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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
三章 消滅大陸編
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10話 異常

 朝霧の煙る街に、絶叫が迸る。

 怒りと悲しみと憎しみの混じった声に、リベルは思わず目を覚ます。


「……リナ?」


 どんな叫び声だろうと、その人を間違えるはずがない。

 リベルは思わず走り出すと、リナの部屋の扉を開け放つ。


「リナ!」


 そこに、目当ての少女はいなかった。

 ただ家がそこだけくり抜かれたような穴があり、家具どころか隣の部屋の壁や外に繋がる壁までもが消えていた。


「……な、何があったの?」


 不安に声を震わせるティエナが、リベルの隣に立っていた。


「わからない。ただリナの叫びが聞こえたと思ったら、こんな状況になってた。多分、声的に攫われたわけじゃない。けど……」

「まともじゃない、ってこと?」


 ティエナが引き継いでくれた言葉に、リベルは首を縦に振って答える。

 そして、遠くの街からリナのものとは別の雄叫びと同時に、ここからでも見えるほどの粉塵が立ち昇る。


「……地の神」

「あ、あれがそうなの!?あんなの、巨人と変わらない……!」


 顔は雲よりも高い位置にあった。

 地に足をつけた地面の魔神が、廃墟になった街を闊歩している様が、ここからでもよく見える。


「……あ、下、下を見て」

「ん?……リナが撒き散らした破壊の痕か?」


 二階から地上を見下ろせば、地の神の方へと伸びる乱雑な破壊の跡が残されていた。

 ワイヤーのものにも見えるが、それにしてはあまりに傷が深すぎる。


「リベル、全力で走るとどれくらい?」

「直線なら音は超える。けどその分止まらない」

「それでいい。わたしも運んで!」


 ん、と頷くと、リベルは迷わず氷のワイヤーを展開する。

 ティエナを抱き上げてから、炎の神の時に使った氷の筒を生み出す。

 自分の背中に火魔法で威力をかさ増しした爆発的な風をぶつけ、リベルは初速から音速を超える。


「……リベル、人間砲弾」

「スピード乗れば安定するのはわかるけど、下手に喋って舌噛まないようにしろよ」

「ん……」


 本当に弾丸のように発射されたリベルは、いよいよ氷の筒から飛び出て空中へと身を踊らせる。

 一気にかかる空気抵抗に顔を顰めつつ、リベルは着地場所をしっかりと確認する。


「っ、破壊の痕がない!」

「じゃあねえさまは!?」

「……どこかで方向を変えた。もしくは道中で倒れている」


 嫌な想像にティエナが唇を思い切り噛む。

 しかし、あのリナに限ってのたれ死んでいることはないだろう。


「わたしが探す」

「はっ?おい待て。まだ減速し終わってな」

「関係ない!」


 リベルの腕から飛び出すと、ティエナの体を白い光が包み込む。

 地面をごろごろと転がって勢いを殺すと、そのまま何もなかったように起き上がる。


「わたしがねえさまを追う!リベルは地の神を!」

「……ああもう、わかったよ!」


 こういう時、自分のできることが限られている人は早い。

 ティエナにあの地の神を止めることはまず不可能だ。だがリベルならできる。

 むしろリベルにしか止められないからこそ、リベルは最後まで悩んでしまった。

 しかし、ティエナに道を示されたことで、リベルも今一度覚悟を決める。


「リナを頼んだ」

「誰に言ってる」


 ふ、とお互い笑みを交わすと、それぞれの道に顔を向ける。

 もう、後ろは振り返らない。

 リベルはティエナが別の方向へ走り出したのを確認すると、背中のワイヤーを腰まで下げて、瓦礫で埋もれた道なき道を突き進む。



 リベルと別れたティエナは、その瞳を強く輝かせる。

 不本意だが植え付けられた力は、透視と千里眼。

 それらを組み合わせて得られる力は、障害物を無視して全てを見通す力。

 瓦礫を透過して、その先の景色を見据える。


「ねえさまの足跡、あった!」


 それは家までの道を少し引き返したところ。

 そこから道がいきなり曲がり、全く別の方角へと伸びている。

 何かを見つけたのか、何かに誘導されたのか。

 しかしこれでわかるのは、追っている側の場合はあっても追われている場合はないということ。

 だって、本当に危険から逃げているなら、もっと曲がりくねった痕が残るはずだから。

 リナが残した破壊痕の先へと目を向ければ、わかりにくいが白い靄がいくつも昇っていた。


「……ねえさま、絶対に止める」


 ティエナは身体強化によって脚力を限界まで引き上げると、地面を削るほどの力で走り出す。

 透視に千里眼を常に発動させて、絶対にリナを見つけ出せるようにする。

 たとえ速度で勝てなくても、ティエナが諦めることはない。



 そしてこの状況を、金色の少女は上空から眺めていた。


「おやおや……悪意というのはいくつも絡まるとこんな結果を生み出してしまうんですねえ」


 遠くには高層ビルよりも高い魔神、そこから少し離れた位置には真っ赤な厄災となったリナ。そしてそれを追いかける二人の子供。

 こんなのは、長いこと生きてきても初めての光景だった。

 何より、暴走した彼女を追いかける存在がいることが珍しい。


「無理をしてでも出るべきかとも思いましたが……今回は任せてしまっても良さそうですね」


 ティエナとリナの距離は今も離され続けているが、真っ直ぐリナだけを追いかける人と、目的地がある人であれば、いずれは追いつくこともできるだろう。

 そして一度追いついて、相手に認識さえしてもらえれば。

