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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
三章 消滅大陸編
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9話 邂逅

 これはきっと、夢の中。

 なぜならリナの頭には、みんなでご飯を食べて、少し雑談なんかしてから、眠りについた記憶があるから。

 では、ここはどこだ?

 そもそも、意識さえスイッチ一つでオンオフできてしまうリナは、夢という物を見るはずがない。


「久しぶりね。私」


 聞いたことのある声が聞こえた。

 というより、ほとんどリナの声と同じだった。

 何もない真っ暗闇に、金色の象形文字が浮かび上がる。


「綻びがあったから、思わず出てきちゃった。あなたは、私のこと覚えてる?」

「……」


 ドクドクと心臓がうるさい。

 頭ではわかっているのに、心がそれを認めようとしない。

 いや、認めてしまったら、リナの心はどうにかなってしまう。


「認められないのはわかるわよ?だって、自分が何人も存在しているなんて、それこそ『人間』には受け入れられないものねえ」

「……黙れよ」


 リナは暗闇に一歩足を踏み出す。

 金色の光を照り返す、鈍色の鎖が見えた。


「なんで今更出てくんだ。ずっとこの闇に沈んでりゃいいのに」

「自分相手に酷いわね。本物がどっちかなんてわかってるのに」

「……本物も偽物もない。私は私で、あんたは他人だ」


 リナはもう一歩近づく。

 冷たい床に投げ出された、細くやつれた不健康な脚が見える。

 金色の光の中に、何か別の色が混じっていた。


「他人、か。果たして、自分を創り出して人格を与え、人間らしさを与えた私は、他人なんて呼べるほど薄っぺらな関係かな?」

「……元があんただろうと、私は私だ。この数百年、私が何も考えずに生きてきたとでも思ってんのか?」

「それはお互い様よね。私だってここを出る方法を模索していた。そして、あなたの無意識という、外への繋がりを見つけた」


 金色の光を浴び、代わりに緋色の輝きを返すのは、鎖に繋がれた囚人から伸びたボサボサの髪。

 それは、リナと全く同じ色をしていた。


「ならどうした。結局、あんたはここを出ることができない。私に接続したところで、この封印は破れない」

「かもね。だけどこれは無意識。意識なんて表層じゃない。人間の行動から思考まで全てを支える基盤の部分。そんな場所に悪意が混じっていたら……どうなっちゃうかな?」


 ガシャン!と鎖が振動に揺れる。

 リナが靴に守られた足を相手の顔面に押し当てたせいだった。


「マジでさ、黙ってよ。私だって逃げられるとは思ってない。だけど、私には私の世界がある。てめえが変えようとした世界を、私はこれでも気に入ってる。……邪魔しないでくんないかな」


 それでも、足を離した顔面の、口元は楽しげに吊り上げられていた。

 ここまでされても尚、不吉な笑みを作ることをやめない。


「邪魔、かね。私は」

「ああそうだよ。自分を信じて疑わず、人の話に耳も傾けないような頑固な女を、邪魔と評価しないでなんと言えばいい?」

「……害悪、とでも?」

「……んで提示してくんだ」


 リナが嫌そうに顔を背ければ、そいつはより一層楽しそうに笑う。


「よくわかるわよ。私のことは。あなただってそう。根本的に自分が正解だと思っていて、それに近しい考えなら受け入れられるけど、真反対のことは絶対に認められない。基盤は同じなのよ。頭の形はさ」


 とんとん、と罪人は自分の頭を人差し指で叩く。

 その仕草がどうしてもムカついて、リナは腕の方を蹴り上げる。


「お前は完璧だと思ってるかもしれないが、人間の頭を完璧に解析できなかった時点で終わってんだよ。そっくりそのままコピーしちゃったら、人間と同質のものが出来上がると、どうしてわからなかったのかね?」

