11話 闇なき世界
そこは純白よりも眩い光の世界。
本来氷に覆われた場所は、強弱のない単調ながら人の目を燒くほどの圧倒的な光で包まれていた。
「う、まぶっし。リベル、目大丈夫そう?」
「……細めればなんとか。それより、光の神は?」
真っ白な世界に、神らしき姿はない。
従来通りを想定するなら人間の何十倍のスケールの巨人がいるはずなのだが、そんな目立つものはどこにもいない。
だが相手は何の神か。そして今は何に包まれているか。それをもう一度考えた方がいい。
「痛っ!?」
不意に、全身を焼くような痛みに襲われた。
見れば服が燃えているが、それだけではない。
この肌を刺すような痛みは、灼熱の太陽を直に浴びているような感覚。
「……光を極限まで強めて熱まで生み出せるようになったか。LEDの神め。白熱電球に変わりやがったな?」
「……なんか可哀想な言い方」
光量が人工物程度だとは思えないが、熱の有無だけでリナの中では電球の種類で例えられてしまう。
そして何をしたのか、急に熱さが軽減された。
「遮光フィールド、みたいな感じかしらね。私達の周りで光が跳ね返るようにしたわ」
「そういうの簡単にやるよな」
とはいえもう普通に目を開けられるし、継続的な痛みに悩まされることもない。
服も消火しておいて、改めてリベルは周囲に目を向ける。
だがやはり根幹に辿り着かなければ、神の姿が見えることはない。
この辺りの柔軟さは、まだないかな、なんてリナは親の目線で評価して、答えを告げておく。
「光の神はまさしく光。多分、この全てが光の神かそれに付随する魔法」
「……じゃあ、どうやったら」
実体もなくどこまでも広がっていく神を殺す手段なんてものは存在しない。
それも光なんていう掴むこともできないものでは、リベルの力もどこまで通用するか。
「いくら体が無くてもこいつは神よ。そして、神は絶対に神核を持ってる。それさえ砕けば光の神は殺せるはず」
「……そうか。……そうだよな」
「? どうしたの?」
「いや、何でもない」
リベルは、目先のことに囚われがちだ。
そしてリナがいると、真っ先に訊いてしまう。どうすればいい?どうなっている?なんて。
こんな調子では、リナを守るなんていつまで経っても不可能だ。
リベルは拳を握りしめると、瞼を閉じて神核の位置を割り出す。
「……なんだこれ、神の反応が、二つ?」
「え?あ……確かに。そうかもね。一つは光の神。もう一つは、白夜の剣」
「剣?剣が、神なのか?」
「そうだけど違う。白夜の剣は、かつて存在した太陽神を封じ込めた剣なの。御伽話だけど、実話でもあるのよね。まあその話は後。あんたが触れたら太陽の力を吸収できるかもだけど、できれば持っていきたいわね」
「強いのか」
「ええ。太陽神って上級だからね。だから、闇の神に対しても絶対に通用する。太陽の力を剣として使うのとリベルが取り込むのどっちがいいのかわかんないけど、それは回収してから考えましょ」
「わかった」
とはいえ光の神の中で動き回るのも得策ではない。
まずは光の神の神核を、と思ったが、リベルが意識を向けた瞬間、ほとんど転移するような速度で距離を取る。
「……神核が、光の速度で移動している?」
「うっわ面倒。てかそっか。光を司るんだから、あいつの神域は光の中。つまり今向こうは、最大限の力を出せる状態」
神核を捉えようにも、場所を確認するだけで逃げられるのではどこへ向かえばいいかもわからない。
おまけに遮光フィールドから出てしまえば、またあの熱に苛まれることになる。
神域を壊さない限り、光の神を殺すことは出来なさそうだ。
「どうする?手伝う?」
「……いや、まだ考えてみる。最初から投げてたら、いつまでもわからないままだからな」
リベルの成長に、リナは思わず表情を緩める。
久しぶりに見るリベルの神との戦い。
危険な神域の中だとわかっていても、リナの心は跳ねるほど喜びを感じていた。
そしてリベルは、必死に答えを探す。
今までの神とは違い、今回の相手は空間全体に溶けている。
風の神ですら本体の形があったことから考えても、光の神はやはり特別なのだろう。
「空間、全体……?」
自分の言葉の中に疑問を覚える。というより、心当たりを。
空間、という言葉は今まで何度も聞いてきた。そしてそれを利用した物も。
例えば空間に穴を開けた道だとか。
例えば空間に起点を置いて魔法を発動させるだとか。
そして怒りの中でリベルは、どんな魔法に手を出したか。
「氷厳の大地……絶対零度の、空間侵食……!」
あれは、自分の体を起点に範囲内の全ての物体を凍てつかせる魔法だった。
一度使ってからは簡単に発動させていたが、そもそも空間を侵食するなど普通は無理な話。それでもリベルは、なんてことはないように扱っている。
そしてもう一つ。
無理だと諦めた時から考えるのをやめてしまった、リベルの理想的な力。
神域を飲み込み、中の神を殺し、敵の神域すら我が物としてしまう、空間を侵食する闇。
再現は無理だったとしても、同じような靄は何度も操ってきた。
ならば、空間侵食を、あの闇でできれば……?
