのは、酷いんじゃないですか?」
「勝手に心を読むな。あとそう思うなら見直せよ」
「……これだから叛逆者は。はいはい、善処しますよー。とりあえず嫌われるわけにもいかないのでね。面と向かって会う時はもう少し優しくしますよ」
「今は?」
「直しません。直したくありません♪」
「……」
どこまでも、自由な少女だった。
「ああもう帰ってきたのですか。仕事が早いですねえ。それとも早く会いたかったのか」
「?」
「それでは私はこの辺で。またお会いしましょう」
「……嫌だな」
「本当にリナらしい……全く」
そもそも輪郭のはっきりしなかった少女が、空気に溶けて消えていく。
完全に見えなくなるのとほぼ同時に、真っ白な剣を持ったリナが戻ってきた。
「ただいま。ってあら?なんか儀式でもやってんの?」
「単純にあったまってた」
「ああ、私早々に感覚切っちゃったからわからなかったわ」
こっちの少女も結構自由に生きている気がする。
「これが白夜の剣。どう?吸収できそう?」
「……いや、神としては死んでる、のかな。神核みたいな反応だけど、ちょっと違う?……神核を、加工してる?」
「神核の加工?そんなこと……できるのかな」
できないと否定しようとしたようだが、何かに思い当たったのか途中で言葉が変わった。
「まあ剣自体強いんだから、使わせてもらいましょ」
「ああ。それじゃあ、闇の神?」
「うん。魔導神に連絡するわね」
リナが魔導神に通話を繋ぐと、真っ先に向こうから声が飛んでくる。
『終わりましたの!?では今すぐ転移させますわよいいですわね!?』
「え、ちょ、いいけどなんかあったの?」
『詳しい話は後ですわ!』
それだけ言って、魔導神は二人をすぐに転移させる。
その先で、二人が見た景色は。
光の神はなんだったんでしょうね。
一応この世界の根幹にある”理由”に基づいて動かしてはいるんですけど、こっちでも理解しづらいものになってしまいました。




