7話 巨大研究施設
「それじゃあ、またちょっと出かけてくるわね」
「「……」」
「う、そ、それじゃ!」
新しい拠点として、隣街の似たような区画に連れてこられた。のは良いのだが、その玄関を開けたところでリナがそんなことを言って逃げ出した。
「……ねえさま、また戦いに行った?」
「どうなんだろうな。多分、何かは見つけたんだろ」
「……わたしたち、役立たず」
しゅん、としおれるティエナの頭を撫でそうになって、リベルはその手を引っ込める。
代わりに肩に手を置いてから、優しく家の中へ誘導した。
どこか責めるような二人の視線からたまらず逃げ出したリナは、いくつかの候補地を見て回ることにしていた。
二人を置いてきたのは、当然危険が付き纏うから。
だが先ほど襲撃されたことを考えると、そこまで意味はなさそうに思える。
「夜までにはって思ってたけど、できるだけ早くしないとね」
まずは手始めに近場にあった地下施設をまた解体して、移動前の元の街へ戻ってきた。
ここに一つ、明らかに異質な場所が存在していた。
そこならきっと、たとえ逃げられたとしても何かしらの手がかりは残る。
ただなるべく向かっていると勘付かれたくないので、先にいくつか撤退の完了している研究所を潰しておく。
この辺りは小石爆弾を投げつければ解決してしまうので、リナとしてはあまり苦にならない。
「よくよく考えればさらに破壊することになってんのか。まあ、いいや。どうせここの亡霊はリベルに消されたって話だし」
これ以上の破壊行為は、ただでさえ廃墟なのに亡霊さえも消し去ることに繋がりかねない。
だがすでに何もいないなら、それも考慮する必要はない。
「……ったく。本当に大きなお世話だっての」
それはリベルに対して言ったのか、亡霊に対して言ったのか、それは自分でも掴み損ねていた。
置いていかれた二人は、少し冷蔵庫の前で頭を悩ませていた。
「……生野菜、食えるかな」
「食べられないことはない。だけど、絶対に美味しくない」
あの保護者のリナ、怒りや使命で目先の問題に気を取られすぎて、その日の昼食さえも忘れて行きやがった。
本人は空腹を感じなくできたとしても、叛逆者という特徴以外人間と変わらないリベルと、全身は鉱石になっていたとしても内臓系はそのままのティエナには耐えられない。
「……きっと、カップラーメンがどこかにある……!」
「どこかってどこだよ。てかお湯の沸かし方知ってるのか?」
「…………魔法でなんとかする。どうせ沸騰した水ならいい」
「……大丈夫かなあ」
世間知らずたちは、便利な機械すらまともに使えない。
リナが見上げる先には、上部が折れて見るも無惨な残骸になってしまった建物があった。
ギリギリ残った看板には、『総合病院』の字が見て取れる。
「たとえ上が壊れても地下は生きてる、か」
病院は本来何人もの患者を受け入れる場所だ。
その分他の建物よりも頑丈だし、何より電気系の設備が整っている。
総合病院なんていう大掛かりな手術も請け負う場所であれば、大型の機材を必要としたり莫大な電力の使用を必要としたしても応えられる。
人体実験なんてものをするにはうってつけの場所なのだろう。
「さっさと終わらせますか」
自動ドアの前に立って、こっちには電気が来ていないことに気がつくと、舌打ちを一つしてからガラスを蹴破って入っていく。
その壊れたドアが、新たな壁に埋められているのには気づかずに。
総合病院の地下は、わかりやすい雰囲気を醸し出している、わけではなかった。
ここは地下にも手術室があったのか、それとも休憩スペースにでもなっていたのか、大理石のような床は多少割れているもののかつての輝きを残している。
壁も剥き出しのコンクリートなんてわけではなく、きちんと白い壁紙で清潔感を演出していた。こちらは、埃や煤でかなり汚れていたが。
ただどれだけ見た目が清潔だろうと、電気の落ちた病院は怖い。
都市伝説にもなるように、ここで死んだ患者たちの怨念でも住み着いていそうな陰鬱とした空気が流れている。
「怯えるわけにもいかないけど」
亡霊はいると分かっていても、幽霊まで信じているわけではない。
そもそも霊感以前に”そういうもの”を見えるように調整されたリナの瞳は、いるならいるではっきりと映す。
だが今まで見たことがないから、いないと思っている。
「……配管だらけで部屋という部屋がないわね。予備電源だとか、怪しい実験室とか、そんなのも」
普通の病院に怪しげな都市伝説を持ち込まれても困るだろうが、それにしたって何もない。
現実的な物もオカルト的な物もないなら、一体この通路はなんのために存在するのか。
「……小細工、か?いやでも実際壁の向こうに何かがあるような感じはしないし……」
