8話 本気の手加減対小手調べの甘さ
「私はワイヤーくらいしか使わない。あんたは何使ってもいいけど、一回でも私のワイヤーに殴られたら終わりね。あんたの勝利条件は、私の頭に触ること」
「私情を挟まないでくださいましー」
「私情じゃねえし!?頭って普通に弱点なんだから場所としてはいいでしょうよ!」
もし負けてもこれで悔しさとか驚きとかは無視できる。
そんな考えがなくはないけれど。
「とにかくやるわよ!準備はいいかしら!?」
「あんまりやりたくないけど、まあ」
「じゃあ早速!」
リナのワイヤーが容赦なくリベルへ向かってくる。
魔法戦のように同じものを返せばまず安全、なんて甘い考えはなかった。
何しろこっちは脆い魔法で、向こうは傷つく場面を一度も見たことがないオリジナルのワイヤーである。
ワイヤーを使うとしても、それは移動と回避のためだけだろう。
そう思って金色の剣で弾こうとするが、衝突するまさにその直前、リナのワイヤーが急に止まり、剣を空振ったリベルは前のめりに倒れる。
「そんな撃ったら後は知りませんの魔法じゃないんだし、フェイントくらいは警戒しないと」
「甘いですわー、既に勝っているはずですのー」
「うるっさいな黙ってろ!」
リナが魔導神に叫び返しているが、実際この隙にワイヤーで殴っていたらリナの勝利のはずだった。
それをしない理由は何か。
なんとなく思い当たったリベルは、背中にワイヤーを展開し、その先端を正六角形の頂点に対応させる。
「うん?またなんか私の知らないことやろうとしてる?」
ああそうじゃん怒られるかなあ、なんて思いながらも、リベルはその生成をやめない。
氷の筒でできた人間砲台を生み出すと、リベルはその背中を爆風で叩く。
「そんなことできんの!?」
リナは咄嗟にワイヤーで上空へ退避。
音速を軽く超える移動は、急に曲がれないことが難点だろう。
避けられたことでリベルは金色の剣を地面に突き立てて停止する。が、その背中に気配を感じてすぐに剣を振るう。
「背後の攻撃に気付けるのはいいわね。奇襲に強くなるわ」
ワイヤーを弾かれたのに、地上へ降りてきたリナに焦りはない。むしろ楽しんでいる。
やはり、勝敗ではなくリベルの力量を測ることが目的なのだろう。
「剣以外にはないの?槍とか、リーチもあって強いわよ」
「……使ったことがないからな。俺が扱えるのは、剣と腕くらいだろうから」
「そっか。じゃあいつか色々教えてあげるわね」
正面からのワイヤーに地を這うワイヤー。さらに背後に回ろうとするワイヤーも見せて、リナはリベルがどこまで対処できるかを確かめる。
本人は楽しんでいるが、やられているリベルは常に気を抜けない。
何しろこれで弱いと思われたら捨てられかねないのだ。
リナは絶対にないと言っているが、戦闘には出さないとか、リナがより庇うようになるとか、そういうリベル個人が嫌でもリナは率先して行うことが増えてしまうだろう。
だから、負けられない。
「永久氷炎の天帝剣、ダブル」
金色の剣が増える。
両手に構えた剣で、リベルの逃げ場を奪おうとするワイヤー群を弾き返す。
「やるじゃない。守りに入ったら破ろうと思ってたのに」
「そもそも魔法じゃリナの攻撃を防げないだろうからな」
増やした金色の剣も刃こぼれをしてボロボロになっていた。
両手に持っているイメージが難しいというのもあるが、何より脆弱性が強く働く。
これでとりあえず水の殻、なんてやったら、それだけでもう負けである。
「……リナ、何使ってもいいんだよな?」
「ん?まあそう言ったわね」
「じゃあちょっとこれも許してくれよ」
リベルは腰回りと背中から合計十二本のワイヤーを生み出す。
リナのワイヤーが分裂しないからダメと言われたが、ここまでしないと勝てる気がしない。
「……まあいいでしょう。ただし、絶対勝ってみなさい。負けたら永遠に封印ね」
「……わかった」
元々封印されていたようなものだが、代償がその程度で済むのに自分から言う必要はない。
リベルは足の代わりのワイヤーで走り出し、リナのワイヤー攻撃は背中のワイヤーで防ぐ。
あまりに脆い氷のワイヤーはパキパキとすぐに砕け散っていくが、その砕けた断面からすぐに新しいものを生み出せば、実質壊れていないようなもの。
「くっ、流石に面倒ね。まずは足から奪わせてもらうわ」
