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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
二章 焦土の大陸編
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15話 二人のお話

 つんつん、と頬をつつかれて、リベルはうっすら目を開ける。

 そこには上からこちらの顔を覗き込む、どこか楽しげな顔のリナがいた。


「……まだ眠い」

「んー、寝ててもいいんだけどね?昼ご飯はできてるわけよ」

「そう、か……」

「ここってどこかわかってる?」

「へ?」

「焦土の大陸にはまともな食材がありません。そして私はそんな環境で暮らせません。でもご飯作ったの私です。ちなみにゾーシャはまだ起きてないわ」


 リベルは慌てて起き上がる。

 まともな食事にありつきたければ、今この瞬間しかない。


「普通のご飯の価値が上がるのはいいわね」


 そんなことを呟いて、リナも食卓へ向かう。



「あんた、もうちょっと落ち着いて食べたら……?」

「なんか見つかったら終わりな気がする。さっさと食べた方が良い気がする……!」

「……そこまで酷い人じゃないけどね?」


 別に取り上げたりはしない。

 ただゾーシャに任せると異形の肉が出てくるというだけで。


「ご馳走様!」

「おかわり?」

「……あるの?」

「あるわよ」


 最近はリベルがいっぱい食べてくれるので、リナも少し多めに作っている。

 リベルが食べるから、という言い訳をしているが、ただおかわりしても美味しそうに食べてくれるのが嬉しいだけである。


「リベルは野菜でもちゃんと食べるわよね」

「? 食べないのか?」

「ゾーシャがね。ドレッシングあればまだ美味しいと思うんだけど」


 ちなみにリナは野菜不味い派である。

 ただ栄養面から食べなきゃなーと思って食べているだけ。

 だからリベルがサラダさえもおかわりして食べるのは、密かにすごいと思っていたりする。


「食べながらでいいんだけどさ、これからの話聞いてくれる?」

「ん?」

「次はまあ地の神のとこ行くんだけどさ、場所ってのが消滅大陸なのよ」

「……また随分と」

「物々しいって?まあ、行けばわかるんだけどさ」


 廃墟と亡霊の地、消滅大陸。

 焦土とはまた違った危険が付き纏うのだが、一番問題なのは。


「あそこってまともな人間がいないのよね」

「ん?それはここも同じじゃないのか?」

「違うのよ。言ったでしょ、亡霊の国って」


 人間は日が出ている間に活動するが、亡霊たちはその逆、日が沈んでから活発になる。

 しかも色々と制約の付き纏う亡霊は面倒な性質も持っているし、何よりまともな食事がない。

 加えて飛竜なんかを使えば大陸間移動はできてしまうのだし、そういう知識があって飛竜を買うか借りる財力のある奴らが潜んでいたりもする。

 おまけにリナへの風当たりも強いので、焦土以上にさっさと出られるなら出たい大陸なのだ。


「……なんか、色々訊きたいことが」

「なんでもどうぞ?」

「じゃあその……亡霊の制約って?」

「亡霊って、要するに死んだのに死にきれない思念の塊なのよ。幽霊は死者の魂だなんだって言われるから、私たちは亡霊って言うんだけどね?あいつらは、過去に囚われ続けるのよ」

「過去に」

「ええそう。未来はなく、希望もなく、それでもかつての憎悪に今も苦しめられている可哀想な人たち。同情したってしょうがないんだけど、あいつらの特徴は、新しく記憶することができないことよ」


