6話 襲撃者
リナが廃墟で猛威を振るっていた頃、リベルとティエナはボードゲームに興じていた。
「これでチェックメイト」
「……逃げ場ないの?」
「なんでわたしに訊く。答えてあげるけどない」
「……降参」
「ふふ、これで三十連勝」
リベルはゲームなんて生まれて初めてやるのに、相手は頭の方も少し改造されている人だ。
最初から勝ち目なんてなかった。
「あなたも魔法使えばいい。身体強化は思考速度も上がる」
「……そんな魔法は知らない」
「かわいそう」
「……同情されたのも初めてだ」
このティエナ、子供らしく負けず嫌いなのか相手に合わせるという思考を持ち合わせていない。
よって身体強化の魔法を使えないリベルは、ボッコボコのコテンパンにやられるしかなかった。
「もう一回やる?」
「……リナはまだ帰ってこないのかね」
「わからない。でも暇。だからもう一回」
「俺の気持ち考えたことある?」
「ない」
正直なのは良いことだが、あまりにも無情すぎやしないだろうか。
そうリベルが思っていた時、家の外に気配を感じた。
「……リベルでも気づく?」
「馬鹿にしすぎでは?」
「それは悪かった。どうする?」
「……今更で悪いんだけどさ、俺神以外には弱いんだよな」
ドッシャァッ!と粉塵が雪崩れ込んできたのはその時だった。
しかし二人は大きめのシャボン玉に包まれて、爆風を受けるどころか煙を吸い込むこともない。
「リベル、全く使えない!」
「おっしゃる通りだが文句を受け付けるのはあとだ」
どうやらこれはティエナの魔法らしい。
どの属性に分類されるかも知らないが、とりあえずは感謝すべきだろう。
たとえ、人に対して配慮がなくて物凄い毒舌だったとしても。
「とりあえず外に出よう。家の中じゃどうしたって動きが制限される」
「まともなこと言ってるのに無条件に疑ってしまう……」
「そんなに俺のこと嫌い?」
リベルは背中からワイヤーを出して、黒煙がまだ漂う中をどうにか進んでいく。
ティエナも運ぶべきかと思ったが、人のことを馬鹿にするだけあって自力で移動していた。
体を包むあの光は、何魔法なんだろう。
「こっち、穴開いてる。さっきの爆発でやられたっぽい」
「ちゃんと教えてくれるんだな」
「そこまで非情じゃない。……でもピンチだったら差し出すかもしれない」
「……知ってるか。自分から前に出るのと押し出されるのじゃ気分が全く違うんだぞ」
まあいざとなったら庇ってやろう、と腹を括って、リベルはティエナと一緒に家の外に飛び出す。
一気に煙が晴れて視界が開けるが、その先に待っていたのは、完全武装の回収要員だった。
「二人、だと?」
「構わん。目標だけを回収し、不要なものは切り捨てる」
「「「了解」」」
これではどっちが目標かわからないが、状況的に見てティエナだろう。
となれば、リベルは排除される側。
捕まれば結局だが、今一番命の心配をすべきなのは、リベルの方だった。
「……庇ってあげようか?」
「そこまで俺も弱くはない。……と思いたい」
「……かわいそう」
「あのさ、自分が亡霊にされて嫌だったからって人にやるのは違うと思うよ?」
同情すれども手は差し伸べない。
亡霊は無理だったのだろうが、ティエナにはある程度力がある。
状況も前提も違うのだから、助けてくれたっていいじゃない。
「もちろん、見殺しにはしない」
ティエナを覆う光がより一層輝きを増す。
そのまま光の矢になって目の前のアーマーに接近すれば、強烈な回し蹴りがそいつの顔面を完璧に撃ち抜いた。
対して、代わりなんていくらでもいるアーマーたちは冷徹だった。
「捕えろ」
「「はっ」」
二人のアーマーがティエナに近づく。
もちろん光を纏ったティエナは反撃しようとするが、その前に何かが上空に打ち上げられる。
光の花は十メートルほど上空で弾け、その残滓をドーム状に振り撒いていく。
「っ……魔力妨害」
「魔力妨害?」
リベルは意味がわからず訊き返しているが、誰も彼もこんな戦闘中にまで律儀に説明してくれるとは思わない方が良い。
焦ったティエナは弱くなっていく光が消えないうちにリベルの近くに戻ろうとしたが、その足を一人のアーマーが掴んだ。
「離せッ……!」