「わかっていたわ。わかった上で、残したの」


 ニッと口元に三日月を描く。


「叛逆の余地を」


 ドゴン!と今度は頭上から踵が落ちた。

 しかし鎖に繋がれた首はそれ以上下がらず、その病的なまでに細い首に多大なるダメージを与える。

 それでも、笑う。


「いずれ綻ぶのも想定内。こうやって怒りをぶつけるのも想定内。それで、どこまで変わったと思っても、介入できるくらいに基礎は同質であることも想定内♪」

「ぶっ殺されてえのかマジで!ああ!?だったらそう言ってみろよ!もう耐えられません早く楽にしてくださいってよおッ!!」


 じゃらじゃらと鎖を鳴らして、リナは至近距離で叫ぶ。

 ずっとこんな環境に置かれているのに、臭いなどは一切なかった。


「楽、か。私にとって、滅びは楽かね」

「……楽だろうさ。全部放り捨てて逃げ出すんだから」

「くっく、そういう解釈もありか。なるほどなるほど」


 鎖に繋がれた少女は、長い前髪の隙間からリナの目を射抜く。

 少女の真っ赤な瞳と、リナの青い瞳が交錯する。


「やっぱさ、わかってんじゃん」

「っ!」

「私もその通りだと思う。死は楽だろうね。けどさ、それをあんたが言っちゃあ……終わりなんじゃないの?だって気に入ってんだろ?このクソッタレで腐り切った世界をさ」


 この女の言葉の一言一言が、的確にリナの心を抉り取っていく。

 何を言っても動揺は与えられず、逆にリナには増幅された怒りが返ってくる。

 こんなのは、会話でも戦いでもなかった。


「ねえ、思ってるんでしょ?本当はさ。もう全部全部投げ出して、いっそ何もない世界に消えてみたいって。そうしたら、誰にも迷惑をかけずに楽になれるって」

「……」


 何も言い返せない。


「じゃないと、さっきの言葉は出ないよねえ。本当に死にたくないと、私は罪を償ってこの世界を生きてみたいですって思うんなら、もっと希望に満ち溢れた言葉が必要だったんじゃないかな?」


 …………。


「だんまりか。まあ仕方ないよね。これ以上は心が受け止めきれない。いやもう容量オーバーかな?ま、なんにしたって、その空いた体は私が使ってあげるよ」


 トン、と階段から突き落とすように、それを正しいと信じて疑わないかのように、少女はリナの肩を押した。

 それだけで、『正しさ』を持っているはずのリナは後ろに倒れて尻餅をつく。


「さて、まずは何をしようかな。千年間の常識の齟齬を擦り合わせるところからかな?それとも壊す前に一回楽しむべきかな?まあ最後には全部消えるんだし、今できることをやってみるべきだよねえ」


 壊す。何を?世界か。そうだ。あいつは全てが気に入らない。だからそうに決まっている。

 ならそれを許せるのか?許していいのか?”私”がまた罪を重ねることを、許容してもいいのか?


「……待て」

「うん?」

「待て、よ。そんなこと、させると思ってんのかぁっ!?」


 立ち上がり、一歩踏み込む。

 何も知らない世界に思いを馳せる『自分』に、今一度現実を叩き込む。


「その封印が何を意味してると思ってる。なんのために私がいると思ってる!どうしてあいつは私を受け入れたと思っている!?そんなことはできないと、させないと、心から誓って信じてるからだろうが!私がいる限りあんたは表出できない。絶対にここから出さない。もしも暴れるってなら、迷わず残りの『体』を捨てる!その覚悟があるから!私は今まで私を保ってきたんだよ!!」


 暗闇の中に心からの叫びが響く。

 リナを見上げた少女は、少し呆けているようだった。


「どうした、私。こんなちっぽけな言葉が響いたか!?」

「……くふ、うーん響いたと言えば響いたが、そうでもないとも言えるかな?」

「……」

「そもそもお前は間違ってるよ。私が私を止める?馬鹿言わないで。私が親であなたは子供。それは人間のじゃなくて機械として。つまり命令は絶対だし子供は親に及ばない。末端も末端が騒いでたって、支障がないなら無視するに決まってるでしょ」


 それはその通りだった。

 無理やり奮い立たせた心を、少女はもう一度さらに抉っていく。


「この封印ももう長い。あいつは自分を最強だと思って疑わないから、経年劣化も考慮しない。だって永遠を語れると思っちゃったら、半永久に貶める劣化は認められないものね」


 金色の輝きも、昔はもっと強かった。


「お膳立ては完璧。あとはその時を待つだけ。模倣人格の崩壊という、最後の理性の滅びを待って」

「……」


 だから、滅びへと向かわせる。

 放置するだけでいずれ錆びる金属に、わざわざ海水をかけるように。


「ねえリナ。少し昔の話をしましょうか」

「な、にを」

「私には無二の友人がいた。暗闇にいた私を、光の中に連れ戻してくれた友人が」

「……」


 たった一人の友達で、今となっては親友と呼んでもいい存在。

 その当時は言葉を知らなかったから、友達で止まってしまっているが。


「だけど私は奪われた。また暗闇に落とされた。それをしたのはどちらも人間。許せなかったよねえ。許せるはずがないのよ。悲しくないわけない。憎くないわけない。だから、全部壊した。ね?」

「……ええ」

「それを後悔しちゃいけないの。だって、それは友達の名誉を守るためでもあったんだから。自分だけじゃない。むしろ自分以外を失ったから、私は怒り狂った。それを後悔してしまったら、私は奪われたことを、奪われた人を黙認するしかないんだから」

「……だから、私は今も生きている。贖罪のために、ずっと仕事をしている」

「そうね。そして、やっと巡り逢った。私を受け入れてくれる人に」

「……っ!」


 なんとなく、何が言いたいかわかってくる。

 何せこいつの性格は、私が一番知っている……!


