表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
プロローグ 叛逆者始動編
6/362

プロローグ〜弱さと強さ〜

 飛竜の背に跨り、大空を舞いながら、リナは後ろに座るリベルに話しかける。


「さて、まずは何から言いましょうかね」


 リベルはただひたすら己の弱さを反省しているようだが、リナからすれば言いたいことはたくさんある。


「あんた、あんなことできるなら、どうしてもっと早くやらなかったの?」

「あんなこと……?」

「森を覆い隠したあの攻撃よ。あれ、神だけを滅ぼす力でしょ」

「……さあ。ただリナが傷付けられたと思ったら、頭の中が真っ暗になって、気づいたら、逃げられてた」

「……私がトリガーなわけ?」


 あれは確かに暴走状態にも見えたが、だとしてもリナが理由になるとは。


「かもな。でも俺はそれで良いと思ってる。リナを守れるなら」

「……あんたも、なかなかに狂ってるわよね」

「?」


 リナのためなら実力以上の力を発揮する。

 リナのためなららしくないこともする。

 おかしい、馬鹿げている。そう思うのに、自分がその対象になると、


「(悪い気分じゃない……)」

「どうした?」

「な、なんでもない」


 咳払いを一つして気分を切り替える。

 切り替えたいのに、やっぱり少し心が躍る。


「ね、ねえ、どうしてあんたはさ、私に執着するの?」

「? 執着しているつもりはないが、でもそうだな。拾ってくれたから、じゃないか?」

「それだけ?」

「後はまあ、リナが笑ってたら俺も嬉しいんだよ。だからかな」


 後ろからリベルが頭を撫でてくる。

 突然のことでビクッと体は震えるが、それだけだった。

 事あるごとに撫でるのはなんなのだ、と思うのに、拒もうとは思わないのだから不思議なものだ。


「……私のこと好きなの?」


 誰かが笑っていたら自分も嬉しい。だなんて、特別な感情がないと出てこないだろう。頭の上の手がなくなって若干寂しさを覚えつつ、気にしてない風に訊いてみる。

 リナにそういう感性はわからないが、特別なことは理解している。だから、そうだったらいいな、なんて思っていた。


「好き、か。そうかもな」

「え、ほんと?」

「ああ。俺はリナのこと好きだぞ。リナがはしゃいでるの見るのは楽しいし。連れ回されても、まあいいかとは思ったからな」

「……なんかそれ違う気がする」


 恋人同士がどんな感情を持つのかは知らない。

 厳密に言えば、言葉でしか知らない。

 だけどなんだか、リベルからは永遠を誓うほどの重さを感じない。

 リナは、恋人とは人生を預け合うのだから、相当な覚悟なのだろう、と思っている。

 でもリベルにそれはない。

 だから、きっと違うのだろう。そう思えば、急に冷静になってくる。


「なんか随分話ズレてたわね。一気に戻すけど、あんた神と戦ってどうよ。正直勝ち目あった?」

「……いや、ないな。あれと出会った時、こいつが敵なんだ、殺さなきゃいけないんだって思うのに、同時に絶対に勝てないと思ってた。攻撃はなんか触れたら止まったけど、地力が違う。本気に見えてたのは、演技だったのかな」


 リベルは先ほどの戦闘を振り返ってそう語った。

 木の根を避けていた時はまだ余裕があったが、あの時からすでに、あぁ自分はこいつに勝てないんだ、と心のどこかで理解していた。

 ただそれを認めたくなくて、殺さなきゃいけないんだと思って、リベルはひたすら攻撃していた。


 そんな本音を聞いて、リナはうわあこいつも相当イカれてんなあなんて思ったが、それは同類の証拠でもある。


「あいつは多分本気だったわよ?逃げに徹したら捕まえられないから勝てないってだけで、向こうだって決定打を持ってるわけじゃない。あんたが体当たりすれば、それこそ大ダメージを受けただろうし」

「でも簡単に防がれたぞ」

「そりゃあ、あんたの動きなんて見てからで避けられるもの。まずは速度に慣れないとね」


 今更だが、当然のように遅いとか弱いとか言われると、本当のことでも沸々と湧き上がるものはある。

 それでも不満をリナにぶつけるのは違う気がして、リベルは困ったような表情を浮かべる。


「大丈夫よ。策はある。あんたは強くなれる。そもそもあれは上級神だからね」

「上級神……?」


 知らない言葉だった。

 まあ無理もないか、と呟いてから、リナはその問いに答える。


「そうよ。神にも分類があってね。覚えてないかもだけど、私が最初戦ってた水の神は下級神。さっき戦った生命神は上級神。そんで上級の上にもう一個、特級なんてのもいるけど、あいつらは敵対した瞬間殺されるレベルだから、戦おうなんてまだ思っちゃダメよ?」

