7話 魔法戦
基本の四属性が基本と呼ばれる理由は、いくつかある。
ティエナのように魔眼があれば色がついて見える、だとか。
誰しもこの四つのうちの一つくらいは適正があって、力の強弱はあれど使えない人はいないから、だとか。
だがそれは現代で万人にわかりやすく説明した理由でしかない。
では、魔法の神が提唱した基本の意味とは。
「ほぼ全ての魔法はこの四属性から始まりますの。明暗であったり次元であったりと全く異なる場所から始まる魔法もありますが、大体は四属性さえ扱えれば理論上使用可能ですの」
ここからさらに発展させるための、基本。
”基本的”に扱えるから、ではなく、”魔法の始点”であるからの基本。
「これを実現するのが複合属性。または融合魔法と呼ばれる二属性の合わせ技ですわ。リベルさんは、今のところ氷を使っているはずですの」
「割と世話になってる」
「二属性を合わせているのですから、その魔法強度は単属性を遥かに超えますわ。もちろんより精密な魔力操作や想像力が必要になるのですが、リベルさんは見ればできてしまいますものね」
「なんだろうな、結果を引っ張り出すのは得意だぞ」
「……あなたはいい加減に自分の異常さに気づいてくださいまし」
見ただけでできるなら誰も苦労しないのである。
リベルは未だに魔法の残酷さと難しさを知らないようだが、あの保護者は一体何を教えているのやら。
「まあ、そちらはいいですの。今は水と風の複合たる氷属性を知っているはずですが、もちろん他の組み合わせでも属性はありますわ」
「ふむ」
「風と地で雷、火と風で爆発、地と火で錬成、まだまだありますが、特殊なもので火、水、風で熱量操作なんてものもありますわ。本来氷はこちらに分類されますの」
「?」
「あなたはまあ詳しい事情などいらないですの。とにかく、そうやって魔法はどんどん発展していくと考えてくださいまし」
融合された発展属性から、さらに上へ上へと魔法は進化していく。
地と火だけの錬成よりも、そこに雷や水を加えた錬成の方がより純度の高い金属を生み出せたり、熱量操作と爆発を合わせてより殺傷力の高いものに変えたり。
とにかく魔法の自由度は高く、基礎を固めれば固めるほど、その上に連なっていく新しい魔法はより強く簡単に発動できるようになっていく。
「これが魔法の真髄ですわ。これを知らなければ、どれだけ一つの属性を極めたところで神には至れませんの」
「魔導神は全部わかってるんだな」
「当たり前ですの。全ての魔法を知れば、自分だけの世界を構築することも可能ですわ。まあ、神域と何が違うかと聞かれたら、わたくしも細かいことは言えませんけれど……」
神域はその空間を支配するという意味のため、何もないまっさらな空間に自分の世界を作ってしまうと、それは創造された世界であると同時に、自分の神域ということにもなってしまう。
神域の作り方もその空間を意識して、自分の”場所”だと思い込むことなので、やっぱり違いはよくわからない。
「じゃあ、魔法さえ極めれば、世界を壊すも創るも自由自在ってことか?」
「理論上……本当に理論値ですわ。この世界には破壊と創造の神がおりますの。世界に二柱しか存在しないとされる特級神ですわね。ある地点に対する破壊や創造程度であれば見逃されるものの、その照準を世界に向ければ、魔法を発動する前に使用者が抹消されますの。ですから、魔法だけで世界を語るのは実質不可能ですわ」
「……恐ろしいな。ん?てか特級”神”?」
あれ?おっかしいな。俺って何と戦ってるんだっけ。
「ええ神ですわよ。上級の上に存在する、まさしく世界を司る神。わたくしでさえも、あの二人に届くとは思えませんの」
「……」
そんな神と相対したわけでもないのに、リベルの全身から嫌な汗が吹き出してくる。
だって、魔導神でさえまだまだ勝てる気はしないのだ。
なのに、その上?世界を司る神?
「……やってられんねぇ……」
「その気持ちはわかりますが、一応言っておくとそんな神にさえ挑んだのがリナさんですわよ。何せ彼女は『世界』を敵と認定したわけですからね」
世界に照準を向けたとき、滅ぶのは自分自身。
なら、リナが今生きている理由は?
