1話 移動時間と負けず嫌い
今日は消滅大陸を発つ予定だが、ティエナがいることもあって朝食は食べてから行くことにした。
だがリナはもう少し自分の状況を考えるべきだった。
「ねえさま、目が真っ赤」
「へっ?そ、そう?」
「また、暴走する……?」
この赤さは全くの別物なのだが、ティエナは何より暴走の方が心配らしい。
「まあリナさっきめっちゃない」
「ダメダメ言うな言うな言うな〜〜〜っ!」
ゴスゴス、ゴンッ!とリベルを三連コンボが襲う。
対面に座ったリナからの箸と取り分け用トングの三回攻撃だった。
後ろにひっくり返ったリベルは、しかし痛みよりも遠い目をする。
そもそも爆風を移動速度に変換するような男だ。これくらいなら耐えられる。
ただリベルだから耐えたのであって、普通は危険だからティエナが良い子なら絶対に真似しないでもらいたい。
「リナ……?」
「あっ、やっ、あ、あんたが変なこと言いかけたのが悪いんだからねっ!」
まあこれもリナらしいと言えばその通りだ。
きっと、リナの居場所であるとはこういうのを受け止めるのも仕事のうちなのだろう。
「リベル、変態……?」
「え、なぜ」
「悪くないって顔してる」
「……それさ、本当に表面の情報だけ読み取ってんだよ」
これでリナが楽しいと思えるなら、痛くてもいいやという思考なのだ。
それなのに悪くないなんて部分だけを読まれても困る。
椅子を起こしながら、リベルはティエナに非難がましい目だけ向けておいた。
「まあま、この話はもういいでしょ?」
「リナは一番言っちゃいけない」
「ねえさま、はぐらかした」
「……なんだっていいでしょ!?私だって逃げたっていいじゃない!」
こういう時、逃げが得意などこぞの竜が羨ましい。あの逃走スキルはどうやったら手に入るのか。
「でも、言わなくてもわかってるから、いい」
「え、え、なんかそれすっごい気になるんだけど。自分で言うより嫌なんだけど!?」
「なら、教えて?」
「……ねえいつからそんな話術覚えたの?」
秘訣は本音をすぐに出さないことである。
ティエナがやっているのはそれくらいでしかない。
「ま、まあ、私の話はいいのよ。一応さ、メリー大陸に行くってのは言ってたと思うんだけど、ここからだとどうやっても二日以上かかるわけよ」
「ねえさま」
「ん?」
「……なんでもない、です」
リナは威圧を発動した!
ティエナは黙るしかない!
「それはやっちゃダメなんじゃない?」
「……ひどいよ」
「……」
リナは泣きそうな顔を発動した!
リベルには返す言葉がない!
「で、で、いい?今日は、一回ソロー大陸で休みます」
「ソロー大陸?」
ティエナが黙って食べ始めたので、もう蒸し返すことはなく、リベルも話を前に進める。
「私らが初めて会ったとこ」
「そう言うと聞こえはいいけど、俺の記憶の始まりは銃で起こされたとこなんだけど」
「……あったわねそんなこと」
色々やらかしすぎである。
あとから責められると逃げるしかない。
「で、今から出ても着くの夜なのよね」
「「どうするの」」
「……なんで今日こんな責められんの?よくない?どうせ御者やんの私なんだし」
もう、リナは吹っ切れた。
二人だって別に到着時刻なんてそこまで気にしていない。
ただ単純に、じゃあ昼食とか移動時間とかどうするの?という質問だった。
まあこの辺りは全部を言わないのが悪い。リナはあまり気にしない方が良いだろう。
「じゃあ、行くわよ」
食べ終わった皿はとりあえず食洗機に入れておいたが、一部の壁に穴が開いた家をまだ使うかどうかは微妙なところ。
ティエナの大荷物がリナは少し気になったが、あまり触れることはなく飛竜に乗る。
「リベル、今度はオセロ」
「げ、またボードゲームかよ」
「どうせ暇。絶対暇。だからやる」
「……わかったよ」
リベルは『また何連敗もするんだろ?もう知ってるからなんでもいいよ』、と無の境地でティエナの挑戦を受ける。
案の定負けを重ねていくわけだが、リベルは良い感じの逃げ場所を見つけた。
五連敗した辺りで、ティエナが片付けをしている隙をついて逃げる。
「リナ、どうかしたか?」
「ひゃっ!?な、なんでもないわよ?」
「そうか?ずっとこっち見てる気がしたけど」
「……き、気にしなくて良いわよ。ただちょっと、いいなーって思っただけだから」
馬車の手綱でも握っているなら前方に注意する必要があるだろうが、ここは生憎海の上。
道があるとかないとかそんなのは関係なく、海からの攻撃だけに注意しておけばいい。
リナがちょっと遊んでるくらいで警戒を怠るとも思えないので、まあ暇なのだろう。
「代わろうか?」
「……飛竜の操縦って難しいのよ?」
「ちょっと貸して」
リナから手綱をひったくると、御者席に座ってみる。
その瞬間、頭の中に全く違う回路というか、パスのような物が繋がれた感覚があった。
「それはこの思考伝達用ロープの特性。そこに右に曲がれとかもっと速くとかの命令を出すわけ」
「なるほどな」
よーしじゃあ試しに、なんて思うと、向こうから、つまり飛竜から思念が流れてくる。
『おい人間。俺様に乗るとはいい度胸じゃねえか。姐さんは恐ろしいが、お前みたいなガキなら俺でも勝てるぜ』
「……」
確かにリベルは脆弱性があるし、飛竜一匹にも負けるかもしれない。
だけどなんだこいつは。ちょっと生意気すぎやしないか?
