4話 魔導神の家
ティエナに連れ出された魔導神は、正直内心助かったと思っていた。
リベルがまだ頑張っていたことや、ティエナでさえも食べようとしていたために言い出しにくかったが、これ以上食べたら本当に吐くかもしれないというところまで来ていたのだ。
「そ、それで、どこへ行きたいですの?」
「隠し部屋!」
「あ、あるとお思いで……?」
「ある!魔導神、作らないわけがない!」
「なぜ言い切れますの……」
だが実際あるのだから困る。一体魔導神の何を見てそう判断したのか。
「魔導神、そういうの好きそう。実は子供っぽい」
「うぐ……確かにそんなやりとりをしましたわね……」
にしたってよく見ている。
仕方がないので、バレてもいい隠し部屋へ案内することにした。
至って普通に見える部屋の扉を開け、その中の未開封の小物の箱を一センチずらし、タンスの二段目の引き出しを開ける。仕上げに魔法のチョークで壁に特定のリズムで線を刻めば、地下への階段が現れる。
「す、すごい!秘密基地!」
「ふふ、憧れる気持ちはよくわかりますわ。ただ何度も利用すると、だんだん面倒になっていきますのよ」
「どうせある。便利な隠し通路」
「……か、帰りの道はありますわよ。一方通行というわけでもありませんけど……」
なぜこんなに魔導神の性格がバレているのか。リナから何か聞いているのか。
後で問い質しておこうと思いつつ、風情のあるオイルランプを虚空から取り出して、魔導神は地下へと続く階段を下っていく。
「す、すっごく暗い……」
「隠し部屋とはこういうものですわ。明るかったらすぐにバレてしまいますもの」
「暗視つけてくれればよかったのに……」
ティエナが瞳をチカチカと色を変えて光らせるが、その中に暗がりを照らす能力はない。
どうせ変な物を埋め込むならなんでもできるほどの力が欲しかった。
「わたくしは、その程度で済んでよかったと思っていますわよ」
「む、馬鹿にしている……?」
「いえいえ、違いますわよ。第二のリナさんのようにならなくてよかったと言っているのですわ」
「……ねえさま、そんなに酷い人?」
「聞いていませんの?……まあ、全て彼女が悪いとは言いませんけれど、非がないとは言えない、と言ったところですわね。もし気になるようでしたらご本人に。わたくしが全てを語る権利はありませんわ」
「ん、魔導神、意外とまとも」
「ど、どういう意味ですの」
そんなに人の秘密をペラペラ喋るような性格もしていない。
何より、これは知らない方が幸せなのだから、少しでもティエナのことを考えるなら、話すわけがないのだ。
「さあ着きましたわよ。地下大図書館ですわ」
「ネーミング、そのまんま……」
「ひ、秘密基地ですわよ。変な名前をつけたりはしませんの」
「……つまらない」
お気に召さなかったらしい。
それでもきょろきょろ暗すぎて見えもしない室内に視線を巡らせるのだから、興味を引くことはできているのだろう。
「ティエナさん、このまま前を見ていてくださいまし」
「ん?何かある?」
「いきますわよ」
パチン!と高らかな音を立てて指を鳴らす。
それを合図に、手前から奥に向かって松明に赤い炎が灯っていく。
「お、おお!すごいすごい!これこそ隠し部屋!」
「ふふ、わたくしもこれくらいの遊びは入れますの。見ていて楽しいでしょう」
「わたしもやりたい!」
「え」
魔導神の得意げな顔が固まる。
何しろこれは指を鳴らせば、なんて簡単な物ではなく、魔導神がわざわざ魔力を順に流して起動していくという魔法なのだ。つまり魔導神以外には火をつけられない。
しかしティエナはどうしてもやりたいようで、親指と中指を頑張って擦っていた。けれどスカ、スカ、と音が鳴ることはない。
「むううぅぅ……できないぃ……」
「くす、では頑張って練習しましょうか。いつか、リナさんたちに見せられるように」
「ん!そうする!」
ペチペチと頑張って指を鳴らそうとするのを、魔導神は微笑ましく眺めていた。
「そろそろ戻りますの?それとも、少し本を見ていきますの?」
「……ここ、何がある?」
「そうですわね……昔わたくしの家にあった古い学術書や、わたくしがまとめた魔法に関する本……後はいらないのにリナさんに置き場所がないからと渡された大量の本ですわね」
リナの家にも相当蔵書があると聞いたが、多分これには及ばないだろうと思っている。
何せリナからの寄贈、というより間借りされている分があるのだ。
まあ差し引いたとしても負ける気はしないが。
「ねえさま、どんな本持ってる?」
「あの人は収集癖でもあるのかなんでも集めてますわよ。今となっては電子書籍などもあるというのに」
ネットと直接繋がる頭なら、そのまま買って読んでしまえばいい。
確かに紙の質感が良いという意見もわかるが、場所を圧迫しているなら、と魔導神は思う。
「……簡単な魔法の本が欲しい。もっと強くなって、ねえさまと一緒に戦う」
「そんなこと考えてましたの?ずっとわたくしといると言ったのに」
「う、でも、やっぱり、ねえさまが」
「ふふ、冗談ですわよ。簡単な魔法の本ですわね。読んだだけでも多少なりとも発見がありそうな物を見繕ってあげますわ」
魔導神が指を振ると、体育館ほどの広さのある図書館から本が勝手に集まってくる。
分厚いものや教科書サイズのものまであり、それらをまとめて持ち出すのは難しそうなのだが、魔導神の近くで重なるとそのまま空中を浮遊する。
「落ちない?」
「落ちませんわ。空間魔法を覚えればこんなこともできますのよ。まあ、干渉どころか認識と座標まで覚えなければいけないので、少々難しいですが」
「……頭痛くなりそう」
ふふ、と微笑むと、ティエナの頭をそっと撫でて元きた道を引き返す。
気配でついてきているのは把握していたのだが、それが急に止まったので魔導神も振り返る。
「どうかしましたの?」
「……隠し部屋、もう一つある?」
「!!」
なぜバレたし。ビクゥッと肩を震わせてしまうが、どうにか取り繕ってみる。
「あ、ありませんわよそんなもの。何を感じ取りましたの?」
「魔力の、波動?揺らぎが見える」
「……魔眼持ちは違いますわね」
「はっ!?知ったらダメだったやつ!わたし、殺されちゃう!?」
「食べちゃいますわよ〜」
冗談めかして手を構えてみれば、ティエナは黄色い声を上げながら、
隠し扉の方へ突っ走っていった!
