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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
二章 焦土の大陸編
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11話 神を超える輝き

 そこはやけに暗い場所だった。

 人のとはまた違う生温かさがあり、何か液体に身を浸しているのだとわかる。

 ツンと鼻を刺すような臭いに、リナは思わず嗅覚をシャットダウンした。

 それから暗視を起動すれば、ブヨブヨとした壁に囲まれた場所で、体のほとんどはぬめりのある液体で包まれていることがわかる。


「……胃の中、か」


 どれくらい気絶していたのかはわからない。

 だが直前の記憶から考えれば、ここは大海神の腹の中だろう。


「となるとこれは胃酸で……私は消化されかけたわけだ」


 しかしリナのボディは、どんな極限環境でも活動できるようなスペックを誇る。

 いくら神と言えど、生き物らしい酸ではリナを殺せない。


「死なないって言っても、嫌悪感がないわけじゃないのよね……」


 気持ちの悪い生温かさと胃酸。

 ずっとここにいたいと思えるほど、リナの感性は死んでいない。

 銀の翼を展開して、あまりに巨大すぎる胃袋の中で浮かび上がる。

 もう天空神対策のジャミングも切れている、というか壊されただろうが、神の体の中にまで天罰は及ばない。

 ある意味において、ここは安全が保障された空間でもある。気持ち悪いが。


「まあ、さっさと出たいけどある程度作戦は立てるか」


 まず、絶対とも言えなかったが神相手にこれ以上はない対神格用全身鎧デウスルインアーマーは使い物にならない。

 兵装のほとんどを破壊された上、長時間神の胃液に侵されている。

 これをまだ使おうとは思えなかった。


「となると異形用だけ……あとは元のスペックだけど、元々私自身はそんなに強くないしなぁ……」


 腕を二本の砲塔に変化させ極大のレーザーをぶっ放す。

 あれが通常時のリナにできる最大限であり、それ以上を望むなら今回のように外部パーツを取り付けなければいけない。

 いつも持ち歩いていないのは、見た目の変化はなくとも体が重くなるからである。


「創意工夫の時間かしら。ここから出る算段はいくらでもあるけど、その後よねぇ……腹突き破られてこいつがキレないわけないし」


 元から上級神に勝とうなんて考えていない。

 ただ干渉しない方がいいと思わせ、相手を引かせられればそれでよかった。

 叛逆者でないリナには殺し切るなんて不可能なのだから、戦いたいとは思わない。

 だが相手は、自由気ままで自分の力を信じて疑わない神という生物。

 目をつけられた時点で失敗で、そこから引き下がってもらうなんて、力を示す以外に方法はない。

 だからこそ、リナはリベルを戦場の外へ追いやり、もう一度目をつけられないように戦っていたのだ。


「ま、やっぱ無理で死にかけてるわけだけど」


 このままなら死ぬことはないが、リベルの方もいい加減に不安だ。

 時間がかかればかかるだけ死のリスクは高まっていくわけで、あんな異形ひしめく死の大陸でそう長いことリベルが生きられるとも思えない。

 もしかしたら、なんて可能性はいくらでも思い浮かぶが、それに縋れるほど楽観的ではなかった。


「さーてと、まあやっぱ死ぬ覚悟を決めるしかないのかね」


 ここからでは何も見えないが、この腹の外は深海かまだ神域の中だろう。

 そこから逃げたとして、上空は天空神の領域で、海に潜ろうものなら水圧でパフォーマンスが低下する。

 海中なんていう大海神のテリトリーで戦うつもりはないので、戦場は確実に空だろう。


「ごめんねリベル。この私はもうお別れよ」


 この腹を破れば、すぐにでも戦いは始まる。

 そして、これからリナがやろうとしていることを考えれば、自滅で跡形もなく退場する以外に被害を拡大しない方法はない。

 そうでもしなければ、二つ目の消滅大陸が生まれてしまう。


「よし。そんじゃまあ、本気出しますか」


 リナはまず、対異形用特殊兵装アンチクリーチャーウェポンと呼んでいる形状自由の装備を右手に集める。

 どんな相手かもわからない異形を相手にするなら、その装備もまたどんな性質でも持てるようにしなければいけない。

 リナはそこに、切断だけをセットする。


「全身分の装備固めて剣にするんだ、この剣で斬れないものはないッ!」


 右腕を掲げる。

 その形が、ひたすらに長い鋭利な刃へと変貌していく。

 禍々しい色を纏うそれは、全てを切断する最強の刃。


「ぶった斬れ!オールキラーソードッ!!」


 適当な胃壁に突き立てる。