 あくまで暴走しているだけのリナなら、止めることはできるだろう。


「悲劇のヒロインは何人もいらないんですけどねえ」


 同類が集まっても面倒なだけ。

 しかし同類だからこそわかる痛みもある。

 この辺りは一長一短な気がした。


「まああちらはいいとして、彼はどうでしょうか」


 金色の髪を靡かせながら、少女は黒い風に近づく。


「大丈夫そうですか?」

「はっ、お前は!!」

「ふふ、あまり私に構っていると失敗しますよ。彼女を助けたいなら、もっと全力を出すべきです」

「これでも全力なんだけどな!?」

「そうですか。ではそれを超えられるよう、頑張ってください」


 あ、待て!と制止を促してくるが、果たしてそれで止まる人間がいるのだろうか。

 逃げているのに、言葉一つで止まったら苦労しないのだ。

 少女は無視してリベルから離れる。

 流石に追いかけることはしないようで、リベルは渋々顔を前に向けていた。


「あれで全力ですか……ふーむ、やっぱり遅れ気味なんですかねえ」


 少女は上空で一人悩ましげに首を傾げる。

 万が一の場合は介入するべきだろうか。そう考えてみるが、あまり失敗するようなビジョンも見えない。


「あくまで叛逆者なんですし、ミスというミスはないでしょう。うん。頑張ってください」


 今の少女には応援することしかできない。

 かなり楽観的に考えて、少女は思考を切り替える。

 自分の手に視線を落とすと、ようやっと構築できるようになった体の輪郭を確認する。


「もう少しですね。状況自体は把握していますが、さてさてどうなることやら。今から楽しみですね!」


 そんなことを言うと、気まぐれな少女はどこかへと消えていく。

 リベル以外には、その存在さえ伝えないまま。



 そして全力で走っているリベルに並走して変なことを囁いてきた金色に気を取られた……というのは自分のミスへの言い訳でしかないが、リベルは巨大な壁に激突してしまった。

 しかも、これをやったのは地の神のはずなのに、リベルが衝突しても傷一つつくことはなかった。

 そのせいでハイスピードで突っ込むことになったリベルは、相当の衝撃を受けていた。


「いってぇ……死ぬかと思った」


 普通に考えて、人間なら熟れた果実のように中身をぶちまけて死んでいないとおかしいほどの速度と衝撃のはずなのだが、リベルは少し額を押さえるくらいで済んでいた。

 そして怯んだ隙に、リベルの周囲を同じく巨大な壁が地面から迫り出してきて、リベルの逃げ道を塞いでしまう。


「……マジ?」


 高さとしては、まだ昇りかけの朝日を遮ってリベルの周りに夜のような闇を与えるほど、としかたとえられない。

 それくらいの高さであり、進もうという意思を折ろうとしているようだった。


「これは簡単には……壊れないか」


 高すぎる壁をぺたぺた触ってみるが、そこから亀裂が広がることはない。

 神の力を使わない、純粋な魔法なのだろう。


「てことは神が生命変換で起こした現象が壊せる、ってことか?」


 ティエナから聞いたことに結びつけて、リベルは正解に辿り着いた。

 現状からするとだからなんだという程度でしかないが。

 そしてこんな高さだとワイヤーで登っていくにも時間がかかる。

 急がば回れとは言うが、一回くらい試したって誰も怒らないだろう。


「永劫の業火」


 目の前の壁に白い炎が纏わりつく。

 触れたもの全てを燃やす炎だが、あまり削れている印象がない。


「……なら、氷の剣に、永劫の業火を乗せて」


 リベルの右手に、青白い剣をさらに包む真っ白な炎が現れる。

 氷と炎という相性最悪の組み合わせだが、この一瞬に威力を発揮できればいい。


「名付けて、氷炎の斬壊剣」


 それを永劫の業火が燃える巨大な壁に突き刺す。

 ガツン、と確かに手応えはあった。

 しかし、剣がそれ以上深く刺さることはない。


「……ダメか」


 一度魔法を解除して確認してみるが、ここで爆発事故でもあったのかと思うような黒い痕が残るだけで、壁は削れていなかった。

 となると後はワイヤーで登るしかないのだが、首が痛くなるくらい見上げないと空が見えない絶壁は、上を見るだけで気力が失せる。


「そうだ。リナはなんか違うワイヤーを使っていたよな」


 赤色、というよりは緋色のワイヤーか?

 とにかくあれの破壊力は凄まじかった。

 表面はギザギザと尖り、ブルブルと高速で振動していた。

 相変わらず原理はわからない。

 ただとりあえず、リベルはあの形、色、威力を再現しようとする。


「赤色ワイヤー。……あれ?」


 形は、確かに棘もあってそのままコピーできていた。

 しかし色が違う。

 そもそもリベルは着色する魔法なんて知らないのだし、魔法そのものの色を使うしかないのだが、火魔法を採用しても再現できない。

 赤というよりオレンジ、オレンジというよりも黄色に近い色でしかなかった。


「まあ、似たような感じだし、いいや」


 振動はしてるっぽいし、とリベルはそのワイヤーを荒れ狂う大蛇のように動かす。

 のたうち回るようにワイヤーは暴れていたが、壁に傷がつくことはない。

 やっぱダメか、と普通のワイヤーに切り替えてクライミングをしようかと思った時、足元から嫌な音が響く。


「……え?また?」


 そもそも地の神は何を操るのか。

 魔法で”操作した”場合、一体何をどう動かすのか、それを先に考えておくべきだった。

 バギリ、と決定的な音がしてから、リベルの足元に大穴が口を開ける。


「またやんのかよ〜〜〜!!」


 さらに暗い穴の底へ、重力に引かれて落ちていく。

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