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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
二章 焦土の大陸編
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10話 神域に身を置く不滅の炎

 目の前に聳え立つのは太陽のような輝きを持つ炎の魔人。

 オレンジと白でマーブル模様を描くそれは、少し体を動かすだけで表面がどろりと波打つのがわかる。


「……思えば全部なくなったのか」


 大剣だけでもかなり心強いゾーシャも、範囲消滅などという規格外の力を持ったランチャーも、最後にはリベルと全く同じ背格好になったアーマーも、全て置いてきた。

 ここからは、リベルの身一つで戦う必要がある。

 しかしあの無限の異形を生み出していたのは誰か。


「あ、おい!それは違うだろ!」


 人魂とも違う、マグマが意思を持って動いているような異形が三体現れた。

 炎の神から離れたそれらは、明確な敵意を持ってリベルの元へ殺到する。


「あいつの一部なら触れば……いや違った場合こっちが死ぬか」


 もし神の力が使われているなら、触れただけでこの異形は消滅するだろう。

 しかしただの異形だった場合、それで消し炭になるのはリベルの方だ。

 ハイリスクハイリターン。

 それに賭けるほど、リベルは楽観的にはなれなかった。


「リナのとこに行くなら、ある程度力が残ってないと……」


 せめてワイヤーで移動できるくらいの余力は必要だろう。

 だがそれで負けても本末転倒。

 さてどうするか、と迷う前に、リベルは手の中にできる限りの力を纏めた氷の剣を生み出す。


「ワームは弱かったけど、それでも貫いたんだ。なら、今回だって」


 だがワームは外皮が弱く、今回の敵は固形でない。

 全力で投擲した氷の剣は、貫いたには貫いたが、通り抜けた後溶けてしまったのに対し、異形はすぐに元の形に戻ってしまう。

 これでは何度やっても同じだろう。


「……他になんかなかったっけ」


 考えながら、一先ずは距離を取る。

 辺りは炎の壁に囲まれているし、いつ炎の神が先ほどの熱風攻撃をしてくるかわからない。

 色々と考えたリベルは、炎の明るさとの対比で暗くなってしまっている天井に逃げることにした。

 ワイヤーを伸ばし、天井に突き刺し、一時的に重力から解放される。

 ワイヤーの場所が場所なら首吊りに見えなくもない状態で、リベルは炎の神と真下で蠢いている異形を視界に収める。


「魔導神がなんか色々教えてくれた気がするんだけど、……最後のに持ってかれたな」


 あの変態、なぜ最後まで理知的な女性でいられなかったのか。

 最終日の練習で覚えたことなんて氷属性のワイヤー程度で、あとはぼーっとしてたらリナが来ていたことしか覚えていない。


「……また教えてもらいに行くとして、今この状況だよな」


 相手は炎なのだから水をかければいい気もするが、あまりに強い炎は水をすぐに蒸発させてしまう。

 だったら氷をと思っても、氷の剣のように溶けて無効化されるのがオチだろう。

 では風魔法は?新しく覚えた風魔法は、水と融合させて氷にするくらいしか用途を知らないが、ちゃんと風属性だけでも戦えるはずだ。


「最初は竜巻だったんだし、試してみるか」


 足元の異形を中心として風が渦を巻くようにイメージする。

 そこに多少水属性を足して温度を冷やすことで、相手の動きを鈍らせる効果も狙っておく。


「ついでに壁も巻き込めるようにして、それをあいつにぶつける」


 かなり強くなった風に炎の壁も吸い込ませ、それを纏めて炎の神に差し向ける。

 自分の力を返された炎の神は、逆にその竜巻をも飲み込む。


「あ?」


 ほぼ無意識にアクアシェルで体を守る。

 その直後、ただの熱波よりも強い爆風が吹き荒れた。


「ぐ……ワイヤーが保たない……!」


 天井から離れ、もう一度地上に足をつける。

 爆発は収まったが、黒煙が辺りに立ち込めていて視界が確保できない。

 かなり離れていたとは思うが、これにゾーシャが巻き込まれでもしていたら一大事だ。


「!?」


 不意に背後に気配を感じ、リベルは前に飛び跳ねる。

 後ろから真っ赤な腕が羽交締めにしようとしていたところを、間一髪で回避していた。

 と思った直後に、避けた背後にもまた気配を感じる。

 それも直感だけで避ければ、同じような現象が確認された。


「……なんだ、なんで向こうは俺の位置がわかる……」


 リベルだって集中すれば炎の神の位置はわかるが、一瞬でも目を離せばたちまち火だるまにされてしまう。

