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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
三章 消滅大陸編
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2話 妹

 時空歩道とは、限られた人にしか見えないものである。

 そのために出てくるところすら目撃されないようにしなくてはならず、消滅大陸では瓦礫が積み上がって迷路のようになっている区画の最奥に穴は開いていた。

 それなのに、リナが足を踏み出したのと同時に、その足に誰かがぶつかった。


「うっ」

「……え、人?」


 体幹が強すぎたリナは倒れず、壁に激突したかのように弾き飛ばされたのは、リナよりもさらに小さな女の子だった。

 後ろから続いてきたリベルはここに部外者がいる意味も知らず、その子誰だ?とか呑気に聞いている。


「ね、ねえさま」

「「えっ」」


 二人して驚きの声をあげ、リナはどっちどっち?とかリベルと顔を見合わせている。いや、姉の時点でリナだろう。


「た、助けてねえさま!」

「…………妹なんていない」


 それでも完璧に拒絶したりしないのだから、リナもちゃんと人の心は残っている。

 そして、こんな瓦礫の迷路の袋小路に小さな女の子を追い立てたのは、物々しい気配を漂わせる装甲を身につけた変態さんたちであった。


「追い込んだぞ!」

「おい待て、違う人間がいる。あれは誰だ?」

「おいあっちの女、髪が変じゃないか……?」

「まさか、緋色の悪魔!?」

「馬鹿な。奴は封印されて久しい。かの守護神の手を離れるものか」

「なら奴はなんだ?」

「奥に男もいるぞ」

「だがどちらもまだ子供だ。見られたのでは仕方ない」


 ずん、と小声で話し合いをしていた男たちが勇み出る。

 対してリナは、呼ばれた名に相応しい凄絶な笑みを浮かべて、首の関節をわざとらしく鳴らす。


「もしかして、自分たちは狩る側だとか思っちゃってる感じ?」

「「「……」」」

「対して裏も知らないような人間は、一回人生やり直してこい」


 ゾン!と地面からワイヤーが飛び出す。

 それらは生き物のようにうねり、回り、しかし統率の取れた動きで男たちの意識を刈り取っていく。

 相手がどんな装備を持っているかなど知らない。

 やられる前にやる。それがリナの基本スタンスだ。


「ふん、こいつらどうしよ。持ち帰るのもだるいし、ここでやっちまうか……?」

「あ、あの!助けてくれてありがとうございます、ねえさま」

「だから姉じゃないッ!」


 おどおどしていた女の子は、リナに吼えられてリベルの後ろに隠れてしまう。

 見ず知らずの男より、知っている姉の方が怖いと判断したらしい。


「……まあいいや。それよりどうすっかなー、とりあえずスキャンかけて所属と目的洗い出すでしょ……?」


 ぶつぶつ気絶者の山の前で何かを言っているリナはとりあえず放置でいいとして、リベルは小さな女の子に向き直る。

 自然と目線の高さを合わせれば、その瞳に何かリナと同じものを感じた。


「君は、誰?」

「……あなたこそ誰」

「俺はリベル。リナの……友達?」

「友達、ねえさまの……」


 何かに納得したように頷くと、黒い瞳の少女は小さな口を開く。


「わたし、ティエナ」

「ティエナ。なんで追われてた?」

「……逃げたから」

「……なんで?」

「殺されかけた」

「……」


 何か大変な事情がありそうだ。

 リナは長居したくないと言っていたのに、また厄介事に巻き込まれたか。

 リベルは重い話に口を噤んでしまったが、ティエナの方は構わず続ける。


「わたしは、上位人間ハイヒューマンプロジェクト最終調整機九二二番、ティエナ・A・ミミハーフェリオン」


 これに反応したのは、同じく人の手を加えられた少女であるリナだった。


「待って、プロジェクト?しかも最終調整?」

「……はい」

「ちょっと私の目見れる?」


 リナはティエナの小さな目を覗き込む。

 リナの青い瞳がチカチカと瞬いたかと思えば、ティエナの黒い瞳もチカチカ光る。

 そこでどんなやり取りをしているかはわからない。あと奥で動けないのにビックンビックン跳ねているあの男達は平気なのだろうか……?


「……まさか、クラスダウン機がこんなところにいるなんて。でもこの感じだと計画は上手くいってないみたいね?」

「はい。……わたしを含めて三人の子供がいたけど、全部失敗。わたしは、死にたくないから逃げ出した」

「うんうん。その気持ちよくわかるわ。大丈夫。あとはお姉ちゃんが片付けてあげるからね」


 さっきまで姉じゃないとずっと言っていたのに、気づけば姉になっていた。

 ティエナの小さな体を包み込んで、クリーム色の髪を優しく撫でている。


「ねえさまは、あいつらに負けない?」

「大丈夫よ。この世界で私に勝てる『人間』は一人しかいないわ」


 よし、とティエナを離すと、リナは今もワイヤーが刺さってビタビタ暴れている男たちに目を向ける。


「未だに幼女のケツ追い回してるロリコンはぶっ殺すか。ったく、なんでこんなのがいつの時代も湧いてんのよ……」


 ビクン!と一際大きく跳ねると、元々動かない人間だったのが物言わぬ屍に変わってしまう。

 人間の守護者であるリナは、その人間を傷つける犯罪者には容赦しない。

 それも、かつての因縁のある人間となれば。


「なあ、リナ。何があったんだ?」

「ん……嫌な奴らが現れた。ちょっとごめんね。地の神も大事だけど、先にこっちを片付けさせて。もしもまだあれが動いてるってなら……もう一回私の手で地獄を見せてあげるわ」

