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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
三章 消滅大陸編
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3話 人を超えし人

 それは全てが滅んだ大陸においては大変珍しい、まだ建物の形を残した区画だった。


「建物の配置、当時の風の流れ、耐久性、その後の保存状態。諸々噛み合った結果できるのが、こういう生き残りなのよ」

「マンションとかあるな」

「材質はコンクリじゃないけどね。さ、こっちよ。あんな目立つマンションにいたらすぐバレるわ」


 リナがセーフハウスとして活用しているのは、どうにか建物らしき形を残した廃屋だった。

 元が二階建て住居なのはわかるが、その外観はどうしても破壊の傷跡を受け、窓があったと思しき場所はビニールシートが張られている。

 ここに住むのは厳しいと思ったが、どうも中は全く違うらしい。

 玄関を開けると、一般的な住宅とほぼ変わらない景色が広がっていた。


「窓はないけどね。綺麗に掃除して、家具も置き直せばこんなもんよ。それくらい状態はいいの」

「なるほどな」


 窓だった場所は完全に壁で埋められていた。

 リナがやったのかそこだけ壁の色が違う。


「ここは最初から空き家だったみたいだし、夜になっても亡霊が出ることはない。安心していいわよ」

「亡霊たち……わたし見ると同情してくる。嬉しくない……」

「「……」」


 攻撃されるよりマシだろうが、遠巻きに可哀想にと囁かれるのもそれはそれで嫌だろう。

 一番気まずそうなリナは一度キッチンに消えると、お高めの紅茶を淹れて戻ってくる。


「えと、とりあえず休みましょ?ティエナちゃんも疲れたでしょう」

「わたしの体、疲れ知らず」

「……そう」


 ティエナが人間らしくない特徴を挙げるごとに、リナは痛みを堪えるような顔をする。

 ティーカップを持ったままソファに座ったリナの方が、ティエナよりもよっぽど疲れているように見えた。


「リベルも平気?」

「ああ。これからどうするんだ?」

「そうね……まずは情報収集かしら」


 カップを置き、リナは改めてティエナの方を見る。


「ティエナちゃん。苦しいかもしれないけど、色々教えてくれる?研究所のこととか、能力のこととか」


 肩に触れるクリーム色の髪を揺らして、ティエナはこくりと頷く。


「場所は、多分どこかの地下。出口は何箇所もあって、わたしがいたところは”身体的特異点による人間の潜在能力の向上”を主目的にした研究所だった」


 身体的特異点。つまるところ、先天的に才能を持っていた子供達を対象とした研究所ということになる。

 例えば魔眼と呼ばれる普通はあり得ない能力を持った瞳や、ゾーシャのような地獄耳、または悪意や災害などに対する察知能力。

 挙げればキリがないが、程度の差こそあれ何かしらベースである人間から離れた能力を持っている人というのは、意外と多い。


「わたしは魔眼持ちだった。最初はただ少し魔力の流れみたいなのが視えるだけだったけど、意識するにつれて色まで視えるようになった。だから、少しだけ魔法は得意だった。ただそれだけだった」


 だったと何回も繰り返すのは、もうそんな”程度”では済まなくなってしまったからか。


「手術で、わたしはさらに透視と千里眼も手に入れた。魔法の才能があったからって、全身もミスリルに変えられた。今のわたしは、一体何?」

「……人間よ。いくら体がおかしくても。性能で語れるようになっても、その基幹にあるのは人の体。こうやって人の言葉で人と話している時点で、あなたも私も、ちゃんと人間なんだから」


 リナの言葉は、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

 どうにもこの話が続くと心が痛むので、リベルは少しだけ顔を背ける。


「わたしは、わたしが好きじゃない。こんな体になるなら、死んだ方がマシ」

「……でも、逃げたのよね」

「……死にたくはなかった。死んだ方が良いって思ったけど、気づいたら逃げてた。あの生活は嫌だったけど、誰かの道具にされてそのまま使い潰されるだけなんてもっと嫌」

「……わかるわ。その気持ちは。でもね、ティエナちゃん。この先の道は、進んじゃダメ。別に生きていることを否定してるわけじゃなくて、その気持ちを抱えたまま生きるのはやめた方が良いってこと」