 何を以てリベルの位置を感知しているかは不明だが、それでも確かなのは絶対に至近距離まで近づいてくることだ。

 で、あれば。


「ここ!」


 自分の肩越しに氷の剣を突き出す。

 その剣先が、何かを捉えた。


「凍りつけ!」


 冷気を放出し、捉えた何かを氷で包む。

 上手くいったかと振り返れば、そこには。


「あ……?れ?お前、なんでここに?」


 それはゾーシャを守っていたはずのアーマーだった。

 凄まじい力を持つそいつはリベルの氷すら()()()()、何食わぬ顔でそこに立っていた。


「ん?どうした?」


 ふっと手を翳されて、思わずリベルはそこに右腕を合わせる。

 その直後、極至近距離で真っ白な炎が放たれた。


「……っ!!?」


 すぐに横に跳ぶが、たったの一撃で右腕の服は消し飛び皮膚に軽い火傷を負う。


「おま、何すんだよ!」


 裏切られたのかと思った。

 だが違う。違和感など、この一瞬にいくつもあったじゃないか。


「……まさか」


 いい加減に黒煙も晴れ、炎の神の姿を肉眼で捉えられるようになる。

 そしてその顔に当たる部分が、嫌な笑みを形作る。


「……そう、なるほど。こんなこともできるわけだ」


 リベルの顔から、表情が抜ける。

 初めての感覚だった。

 リナを害された時とも違う、沸々と心を炙るような怒りの炎。

 そしてゆっくりと静かに燃える怒りは、ある一定の場所で安定して長時間燃え続ける。


「氷厳の大地」


 パキパキと、永劫の業火の燃え盛る神域が、氷に侵食されていく。

 それを脅威と感じたのか、アーマーを模した異形が拳を握りしめて殴りかかってくる。

 しかし、最後の一歩を踏み出した途端にその全身が氷づけにされた。


「偽物は消えろ」


 バギリ、異形は氷に覆われたままその体を粉砕される。

 地面から燃え盛る巨人の腕がいくつも伸びてくるが、そのどれもがリベルに触れる直前で凍りつき破壊されていく。

 脆弱性など関係なかった。

 ひたすらに空間を侵食していく冷気は、リベルに近づくもの全てを凍らせながら広がっていく。


 ゴアァァッ!と炎の神が吼え、侵食していた氷が逆に押し返される。

 新たな異形がさらに数十体と現れるが、それでもやはり、リベルには届かない。


「もう異形には苦戦しない」


 ッドン!とリベルが飛び出し、炎の神に氷の剣を向ける。

 対する炎の神も、炎でできた剣を生み出し、これに対応した。

 人の武器を下級神が使ったのは初めてだった。

 氷と炎は拮抗し、しかし大きさの問題でリベルの方が弾き飛ばされてしまう。

 リベルの周辺を問答無用で凍りつかせる見えない領域も、炎の神には流石に届いていないようだった。


「一か八か、早期決着を狙うなら……」


 氷の剣を消し、ワイヤーに切り替える。

 背中のワイヤーが正六角形の頂点に対応するように配置されると、リベルを覆う筒のように空間が白く凍りつく。

 それは人間を発射するための大砲。

 またリナにはできない使い方をしているが、見られなければ怒られない。

 リベルは自分の背中を風魔法で叩くと、凍った筒の中を高速で駆け抜ける。


「一撃で殺す!」

「ボアアアァァァァァァァァァッッ!」


 炎の神の腕と、白い風を纏ったリベルが衝突する。

 氷と炎の激突で瞬間的な爆発が巻き起こり、衝撃波が神域全体を軋ませた。

 白い爆風が辺りを隠し、それが晴れた中には。


「ぐ……ぁ……あっつ……」


 右半身に大火傷を負ったリベルが倒れていた。

 だが炎の神も無事では済まない。

 こちらも右腕から首元までが抉り飛ばされ、神核の端が外気に触れていた。

 だが、足りない。

 人間の文明が何度生まれ変わろうと消えない炎の中では、炎の神は無限の回復力を得る。

 チリチリと燃える炎の神の傷口は、時間と共に修復されていってしまう。


「……こっちの、回復は……ああ、ゾーシャに持ってかれてんのか……」


 まだ無事な左手をついて起き上がるが、どうしても右半身が燃えるように痛い。

 一度は再生を施してくれたあの靄も、ゾーシャに付きっきりなのか主人を回復してくれない。


「やっぱり、リナがいないとダメなのか……?」


 下級神を二体倒し、取り込み、強くなったはずだった。

 使える能力も複合属性を合わせて三つになり、強者から学ぶことで強大な技をいくつか使えるようになっていた。

 それでも、弱い。

 元の土壌に何もない人間では、まだまだ神には届かない。


「でも、ここで止まるわけにはいかない!」


 こちらにも譲れない信念がある。

 怒りを超え、覚悟の決まった少年は、その瞳に強い意志の光を宿す。

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