 そのまま一気に貫通させて振り抜けば、大量の海水が胃の中に流れ込んできた。


「っ、海ん中か。さっさと抜けさせてもらうわよ」


 すぐに再生の始まる体内を抜けて、リナは一気に深海へ。

 そのままジェットブーストで海面を目指すが、その背中を追うように巨大な気配がついてくる。


「やっぱバレるか……!これでも食っとけ馬鹿魚!」


 即席のオールキラーソードを深海に向けて射出。

 狙いなど一切ないが、あの大きすぎる体だ。どこかしらに当たるだろう。

 そして極限まで切断に特化した刃は、触れただけで全てを切り裂く。


「ギアアアァァァァァァァァァッッッ!!」

「うるっさいな……」


 どうにか大海神の領域たる海を抜け、相変わらず血の色に染まった空の下に飛び出す。

 海水が悪さをしないようにすぐに風で吹き飛ばし、やってくるであろうものを待つ。

 怒りに目をギラギラと光らせる怪魚と、不遜なる者に降り注ぐ神のイカヅチが落ちたのは、ほぼ同時だった。

 リナはその雷に対し、右腕をただ形状変化させた剣で受け止める。


「神威流転」


 元々はリナが持つ耐性で無効化していた雷を、今回はしっかりと受け止める。

 受け止めた上で、その性質を剣に纏わせる。


「名付けて【天罰の剣ジャッジメントソード】」


 自然の雷に神の怒りという特徴と、地上へ撃ち落とすという性質を宿す天罰。その撃ち落とすという部分だけを抽出し、我が物として転用する。


 一度の天罰で落ちぬ傲慢な者には、更なる一撃が見舞われる。

 それを今度は左腕を変化させた巨大なガウスライフルで受け止めた。


「神威流転、【極雷のエクストリーム電磁砲レールガン】!」


 雷の威力だけを抽出し、雷光それ自体を弾丸として発射する最強のライフルを生み出す。

 それでも尚堕ちぬ愚者には、神の鉄槌が下される。

 リナはもう何も掲げることなく、その華奢な体で神罰を受ける。


「神威流転ッ!【天覇デウスロードオーバ法衣ーフレーム】ッ!!」


 リナの全身を、煌びやかな法衣が包む。

 それは天空神の力という意味を抽出した、神を拒絶し神に成り代わる力。

 全身を時折金色の雷光が駆けるその姿は、まさしく雷と天空の覇者。

 自分が組み上げた術式に任せて、一切地上に顔を出さない神に代わり、リナがその力を振るう。

 天空神の力を全身に纏ったリナは、もう天罰に撃たれることはない。


「神同士の戦い。楽しみましょ」


 これまで以上に瞳を赤く光らせ、リナは不敵に笑ってみせる。

 その身にそぐわぬ力に内側を蹂躙されているのにも関わらず、その表情はどこまでも神を嘲弄する。

 それこそが、自分が望んだ道だとでも言うように。


『神域構築』

「雷撃」


 大海神も最初から本気だ。

 しかし、言葉の速度では光に到底敵わない。

 左手から伸びた一条の光が、大海神の硬い鱗を削ぎ落とし、その下にある肉を抉り断面を焼き焦がす。

 飛び道具では傷一つ付かなかった大海神でも、同じ神の力を使えばその限りではない。

 組み上がる直前だった神域は、ガラガラと音を立てて瓦解する。


「あぁ、ああっ、ああッ!そんな程度かよ大海神!?たかが天罰の三分の一で止まっちまうのかお前はよおッ!!」

『……貴様、成り代わるか』

「くっひひ、元々私は私だ。時間制限なんてつけられたが、だったらその中で楽しむだけなんだよなァッ!」


 バヂンッ!と空気自体が弾ける。

 音すら置き去りにして、愉悦に顔を歪める少女は金色の剣を振り翳す。

 雷速で落ちた一刀は、大海神の頭を両断し、残った威力だけで全身をバラバラに斬り刻む。


『舐めるなと、言っておるだろうがぁッ!!』


 海水が渦を巻き、塔のように立ち昇る。

 元あった肉体を捨て、その全てを海水によって再構築したようだ。

 その尻尾を海の中につけたそいつは、まさしく激流と永遠の権化。


『神域構築』

「雷撃」

『終わりの海』


 全てを焼き尽くすレーザーは、電気の部分を抽出されて海へ流された。

 今度こそ大海神の神域が完成し、空も陸もない水没した世界へいざなわれる。

 深海を思わせる真っ暗闇の中で、リナはそのあかい瞳をさらに強く輝かせる。


「深海だろうと今の私には関係ないわよ」

『だが我の領域に踏み込んだ。それだけで十分だッ!』


 世界と同一化した大海神が、どこまで強化しようが人間でしかないリナを丸呑みにしようとする。

 激流に流され部分的に硬化した牙に挟まれた。が、その牙の方が砕け散る。


「抽象飛躍。天を統べる覇王。つまりは世界を飲み込む虚無の闇」


 リナの意識が無限に広がる。

 神域を飛び越え、焦土を飛び越え、星々が存在する宇宙にまで届く。

 その無限のエネルギーを、ただ一人の少女に押し留める。