 過去に囚われた者たちは、未来を見ることができない。

 消滅大陸の面白く不気味な特徴だが、昼は閑散とした、と言うより完全に滅んだ廃墟が広がっているのに、夜になるとかつての活気を取り戻す。

 大勢の人が歩き、話し、過ごしている街の風景が蘇り、そこの人々と会話をすることもできる。

 しかし、結局は亡霊なのだ。

 その時の記憶はその夜にしか適用されず、朝を迎えて次の夜になってしまえば、前の晩の記憶は忘れてしまう。


「だから、知らない人がいたら毎晩話しかけてくるし、こっちがもう何度も自己紹介しようと、夜になる度に怪訝な顔をされる。ね?面倒でしょ」

「……面倒、かもしれないけど、それで片付けちゃいけない気がする」

「……」

「だって、その人たちに悪気はないんだろ?本当に覚えてないんだから」

「……はぁ」


 リナは、もう何度もその亡霊たちとやりとりをしている。

 ちょっとした裏技を使って、リナともう数人は覚えてもらえるようにしたりもした。

 それでも、会話は成り立たないのだ。

 だからみんな匙を投げてしまったのだが……リベルはたとえそうなっても、根気強く話しかけるのだろうか。


「まあ、身の振り方は行ってからね。他にはなんかある?」

「……リナに風当たりが強いってのは」

「それね。絶対訊かれると思ってたわよ」


 先ほども言った通り、亡霊は過去に未練を残した者たちだ。

 幽霊が未練によって成仏できないのはありがちな話だが、簡単に言ってしまえば亡霊も似たようなものなのだ。


「歴史を語れば膨大な時間がかかるんだけど、消滅大陸って一番歴史が古い場所でもあるのよね」

「そうなのか」

「人類生誕の地なんて言われたりもするんだけど、それはそれは発展した国がいくつもあったわけ」


 その中に、かのハーフェリオンが仕えた王国もあったはずだ。

 確かリナの生まれた時代には滅んでいたが。


「そんな場所がさ、一夜にして消し飛んだわけ。何もかも消滅して、残されたのは廃墟だけ。何が起きたのかもわからない人の方が多かったでしょうね。そんなんじゃさ、死んでも死にきれない、って人は……結構多いのよね」

「……それと、何が」

「関係あるのかって?でも、何も知らない人たちも、唯一わかることはあった」


 緋色の悪意。

 そんな風に語り継がれ、今では緋色の悪魔に名を変えた、史上最悪の極大の悪意が、自分たちを殺したんだと刷り込まれた。


「なんでわかるのかは知らない。他の悪意が混ざったのか、死んだ時に天啓みたいに授かったのか。なまじ真実を知らないまま記憶が固定されたもんだから、同じ色の髪を持つ私は憎まれてるってわけ」

「……それで、あの時もフード被ってたのか」


 初めてリベルをショッピングモールに連れて行った時。

 髪だけを隠すために、その頭を覆っていた。


「変換器を使うのもそう。赤色ならいっぱいいるんだけどさ、緋色って、ちょっと違うじゃん?だから、すぐにバレる。バレるってか嫌な顔されんのよね」


 髪を染めるなんて技術も出てきたが、緋色に染めるのはタブーとされている。

 それくらい、人類の根源に大きな衝撃を与え、すでに千年以上経った今でも変わらず恐れられている。


「だから、やっぱりこの髪色だと亡霊にも嫌な顔される。ううん、そんなもんじゃない。霊が見えない人にはポルターガイストにしか見えないだろうけど、石とか瓦礫とかめっちゃくちゃ投げられた。知り合いのおかげで今はもうそこまでじゃないけど、それでもやっぱり怨みの籠った目を向けられる。すごいでしょ。私人気者」


 注目度が高いのはその通りだが、人気があるわけではない。

 それでもリナは無理に笑って、リベルに平気だよと伝えてみる。

 だが、リベルはリナの感情の機微には敏感だ。いや、リベルでなくともこれは気づくだろうが。


「無理に、行く必要はないんじゃないか?」

「……」

「俺ももう、一人で戦えるし、ずっと安全な場所にいてくれても、それはそれで俺は安心できる。大陸の移動方法だけ教えてくれれば、俺は一人でも」

「それじゃダメなのよ」


 キッパリと、リナは言葉を遮る。


「言ってるでしょ。向こうは危険だって。敵は何も神だけじゃない。亡霊は私への風当たりが強いけど、そんなのは部外者ならみんな同じ。犯罪者も潜んでいるような場所に、神以外に脆弱性を持つあんたを一人で行かせられるわけないでしょ」