「……よくわからないけど、必要なことなんだな?」

「ええ」

「じゃあ、何も言わない」


 元々リベルはリナに従っているだけだ。

 そのリナが目的を変えるというなら、リベルはついていくだけ。


「リベル、忠犬?」

「?」

「ふっ、あははっ!あんたこんな小さい子にそんなの言われちゃダメでしょ!」

「???」


 よくわからないが、リナの張り詰めていた表情が和らいだので良しとする。

 そしてわからないついでにもう一つ。


「ハーフェリオン、って魔導神?」


 これにはリナの表情も真顔になる。


「……ハーフェリオン自体は、こっちの界隈じゃ有名な名前。ただ一人自力で神へ至った人間にして、最強の魔法使い。憧れる人間は多いわ」

「でも、ハーフェリオン自体にはなれない。だから、真似っこ。ミミックと強者の象徴であるハーフェリオンを合わせた造語」

「……じゃあ、魔導神とは関係ない?」

「そうね。血の繋がりも、ティエナの存在にも、あいつは関係ない。ただ目指して失敗した。それだけの話」

「……ひどい奴らだ」


 もう動かない死体の山に目を向けるが、悪いのは彼らだけではないのだろう。

 リベルの想像以上に、ここに張った根は深そうだった。



 ティエナが増えて三人になった一行は、一先ずリナの持つセーフハウスへ向かうことにした。

 瓦礫の迷路を抜けた先に広がっていた光景は、見るも無惨な灰色の世界。

 どこか現代とは建築様式の違う家々は倒壊しボロボロに朽ち果てている。

 綺麗に均されていた道は煤と灰にまみれ、先ほどティエナが逃げてきたものだろうか複数人の足跡を残していた。


「懐かしいわね。私が育った場所……は別の街か。全部同じ風景だからどこがどこだかわからないわね」

「「……」」


 郷愁の念と、哀悼の意、それに寂寥だろうか。あまりに複雑な表情をしているものだから、リベルもティエナも声をかけることができなかった。


「リベル、これが消滅大陸よ。私の生まれ故郷であり、私の……いや、いいや。とにかく、忘れちゃならない場所なわけよ」

「……そうか」

「リベルは、力を持ってもこんなことしちゃダメだからね」

「……どうやったらできるか想像もつかないから大丈夫だ」


 適当に瓦礫を拾い上げては何かを確かめて放り投げながら、リナは疲れたように笑う。


「あんたがこのまま進むなら、いつかわかるわよ。大きすぎる力と、それに魅せられた人間の狂気ってもんが」

「……」


 何も言えないリベルに代わり、ティエナが拳を強く握りしめる。

 その表情には、なんとも言い難い、怒りと……悲しみだろうか。複数の感情を煮詰めたようなものが浮かんでいた。


「あいつらは、頭がおかしい。子供なら”可能性がある”からって、わたしたちを攫って、改造して、そして……」

「言わなくていいわよ。”辿り着けなかった”子供達の末路は、嫌というほど知ってるから」


 リナは何かを見つけると、それを大事そうに胸に抱え両の手の平で握りしめる。

 そして何かを呟くと、その手の中から小さな煙が上がった。

 悔やむような横顔に、触れてはいけないものを感じつつも、リベルに訊かないという選択肢はなかった。


「それは……?」


 気遣うような声に、リナはどこか泣きそうな顔で答える。


「家屋の倒壊に巻き込まれて砕け散った遺骨の破片。数十年かけて探し出したけど、やっぱり残ってるとこにはあるのよね。埋葬もできないけど、せめてちゃんと送ってあげたいから。来た時にこうやって探したりするの」

「……それってどうやって見分けるんだ?」

「……ふ、あんたには関係ないけど、それでも弔う気があるなら、せめて黙祷を捧げて」


 リベルは両手を合わせて目を瞑る。

 何があったのかも、ここに誰がいたのかも知らないが、安らかに眠れと、心からそう願った。


「理不尽に殺される痛みは、少なくともリベルよりわかる。わたしは、何人も見てきたから」

「……ごめんね」

「なんでねえさまが」

「……ごめんね」


 それしか言わないリナは、顔を隠すようにさっさと歩いて行ってしまう。

 ティエナは思わずリベルの方を見て、リベルが困ったような顔をすれば悲しげな表情でリナを見ていた。

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