「どうして」

「……過酷だからよ。あなたは、絶対に一人になっちゃダメ。良識のある人のところで、ちゃんと人間として育ててもらった方がいいわ」


 今のティエナの先に待っているのは、狂気と復讐の道。

 そしてリナが歩んできた道でもある。

 ゴールなんて見えなくて、誰かに無理やり止められるまで止まることを知らない、本当に破壊と殺戮だけを撒き散らす化け物になってしまう。

 ティエナには、そんな道は歩んでほしくなかった。


「なら、ねえさまについていく」

「……しばらくは匿っておくわよ。でもね、そのあとはダメ。今は私、っていうかこいつが中心点だから、こんなとこにいたら毎度毎度戦いに巻き込まれるわ」


 急に指を差されてリベルはきょとんとしているが、今はティエナと話をしている。リベルの疑問には答えてくれない。


「……わたしには、あてがない」

「それはこっちで用意するわ。今はとりあえず、組織の居場所と目的、それと地の神の状況も調べないと」

「かみさま?」

「あ、うん。敬意は持っちゃダメよ?あいつら凶悪なんだから」


 かなり偏見を持った人が無垢な子供に教えてしまっているが、これは良いのだろうか。

 まあリナは気にしないだろう。神殺し側なのだから。


「ねえさま、神様倒してる?」

「ん、そうよ?こいつは叛逆者でね。まだ弱いけど、それでも勝てる神を殺して回ってるの」

「ねえさま、すごい!」


 それは叛逆者がすごいんじゃなかろうか。

 リナのすごい要素なんてあんまりなかった気がするのだが、ティエナはリナに尊敬の眼差しを向けている。

 そして人の成果を奪ってご満悦なのは、褒められる、認められるが大好きなリナさんだった。


「……楽しそうだからいいか」

「ん?どした?」

「いーえ」


 リベルはあくまでリナの付属品。リナが楽しければ、それで良いやと思った。



 改造少女たちは、何も全身が機械だとか鉱石だとかそんなことは関係ない。

 どちらも魔法は扱えるし、ベースが人間だろうができることはそれを凌駕する。

 つまり何が言いたいかというと、この二人はリベルよりも異常だった。


「エビイカアサリとあとなんかある?」

「普通のお野菜」

「あ、そうね。じゃああとは……」


 今作っているのはシーフードカレーらしい。ただ、材料が無から生み出されていた。

 ティエナが見せるように手を持ち上げれば、何もなかったはずのそこにじゃがいもやにんじんが急に現れる。

 そしてさも当然のように、それを受けとったリナは手早く刻んでしまう。


「……どうなってる?」

「魔法みたいなもん。そんで私らからするとできないといけないことの一つ」

「魔力は生命力からできる。なら生命力はもっと自由度が高い。魔力は現象を起こすのに対して、生命力は世界に干渉する。見知った食材を作るくらいなら、あまり生命力を消費することはない」

「よく分かってるわねえ。流石に簡単だったかしら」


 いいえ?とリベルは素っ気なく返しそうになった。

 そもそも魔力がどうの、生命力がどうのなんて話をまともに聞いたことがない。


「これは昔魔導神が言ってたことだけど、科学は理論で理想を語り、魔法は理想を現実にして語る。意味としては、論理立てて一つ一つ組み上げて、半永久的に使えるものを作るのが科学。結果だけを最初に提示して、後でそれが消えようがその一瞬に存在すればいいのが魔法。ってな話」

「じゃあ、この食材は?」

「ティエナちゃんが言ってたでしょ。生命力の方が自由度が高いの。私も、”魔法自体”は簡単なものしか使えないけど、有り余る生命力を使えば”あった”ことにはできるのよ」


 つまり魔法とは似て非なる力で存在したことにするということだろうか。

 過去形にしてしまうことで、今更なかったことにはできないとでも言うように。


「屁理屈だって思うかもだけど、その屁理屈を現実にするのが魔法だからね。そもそも魔法なんて、世界を自分の都合のいい方に捻じ曲げるとも解釈できるんだから、概念自体が屁理屈みたいな。つまりそれを極めた神も屁理屈?」