足元へ這い寄ったワイヤーに腰回りのワイヤー全てを破壊されるが、リベルの足が地面につく前に、その真下に爆発を起こす。
体重移動だけで進行方向を決めたリベルは、リナの頭に手を伸ばす。
「っ、いや、負けない!」
一瞬このまま棒立ちでもいいかな、みたいな甘さが見えたが、まだ全てを見てはいないとリナはリベルの腕を避ける。
そしてそのまま通り過ぎていく首を手刀で叩けば、リベルは地面に倒れ伏す。
「ほら、立ちなさい。ワイヤーじゃないからまだあんたの負けじゃないわよ」
「……結構スパルタじゃねえ?」
魔導神からも「もう二回勝ってますわよー」なんて言われるが、そんなものは無視。
リナは少しリベルから距離を取って、もう一度ワイヤーを構え直す。
だが向かってきたリベルからすれ違うように移動すれば、そこは元々リベルが通ってきた道。
そしてそこには何度も砕かれた氷のワイヤーの破片が散らばっている。
「卑怯かもだけどさ」
「うん、なんでもやってみ?」
「範囲指定、氷厳の大地」
ビシッ!と破片があった場所を起点に空間が凍りつく。
もちろん、その上に立っていたリナも含めて。
「やれることはやった。これで、どうだろう?」
リベルは氷の像と化したリナの頭に手を伸ばす。
背中のワイヤーがぴくりと動いた気もしたが、抵抗してくることはなかった。
「はぁ……甘いですわ」
パキン!とリベルの意思に反して絶対零度の空間が弾け飛ぶ。
そもそも、場所自体を凍らせたところで、その全身が固まらなければただの拘束に過ぎない。
リナであれば、この程度破れるはずだったのだ。
「どうですの?甘さで掴んだ手の温もりは」
「めっちゃ恥ずかしい」
「じゃあやらなければいいですの……」
よしよしと撫でていればワイヤーが背中に引っ込んでいく。
リベルの勝ち、でいいのだろうか。
「まあ本気出すのもなんか違うしね。今回は負けでいいわ」
「なんか勝った気がしない」
「そりゃそうですわよ。もう二回負けているわけですから」
「うっさいあんたは黙ってて」
流石にもういい、とリベルの手をどかしながら、リナは魔導神に文句を言っておく。
そもそも甘くて何が悪い。リナだって、リベルを傷つけたいとは思わないのだ。
「ねえさま、負けちゃった」
「まあ、ね」
「わたし、リベルにさっき勝った」
「あらすごいじゃない。頑張ったわね」
「むふ。リベル、ねえさまに勝った。なら、リベルに勝ったわたし、ねえさまより強い?」
「……そーゆーことも言えんのね?」
リベル、頑張って避けてね、とリナはちょっと距離を取る。
嫌な予感が半端ないが、とりあえず頑張ろう、と思った矢先、リベルの目でも追えない速度のワイヤーが逃げ場をなくすように迫ってくる。
それでも全てが同時というわけでもないので、十二本のワイヤーで必死に避けた。
避けて避けて避けて、だが的確に逃げ場を奪っていくワイヤーからは逃げきれなかった。
「勝ち」
「「……負けず嫌い」」
「わ、悪い!?」
まあ最初から手を抜いているのだ。本気を出せばこれくらいが当然である。
「だから甘いと言っているのですわ」
「いいじゃん。私は勝負がしたいのであって勝ちにこだわってたわけじゃないわ」
「だから相手に合わせたと?侮辱の極みですわ」
「……リベル、嫌だった?」
「いやまあ最初から分かってはいたし、そもそもこれも俺の実力が知りたかったからだろ?」
「……」
「理解されていることが嬉しいのはわかりますが、その感極まったような顔はやめてくださいまし。気持ち悪いですわ」
「酷くない!?」
一瞬で感動の余韻を消し飛ばされて、リナは魔導神に噛み付く。
しかしそれはすぐにリベルに止められた。
「それで、俺は合格だったか?」
「ぇあ?うーん、合格不合格ってわけじゃないけど、まあ強いんじゃない?あとは気持ちの問題と脆弱性がどこまで出てくるかよね。あんた、人は殺せる?」
「リナに言われれば」
「兵器かよ。まあじゃあ、合格。危険だと思ったら、自分優先で行動してね」
「ああ」
リベルの中で自分優先がリナ優先に置き換わっていることまでは、リナも気づきようがない。
「お二人とも甘いですわね。まあ、らしいと言えばそうですが」
「甘さがなきゃ私はただの兵器でしょ。感情で動くのも人間だわ」