「あ、ちょ、ちょっと待ちなさいな!」
走る、なんて後手に回るようなことはせず、ティエナの目の前に転移して小さい体を抱き上げる。
「つ、捕まったっ!殺されるぅ〜!」
「むしろ捕まらない方が死にますの……この先は、禁忌のエリアですわ。神に等しい力を持たねば、知識を得るどころか肉体が崩壊してしまいますの」
「……魔導神、恐ろしい」
「もちろん厳重なロックはありますわよ?」
そのロックも魔導神がいなければ開かないので、本当に入りたい部外者は物理的に破壊するしかない。
ただ子供ならではの柔軟さと、ティエナの謎の察しの良さが重なると何が起こるかわからない。
魔導神はティエナを絶対に逃がさないように抱えると、そのまま地上へと戻る。
「禁忌……見たかった……」
「自殺願望でもありますの?ティエナさんにリナさんと同じ永遠があるのなら、いつかわかりますわよ。時間さえあれば、誰だって辿り着ける程度の秘奥でしかないのですし」
そんな日が来るとは思わないし思いたくもないが、ティエナがもしも辿り着いたのなら、その時は先輩として色々教えてあげよう。
他の部屋も見て回ろうかと思ったが、ティエナはもう眠そうだし、最初から隠し部屋くらいしか興味がなさそうだったので、一度リナとリベルがいるはずのリビングに戻る。
「あら?」
子供じゃないと自分の足で歩いていたティエナも、その光景を見てどうするべきか非常に悩んでいるようだった。
リビングでは、食べ疲れたのかソファにゆったりと座るリベルと、その腕を抱いて肩に頭を乗せるリナがいた。
「ああ、戻ってきたのか。そこに残ってるのが魔導神の分な」
「え、ええ、それは良いのですが……」
テーブルの上はある程度片付けられているので、実は面倒見の良いリナが気を利かせてくれたのだろう。
わざわざ律儀に『魔導神の分!』とメモの置かれた皿には一人前くらいのたこ焼きが盛られていた。
いやまあ、そっちは本当に良いとして。
「随分と、仲睦まじいようで……」
「まあ、リナも割と子供っぽいってことだ」
「……リナさん……」
報われないですわ……と同情する視線を向けても、リベルに体を預けるリナはみじろぎひとつしない。
「あ、リナは寝てるからな」
「それ寝てますの!?いえまあ、確かに力は抜けてますが……」
だったら膝枕とか、もっとそれっぽいものがあったのではないか。
なんだかお互い認めてない、というかリベルは意味を理解してない部分が散見されるが、それにしてもだろう。
「ほらリナ、二人とも戻ってきたぞ」
「ん……んぅ……?」
リベルが優しく頬を叩いても、リナの意識が覚醒することはない。
その瞳はとろんと溶けていて、もうキスでもしそうな距離でリベルの目だけを見ている。
「えへへ……おやすみぃ……リベル……」
普段のリナからは想像もつかないような緩み切った笑みを見せると、また頭を預けて目を閉じる。
リベルは起きないことで少し焦っているようだが、残念ながら慌てる部分はそこじゃない。
「……ねえさまのあんな姿見たくなかった……」
「……右に同じくですわ。なんですの、あの甘ったるい声は……」
あんなのが、かつて大陸を消滅させた大災厄?
あんな少女が、世界に憎悪を向ける反乱分子?