残った足を振り抜くが、魔法の恩恵を受けられなければそれはただ少し硬い足にすぎない。
ティエナを捕獲するために差し向けられた人員に、通用するはずがなかった。
「男の方はどうしましょう」
「わかりやすい武器はない。魔法職だろう。このまま殺せ」
「了解」
ティエナが捕まり、魔法を使えず、おまけに脆弱性まで持っている。
絶体絶命のピンチのはずなのだが、リベルはそもそも魔力妨害を知らない。
「永劫の業火」
『ッ!?』
シュゴッ!と取り囲むアーマーたちを、さらに永劫を語る白い火焔が包み込む。
リベルの化け物じみた点は、知らなければ自分の知っている範囲でどうにかしてしまうとこだろう。
火属性魔法はまだ知らないし、水や風、その複合である氷で一気にこの状況を打開するのは厳しい。
なら、炎の神を真似すればいいじゃない。そんな思考回路だった。
「なぜ、魔法が使えるッ……!」
「逆になんで使えないんだ?」
使えない理由を知らない。だから使える。
馬鹿も極めれば思い込みだけで危機的状況を乗り越えられる。
ティエナは、また一ついるんだかいらないんだかよくわからない微妙な知識を吸収した。
「あと、だいぶ口悪くてもティエナは仲間だから、そいつを傷つける奴は許さない」
リナが傷つけられた時ほどではないが、リベルもちゃんと怒っていた。
そしてリベルの周囲の温度がどんどん下がっていく。
「氷厳の大地」
ピシリ、と脆弱性が働いてしまうはずの異形をも砕いた魔法が、限られたスペースの中で広がっていく。
近くにいた数人のアーマーを凍りつかせて、その自由を奪う。
殺すまでには至らなくても、近くの敵を排除できるだけで十分だった。
「チッ、あの男はもういい。撤退だ」
「「「了解!」」」
リベルは相手するだけ無駄だと判断したアーマーたちは、永劫の業火も気にせずに撤退しようとする。
ティエナを抱えたまま。
「あっ待て!」
絶対零度の空間侵食をやめて、リベルはその手に氷の剣を生み出す。
これもまた、異形には全ての意識を割かなければいけないが、人間であれば永劫の業火を維持してても止められる。
そしてそれを投擲しようとした時、上空に見覚えのある影が。
「リベル!無事!?」
「リナ!俺は平気だけどティエナが!」
「チッ……クズが」
もう意味はないな、とリベルは制御していた全ての魔法を手放す。
永劫の業火が消えたことでアーマーたちが一斉に散らばろうとするが、リナがそれを逃すわけもない。
「ジャミング解除。来いッ!天罰!」
ピシャァァン!と晴れ渡る空を切り裂いて一条の光が落ちる。
それは前にも利用した、天空神の自動迎撃術式。
空を飛ぶ者を等しく落とすという術だが、そもそものベースは落雷である。
「経由・増幅・拡散!焼け死にな、ゴミどもがッ!」
リナ自身は雷にも高い抵抗力を持つ。
その身に雷撃を受け、そこにリナの意思まで上乗せする。
そして木の根のように枝分かれした神の雷は、統一されたアーマーに身を護られた不届き者だけを狙って貫く。
神の怒りに触れて、生き残っている者はいなかった。
「……ティエナは?」
「ベースが鉱石だから。多分無傷」
翼をしまって降りてきたリナに問えば、そんな答えが返ってくる。
一応妹と認めた人を多分で危険に晒すのはよろしくないのでは、と思ったが、当のティエナはなんてことはなさそうだった。
「ねえさま、助かった」
「遅くなってごめんね。これでも全力で飛んできたんだけど」
「間に合ったから平気」
ティエナが無事を報告すれば、リナはその体を抱きしめる。
「ごめんね。怖かったよね」
「……怖かった」
「もう大丈夫だからね」
「ねえさまが」
「…………」
リナの顔が穏やかなままに固まっていた。
まああのままでもリベル一人でどうにかなっていただろうし、魔力妨害から抜けられればいくらでも反撃のチャンスはあった。
そんな中でいきなり神の力を流用して全滅させてしまっては、そりゃあ怖がられるのも当然だろう。
「でも、助かったのは事実。ありがとう」
「……いいのよ。お姉ちゃんだからね」
自分より小さい女の子に頭を撫でられているのは、姉的にどうなのだろう。
ティエナを解放したリナは、改めて周囲を見渡す。
「あんたも随分とすごいことしたわよね」
