9話 苛烈なる炎
範囲消滅の爆撃を受けた人魂の異形は、復活することはなかった。
神は神核というわかりやすい弱点があるが、こいつらはどうも全体を一撃で消さないと死なないらしい。
しかも現状、そんなことができるのはリベルの左手のランチャーだけである。
「あたしの天地穿貫剣は消滅には向かないんだぞ」
「それでもなんとかしないと、圧倒的に手数が足りない!」
弾数無限で、クールタイムもなく撃てるために近づく異形から消し飛ばせているが、こっちが一瞬でも気を抜けば、一気に前線を押し上げられて飲み込まれる。
そうなれば、武器でしか防御できない二人はすぐにでも消し炭だ。
「何か……何かいい方法ってないのか……?」
「単純に剣をでかくして叩くんじゃダメなのか?」
「それでもやっぱり貫通の性質が大きいんだぞ。まとめて叩くなんてそれこそ……あ!いいことを思いついたんだぞ!」
「?」
手近な異形にゾーシャが走って行くので、リベルはそれを邪魔しないように周りの異形を消滅させていく。
そしてギリギリまで近づいたゾーシャは、大上段に大剣を構え、それを横向きに振り下ろした。
「押し潰しちゃえば消せるはずなんだぞ!」
剣の腹で異形を潰したゾーシャは、そのまま煙草の火でも消すように地面にぐりぐり。
しばらくしてから離してみれば、そこには少し焦げた地面が残っているだけだった。
「よし!これならやれるんだぞ!」
「……かなり非効率な気もするけど」
「仕方ないだろ!」
言いながらもゾーシャは何体も叩き潰していく。
それでも非効率なのは認めるところなので、慣れてきたら一体を別の異形のところに飛ばしてからまとめて叩く、などで同時に倒せるように工夫をする。
おかげでいつか押し切られるという切迫した状況からは脱することができたが、それでも防戦一方なのは変わらない。
何より、この異形たちはどんなに倒しても無限に湧いて出てくるのだ。
命の軽い異形に対し、一手遅れるだけで致命傷になりかねない二人。
劣勢の状況は、覆っていない。
「こっちの……アーマーにも何かできればいいんだが……」
ランチャーを撃ちながら、右手のアーマーに目線を落とす。
使い方を誤れば右腕を破壊されかねない、ということで無理な使用は控えていたが、もうそんなことを言っている場合でもない。
こうなるなら説明書をしっかり読むんだった、なんて家電の便利機能を買った数年後に発見した人みたいなことを考えるが、ここに説明書は持ってきていない。
ハンドサインで切り札が飛び出るのはなんとなくわかってるんだから適当に指を曲げてみるか?とかちょっと危ない路線に走りかけていると、不意にアーマーの表面を文字の羅列が走る。
「え、なんだって?」
「どうかしたか?」
ゾーシャが独り言に反応しているが、今はゾーシャに用はない。
リベルには読み取れない言語だった羅列が、しっかりと理解のできるものに変化する。
『緊急時自動応答マニュアル。非常時につき生体コントロールを一時的に掌握します』
「は?」
ぐあば、と手袋から右腕を覆うアーマーに変化した時のように、その断面が口のように広がる。
それはリベルの頭を侵食すると、そのまま全身を飲み込む。
「リベル!?」
ゾーシャがびっくりしているが、リベルもそれどころではない。
『自我の競合を確認、意識の主導権を放棄します』
「な、んだこれ……俺が負けたら飲まれてたってことか?」
”適合”が終わったそのアーマーは、今ではリベルの全身を覆うタクティカルスーツのようになっていた。
本来であればここにフルフェイスのヘルメットもついたのだが、リベルが抗ったためにそこは侵食されていない。
黒地に赤いラインの入ったスーツは、やはり基本の身体能力強化という点からは離れない。
しかし、リベルの全身を飲み込んだとはつまりどういうことか。
左手に装着されていた、同じ人間に作られた化け物兵器も取り込んでいるということである。
『複製、量産。これより自動迎撃を開始します』
まず、左手の甲あたりに銃口のあったランチャーが、その下にも複製される。
そしてそっくりそのまま右手にも二つ銃口が生まれる。
なんとも不思議なことにランチャーの砲身らしき膨らみは一つしかないのに、撃ち出される結果は全て同一の物だった。
「なんかすげーことになってるな!」
「いやホントに。でもこれで実質手数が四倍だ」
『尚百二十八倍まで可能』
「……やめとく」
そうなった場合自分の体がどうなるかわからない。
冷や汗を垂らすリベルは、もう自動迎撃に任せて戦況の把握に努めることにする。
(これでも結局一つの弾で一体しかやれないのは変わらない。ゾーシャが二、三体まとめて潰してくれても、変化を生むのは厳しい。それに押し返したとして、そのあとはどうする?これの元凶がすぐにいるとは思えないし)
元凶は確実に炎の神だが、親玉が簡単に出てくるとは思えない。
しかも相手は入ったが最後焼滅するという永劫の業火の壁の向こうから出てきている。
そこまでは近づけても、完全に元を断つのは難しい。
『こちらに任せてくれれば……』
「え?」
機械の愚痴みたいなのが聞こえた。
そして人間のような、これを作った人のような沈黙が訪れて、代わりにランチャーの攻撃がより一層密になる。