「見逃されたのでしょう。特級神にとって、それ以下の神も、始まりの悪魔も、有象無象の生き物も、ほとんど違いはなく、全て指先一つで滅ぶ程度の存在でしかありませんわ。世界を司るとは、そういうことを言いますの」
「……それは、神の力?俺なら消せる?」
「さて叛逆者なんてものが本当に出てきたのはこれが初めてですので、やってみないとわからないですわね」
「……ぶっつけ本番かよ……」
そんなものと戦うのは魔導神よりも後だろう。
それでも、嫌だ。聞いただけで戦意が削がれるというのは、感情の薄いリベルにとって初めてのことだった。
「少し話が脱線しましたわね。一応、複合属性も先ほどの幻影との戦いで見せていましたが、どうですの?なんとなく理解できました?」
「雷とかあの爆発が属性ってことはわかった。でも結局俺が使えるのは魔導神が見せた魔法だけだぞ?」
「……時間さえあれば、あなたは全ての魔法を見るのがいいかもしれませんわね」
今のところ基礎が固まっていない弊害はない。
しかしいずれ綻ぶ。それはより強大な魔法を使った時に。
だから、まずは基本魔法の全てを叩き込んだ方がいいかもしれない。
どこかで躓いてしまう前に。
「まあとりあえずティエナさんとの模擬戦ですの。幻影で向こうの様子も見ていますが、ティエナさんはあなたをボッコボコにすると息巻いておりますわ」
「なんであいつあんなに俺を倒したがるのかな。マウント取って何になるんだ?」
「多分、愛しの姉様の態度の違いが気に食わないのではありませんの?あなたよりも強いと示して、もっと気に入られたいとか」
「言えばいいだろうに……」
ティエナであればリナもちゃんと認めてくれるだろう。
『友達』までは行かないかもしれないが、本当の妹のように接している時点で、ティエナは十分気に入られている。
だが本当の子供でない二人はわからない。絶対に負けたくない子供の心など。
場所を移して訓練場。
魔導神の幻影は既になく、不敵な笑みを浮かべるティエナが待っていた。
「もうビリビリしない。絶対勝てる!」
「あれだけが俺の強さじゃないけどな」
むしろあれは借り物どころか小手調べの技。
ただそんなものに負けたと知ると、ティエナに本気で殴りかかられそうなので余計なことは言わない。
「どこからでもかかってこい……!」
「随分な自信だな。じゃあ」
足元から伸びた岩の槍がティエナの腹を狙うが、流石に一度見た攻撃を受けることもない。
後ろへ跳んだティエナは、身体強化の光を吸収すると砲弾となってリベルに肉薄する。
さっきとあまり変わらないために雷を纏った腕で防ごうとしたが、嫌な予感がしてリベルは咄嗟に身を捻って躱す。
「む……避けられた」
「なんだ今の。何をしても防げない感じがしたな」
「わからないなら、言わない。気になるなら、受けてみればいい!」
ハイキックではなく、もう正面からドロップキックが飛んでくる。
一つの技に執着されるのも面倒なので、リベルは自分を水の殻で覆ってティエナの攻撃を受け止める。
その瞬間、ティエナの足を起点に空間が爆ぜた。
「当たった場所で爆発を起こす魔法か……痺れたとしても先に当ててる分勝てるってか?」
「ん?わたし、元々雷の耐性ある。無効じゃないから痺れたけど、ちゃんと防げば効かない」
「まあ、リナがベースならそうか」
お互いに距離を取っての睨み合いが続くが、意味もなく相手を待つ必要もない。
ティエナの速度も考慮して、リベルは面で制圧する。
「全方位爆撃」
「!?」
ティエナの背後と正面、そして強化された脚力で到達できる場所に、いきなり爆発が起きる。
だが、ティエナが身体強化任せに動き回るというイメージが先行しすぎた。
ティエナは、咄嗟に足元に縦穴を作り出し、そこへ落ちることで爆発の直撃を免れる。
「なんてことをする。死んだらどうする」
「手加減してほしいのか?」
「む……あまり、舐めないで」
ティエナの戦闘スタイルがガラリと変わる。
岩の槍、火の玉、氷の礫など様々な魔法がリベルへ殺到する。
ただやはりティエナのスタイルは近接戦闘のためか、ほとんど幻影が見せる攻撃と変わらない。
リベルは全てを岩の壁で防ぐと、その表面を起点に風の弾丸を射出する。
「……やっぱりこれじゃダメ。リベル相手にあんまり見せたくなかったけど……」
ティエナは攻撃をやめて深呼吸すると、その手に魔力を集める。
わざわざ待つ必要もないが、これは模擬戦でありティエナも本気で殺しに来ているわけではない。
ちゃんとティエナの準備が終わるのを待っておく。
「我が体を構成する魔なる鉱物よ。我が求めに応じ、その一部を力へと変えよ。【生命変換:ミスリルの剣】」
ティエナの手中に、虹色の剣が生まれる。
それはティエナ自身を形作る、魔力との親和性がとても高い鉱石。
一切余計な物を含まない純粋なミスリルは、魔力に応じてその強さを際限なく引き上げる。
「身体強化で覆ったミスリルは、絶対に砕けない……!」
煌めきの尾を引く剣を持って、ティエナはもう一度リベルに接近する。
今までの蹴りよりも格段にリーチが長くなったことで、リベルもこれを氷の剣で受ける。
だがやはりこれはティエナの肉体。氷程度が勝てる相手ではないし、リベルの脆弱性も発揮されてしまう。