「? そうなのか」
「だって、見てみ?無事だった建物全部燃えてる」
「……ごめん」
「まあ、ここはもう場所がバレちゃってるんだし、どっちみち変わらないわ」
永劫の業火は触れたもの全てを燃やす。
なまじ炎の神の技をそのまま使っているものだから、燃えにくい材質とかお構いなく焼き尽くしていた。
きっと、ティエナを抱えたままアーマーが全員突っ込んでいたら、ティエナごと消えてなくなっていただろう。
「リベル、みくびって悪かった」
「いや、案外人間が弱くて助かった。異形相手じゃここまで上手くはいかなかっただろうし」
「……人間は工夫でどうにかする生き物なんだけどね。フィジカルで押す異形の方が強いのは、なんだか人間を維持する私としては悲しいわ」
武器や技術で強者を上回るのが人間の特性だ。
それなのに、魔力妨害というかなり強い手札を使っても意味はなくて、本当は殴りかかられた方が怖かったんですなんて言われると、同じ人間として遠い目をしたくなる。
「人間、いいとこない」
「……あんなクズどもにいいとこはないけど、ひとまとめにしたらダメよ?ちゃんといい人や何もしてない人の方が多いんだから」
「ん、確かに」
危うく人間不信になりかけているティエナは引き戻して、リナは建設的な話をする。
「拠点が一個潰されちゃったから、ちょっと場所を移しましょうか。幸いこっちの大陸は誰も住んでない家しかないんだし」
元々拠点として活用していた家は爆発で半壊。
その周りの家々は永劫の業火のせいで損傷している。
そして何よりもうこの位置はバレている。
居残る必要は感じられなかった。
「そんなに簡単にあるのか?」
「こっちは色々あるわよ。崩壊した街中には誰も近付かないのを利用すれば、どこにでも拠点を建てられるの」
「……なんか犯罪者みたいなごふっ……」
今のリナは少し気が立っているのだ。あまり失礼なことは言わない方がいい。
殴られたお腹を押さえるリベルに、少しティエナが近づく。
「……リベル、無様」
「おま、酷くね?」
なんか侮蔑の籠った目で見られた。
この少女、ちょっとリベルに対して当たりが強くないか?
「ティエナちゃんはリベルと仲良くなりたいのね」
「「……なんで」」
「だってそうでしょ?必要以上に言葉をかけて、しかも相手の気に障るようなことを言って。そんなの構ってほしいって言ってるように、私は聞こえるけどね」
「……まさか、わたしにそんな考えがあったなんて……!」
ティエナが驚愕に打ち震えている。そこまでか?
「まあ、なんだかんだボードゲームは楽しんでたし、嫌われてるわけじゃないとは思ってるよ」
「んゅ、わ、わたしは子供じゃない……!」
随分低い位置にある頭を撫でれば、嫌そうに言いながらもなんだかんだ受け入れていた。
「……私の、……あれ?」
なんだかリナが羨ましそうに眺めては、自分の言葉に自分で驚いていた。リナさん?
「ねえさまは、もっと親密。だから羨ましがることはない」
「でも私だけの特別感が……。っ!?な、なんでこんなこと」
自分で言ったことに物凄い慌てふためいている。
ティエナが構ってほしいのだとすれば、リナは甘えたいのかもしれない。
よしよし、と撫でてみれば分かりやすく大人しくなった。
「ねえさま、可愛い」
「な、なに……?」
「ごめんなさい、邪魔するつもりはなかった」
「え、え?」
ご自慢のハイスペ頭脳もこの状態では働かない。
ティエナの明らかに何かを早とちりした言葉も、意味を図り損ねていた。
「まあ、これから撫でるのはリナだけにするよ」
「べ、別に独占したいとか思ってないし。あんたがどこで誰の頭を撫でようが、私は全く気にしないけど……?」
「ねえさま、嘘は下手」
「う、嘘じゃない!」
とても分かりやすいものだから、あまり表情を変えない二人も笑っていた。
それでさらに恥ずかしそうにするのだから、やっぱりリナは可愛らしい。
「……納得いかない……」
「ねえさまが嫉妬した。自分でやったこと」
「……ねえ、なんで時々私の心抉るの?実はいじめっ子なの?」
「それはリナだろ」
「だまらっしゃい!」
なんでこうなるの……?と助けたはずのリナが遠い目をしていた。