まさかそんな、と魔導神は今まで見てきた全てを否定しそうになる。
だってあれは、あんなのは、まさしく幸せを享受する、年相応の女の子ではないか。
「……本当に、この世界は……あぁ」
「魔導神、どうかした?」
「いえ、なんでもありませんわ。もう口の中が甘ったるすぎて食欲なんて湧きませんので、残りは明日食べますの」
「ん?まあ、そうなるだろうってリナも言ってたよ」
「……確かに状態保存がかけられていますわね。全くなんて用意の良い……」
リベルの母親だなんだと言っていた時もあるが、多分みんなのお母さんなんじゃないか。そして母親なんてものではなく、きっと認めてもらいたいだけの子供なのだろう。
ずっと不思議だったリナの本心が、リベルの前では当たり前に転がっていて、魔導神からすると拍子抜けと言うしかない。
「リベルさん」
「ん?」
「その人のこと、幸せにしてあげてくださいまし」
「……なんでそんなことを言う?」
リベルが少し警戒するような目を向けてくる。
なんでこれで警戒されなきゃいけないのか、まあ心当たりがなくはないが、それにしたって信用がなさすぎである。
仕方がないので、魔導神は唯一無二の親友にして切っても切り離せないもう一人の自分に代弁させる。
「私も、一人の少女としてリナの幸せを願っているからだ。これでは、納得できないだろうか」
「……まあ、言われるまでもない。そもそも疑問に思ったのは、魔導神が人の幸せを願えるのか、ってちょっと思っちゃっただけだからな」
「……信用がなさすぎじゃないか?」
そこまで自分勝手な人間になったつもりはない。
とんがり帽子を被り直して、魔導神はちょっと涙目になってみる。
「……魔導神、もう一人いる?」
「あ、言ってませんでしたわね。わたくし二重人格ですの」
「それサラッと言っちゃうんだ」
「言わない方が不誠実ですわ。何しろティエナさんはわたくしの新しいお友達ですもの〜!」
「んぐっ!くるしい……!これやだ……!」
リナがリベルに甘えるなら、魔導神はティエナに甘える。
ずっとずっと一人ぼっちだったのだ。これくらい許してほしい。
「まあでもさ」
ティエナのとっても嫌そうな顔とか、魔導神の癒しを求める顔とか全部無視して、リベルはさっきの話を続ける。
「もう多分、リナは幸せなんだと思うよ。俺が言えることじゃないけど、こんな顔を見たらそう思う。だから俺にできるのは、リナがそうやって笑える場所を守ることだけだ」
「……」
あぁ、こんな人だから、あなたは心を開きましたのね。千年を超えても尚、心の中に居続ける親友以外に。
「羨ましい限りですわ」
「?」
「ふふ、わたくしも、そんな風に何も言わずとも理解されてみたいものですわ。リナさん、もう起きているのでしょう。隠しているつもりでも口元が緩んでいますわよ」
「…………わかってんならほっといてくんないかなぁ……恥ずかしいったらありゃしないわよ……」
「ごめんなさいね?わたくし、そこまで理解力もありませんので」
「この女はっ……はぁ……まあいいわよ。あのままじゃタイミング逃しそうだったし」
どこか疲れたように睨む顔まで可愛らしく見えるのだからずるい。
「それで、こっからどうするの?私たちだけ帰ればいい?それともティエナちゃんはまだうちがいい?」
「もう遅いですし、泊まっていかれたらどうですの?部屋は用意いたしますわ」
「ん、そう言うならそうする。リベルもそれでいい?」
「ああ。リナがいるならどこだろうと変わらないしな」
「……」
おもむろに立ち上がると、リナは魔導神の目の前までやってくる。
「(こんなこと平気で言うのよ……?恥ずかしくてやってられないっての……)」
「いいじゃないですの。愛されてる証ですわ」
「……」
ただこれでもまだきょとんとしているリベルを見ると、やってられない気持ちもわかってくる。
「お風呂はどうしますの?一応、皆さんで入れるくらいの広さは確保できますわよ」
「それ魔法でしょ。ってか皆さんって何?リベルもってこと?」
「……あなたがどうしても言うのなら……?」
「言うわけないでしょ恥ずかしい!」
それは冗談だけど。
「三人で入れるスペースはありますわよ」
「ティエナちゃん、どうする?」
「……今日は、ちょっともういい。一人で入る」
「あ、あらそう……?」
ぷいっとリナから顔を背けると、風呂場に案内しろとでも言いたげに魔導神の手を引っ張ってくる。
「(……あなたの甘ったるい顔を見て幻滅したそうですの)」
「……(泣きそう)」
今までねえさまねえさまと寄ってきてくれた子が、いきなり素っ気なくなったらそりゃ悲しいだろう。
だけどこれは自業自得。掴み取った幸せのために切り捨てたものだとでも思えばいい。
「では少し案内してきますわ」
ティエナに浴室と部屋の場所を教えてから戻ってくると、
「……あの、懲りないですわね」
リベルに抱きついて頭を撫でられているリナがいた。
「傷ついたぁ……!ティエナちゃんが冷たいの……!」
「だそうだ」
「……あなた、十四歳にしてもお子様すぎますわ……」
もうこの人、リベルさえいればいいのかな。
そんな風に思っちゃうくらい、リナの表情は無防備だった。




