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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
三章 消滅大陸編
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1話 異端の者たち

 一粒の光もない空間に、怪しげな金色の文字が断続的に浮かび上がる。

 現代どころか古代にすら確認されないその文字は、あまりに特異で強大すぎる力を封印するためのもの。

 そんな光と闇の狭間から、誰よりも闇を好む者が現れる。


「う……がぁ……がは、は……してやられたねえ」


 それは、暗獄の悪魔。

 純粋な黒から生まれ、その黒をさらに磨き上げた最悪の悪魔。

 そんな悪魔が、ボロボロの体を引き摺っていた。


「やっぱ特級はいかれてら……アタシでも、これだもんな……」


 誰に聞かせるでもない言葉を延々続ける暗獄を、この場所の主は静かに眺めていた。


「オイオイ……アタシがこんなになってるんだぞ、ちょっとは反応したらどうだい」

「……意味を感じない。私は今これでも楽しんでいる。そもそも、封印を解いてくれないなら誰だって変わらない」

「そりゃ、叛逆者であってもか?」

「……叛逆者、ね。あれはどうだろうか」


 じゃらりと手と足も含めた五つの首に繋がれた鎖を揺らして、その少女はほんの少し顔をあげる。

 まるで、もう出ることのできない地上に思いを馳せるように。


「表の裏に流れている情報によれば、順調だそうだぞ」

「……そう。いつになるのかしら。今更数年程度変わらないけれど……」


 あまりに長い髪に隠れかけた口を、ほんの少し歪ませる。


「できるだけ早い方が嬉しいね」

「くっハハ、お前が摘み取れるくらいになるにはまだまだかかるよ」

「……それは、何年単位?」

「あァでもそれで行くとそうかからないだろうな。お前、崩れるなよ?」

「これからのこと……私には関係ないかな」


 何せ、と少女はうっすら笑う。


「世界の意思は、私には関与しない」

「もう知ってるか。どこから手に入れている?」

「契約。あの龍が許したこと」


 久しぶりの誰かとの会話で刺激されたのか、少女は数年ぶりに体勢を変える。

 しかし鎖が邪魔で、苛立たしそうに表情を曇らせた。


「世界に放った十三の眷属か。だが勝手に使い潰されてなかったか?」

「……それだけだと思う?」

「思わねえが。だとしてもどうやってんだ。この封印と、あの竜と、世界まで出し抜いて」

「世界はまだしも味方だよ?良くも悪くも平等なの」

「はっ、お前に言わせりゃそうかも知れねえが」


 だんだんと闇を吸収して本来の形を取り戻していく暗獄は、心底うんざりしたように首を振る。


「アタシら悪魔にゃ暮らしにくいよ」

「時代じゃないだけでしょ。今は神の時代。大人しくしてれば」

「はー、いいよなァ、『全』を手にした万能さんは」

「これでも最強じゃないんだけど。万能でしかないんだけど」

「慢心しないのはいいがね?せめてその席で満足してくれよ。でないと本当に滅ぶぜ、世界」


 そうかな、と笑い方も忘れてしまった少女はどうにか頬を持ち上げる。

 そんなぎこちない笑みを見て、暗獄はどこまでもつまらなさそうにため息を吐く。


「つかよ、魔導の奴がお前の名前を出してたぜ?」

「私の対か」

「飲み込んだくせにまだ言うか。アタシらが暴れたらお前を暴走させるってよ」

「そうなんだ。じゃあせめて応えないとね」

「あいつもわかってねえよなあ。緋色の悪魔なんざ、動かしただけ人が死ぬってのに」


 ふっと、いっそ純粋な少女のように、長い緋色の髪を持つ『悪魔』は嗤う。


「ちゃんと悪魔は滅ぼすよ?その後で、私の好きなようにするだけ。そこで何がどれだけ消えるかは、私にもわからないけどね」

「くっハハ、好きなように、ねえ」


 殺しの対象に入ってると言うのに、暗獄はどこまで軽い調子だ。

 死すらも超越した存在は、一度殺される程度なんとも思わないのか。


「この純金はどうする?あれだけは勝てないだろう」

「……名実共に最強か。いいよね。絶対に敵わないって」

「オイオイ、お前そんな変態だったか?魔導に毒されてんじゃねえの?」

「どうだろうね。でも私からすれば、あなただって十分変態だけど」

「見方の問題ってか。クハッ、悪魔のアタシでも理解できねえ」


 世界を壊しかねない力を持ち、逆にそれが足枷となって十分に世界を見て回れなかった少女は、人とも悪魔とも違う感性を会得していた。


「悪魔は壊れるから嫌いだな。壊れることを前提としてるんだもん」

「そりゃ悪かったね。アタシらは永劫の滅びを一番の禁忌とする。”一旦”滅ぼされる程度は簡単に許容しちまうんだよな」

「最初のあなたがそんなだから、続いた悪魔がみんなそうなんだよ?少しは反省してほしいな」

「ハッ、知らないね。アタシはこれでも一回マジで死にかけてんだ。なんも知らねえひよっこどもはそれをわかっちゃいねえ」


 一度は完璧に消滅させられ、数千年かけて復活した暗獄。