「これだからリナさんは……まあいいですの。それでは一度、休憩と昼食にしませんこと?」
「お、いいわね。人の金で食う飯は美味い」
「……あなたお金は有り余っていると言っていたでしょうに……」
というわけで、一行は場所を移す。
また魔導神の家でも良かったが、まだ余っているたこ焼きの材料や保存されているものが出てきても困る。
よってファミレスに入ることになった。
「なんだか選ぶ理由がひどかった気がしますわ」
「気のせいでしょ。それより何頼もっかなー。また高いのにしよっかなー」
「ファミレスの高いは前のレストランに比べれば安い方ですわ」
「レストラン?」
「あ、ティエナちゃんは知らないわね。魔導神が贔屓にしてるいい店があるのよね。今度連れてってもらったら?」
「ん、行きたい」
どんなとこ?とティエナは魔導神に訊いているので、リナはリベルの方を見る。
「あんた何食べる?」
「なんでもいいよ。リナが頼んだやつにしておく」
「もうちょっと主体性を持ちなさいよ。まあ、それでいいならいいけどさ」
リナはまたメニューに目を通す。
そんなリナを見つめるリベルの表情は無表情なようにも見えるが、実は慈愛に満ちた、穏やかなものになっていることは、本人でさえ気づかない。
「つかさ、あんたは本来の自分の仕事をやんなさいよ。こっちが頼んでる側だから仕方なーくやってたけど、本当は全部あんたがやることでしょ?」
料理が来るまでの間に、リナは魔導神に詰め寄る。
リナが言っているのは、子供たちの今後についてである。
あの書類を片付けるのは魔導神の仕事のはずだ。
「……あ、あれは、リナさんの方がわかることも多いでしょうし、全面的に任せてしまえば、上手くいくんじゃないかなーと、思っておりますのよ?」
「その信頼を預けたみたいな言い方やめて?責任放棄だから」
「……仰る通りですわ。でも!わたくし本当に書類仕事は苦手なんですの!どこへどう割り振ったらとかほとんど捨てられたような子供はどうすればとか全くわかりませんの!」
「行政機関やめちまえ!」
だったらもう神殿にいる必要がない。
名前も役所に変えて、魔導神は堂々とヒキニートを自称すればいい。
「嫌ですわ!それにそもそもあそこはわたくしの神域、手放すなんてあり得ませんの!」
「……じゃあ自分でやれよ」
「う、く……」
勝ち目のない魔導神の肩をティエナがぽんぽん。
優しい優しいティエナを抱きしめれば、ちょうど料理が運ばれてきてもっと気まずい状況に。
「……もう嫌ですわ」
「あんたが悪い」
「……ティエナさん、一緒にどこか遠くへ行きませんこと?」
「……あんまり遠くはちょっと」
結局ティエナもリナが好き。
本格的に逃げ場のない魔導神は、何かないかと必死に考えて、
「そ、そうですわ。またみんなでお出かけしませんこと?ほら、ティエナちゃんも新しいお洋服欲しいでしょう」
「ん、欲しい」
「……ダメって言わないとなんだけど、なんだけど、なぁ……」
リナもこの手の話題は好きなので、一刀両断されることはない。
これは行ける!と思った時、顔を逸らしているリベルに気がついた。
「や、やっぱりいいですの……全員で楽しめないなら、あまり意味がありませんもの」
「じゃあ仕事するってこと?」
「はい……」
リナが来ればリベルも付いてきそうだが、だからこそ無理をさせる必要はない。
これはもう仕方ない、そう思っていたのだが。
「リナ、実はちょっと楽しみだったろ」
「う」
「行ってくればいいんじゃないか?」
それはある意味自分はいかないと言っているようなものだが、魔導神としてはこれ以上ないほどの提案。
さあどうだ!とリナに視線を送れば、柔らかい笑みを浮かべていた。
「じゃあ、そうしよっかな。リベル、来ないの?」
「服屋はちょっと」
「そっか。うんまあじゃあ女子会ってことで」
やったー!と声には出せないため魔導神はティエナを抱きしめる。
ぬいぐるみのような扱いをされているティエナは、やられる度に苦しい苦しいと腕の中でもがくが拒絶はしない。
「でも帰ったら仕事ね」
「う、はい……」
そこだけは、譲ってくれなかった。
ちょっとお遊びの時間が増えすぎるので最後は急ぎめになってしまいました。
プロットからすると既に3話くらい無駄な話が増えてたり。




