11話 怒号と怨嗟の権化
怒りに飲み込まれたリナは、緋色の化け物となってひたすらに街を破壊しながら進んでいた。
ワイヤーは緋色の輝きを纏っているが、今はさらに濃い、くすんだ血の色を彷彿させるような色をしていた。髪の毛は身長よりも長く、地面を這ってワイヤーと同じように蠢いている。
そしていくらここにはもう亡霊が出ないとはいえ、かつての面影も残す街並みだ。自ら進んで壊そうとは思わない。
しかし、そんな場所を壊しているという認識もないまま、リナはひたすら暴力を振るう。
「奪う……許さない……奪われるなら……最初から全部壊す」
壮絶な破砕音を響かせて壊れたのは、全く別の場所にあった研究所。
崩落で押し潰してしまえば爆発などが起きても問題ないが、自分で破壊を齎した場合は違う。
精密機器から電気が漏れ、大型機械からは黒煙が上がる。
明らかに危険な状況。しかしリナは前髪に隠れた瞳で生き残りがいないか探す。
「み〜つけた☆」
「ひっ!?」
命乞いなどさせない。
一発で首を刎ね飛ばし、残った体も八つ裂きにする。
それからチラリと別の生き残りに目を向けてから、敢えて見逃す。
獲物が一瞬気を緩めた瞬間、機材を爆破させて研究所自体を吹き飛ばす。
「きひひっ、ははっ!奪った、奪った!減らせば減らせば危険は消える。もっと消そう、もっともっと!」
もう、リナなのか全く別の誰かなのか、それさえもわからない。
ただ一つ言えるのは、今のリナは異常だということだけだ。
自分から奪う者の命を奪うという言い訳をして殺人を繰り返すリナの後を追っているのは、リナの事情など何も知らないティエナ。
しかし、もう何箇所も研究所を巡ってきて、その全てが最後には爆破されている現場を目の当たりにすれば、ある程度リナが何を目指しているのかは見えてくる。
「……ねえさま、研究所全部潰すつもり……」
他の研究所の場所を把握していれば先回りもできるかもしれないが、正常だったリナは教えてくれてないし、ティエナに遥か遠方の研究所を探すほどの力はない。
千里眼と言えど、本当に千里を見通せるわけではないのだ。
「……急がないと……!」
こんなところで立ち止まっていれば、ただでさえ引き離されていく距離が開いていく一方だ。
今はひたすら、リナが残した痕跡を辿っていくしかない。
魔眼をまた発動させて、ティエナは暴力の塊を追いかける。
この大陸には、実に千を超える研究施設が存在する。
そんなことはリナだって知らないだろうし、末端の研究員でさえ知らない情報だ。
そしてその半数以上は、元の街並みをある程度残す廃墟の地下に密集していた。
ここも、その内の一つ。
「また一つ反応が消失しました!人員と材料の避難は依然完了していません!このままでは、実に五百の人員を失うことになります!」
「ええい……!やつの進行ルートはどうなっている!ここへの到達予定時刻は!?」
「そ、それが、どうやら目についた施設全てを破壊して回っているようで……この近辺に残る施設はおよそ十五……そのうち稼働状態にあるのは五つのみです!」
「……材料を持ってこい」
「まさか、災害相手に人質を?」
「それしかあるまい。奴も同じ『作品』であるなら、似た境遇の人間に情は湧くだろう」
それは、あまりに希望的観測すぎた。
しかし今から動いたとして、撤退先の施設も潰されてしまえば結局変わらない。
逃げるなら、かの災害が動き出した時点で大陸を離れておくべきだったのだ。
「全ての成果を抹消しろ。この施設を、放棄する」
「……は!」
苦渋に満ち満ちた声だった。
何せここの施設は規模の分だけ歴史も長い。
百年にも渡る長大な成果物を、ここで全て消去しなければならない。
しかし連綿と受け継がれてきた結果と統計はどこかに残る。
そして、この施設も避難先に選ばれるほどの規模でありながら、あまりに大きな組織図で見た場合末端にされてしまうほど、この組織は肥大化している。