「大いなる力にはより強大な力を」


 神の世界に、未知の無限が解き放たれる。

 それは一から構築され、神域に同化した大海神に喰らいつく。

 星の煌めきを宿した闇が、透明にも近い大海神を咀嚼する。


『おのれ……神の力と魔法を融合させたか……!』

「気付いたところで遅いわよ。発想力は人間が一番強いもの。ここから抜け出す方法はない」


 闇に飲み込まれ、神域自体がガンガンと揺れる。

 本来であれば無敵を誇る神域内の神が、逆に神域の内側から喰われていた。

 このままなら、本当に大海神を一度滅ぼすこともできただろう。

 だが、星の煌めきは不意に潰える。


「……ごぼっ」

『……限界か。星の力など、我ら神でさえ御しきれぬ物。そんな矮小な肉体では、抑えることなどできぬだろうよ』

「だから、なんだよ……、こっちはとっくに限界超えてらぁ……私はなぁ!死んだところで復活できるんだよッ!だったら、この体が朽ち果てようがテメエをぶっ殺せればそれで十分だッ!!」


 無限のエネルギーは抜けていった。

 しかし天空神の力はそのままである。

 希望届かぬ深海に、神罰の光が溢れだす。


「神威融合、破滅の天雷」


 少女の体から金色の雷が放出される。

 右手の剣と、左手の砲。

 そこに込められた地に堕とす性質と雷の威力を融合する。


「堕ちなよ、地の底まで」


 ズッドンッッ!と神域に致命的な激震が走る。

 内と外、両方から天罰の雷が走り、境界を超えて接続されたそれらは増幅されて神域を蹂躙する。

 空中を海底と定めていた力が壊れ、莫大な水が本来の海へと流れ落ちていく。

 同化していた大海神も同じように海へと戻り、その頭だけを海面から出していた。


『人の身で傲慢なことだ……、我も驕らず力を蓄えよう』


 本来の青黒い鱗を持つ海洋生物に戻った大海神は、そのまま海の底へ帰っていく。


「あはっ、逃げるつもりかな?」


 本来追い返せればそれでいいはずだった。

 しかし、神の力を身に纏う少女はさらに追いかけて海中に身を投じる。


「神妙な顔してれば許されるとか思っちゃダメよ?所詮神なんて神核が無事ならいくらでも復活するんだからちゃんと最後まで戦いなさいな」

『貴様、後悔するぞ』

「させてみ。すんのはそっちだ」


 大海神の体だけでなく海流までもがうねり、その莫大な圧で少女の体を粉砕しにかかる。

 だが右手と左手を合わせた少女は、またも違う神の武器を生み出す。


「極雷剣」


 身の丈を遥かに超える黄金の剣が、荒れ狂う海の中で一際強く輝く。

 かかる水圧も気にせず思い切り振り下ろせば、駆け抜けるスパークが大海神の体を再び切り刻む。

 バリバリ音を立てながら極雷剣を崩し、元の砲と剣に戻してから、リナは改めてその電磁砲を神核目掛けて向ける。


「人間に殺されろ。大海の神」


 その左手に莫大な雷のエネルギーが溜まる。


『させるものかあァッ!!』


 海とは元々大海神の領域。

 大量の水が少女を押し流すように集まり、その小さな体を海面へと押し出していく。

 放たれたレーザーは、僅かに神核を撫でるだけで消えてしまった。


「んなもんで止まるかよおおぉぉぉッ!!」


 左手の砲が消滅する。

 神の力と拮抗するための法衣が焼け落ちる。

 全ての力は右手に集約され、天罰そのものを形作る。


「全生命エネルギーだッ!全てを滅ぼせ!神雷の天空神ッ!!」


 雷でできた、鳥のような何かが放たれる。

 軽く光の速度に到達するそれは、今までの力を簡単に凌駕し、押し戻す勢いにも負けず神核へと接近する。

 大海神は即席で肉体を再生し障壁にしようとしたが、崩れかけの神よりも、人間の力で昇華された擬似的な神の方がまだ強い。

 擬似天空神は、大海神の神核と衝突し、その姿をどこかへ消した。

 そして押し流され海面へと向かうリナは、一部が欠けた神核が海底に沈んでいくのを確認した。


(あれじゃ死んでないか……いやむしろラッキーかもね。これって時間稼ぎじゃなくて恒久的な弱体化だし……)


 そんなことを考えているリナの体は、今も金色の光が走り回っていた。

 一瞬前までは己の力として扱っていた物だが、今では完全にその体を崩壊へと導く猛毒となっている。

 もう体が人間の形を保っているのも怪しい状態で、リナは最後に少しだけ焦土の大陸の方を見た。


「……頑張って、生きててね。すぐに、私も、向かうから……」


 掠れた声は波の音に掻き消され、誰にも届かず消えていく。

 ここで、一体の機械人形の命は消滅し、リナの意識も闇へと消える。

 神と不遜なる人間の戦いは、痛み分けという形で幕を引いた。

リナは一体どこまで変形するのか

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