「……どっちが上か教えてやるよ」
「リベル?」
ここは飛竜の頭に一番近い場所。御者席は竜の首辺りにある。
座るための鞍があるが、リベルはその下、竜の鱗に直接手を当てる。
「簡易永劫の業火」
「ギャッ!?」
飛竜が叫びながらバッタバッタ空中で暴れる。
「ちょっとリベル!?あんた何してんの!?」
ティエナとオセロを咄嗟にワイヤーで掴んで、リナは文句を言った。
ティエナも何も言わないまでも冷たい視線を送ってくる。
「いや、だってこいつが」
「飛竜はプライドが高いのよ。先に認めさせなきゃいけないのに、あんたが奪い取るから」
「……ごめんなさい」
はぁ、とため息を一つ。
手綱を無造作に掴むと、リナは何やら飛竜に命令を出した。
それだけで、あんなに慌てていた飛竜が急に大人しくなる。
「二人とも認めさせたから。リベルも変なことはしないよーに」
「……はい」
リベルが手綱を握っても平気なことを確認すると、リナは飛竜の背に移動していく。
『へ、へへ……姐さんのつがいなら先に言ってくださいよ……!』
「どんな説明してんの?」
つがいとは。
リナの方に目線をやってみるが、純粋にオセロを楽しんでいる少女はこちらに全く気づかない。
なんか誤解されたまま、リベルは手綱を握って海を眺めていた。
ちなみにリナの説明は、『二人とも私の大切な人だから、傷つけたら許さないからね』だった。
ただ飛竜からすると、リナは昔から知っている人であり、人間の容姿はあまり気にしない。リベルは男で、ティエナはいくらなんでも小さい。つまりリベルがつがいでティエナが子供か!と言う解釈である。
言葉は、一から十まで並べないと誤解の元になるのだ。
「うぅ……ねえさま、強かった……リベル、一回勝負」
「おい絶対勝てるからって挑んでくんな」
家についてから、夕食の待ち時間にそんなことを言われた。
ここは本当にリベルがリナと出会った家で、あの銃で叩き起こされた思い出の場所でもある。
滞在時間は微々たる物だったのに、なぜかやっと帰ってきたという感覚があった。
「はいはい、手が空いてるなら運ぶの手伝ってねー。遊び足りないなら私が相手になるから」
「……ねえさま、容赦ない。リベルがいい」
「だからそれ絶対勝てるからだろ」
普通に考えて、ティエナは魔法で思考速度をあげているだけなのに対して、リナは単純にコンピュータなのだ。最初から勝ち目はない。
まあ人間のリベルにはもっと勝ち目がないのだが。
「言っておくけど私は人間よ。予測とか勝ちまでの手数を考えたりとかはしてないわ」
「つまりできると?」
「……不本意だけどね」
自分の機械部分を認めないリナは、そんなものに頼ったりしない。
ティエナがより戦意喪失しているが、それで飛び火するのはリベルなのでできればやめていただきたい。
「リベル!寝る前に一回!」
「嫌だ!勝っていい気分で寝たいとかそんな安直な考えには乗らない!」
「……ねえさま、リベルに言って。戦えって」
「え、えぇ……?そんなに?」
そんな話をしながらの夕食となった。
賑やかなのはいいが、リベルとしては絶対に戦いたくない。
なぜティエナの勝って終わりたいなんて欲望の餌食にならなければいけないのか。
「リベル、一回だけお願い。ね?」
「え」
それは卑怯なんじゃなかろうか。
その夜、リベルが久しぶり窓から少し顔を出して外を眺めていると、いつかのように風呂上がりのリナがやってきた。
「まーた眺めてんの?」
「何かいるかなと。生命神は暴れてたんだし、確かめておきたくてな」
「もう大丈夫だと思いたいけどね」
言いながら、リナも隣に並んでくる。
前はリナに強制的に風呂に連行されていたティエナも、今では一番風呂に入るようになっているので、ここには二人しかいない。
上機嫌になったティエナは本当に満足げだったので、もうとっくに寝ているだろう。
「距離近くなったよな」
「え?」
「隣に来たことはあった気がするけど、こんな、肩が触れる距離ではなかっただろ」
「……そうねえ、私も、男の子は女の子より好きじゃないし」
人間自体があまり好きではないが、男はもっと好きじゃない。
だけど、リベルだけは特別。