だからきっと、ここでの死も無駄ではない。
そして運命の時がやってきた。
天井の大崩落を伴ってやってきたのは、緋色の長い髪とワイヤーを大蛇のようにうねらせる、顔のわかりにくい大災厄の悪魔だった。
「そ、それ以上近づいてみろ!ガキの命はないと思え!」
男が、小さな男の子を抱えて叫んだ。
最初から生きる希望なんてなかった男の子は、絶望に染まった目をしていた。
それは、かつてのリナと同じ瞳。
その視線を受けて、リナは。
「……まだそんなことやってんのかよ」
少しだけ理性を取り戻した。
直後に、破壊の嵐が渦を巻く。
人質がいるとかいないとか、そんなことは関係なかった。
何せ、いくら人質の頭に銃を突きつけようと、そのさらに奥から魔法を構えようと、リナの動きを見て反応できなければ意味がない。
殺せないのなら、先に殺せてしまうのなら、それは人質とは呼べないのだ。
「お、ねえ、ちゃん……?」
「……ここでのことは、忘れろ。それが身のためだから」
他にも残されていた人質用の子供達を解放すると、ある程度理性を取り戻してきたリナは研究所を立ち去る。
瓦礫に埋もれた地下に残ったのは、何度も改造を施されて人間らしさを失ってしまった子供達だけだった。
その研究施設へティエナがやってきたのは、リナが立ち去ってから十分後のこと。
「……子供」
ティエナの同類であり、同じ悲劇を共有する者。
大人も厄災もいなくなって、どうにか自力で地下から這い出してきたところだったようだ。
「君は?」
一人の少年が、ティエナに話しかけてきた。
だが、長いこと心を塞ぎ込んでいたティエナは、同類と言えどすぐに打ち解けられるわけではない。
「……」
「どうしたの?具合悪いの?」
「……大丈夫。早く、逃げた方がいい」
「そうなの?でも緋色のお姉ちゃんが助けてくれたよ?」
「っ、よ、かったね」
そう、そうだ。その緋色のお姉ちゃんを追わなければいけないのだ。
「わたしは、やることがある。動けるなら、どこか……巻き込まれないような場所に」
「うん、そうするよ」
しかし、人間の思惑とはどこまでも交錯する。
一度絡まった糸は、切らない限り解けることはない。
「君がティエナちゃん?」
「っ!?」
背後から、不意に声をかけられた。
思わず後ろへ飛び、身体強化の光を強くする。
対して、声をかけた少女(?)はどこまで気楽だった。
「あぁ、ごめんごめん。知らない人は怖いよね。て言っても、リナはきっとぼくのこと嫌いだから、信用を得るのは難しいんだけどさ」
「……?」
「それで、君がティエナちゃんであってる?」
有無を言わせぬ強者の圧に、ティエナは思わず頷いてしまった。
それから、銀色のようにも見えるが少し違う髪色をしたその少女は、巨大な竜の腕でティエナを遠くへと運ぶ。
「!?」
「君は彼女のお気に入り、や、ちょっと違うのかな?まあとにかく印象に残っちゃったからね。回収するわけにはいかないのさ」
そして少女の背中から、本物の竜の翼が現れる。
その翼は朝の日差しを照り返し、キラキラと宝石のように輝いていた。
ダイヤモンドのようなそれに、ティエナも含めて子供達は魅入られる。
「……う、案外この視線は悪くないんだよ。やだなあこれを利用するの。どうしてルイナはいっつもこういう後始末ばっか押し付けてくるのかなあ。まあぼくの存在がそうだから仕方ないんだけどさあ」
ばさっと一度大きく空気を打つと、その少女は少し浮遊する。
次の瞬間、その体が数千倍の大きさの竜へと変化した。
表面の鱗は翼と同色で、背中に生えた真っ白な体毛はふわふわで思わず飛び込みたくなる。
水晶のような瞳は青色で、本当に全身が宝石でできているような見た目だった。
「さあぼくの背中に乗りたい人!今なら安全なお家と人間の寿命を提供するよ!」
わっ、と子供達がスケールの違いすぎる竜に群がっていった。