 今回も消滅させられかけたが、どうにか場所を整えていたおかげで逃げることはできた。

 始まりの悪魔でさえもこれなのだ。後続の悪魔に同じことはできない。


「なら、あなたが私の”相手”をしてくれる?」

「嫌だね。あんたの遊びに付き合うつもりはねえ」

「つまらない」

「そりゃこの”金色”に言ってくれな」


 チラリと不気味に輝く文字を顎で示す。

 少女があまり興味を示さないとわかると、暗獄はさて、と切り替えるように呟く。


「アタシはそろそろトンズラするかな。ここもいつバレるかわかったもんじゃない」

「ここなら最低限守れるけど」

「守んのかよ、お前が」

「……」

「クハッ、別にいいぜ。アタシはあんたのそういうとこが気に入ってんだ。また話そうぜ。尤も、お互い生きてたらだけどな」

「すぐに来れば生きてるでしょうに」

「そりゃ残念、お前の後にゃ金色が控えてんだ。最悪死ぬぜ」

「ふーん、じゃあちょっと伝言してよ。”やらかしちゃったけどごめんね”って」

「……まだやってねえよな。何するってんだ全く」


 暗獄は嫌そうに眉を顰めながら昏く深い闇に消える。

 その最後の一瞬まで、少女は無表情で眺めていた。



 ●〜○



「また遊びに来てくれよな!」

「ええ、またいずれ」


 両腕を目一杯振って別れの挨拶をするゾーシャに、流石のリナも少し苦笑気味に手を振り返していた。

 リベルもぎこちなく手を振って、ゾーシャの家を後にする。

 昨日はあんなに怯えて不安に駆られながら進んだ荒野も、リナがいればただ舗装されていないだけの道になる。

 背中のワイヤーが目一杯伸びて、こちらに向かってくる異形どもを蹴散らしていくのだ。


「やっぱ改めてリナはすごいんだなって」

「ふふん♪異形なんて気にするまでもないのよ」

「なんか蟻に群がられてるけど」

「……しねっ」


 ジュワ、と溶岩にでも叩き込んだような音がして、リナの付近に集まっていた人食い蟻が焼滅する。

 何度か噛まれてそうだったのだが、リナの肌に傷はない。


「そもそも私の体って人であって人じゃないし。食べようとするのが間違いなのよ」

「じゃあ、何になる?」

「……やっぱ人。人よ人。機械なんて認めないんだから」


 その割には機械の部分を全面に押し出している気がする。

 あのワイヤーだって機械なんだし、やっぱりわからないことも多い。


「さてと。リベルにはこれが見えるかしら」

「……見えない方がおかしくないか?」


 目の前には無理やり空間をこじ開けたような、いや空間を引き伸ばしたような?とにかく、あってはいけなさそうなものが口を開けていた。


「あら、ちゃんと対象に入れてくれたのね。これは時空歩道って言って、見たまんま空間をこじ開けて道にしたものよ。私が知る限り二人しか開けられないから、初めてのリベルは見えないかもって思ったんだけどね」


 秘匿されているということは、それだけ貴重で危険なのだ。

 悪用されればどんな犯罪を生むかわからないので、厳重に管理され許可された人しか見えず通れないようになっていたのだが。


「ま、見えるならいっか。さっさと行きましょ」

「……これって、入って平気なやつ?」

「平気よ?私についてくればね」


 ピッタリとリベルがリナの真後ろに張り付く。

 ぶつかるわけではないのだが、気配に敏感なリナとしては居心地が大変悪い。


「時空歩道はね、ある地点とある地点に穴を開けておくのよ」

「ふむ」

「それで必要な時に魔力を通せば、点と点を繋いで道になるってわけ。この魔力ってのが重要で、作ったやつのパターンしか受け付けないから、たとえ魔導神だろうと他人には開けられないんだって。模倣なんて、いくらでもできそうなんだけどね」


 人には生まれ持った魔力の波形というのが存在するらしい。

 リナは詳しく知らないが、それによって魔法の才能も変化するそうで、こっちの方面から魔法界にアプローチする人間も少なくないんだとか。

 ちなみに魔導神は『才能なんて興味ありませんわ』と言って関わらなかったそう。

 そのせいで研究が遅れている分野でもある。


「で、この時空歩道。空間に穴開けてるんだから、もちろん不安定で危険もあるわけよ」

「……」

「でもあいつは本当に意味わかんなくてね、時間と空間の神の力を持ってきて安定化させてるらしいわ」

「え、じゃあ俺が触ったら?」

「ああそこは大丈夫。あくまで神の模倣であって神そのものじゃないから。そもそも、時空歩道に壁は存在しないわ」


 時空歩道の中は黒の中に白が揺らいで見える。

 煙のようなそれらは、ルイナ曰く人間やその他知識生命体が放つ魔法の皺寄せなのだとか。

 具体的に何がどうなっているのかは魔導神でもないリナには理解できないが、もしも時空歩道の中が煙で満たされたならすぐに教えてくれ、とだけは言われている。

 今は線香を焚いている程度なので、多分問題はない。


「だから私についてきてって言ってるんだけど、壁がないからこそどこまでもいける。だけど、その先に出口はない。空間の穴を作れる人ならいいんだけど、あんたにそんな力ないし、迷ったら一生出られなくなっちゃうから、気をつけてねってぴゃっ!?」