「居場所になれたようで何よりだよ」
「……そうね。あんたって人間らしくないわよね」
「え」
「なんていうか、最初っからあんたは嫌いじゃなかったのよね。無条件に人を遠ざける私でもさ」
ベッドの淵に頭を乗せて眠るリベルに、驚きはしたが嫌悪はしなかった。
きっとその時点で、リナも何かをわかっていたのだろう。
「叛逆者って、ほんと不思議」
「……」
「ねえ、なんか見つかった?」
「え、何が」
「だから、暴走しそうな神よ」
「それは、いない、な」
リナの考えがわからない。
何かを求めるわけでも、リベルを拒絶するわけでもない表情は、どこまでも純朴で普段のリナからはかけ離れていた。
「ね、トランプやろうよ」
「トランプ?二人でできるか?」
「神経衰弱なんてどう?時の運と記憶力が物を言うゲーム」
「……二人だと簡単そうだな」
「そうね。自分が取れなかったものは全部相手のだから。でもそれくらいの方がわかりやすくていいじゃない?」
もうトランプを片手に言うリナには、やらないなんて選択肢はなかった。
リナなら負けてもいいか、なんて思って、リベルは頷いておく。
「よっし。正々堂々行きましょう。何も使わないことを宣言しておくわ」
「俺は最初から小細工できない」
シャッフルして、机の上にカードを並べる。
じゃんけんをして順番を決めれば、リナからになった。
「……神経衰弱って先攻の方が弱くない?失敗したわ……」
適当に二枚のカードをめくって、まあ揃うわけもなくリベルのターン。
まだ最初だから適当にめくって、リナの番。
特に面白い展開も、一方的な試合展開になることもなく、時間だけが過ぎていく。
お互いに数ペアずつ手元に持って、少し減ってきたカードをめくっていく。
ここまで来るとだんだん見覚えのある数字が出てくるが、その分場所の把握も難しくなる。
「あれ?なんか見覚えあったんだけど……ここ!あ、違う……」
「じゃあ俺の番な。さっきのとこの下でしたと」
「あっ!?むうぅ……これでまた一点差じゃない……」
そう。さっきからリナの方がリベルに遅れているのだ。
ティエナでは絶対にあり得ない状況。これが、正々堂々の在り方である。
「ちょ、ちょっと待って。えっと……?確かこっち……いやこっち……?」
「ここだぞ」
「え、ほんと?って、騙されないんだからね!?」
だが実際そこだった。なんてこともやりつつ。
「あー負けたー、やっぱ少なくなってくると一気に取れるわよねえ」
「大体見えてるからな」
「あんた、記憶力いいわよね」
「むしろリナは覚えてなさすぎ」
「近いとこばっかあんたがめくるからよ!どの列の何番目かなんてはっきり覚えてないわよ!」
「それを覚えるゲームだよ」
むぅ……とリナは一発で反論できなくなった。
ゲームをやっていく中で、リベルは一つわかったことがある。
「リナ、変わったな」
「え、そーいうのわかるもん?あんたが見てきた私って、相当短い時間だと思うんだけど」
「でもわかるよ。今のリナは、満足そうだ」
「……そう」
求めるわけでも、拒絶するわけでもなく、ただ純粋にこの時間を楽しんでいる。
さっきもリベルと話をして、それだけでリナは楽しかった。
誰かと思い出を語れることが。自分が認めた人の隣に居られることが。
「リベル、またやろうね」
「ああ。ちゃんと戦えて俺も楽しかった」
「ふふ、魔導神になんかいい魔法教えてもらったら?」
思考加速や行動予測など。ティエナと互角になるような何かがあればいい。
「私で良ければ、相手になりたいんだけどね。あんまりそういう暇もないだろうからさ」
「……リナ?」
「うん?家事をやってると時間がないのよ」
それはそう、だろうけど。
「ま、どっかでまたやりましょ。あんたといる時間は……私も楽しいからさ」
満足げなのに、リナの表情はどこか優れない。
何を考えているかなんてわからない。だけど、だからこそリベルは言い知れぬ不安に襲われる。
「ああ。何度でも、いつまでも、こうやって遊ぼう。ずっとずっと話をしよう」
「……ふふ、うん。そうだね」
嬉しそうなのに、リナの顔を晴らすことはできなかった。
「そうやって言ってくれるだけでさ、私は満足なんだよ、リベル」