「そんなものまでいるのか」


 上には上がいると言うが、にしたって上のハードルが高すぎる。


 言葉だけでは伝わりにくいかもしれないが、まさに今この瞬間、相手の顔を明確に思い浮かべて、明確な殺意でも抱けば、その瞬間に体が吹っ飛んでもおかしくない。そんな相手だ。


「ま、上級神はそこまでじゃないけど、それでも十分強いわ。(正直勝てると思ってたけど、まああんたはそこまで強くなかったしね)」

「?」


 叛逆者なら、勝てるのかと思っていた。というか神が相手なら負けないだろうとたかを括っていた。

 だがそう甘い世界でもなかった。

 なら、強くするだけだ。


「下級神は後五体いるわ。だからそっちから叩く」

「下級なら勝てるだろうか」

「勝てるわよ。弱いって言っても、そこまで落ちぶれた能力でもないからね」


 腐っても神への対抗手段。無知でもその力は発動し続ける。

 あんな空間全体を飲み込むほどの力は知らないが、リナだって叛逆者の一端を知った者だ。

 どこまで通用するかくらいはわかる。


「わかったらしゃきっとなさい。いつまでも落ち込んでたって、何かが変わるわけじゃないでしょ」

「……ああ」


 ここまで元気づけているのに、リベルはまだ少し俯いている。

 いっそ徹底的に潰してしまった方が楽なのでは?なんて思い始めるくらいには、リナは面倒に感じていた。


「ねえリベル。あんたに二つ選択肢をあげるわ」

「選択……?」

「ええ。一つは子供みたいに甘やかされてぬるい平穏を手に入れること。もう一つは、自分の立ち位置を理解して、危険な戦場に身を置くこと。どっちがいい?」


 つまりは人類と同じ庇護対象になるか、神々との戦いに身を投じるか。


「一つ、質問をいいか?」

「どうぞ?」

「リナは、どこにいるんだ?」

「守られる側になるなら知識は無駄だから教えられないわね」

「……そうか。なら、俺は戦うよ。リナは、そっち側にいるんだろ」


 まだ表情は暗い。それでも、瞳の中に意志の輝きが見えた。

 リナはふっと表情を緩めると、何かの契約のように手を差し出す。

 それをリベルが握り返すと、より力強く笑う。


「ようこそ。こちら側の世界へ」


 大仰に言ってみるが、実際のところは今と変わらない。

 ただ、全てを知れば明確に何かは変わるだろう。


「じゃあ、約束通りあんたのポジションを説明するわね」

「ああ」

「まずあんたは叛逆者って言う、世界でたった一人の神への絶対的優位性を持っている人間。ここまではいい?」


『神話大全』とかいう本にも載っていた、叛逆者という存在だ。

 リベルはしっかり頷く。


「で、本で調べてみたけど、前例なんてないから予測でしか能力が書かれてなかった。そこにあったのは、神の位置がわかることと、神を容易く葬れること。だからこれは私の所感。あの時は切迫してたし私も余裕がなかったから完璧じゃないけど、あんたの力についてある程度調べたこと」


 第一に、叛逆者はそれ以外の能力を保有しない。

 リナのように肉体を改造すれば別だろうが、リベル本体から才能の類は感じられなかった。

 次に、叛逆者は神以外に対して常に劣勢である。

 これはリナがあの高揚感の中で感じた唯一の不安。敵は水の神とその眷属だったから良かったが、人間に、魔物に、竜などに襲われていたら、普段通りの力を発揮できない気がした。