半ばから折れた剣を見て、リベルも覚悟を決める。
「……ならこっちも本気で行こうか」
「手加減なし……! 手を抜いたら、ぶっ殺す!」
「口が悪いぞ」
リベルは待ってあげたが、ティエナが待ってくれそうな気配はない。
確かあれは何度も何度も剣を融合させた物のはずだが、リベルはそれを一発で手の中に呼び出す。
「永久氷炎の天帝剣」
「!? それ知らない!魔導神!あんなのあるって聞いてない!」
「わ、わたくしも見たことありませんの……」
何せこれは地の神とのタイマンで使った剣なのだ。観測できているとしたら、せいぜい上空から声をかけてきた金色の少女くらいだろう。
金色の炎を纏う剣に、ティエナも負けじとミスリル剣を強化する。
「もう一回、【生命変換:ランダムエンチャント】!」
ティエナが乱雑に振った剣から、氷の礫が飛び出す。
リベルはそれを簡単に剣で弾くが、次にティエナが剣を振ると爆発が巻き起こる。
「何が起きるかわからないってことか」
「そういうこと!」
ティエナが剣を地面に打ち付けると、リベルに向かって影が伸びる。
それは剣のような切れ味を持った鋭利な影。
闇魔法に分類される攻撃だったが、三属性の神の力を合わせた剣はなんとかこれを防ぐ。
直後、爆発で回転しながら吹き飛んできたティエナの剣が頭上へ落ちる。
「……っぶねぇ……」
「やったと思ったのに」
リベルは空いていた左手に氷の剣を生み出してどうにか凌いだが、ティエナのエンチャントは消えていない。
「ごぼっ!?」
リベルの顔を不意に水が覆う。
対象の呼吸を止めるだけの単純な魔法。しかし息をする生物には絶対的な効果を齎す。
「死にたくなければ降参して」
「……ぼぼばばばっばばぼぼあ」
「何言ってるかわからない」
バリっ!とヘルメットのようになった水に電気が走る。
拘束力を失った水が、リベルの顔から剥がれ落ちた。
「まだ終わっちゃいないって言ったんだ」
「……魔法の制御、奪った?」
「俺の水魔法で塗り替えた。これくらいはやれるぞ。俺は」
「……厄介」
呟いたティエナは乱雑に剣を投げる。
自分の一部なのになんて乱暴な、と思いながらリベルが弾けば、宙を舞った剣から大量の魔法が飛び出す。
「増幅ランダムエンチャント。プラス、追尾!」
水の殻で魔法を防いでいたリベルの、その防御を横合いから飛んできたミスリルの剣が突き崩す。
どれだけ強い剣を持っていたところで、間に合わなければ宝の持ち腐れ。
咄嗟に出たのは足だったが、靴底から踵にかけて剣が食い込み、リベルの肉を切り裂いた。
「っ、そこまでですわ!ティエナさんは構築している魔法を破棄してくださいまし!」
「……ん、わたしの勝ち?」
「これくらいなら戦えるけどな」
「もっと危機感を持ってくださいまし!?」
魔導神が慌ててリベルに駆け寄って状態を確認するが、地面に赤い液体が飛び散っているくせにリベルの体に外傷は見られない。
「……どういうことですの?」
「だからまだやれるって。よくわからないけど、基本的に痛いのは一瞬なんだから」
「……あり得ませんわ……」
魔導神が一瞬目を離した隙に、皮膚だけでなく靴さえも元の状態へ戻ってしまう。
そのことに魔導神は絶句しているが、事情をわかっていない子供たちは元気な物だった。
「ティエナ!まだ終わってないからな!」
「魔導神が止めた!最後に当てたのはわたし、だからわたしの勝ち!」
「……魔導神が甘すぎるだけだろ」
「!? 模擬戦で血が流れたならそれは負けですの!リベルさんはまずルールを学んでくださいまし!」
「……」
「ほら、わたしの勝ち〜♪」
審判、というほどでもないが、監督役の魔導神に言われたことでリベルも認めるしかなくなった。
小躍りするティエナはまあいいとして、リベルは不満げな目を魔導神に向ける。
「致命傷を避けるのはわかるが、あの程度傷のうちに入らないだろ」
「ちょっとくらい傷つけてもいいという考えは捨てるべきですの。ティエナさんも、大切な仲間でしょうに」
「……仲間」
リナさえいればいいリベルだが、リナにとっては魔導神もティエナも大切だろう。
つまり、リベルも二人を大切にするべきだ。
「じゃあいいよ」
「納得していただけたようで何よりですわ」
何かが違う気もしたが、リベルが認めたことで魔導神も引いておく。
「ティエナ!あとでもう一回だ!」
「!? もうやだ。今日はやだ。疲れた」
「おい、お前は嫌だって言ったのにリナまで使ってゲームやらせてきたのにか!?」
「……受けたリベルが悪い。ねえさまに甘いリベルが悪い!」
珍しく口喧嘩する二人に、魔導神はおろおろしているが、困っているその横を追い越していく人がいた。
「じゃあリベル、私とやろっか」
「リナ!?」
仕事に区切りをつけたリナが、ちょっと楽しげな笑みを浮かべて立っていた。
「戦い足りないんでしょ?その気持ちよくわかるわ」
「バーサーカーが出てますわよ」
「……とにかくっ、一回やってみよ?私を攻撃したくないってんなら特別ルール作るし、いいでしょ?」
そこまで言われてしまうと、リナの言葉ということもあってリベルは首を縦に振るしかない。
こうして、急遽リナとの特別模擬戦が始まった。