バレないように急拵えで一枚壁に見える板を挟んだ、とかなら納得はできるが、それではリナの索敵を躱せない。
赤外線に超音波、さらに足裏での振動探知まで行っているのだから、逃げたければ部屋を丸ごと埋めでもしない限りは見つけられるはずなのだ。
しかしそれでは施設が使えなくなるのだから本末転倒。むしろリナにとっては勝手に自滅してくれてラッキー程度の感覚でしかない。
「……まさか新しい通路を丸々作った、とか?」
本当の施設はもっと地下にあって、表層にそれらしき通路だけを作った。
それであれば欺けるかもしれないが、この短時間でそんなことができるだろうか。
「元の階段に戻るのも面倒だし……全部ぶっ壊すか」
暗視でも見通せない通路の奥へ、小石爆弾を投げ入れる。
こんなことをすれば崩落に巻き込まれる可能性が高いが、リナの体であれば無傷で出られる。
投げてから数秒で耳をつんざくような爆音が響いてきた。が、それだけだった。
「……壊れない?」
いくら造りが頑丈だろうと、あの爆弾であれば一発で崩落させられるはずだった。
なのに、その余波が伝わってこない。そもそも崩れるような音がしない。
明らかにおかしかった。
「……嫌な予感がするわね」
躊躇なくワイヤーを出し、思いっきり壁に突き立てる。
だがそれだけだった。
刺さって、その場で動かない。抜くことはできるだろうが、そこから傷を広げることはできない。
「……」
完全に異常だ。
そもそも、リナの攻撃に耐えられるほど強度が増していること自体がおかしい。
そんな技術があるなら、最初からアーマーに搭載して刺客として差し向ければいいのだ。
できなかったとしても、誘導した時に牢獄にでも閉じ込めればよかった。
なのに、それをしない。
わざわざここだけに力を注いで、絶対に秘密を暴かれないようにしている。
何かがあるのは確実。しかしリナでも突破できない。
「全容を把握するところから始めましょうか」
ワイヤーを壁床天井に繋げると、リナは音速で走り出す。
その背後から、杭のような柱が追いかけていく。
「そういえばティエナ、お前生命変換で食べ物作ってたよな」
「……わたし、サイボーグとしても半人前。作れるのは、せいぜい簡単な材料だけ」
「……つっか」
「それ以上言ったら何もあげない」
「すみませんでした」
変なコントなんかしてないで、暇があったらカップ麺探しである。
まあほとんどの棚の中身は空っぽなので、望み薄なのだがまだ希望はある。
そう、地下倉庫だ!
「ここは明らかに物置!保存食の一つくらいあるはず!」
「どんなに小さくても半分ずつだぞ」
「分かってる。わたしもそこまで非情じゃない」
暗い暗い階段を降りて、今時珍しい白熱電球の灯りを点ける。
そしてそこに待ち受けていた光景は。
「……ダンボールの山」
「こっちは新聞がまとめられてるぞ。マジで物置。ってかゴミ溜め?」
「……こんな大陸にゴミの回収はない。処分は、自分でしないといけない」
「だからって積み上げるか?いやまあリナならサボりそうか」
臭いが出る生ごみなんかはちゃんと片付けているのだろう。
だが、最悪虫の餌になる程度の紙ごみは放置されていた。
リナは面倒くさがりなので、地下に投げときゃいいでしょ、的なことを考えていたのは手に取るようにわかる。
「……わたしたち、お昼なし?」
「リナが遅くなると夕食が夜食になる」
「……何か、何かないの!?」
珍しくティエナも慌てふためいている。慌てる理由が食糧危機というのがなんとも悲しいが。
「絶対、何か見つける!」
「俺は諦めた方が早い気がしてきた」
最後の望みにかけて、箱と紙で埋められた物置を探索し始める。
「……なんだ?この違和感」
一通り走り抜けたリナは、さっきからずっと同じ光景の通路で立ち止まっていた。
「ぐるぐる回らされているような気もするし、かといってここが同じ場所かって言われたらそうじゃない気がする……」
元の場所に戻ってきた感覚はない。
それであれば、リナの頭は戻ってきたと判断する。
長い長い道で最終的には入り口に帰ってくるのかと思ったが、どんなに走っても辿り着くことはなかった。
「一旦戻るのもありかしら。狂わされてなければもうそろそろ夕方だし」
そういえば昼食を用意してこなかったことに今更気づいた。
まあきっとティエナ辺りがどうにかしてくれるだろう。リベルには最初から期待していないが。
「まあなんか言われても仕方ないか。とりあえず戻ります、かっ!?」
振り返ったリナは、勢いよく飛び出してきた槍のようなものを、寸前で回避する。
髪の毛が数本切り裂かれてぱらりと落ちていくが、気にしている場合ではない。