「リナ、多分大丈夫だと思うけど、一応警戒しておいてくれ。もし不調があったら、すぐにやめる」
「……別にいいわよ。あんたは信じてるし、何より、死んだ程度で私は滅びないわ」
あまりの傲慢さに思わず笑みが溢れるが、リナはこれくらいでないとリナではない。
「ぶっつけ本番だから本当に何が起こるかわからない。とりあえず、やるだけやってみる」
「ん、頑張って」
氷厳の大地であれば、すぐにでも発動できる。
だがそれでは意味がない。いやあるかもしれないが、氷程度で光をどうこうできるとは思えない。
だから、空間を侵食する物を、冷気から闇へと変える。
全ての神を飲み込む、叛逆者の闇に。
「【生命変換:叛逆の牙城】」
「リベル!?」
何を言ったのか、自分でも理解できていなかった。
ただただイメージに集中し、出てきた言葉を放っただけだった。
直後、全ての光を闇が塗り替える。
「ここ、は……?」
リベルは、真っ暗闇の中でふらつく頭を押さえながら立ち上がる。
目の前には、緩いウェーブのかかった金髪の少女が立っていた。
「全く。本当に全くですよ全くもう」
「……だれ?」
魔導神にも似ているが、違う。
リベルの困惑顔に、少女はむしろ傷ついたような顔をする。
「わからないんですか!?私が!?あんなにお話したじゃないですか!大事な場面で!」
「いやそう言われても……あ、お前?」
初めは焦土の大陸で結界を通った時。
その次は炎の神を討伐した時で、地の神に向かっている時にも話しかけてきた。
あの、金色しかわからない謎の少女、なのか?
「そのとーりです!いやー、輪郭すらぼやけてしまうと案外わからない物なんですねえ。せっかく拾ってあげたのに、このままでは感謝もされずに終わるところでしたよ」
「……一体何が?」
まだ状況を飲み込めていないリベルに、少女はその愛らしい顔をずいっと近づける。
「あなた、自分が何をしたかわかっていますか?」
「え、いや、あんまり……」
「では優しい私が教えてあげましょう。魔法とは、使用者の制御下において十全の力を発揮する物です。一瞬でもイメージが崩れたり、適当に撃っていたのでは、その本来の力が出るわけもありません。ふ・つ・う・な・ら!」
「圧が……」
額をごっつんごっつんぶつけて何も知らないリベルに常識を叩き込む。
「あなたはいっつも、確かこんな感じだったなー、とか。この魔法を使いたいなー、とか。そんな調子で魔法を撃っているでしょう!?」
「や、まあ、確かに、はい」
「そんな!暴論が!通るわけないんですよ本当はぁっ!!」
後退りするリベルを、金色の少女はそれ以上の歩幅で追いかける。
おかげで何回も頭をぶつけられた。
「あなたは叛逆者です。魔力なんて無限です。実際は違いますけど」
「ん、んん?」
「だから、その莫大な魔力量で、本当なら瓦解していなければいけないはずの魔法を使えていたんです。簡単に魔法を融合させたり、見たまんま撃ち返したりができたのもそのおかげです」
「は、はあ」
「それがまかり通っていたのは、あなたがある程度形を思い描き、齎される結果をしっかりとイメージできていたからです。だから魔法は応じましたし、誰の目にも魔法であるように映ったんです。しかし!しかし今回は違いますよ!」
また圧が強くなった。
「あなた、空間を侵食するイメージだけ持ちましたね?」
「だ、だって。光の神は空間全体に溶けてるんだし、そうしないと」