 どこかで『暴論ですわ!』と憤慨する声が聞こえた気がする。

 まあそれはさておき、魔法に細かな理論や仕組みは必要ないらしい。

 作ってさらに量産し、それを売る機械とは違って、魔法はその場に応じて適した物を作る。それが壊れようが新しく作れるし、いらなくなれば無に帰す。

 リベルが見たことのあるものをそのまま形にできたのも、この魔法特有の性質があってこそだ。


「あんたのは、ちょっとおかしいけどね」

「え」

「だってそうでしょ。私のこれは科学の産物。なのにそれを魔法で作られちゃ、やっぱり文明なんていらないって話になっちゃうでしょ」

「……魔法は、自由度が高いんだろ」

「にしたってよ。普通の人間は、見たまんまのものを作ることはできない。せいぜいが切れ味の悪い剣を生み出すくらいなの」


 つまり、リベルが異常ということか。

 まあそもそも先生である魔導神が魔法のスペシャリストなので、その教えを受けたリベルも普通じゃないのは、ある意味において正しいかもしれないが。


「理解が追いついたところでもうすぐできるわよ。ここにいるんだから二人とも運ぶの手伝ってね」


 はーいと二人して返事すれば、なんだか母親と兄妹に思えなくもない。


「かあさま」

「やめい!」


 羞恥にぷるぷる震えていたのは、悲しきかなリナ一人だけだった。



「全く……誰も彼も私を母親母親って。どう見たってまだ子供でしょうに」


 ぶつくさ言っているリナは、完全にその思考に飲まれていて人の話を聞きそうにない。

 ティエナは斜め前に座るリベルに視線を向けると、睨んでいるのかただ見ているだけなのかわからない目を向ける。


「わたし、ねえさま怒らせた?」

「……怒っちゃいないだろ。認められないだけで」


 リベルがぽんと頭に手を置けば、我関せずの顔が一気に気まずそうな顔になる。


「ねえ」

「これはリナが悪いだろ」

「……怒ってないわよ。ただ生んでないし養子もいないってだけ。私は子供よりも……んんっ、と、とにかくっ!ティエナちゃんはそんなに不安になることはないわ」


 何を言いかけたのか。多分雰囲気的には個人的な欲だろうか。

 あまり自分のことを語りたがらないリナは、そんな些細なことでさえも言い淀んでしまう。

 だがリナが怒ってないと分かって、ティエナは心から安堵していた。


「よかった。ねえさま、怒ると怖そう」

「い、いや?」

「リナは潰すと決めたら徹底的にやる人だ。あの魔導神にマウント取る人だからな」

「リベル!?」

「ねえさま、恐れ知らず……」


 ティエナが物理的に少し身を引けば、とうとうリナが爆発する。


「リベル!そーいうこと言うんだったらこっちだって黙ってないんだからね!!」

「お、おい、もう手出てる。最初から黙ってねえ……」


 ワイヤーがキリキリとリベルの首を締め上げる。

 リベルはどうにか引き剥がそうとするが、首とワイヤーの間に指を差し込むことさえままならない。


「ねえさま、怒ると怖い。ちゃんと覚えた」

「ティエナ!?」

「ぐえ」


 このワイヤー、どうもリナの感情と直結している気がする。

 ぐいん、とリナの首がティエナの方に向けば、なんでその勢いが乗るのか、ワイヤーが振り抜かれてリベルは放り投げられた。

 幸い机は飛び越えているが、それを喜ぶべきかその威力に慄くべきかは悩みどころだ。


「てぃ、ティエナちゃんにこんなことするわけないでしょ?私、これでも女の子には甘いんだからね?」

「……でも、ねえさま人類の守護者。えこ贔屓は許される……?」

「……う、うぅ……リーベールー!どうしてくれんの私すっごい追い詰められてるんだけどー!!」

「し、知らないし苦しい……」


 ただでさえ首にダメージを受けたリベルを、涙目のリナは襟首掴んでガックンガックン揺さぶる。

 おかげでリベルの意識は飛びかけていた。


「くす、ねえさま、ごめんなさい。怖いなんて思ってない」

「え……そう?」

「うん。だから、リベルを離してあげて?……その人本当に死にかけてる」

「……ふ、ふんだ。元はと言えばリベルが悪いのよっ」

「ぼ、暴論だ……」


 くすりと笑ったティエナに、リナも一応矛は収める。

 ようやっとリナのわがままと暴走から解放されたリベルは、痛みを引きずりながらリナの隣の席に戻る。


「ティエナ、助かった」

「人死には見たくない」

「……マジで死にそうに見えたのか」


 いや実際死にかけてたけど、と回復力の高いリベルはけろりと言っていた。

 そしてリナは、二人のやりとりがなぜだか気になって仕方ない。


「……リベル」

「ん?」

「……お、怒ってる?」


 不機嫌な親に怯えるようなリナは、年相応のか弱さを放っていた。これが無意識なのだからリベルも釣られてるんだろう、とティエナは勝手に評価する。

 そしてこの可愛らしさにやられた……わけではないリベルは、適当にぽんぽん頭を撫でる。


「振り回されることを受け入れたのは俺だからな。怒っちゃいないよ。ただもう少し待遇を改善してほしいくらいで」

「う……善処します」


 あれだけやられたのに怒鳴るでもなく、なんともないように振る舞うリベル。

 そして怒られなかったことと受け入れてくれたこと、頭を撫でられたことでにへら、と笑うリナ。


「……なるほど。これも一つの夫婦の形」

「ティエナちゃん!?」

「?」


 恋の方面においては、リナよりもティエナの方が詳しそうだった。

魔法が云々、生命力が云々は次の章でちゃんとやります。

この章内でも説明はありますが、まあ分かりにくい気がするので。

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