 脅かしすぎたか、リベルが不意に肩を掴んでくるものだから変な声が出た。


「……絶対離れない」

「……大丈夫よ。空間程度なら私でも干渉できる。もし迷っても助けるから」

「……程度?」

「あ、そこ?うんまあ空間はその程度ね。その先の次元とか虚無とかになるとちょっと管轄外なんだけど」

「……リナ怖い」

「じゃあ離れておきなさいな」

「……酷い」

「……悪かったって」


 割と本気で非難するような声音に、リナも少し反省する。

 この時空歩道は、本来飛竜で飛んで一日かけるような道のりを歩道に置き換えているのだから、その分距離は短縮されている。

 それでも少し時間がかかるので、リナはまた別の話をしておく。


「ねえリベル、ゾーシャについて何か違和感はなかった?」

「違和感?服が薄い?」

「……それは、うん。私も思うよ?だけどね、もっと根本的なものがあるのよ」

「というと」

「あの子はね、悪魔憑きなの」

「……悪魔」


 リベルは悪魔がどんな存在か知らない。

 けれどリナを髪色の問題で苦しませている害悪だということは知っている。


「生まれた時から悪魔の特徴を持ってて、危うく取り上げた医者に殺されかけた。両親にも疎まれて、誰にも育ててもらえないまま捨てられた。本来ならそのまま潰える命だったんでしょうけど、それを拾ったのがいてね。人間の世界じゃ生きられないから、焦土に拠点を移して、そこで自分で生きられるまでに育てた。だからゾーシャはあれだけ焦土に適応してんのよね」

「それが、リナ?」

「いやいや、私そんな殊勝なことしないって。普通の子供だって捨てられたりするのよ?一々全員拾ってられないでしょ」


 それを拾ったのは、神でも人間でも悪魔でもない、龍だった。


「そいつはもうそれはそれは悪い龍でね。あいつの性格的に育てて食うつもりだった気がするけど、そこはルイナに止められてたわね。悪魔の特徴があるからって人間じゃない理由にはならないって」

「……なるほどな」

「んで、そっから私とルイナが引き継いだ。環境を私が整えて、あらゆる異形への知識と対応策をルイナが教えた。子供への教育としてこれ以上はないわよね。何せ世界を裏から何百年も眺めてきた人から教わるんだもん」


 結果としてゾーシャは人類の基準では測れないほどの強さを得た。

 そして正式にリナの所属する組織に入り、焦土での異変調査を請け負っている。


「だから異形の肉なんて食えんのよね。私もルイナも食えないのに」

「……悪魔だからってこと?」

「うーんまあ本人は悪魔だってことあんま自覚してないんだけどね。でもやっぱり特徴はあるわよ。まず異形を見つけるのは私たちより早いし、地獄耳だし、自覚さえあれば空飛ぶし」

「……マジかよ」


 生まれ持った悪魔の特徴は黒い翼である。

 リベルの叛逆の翼とは違って、本当にコウモリのような薄く頑丈な羽を持っている。

 ただ知らないために空は飛べない。

 天罰を知ってしまった今となっては飛ぼうとも思わないかもしれないが。


「ま、それがゾーシャでしたってな感じで。できれば人間として接してあげてね」

「それはいいが……何で悪魔なんかに取り憑かれたんだ?」

「さあね。そもそも悪魔の特徴があっただけなのよ。本当に悪魔なのか、親のどっちかが悪魔なのか、それとも私もルイナもわからないほど高位の悪魔がいるのか。まあ原因はわからないけど、私たちが人間に育て上げたんだから、ゾーシャは人間よ」


 だから、リナはあれだけのものを与えた。

 自分が持てる知識と技術を総動員して、人間が焦土で暮らせるだけの環境を整えた。

 そこまでしてでも、ゾーシャには人間でいてほしかったのだろう。


「ん、ゴールが見えてきたわ」

「随分白い、扉?」

「これも穴でしかないんだけどね。はー、ここ抜けたら消滅大陸。私も腹括るかー」


 そんなことを言いながら、リナは時空の穴の向こうへ消えていく。

 リベルも少し腕を通してその腕が見えなくなることに驚きながら、リナに続いて行った。

だんだん動き出します

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