 気がしただけで試しているわけではないのがネックだが、あの何かが欠けているような感覚はそうとしか説明できない。

 そして、これは先ほど気づいたことだが、あの闇は神以外には回復効果もあるようだ。

 リナの薄く刻まれた傷は、何事もなかったように治っていたから。


「やっぱ怪我してたんだな」

「治ったからいいのよ。ていうかあれくらいなら全然許容範囲だし」

「俺は許したくないけど」

「……じゃあ、私が無傷でいられるくらい、あんたが強くなんなさい」


 守られるほど弱くもなければ守れるほどリベルは強くないが、それでも乙女としては守られてみたい。それができるなら、だけれど。


 そして最後に、これは憶測でしかないが、叛逆者は取り込んだ神の力を扱える。


「これは本当に推測の域を出ない。でも多分、あんたは水魔法だけは使えるはずよ」

「なんでそう思うんだ?」

「だってそうじゃなきゃいくらなんでも弱すぎるわ。神以外に攻撃されたらおしまいなんて、それこそ神が人を操ればすぐにでも殺せちゃうもの」

「……なんかそう聞くと俺って物凄く弱いのな」


 そう簡単には死なないと思いたいが、かといって目を逸らし続けて失うのは滑稽すぎる。


「あんたは癪かもしんないけどさ、私があんたを守るわよ。それこそ、あんたが戦うまでもないくらい」


 リナは神には対抗手段を持たない。しかしそれ以外であれば負ける気はしない。

 リベルは神にだけ優位性を持つが、それ以外の種族全てが弱点となる。

 そんな二人が協力すれば、まさに無敵と呼べるのではないだろうか。


「あんたは神を殺して、私はそれ以外に対処する。それでいいでしょ?」


 後ろを振り返って、不敵に笑う姿は、リベルが守りたいと思う自信に満ち溢れたリナの表情。

 それがあれば、それさえ見れれば、リベルには他の何も必要ないのかもしれない。


「ああ。それで行こう」


 暗い気持ちは吹き飛んだ。前を向く理由も作ってくれた。

 だったらもう、リナのために戦えばいい。




 家に帰ってきた二人は、日常を取り戻すように昼食を食べていた。

 ただリナも疲れていたので、今回は出前の寿司になった。


「どーよ。市販品は」

「美味いんじゃないか?」

「どっちが美味しい?」

「……リナの飯」

「……♪」


 一瞬の間は気になるが、まあお世辞でも許してあげよう。そう思えるくらい、褒められるのは嬉しかった。

 こういう雰囲気も悪くないな、とか思っていると、邪魔者というのはやってくるものだ。


「あ?」

「どうした?」

「……いや、ちょっと待ってね」


 通信が入り、リナは席を立つ。


「何よ?」

『お仕事だってさー。下級神叩くならちょうどいいんじゃないかなって』

「え、もしかして面倒だから押し付けようとしてる?」

『いやいやまさか。ぼくはぼくでルイナの御守りがあるからさ』

「寝てるだけでしょうが。てかあいつ何したって死なないでしょうが。そんでそれを人は押し付けるって言うんだけど?」

『ぼく人間の感性なんて知らなーい』

「こいつ……ッ!」


 主人がマイペースなら飼い犬もマイペース。

 そう相手を馬鹿にしておくことで、どうにか相手の話を聞き入れる。


「……で?相手は何よ。邪竜?魔王?それとも突然変異種?」

『あーごめんごめん。敵じゃなくてね』

「?」

『魔の神が会ってみたいって』

「……はい?」

『まあぼくに頼まれたのは状況説明なんだけど、だったら本人で良くない?って』

「そりゃまあ、そうかもだけど」


 魔の神。魔物の神ではなく、魔法を極めた先に辿り着いた魔法の神。

 その名も魔導神。

 上級神の中でも上位に分類され、現人神あらひとがみとして敬われる存在。

 そんなものが、何の用だ?


『自分に通用するか知りたいんじゃない?上手くやれば手伝ってくれるかもね』

「いや、あれの気まぐれ具合わかってる?てか私あいつ大っ嫌いなんだけど」

『なら叛逆者だけ放り捨ててくれば?』

「……あんたさぁ……あんたってやつはさぁ、とことん私が嫌がることを言うわよねぇ……」

『あはは、誰のせいだろうね。まあとにかく、用があるのは叛逆者。君は関係ないよ』

「クソッタレが行ってやるわよ行けばいいんでしょ!?ただし、起きたら主人に伝えときなさい」

『何かな?』

「いずれこっちについてもらうから。これはお願いじゃなくて命令よ」

『いずれ、でいいんだね』

「ええ。その時が来たら言うわよ」


 ふん、と鼻を鳴らして通信を切る。

 そこでようやく気づいたが、どうやらリベルが聞いていたらしい。


「……何よ」

「いや、荒れてるな、と。大丈夫か?」

「別に。これくらいたまにあるもの。それで、行き先が決まったわよ」

「また出かけるのか?」

「流石に明日だけどね」


 リナはちょっと嫌そうにため息を吐いてから、


「メリー大陸。魔導神が治める国があるとこよ」


 とっても嫌そうにそう教えたのだった。

とりあえずプロローグはこれで終わりです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