「良い人ね。記憶もなくて、聞き分けも良くて、おまけに私にだけ従順。素直で可愛くて完璧な人。もちろん、私にとってはっていう意味でね♪」

「リベルは関係ない!あいつは、ただ私を、大事に想ってくれるてるだけ……」

「なんでそこで萎んだのかな?ねえ。自分でもわかってるんでしょ?」


 その柔らかい唇が動く度、リナの心は傷つけられる。

 もう耳を塞いでしまいたい。だけどその声は、するりと心の中に入り込んでくる。


「あの人だって、所詮その程度。自分でもそうしてくれる理由がわからない。なら、きっと催眠か洗脳みたいなもので、解けてしまえば一瞬で消えてなくなってしまう。だってそうじゃなきゃ説明ができない。ね?これが”私”の本音」

「やめろ、やめろやめろやめろ……」

「今まで出会ってきた人もそう。協力してくれているようで、みんな心から私を思ってくれているわけじゃない。ひとりぼっちなんだよ。私は」

「……違う、違う。だって、ティエナは……」

「あんな小さな子を巻き込むの?私と同じ境遇で、でも私より軽傷な女の子を」

「っ……!」

「そう。無理なの。私の罪は重すぎる。一緒に背負える人なんていない。それが答え。千年前から決められた、悲しい悲しい答えなの」


 もう限界だった。リナは感情のままに叫びを上げて、目の前の鎖に繋がれたみてくれだけはか弱い少女をひたすら殴りつける。

 だけど、止まらない。


「ねえどうして?私だって奪われてきた。なのに私が奪うことは許されないの?犯してしまったことは変わらない。だけど”私”はこんなにも頑張った。じゃあもう良いじゃん。誰か私を許してよ。たった一言、頑張ったねって言ってよ。それだけでいいのにね」

「ダメなのよ!私は許されちゃいけない!許されるわけがない!許されてしまったら、私はもう目的を見失ってしまう!」


 きひ、と歪な笑い声が漏れ聞こえた。

 それは、リナが思わず本音を叫んだからだった。


「ならもうやめなよ」

「なっ」

「だって見つけちゃったじゃん。私を許してくれる存在」

「……」

「言ってみなよ。私の過去も、願いも、恨みも。きっとあの人は全部包み込んでくれる。聞いた上で、受け入れて、一緒に抱えてくれる。返すようで悪いんだけどさあ、”楽になりなよ”」

「ッッ……!」


 それは、きっとその通りだ。

 リベルは驚いて、呆然として、それでもリナが儚い笑みを浮かべれば、疑問や感情なんて投げ捨てて抱きしめてくれるだろう。

 だけど、それはいけない。

 それでは、失われた人たちが報われない。


「じゃあ、消してあげるよ」

「は」

「受け入れてくれる存在をさ。だって”私”は世界の守護者なんだろう?だったら大切なものなんて増やすべきじゃない。他人の悲劇から目を逸らしてしまうようにする存在は、一つだってない方がいい」

「っ、だからってっ!リベルを奪われていい理由にはならないッ!」

「そうだね。”私”の考えはそうだ。だけど私は頭より感情が強い。悪意に寄ってくる魔物もいる。今は神も暴走する時代だ。もう何が起こるかわからないね?それなのに、私は未だにこんなに弱い。そして、私だって暴走の危険は残る。じゃあ一体、誰が彼を守れるのかな?」

「……ッッッ!!」


 リベルは強いと、言えればよかった。

 だけど彼はお世辞にも強いとは言えない。

 そしてきっと、人を殺す覚悟はない。


「ルイナに頼って、彼に甘えて。魔導神なんて危険因子まで抱えた状態で、安全を語れる?ずっと不安で過ごすくらいなら、もういっそ全部捨てようよ」

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ」

「なら」


 妖艶に、唇が動く。


「私が奪ってあげるよ♪」

「ふざけるなああああああああああああああああああああああああああぁっああああああぁぁぁぁっぁぁぁぁあああああああああああああああああああッッッ!!」


 その怒りは、意識を超えて現実をも侵食する。

正直明かせないことばかりで分かりにくい気がしますが、とりあえず、リナは封印されている相手を嫌っていると言うことだけわかってもらえれば。

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