このどこまで続いているかもわからない空間で、攻撃されたことが問題だった。
「逃げるにも天井はぶちぬけない……戻ろうにもこいつが邪魔……あは、ちょっと油断してたかな?」
ピンチでも、リナは笑うことをやめない。
むしろ逆境に立たされてこそ、リナはさらに獰猛に笑う。
「まずはお手並み拝見ってとこね」
リナはワイヤーを伸ばして木の根にも見える槍に攻撃する。
しかしワイヤーが貫くことは叶わず、そのまま澄んだ音を鳴らして弾かれてしまう。
「ま、壁とかと同じならそうなるとは思ってたわよ」
そしてこうなればわかることもある。
基本は地面に執着し、その性質故に硬度にも影響を与えられる存在。
「地の神。それも相当強くなってるみたいね」
魔導神が暗獄に言われていた言葉。
下級神だって進化の可能性を提示されれば、その習性で以て力を取りに行く。
リベルが苦戦しなかったことから炎の神は完全に強化される前だったようだが、今回はどうも訳が違う。
「お前、人間に支配されてんな?」
地の神が、こんな人工物を形成することはあり得ない。
本来の地の神は本当に土と岩を操り生み出す程度でしかないのだ。それが、こんな精巧な通路を作るだなんて。
「それでいいのかね。下級っても神なのに」
下級神は、どちらかと言えば人間が嫌いだ。
それなのに人に操られていると言うのは、まず間違いなく地の神は正常ではない。
まあ野放しでも暴れていることに変わりはないので、絶対にどこかで激突していただろうが。
「っと」
リナは床から伸びてきた大理石の棘を後ろへ跳んで回避する。
背後から迫る金属パイプは身を捻って躱す。
「明らかに強くなってるわね。こりゃあ、人間に制御されてるどころの話じゃないな?」
そもそも、下級神が本体なしで戦っていること自体がおかしいのだ。
「お前ら力の根源から離れるほど弱くなるのにね。それがこんな硬度を神核隠した状態で維持できるってことは、ほぼ中級神みたいなものになってるってことよねえ」
中級神。過去に存在し、今は完全に滅された伝説上の存在。
下級神が人にも神にもなれなかった力の塊なら、中級神はある程度理性を持った力の塊になる。
上級神ほどの言語能力はないにしても、ある程度の危機管理は行うし、勝てないと感じれば怒りよりも理性で逃走を選択する。それくらいの思考力を身につけるのが中級神だ。
こんなのが相手では、リベルもいない今の状態で勝てるはずもない。
「中級は私だって未知の領域……どこまでやれるかな。最悪この空間破滅させることになんのかな」
それはつまりストックをまた一つ消費するということ。
バレなければリベルに怒られることもないだろうが、やっぱり良い気分ではない。
何せそれは普通の死となんら変わらないのだ。
人間性を残すリナにとって、一時的でも死の暗闇に意識を浸すことには忌避感情がある。
「さて、素の私でどこまでやれるかしらね」
「あ!乾パン発見!」
ティエナは、何が入っていたのか大量のダンボールの山から、ようやく保存食を発見した。
これにはリベルも大喜び……と思っていたのだが、この無表情男、なんだか別の方向を見ている。そっちは壁ですよー?
「……リベル、どうした?」
「……」
ティエナが声をかけると、リベルは無言で地下倉庫を出ていってしまう。
何やらただならぬ雰囲気にティエナもついていけば、リベルはそのまま玄関から外に出る。そして急に出てきたワイヤーで屋上に登っていく。
ティエナは身体強化で脚力をあげて、一息に屋上まで上がった。
「リベル!聞いてる!?」
「……ああ。乾パン食べてここで待っててもいいぞ」
「……何かあったの?」
どこか疲れたような、それでいて焦燥に駆られるような顔でリベルは言った。
「リナが神に襲われている」
「神!?」
「ああ。これは……地の神、かな」
リベルも断片的にしかわからない。それくらいの隔たりを感じた。
それでも、三体の下級神を取り込んだリベルだから、わかる。
相手が地の神で、しかも活動状態にあること。そしてその敵意の先には、馴染み深い反応があることも。
「俺は絶対に行くけど、ティエナはどうする。行けば怒られるのは確実だぞ」
「……ねえさまが戦ってるなら、わたしも行くに決まってる……!」
ティエナの覚悟を決めた顔に、リベルはリナみたいにふっと笑う。
「そうだよな。変なこと言って悪かった」
それだけ言うと、リベルは二階の屋上から飛び降りる。
リベルの方が人間らしいくせに、この辺りの思い切りの良さはリナやティエナに通ずるものがある。
「リベル、足速い?」
「ワイヤー使えばな。多分、お前より速いぞ」
「む。負けない」
半ば競争感覚で、二人はリナがいると思しき戦場へ向かう。