「だったら光の神だけを狙えばいいじゃないですか!なんで空間を侵食、なんてアバウトで曖昧な力にするんですか!いいですか?私があれを止めなければ、この世界は永遠の闇に覆われていましたよ。人も神も関係ない、陸も海もない、ただ果てしない闇だけが広がる、一人ぼっちの世界です!楽しいですか!?」
なわけないだろ、といつものように言えたらどれほど良かったか。
「はぁ、あなたは、叛逆者であることをもっと自覚してください。そしてその力の根幹も」
「……ごめんなさい?」
「疑問に思うなら謝らなくていいです。あなたが知らないのは私のせいでもありますし」
「?」
言っていることは、よくわからなかった。
しかし金色の少女は話を前に進めていく。
「あなたの力は、あなたが思っている以上に万能で強力です。使い方を誤れば、世界が壊れかねないほどに」
「……」
「ですから、きちんと制御してください。魔法もそうです。空間を侵食するならどこまで、何を捉えたら、そういうセーフティはかけてください。次はありませんよ。今の私ができるのはここまでです。力も回復してきましたが、またどうせリナに乱用されるので」
「……」
ここでリナの名前が出てくるということは、この少女もリナの知り合いなのだろう。
信用度は上がっても、リベルにとっては未だに他人だが。
「では本来の世界で、あなたが起こした結果の後始末をお願いします。私は目覚めに備えます。嫌な予感もしますしね」
ふっと、いっそ闇に紛れるように金色の少女が消える。
そしてだんだん、この闇に”慣れてくる”。
「リベル!大丈夫!?生命変換なんてやって、寿命を使い切ったらどうするのよ!」
声に振り向けば、泣きそうな顔のリナがいた。
そして正面に見えるのは、発光する人間。
ああ、ここは、正しい世界なんだ。
何も知らなくても、リベルは無意識にそう思った。
「大丈夫だ。俺は多分、簡単には死なないよ」
「寿命なんて見えないんだから無理しちゃダメよ!次の瞬間に死んじゃったらどうするの!?」
ああそうか、とリベルはリナがここまで慌てる理由を思い描く。
一度大切な人を奪われているリナは、もう一度奪われることを何よりも恐怖に感じる。
そのために親しい人を作らなかったのに、リベルはその椅子に何も知らずに座ってしまった。
座っておきながら、その恐怖を思い出させた。
「……悪い。もう二度としない」
「うん、うん……お願いね」
今すぐにでもその不安を払拭したかったが、今は光の神との戦闘中。
向こうも向こうでこちらの様子を窺っているようだが、隙を見せれば迷わず殺しに来るだろう。
そしてこの闇だっていつまで保つかわからない。
金色の少女が安定させてくれたようだが、リベルにはどうにもこの闇が自分の魔法だとは思えなかった。
だからいつ消えてもいいように、さっさと決着をつける必要がある。
「叛逆の剣」
リベルは周囲の闇と同色の剣を生み出す。
一見すると拳を緩く握っているようにしか見えないが、そこには確かに神殺しの剣がある。
「……光玉」
光の神が、人間の言葉を使った。
その手の中に、闇を払拭する光の剣が生み出される。
今までは自分よりも圧倒的に巨大な相手だった。
しかし今回は完全な人型。
その剣も、叩きつけるような乱雑なものではなく、確かな技術で振るわれることだろう。
リベルにとって、今までにはない神との戦いになる。