ティエナは畏怖さえ覚えるのだが、意外とあの子達は怖い物知らずなのだろうか。
「ティエナちゃん」
「っ」
「そう身構えないでよ。ぼくだって怖がらせたいわけじゃないんだからさ」
「……ドラゴンさんがわたしに何の用?」
「君もしかして毒舌って言われない?片鱗が見える気がするんだけど」
そんなことはどうでもいい。
「ん〜とさ、一応聞いておくけど、君はどっちがいい?この子達と真っ当な人生を送れるようにしてもらうか、このままリナを追ってみるか。ぼくとしちゃどっちでもいいんだけどさ、ぼくのご主人サマはリナを追いかけてくれることを希望しているんだよ」
「……誰かの思惑に乗るのは嫌」
「……」
「でも、ねえさまは大事。それに、これは最初から決めてたこと。だから、わたしはねえさまを追う」
ティエナが覚悟を持って言い切れば、光がないと空気に溶けてしまいそうなドラゴンはほっと安堵の息を吐く。
それだけでビル風みたいな突風が吹くのだから、やっぱりこの竜の大きさは桁が違う。
「よかったよかった。リナが見捨てられるとルイナは悲しむからね。君みたいな子が一人でも多くいることは喜ばしいよ」
「ルイナ、誰?」
「あー、いずれわかるんじゃないかなあ。それもまた君の選択次第な気がするけどね」
地面に打ちつけるような風を生みながら、透明な竜は飛び上がる。
「それじゃあ、またいずれ、会うことがあったら」
「……ん」
「できれば会いたくないとか思ってない?君やっぱりリナの後継機だねえ。ま、いいや。それじゃあ」
一度空中で翼をはためかせると、その竜の体がぐんと加速する。
たった数秒で、ティエナの視界から消えてしまった。
「……ねえさま。追いかけないと」
ティエナはまた走り出す。
遥か先にいるリナを追って。
そしてリベルは、暗い暗い穴の底から這い上がってきた。
ようやっと光の見える位置までやってきて、思わず上を見上げる。
「……まさか土砂に阻まれるとは」
リベルはもちろん、落ちた瞬間からワイヤーを上へ伸ばしていた。
しかし落下速度の問題で、細かい土砂よりは先にリベルの方が下に落ちていたのだ。
結果、ワイヤーは細かい土に妨害されて上手く制御できなくなってしまった。
ここにどんな因果や法則が働いているのか本当に疑問でしかないのだが、どうやらリベルの魔法は、自然相手にも脆弱性を発揮するらしい。
「それで行くとこの壁にも負けるはずなんだけどな」
地盤をそのまま持ってきた壁ならば、リベルのワイヤーが突き刺さるはずがない。
なのに、そうはなっていない。
叛逆者という性質はまだまだ謎が多そうだ。
兎にも角にも何回もワイヤーを作り直して、やっとのことで壁の上まで登り詰めたリベルは、そこで、
地面の魔神と目が合った。
「……へ?」
無機質な顔に、わかりやすい表情はない。
しかし行動は明確だった。
リベルが取り付いている壁に手をかけると、それをそのまま内側にへし折りながら倒したのだ。
結果、リベルはもう一度落石と共に奈落の底へ落ちていく。
「ふざっけんな〜〜〜っ!」
本当に、この行程をもう一度は勘弁願いたい。
リベルは自分の指を氷で覆うと、リナのワイヤーの性質をそのまま模倣した魔法以外で貫通しなかった壁に、無理やり指を突き刺した。
足もつけてブレーキにしてみるが、こちらはあまり助けになってはいない気がする。
「はぁ、はぁ……どうにかなった……」
ぬっと筒を覗き込む魔神の顔が恐怖でしかないが、とりあえずまだ地上部分に残ることはできた。
そして、相手が姿を見せてくれたのなら。
あれが地の神であるならば。
「こっからはこっちの番だ。わかってりゃ落とされることだってないんだし」
リベルは改めてワイヤーを展開すると、この巨大極まる四角柱をもう一度登り始める。
今度は明確な敵が見えている分、さっきよりも早く登れた気がした。