「……」

「私は大丈夫。亡霊に変換器は意味ないけど、染めるでもフードでも、隠す方法はいくらでもある。誰かに糾弾されるのは、もう慣れてるから」


 慣れてる、なんて笑う姿は、今までのどんなリナより痛々しい。

 もう美味しいご飯も喉を通らなくなったリベルは、おもむろにリナの隣に移動する。


「俺は、リナの髪好きだよ」

「っ」

「世界中の誰もが忌み嫌っても、何も知らない俺は関係ない。だってそんな歴史も、恐怖も、何も知らないから」


 だから、そんな顔をしないでと、リベルはゆっくりゆっくり頭を撫でて言う。


「……卑怯よね」

「え」

「……全部、全部私のせいなのに。この結末は、私が招いたことなのに。逃げたいなんて思っちゃいけないのに。あんたがこうしてくれることを、私はわかって嫌な話し方をした」


 その根幹に当たる部分を、リベルは何も知らない。

 それでも、あまりに重すぎる何かがそこにあることは、わかる。


「やっぱり、何もかも嫌いだわ」

「……」

「だけどね、あんただけは好き。もちろん、『友達』としての意味だけど」


 はにかむリナの表情は、それが紛れもない本音だと語っていた。

 けれどここで離したら最後だと、リベルの直感は告げている。


「……どうしたの?」


 リベルはリナの細い体を包み込む。

 誰かを抱きしめる意味も、異性を抱擁する意味も知らぬまま、リベルは自然とそんなことをする。


「何があっても、俺はリナの味方だ。言われたことはなんでもするし、聞くなって言うなら何も訊かない。だけど、せめて、俺の横にいてくれ。ここを逃げ場所だって、思ってくれないか」

「……ふ」


 リナはそっと安心させるように、リベルの背中に腕を回す。


「それ、私が死んでこいって言ったらどうするの?」

「……」

「近くに寄るなって言ったら、意味ないでしょ……?」


 だからさ、と自然に、それでも力強くリベルの体を離しながら、その黒い瞳を真っ直ぐ見つめる。


「あんたは、こう言えばいいのよ。ずっと一緒にいてくれって。どんなに傷ついても、ここへ帰って来いって。私の事情なんて、気にする必要はない。だって、あんたは私じゃないんだもん。私の都合に振り回されてんだから、少しくらい、わがまま言ってもいいんだよ……?」

「……そう、か」


 気まずそうに、気恥ずかしそうに、リベルは少し目を逸らす。


「じゃあ、その。……死ぬまで一緒にいてほしい」

「……リベル……」


 リナは慈愛に満ちた微笑を浮かべる。


「それはちょっと重い」

「う……でも、俺にはリナしかいないから」

「……魔導神とか、ゾーシャとか、知り合いは何人かいるでしょ?」

「……リナがいい」

「……そう」


 そう言われてしまうと、重いと思っても、受け止めきれないと思っても、嬉しいと思う自分がいる。

 結局、リナも誰かとの繋がりを求めているのだ。


「まあいつまでかは知らないけど、しばらくは一緒にいるわよ。嫌でもね」

「嫌なんかじゃない」

「ふふ、今更そこは疑ってないわよ」


 さっきのお返しとばかりに頭を撫でれば、リナは片付けのために席を立つ。


「もうちょっとしたら出発するから、それまではゆっくりしてなさい」

「わかった」


 なんとかいつも通りを思い出して、リベルに見えない位置でリナは少し自分の胸を押さえる。


(なんで、なんで嬉しいって思うの。そんなの、絶対にダメなのに。あいつが大切なら、そんなこと思っちゃいけないのに……。あぁもう、なんで私ってこうなんだろ……)


 嬉しいはずでも、リナの心の中はぐっちゃぐちゃにかき混ぜられていた。

 この葛藤から解放されるのは、いつの日か。

一応これで二章は終わりになります。

なんでしょう。作者はこういう終わり方が好きなのかな。それともキャラの問題か。まあ前回と似たような感じで、一旦締めようと思います。

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