それがたとえ物だろうと、作り手の意思は受け継がれるらしい。
「さっき、自動応答って言ってたよな。じゃあ、こいつらの元凶はわかるのか?」
『炎の神』
「……お前ならどうするんだ?」
『全身からの飽和攻撃を敢行した後、空いたスペースから突破します』
「……なるほど」
任せても良さそうではある。
ただ自分の意思がないのと、人間らしさが全て失われそうだというのが懸念点。
さてどうするか、とリベルが思案していると、その意思に関係なく手足が動く。
「うわっ!?」
「な、なんだなんだ!?」
ワイヤー移動よりも速くその体が動き、ゾーシャの腕を掴んで戦線を離脱する。
その直後、ゾーシャがいたところから新たな炎の壁が出現した。
『焦げた地面は炎の神とのラインを繋ぎます。完全な消滅を狙えないなら得策ではありません』
「そういうことかよ……」
つまりゾーシャの努力は無駄だったということになる。
幸いこの機械音声はリベルにしか聞こえていないようだが、その事実を共有しないわけにはいかない。
「どうやら、地面が焦げると親玉と繋がるらしい」
「そうだったのか!?じゃああたしは本当に何もできなくなっちゃうんだぞ」
「……いや、ちょっと頼みがある」
「お?」
珍しく、リベルがニッと口角をあげる。
それは、リベルの憧れであり守りたい人が窮地に追い込まれた時のような笑い方だった。
「思いついたことがある」
リベルはランチャーの数を増やし、炎の壁の奥にいる異形どもを自動照準任せで消滅させていく。
「さっきのあのでかい斬撃を撃ってくれ。それで、ここから左の壁をぶち抜いて欲しい」
「わかったぞ!」
ゾーシャはもう異形など気にせず、大きく跳躍すると剣を肥大化、そして目の前の壁を貫通するように大剣を地面に振り下ろす。
烈風が吹き荒れ、空間を伝播した衝撃は、奥に連なる何枚もの炎の壁を吹き散らした。
「なんかいたぞ!」
「それが炎の神だ!壁が直る前に突っ切る!」
リベルの意を汲んでタクティカルスーツがランチャーの位置を切り替える。
手の周りから、背中へと。
自動化された迎撃など気にせず、リベルは強化された脚力で一気に開けた道を突破する。
「むっ、リベル速すぎるんだぞ」
「でもこれくらいじゃないと、っ!?」
リベルが不意に足を止めた。
ゾーシャもそれに合わせて減速するが、できることなら適当な道に逸れておくべきだった。
直後、段々と狭まっていた直線を、極大の火焔が蹂躙する。
「ぐっ……!」
リベルは咄嗟にアーマーのある腕で顔をガードするが、そのアーマー自体が徐々に溶けてしまっている。
ゾーシャの方も気がかりであるし、これを耐えたとして状況が好転するとは思えない。
それでも、今できることは耐えるだけ。
サウナにでも閉じ込められたような熱気が全身を包み、意識が朦朧としてきたところで、その熱と赤の奔流は収まった。
「……だい、じょうぶか、ゾーシャ……?」
足をふらつかせながらも、リベルは後方にいたはずのゾーシャを確認する。
そこにいたのは、ところどころが黒く炭になってしまったゾーシャだった。
剣の方は無事で、それを盾にしていたようだが、吹き荒れる熱の嵐は人間の意識を刈り取るには十分だ。
うつ伏せに横たわるゾーシャは、死んでいてもおかしくない状態にある。
「ゾーシャ……くそっ」
リベルの方もアーマーを完全に溶かされてしまい、それに複製されていたランチャーは見る影もなくなっている。
これが、神域に強化された神の力。
たとえ叛逆者だろうと、周りの人間まで守らせるほど甘い力ではない。
リベルは炎の壁が再生されて、また見えなくなってしまった炎の神の方を睨む。
それからゾーシャの元に駆け寄ると、この空間に安全圏などないが、なるべく炎の壁から離れた場所に運んでいく。
「まだ、死んでない……なら、なんとかなるはず。なんとかしてくれ……!」
微弱だが、ゾーシャはまだ呼吸していた。
そこに希望を見出し、リベルは自分でも把握しきれない力に懇願する。
ずず、とリベルの指先から黒い靄が這い出てきた。
それはゾーシャの体に触れると、そこから爆発的に広がっていく。
「……頼む。治してくれ」
喰われているわけではないと信じ、リベルはゾーシャの体を侵食する闇に任せる。
そして立ち上がったリベルの後ろには、まだ生まれ続ける炎の異形が待っていた。
「……これはもう、諦めるしかないのかな」
そんな風に呟いた時だった。
リベルの死角から、白煙を吐き出しながら飛翔する何かが飛び出していく。
それは何度も異形を消滅させてきた範囲爆発弾。
しかも何百発と発射されるそれは、この短時間で数を増やした異形を駆逐していく。
「あ、あー、マイクテストマイクテスト。生体模倣は完璧です」
「……お前」
「摂氏三千度の熱如きで壊れる兵器ではありません。創造主を舐めているのですか」
「……はは、リナってやっぱすげーな」
それは中身なき戦闘兵。
リベルはヘルメットなしだったが、そいつは頭部をつるりとしたデザインのヘルメットで覆っていた。
全体がタクティカルスーツの光沢を帯びていて、リベルが着ていた時とは違い黒地の中に走るラインは緑色をしている。
「ここまで性能を引き出してくれたこと、感謝します。あなたは元凶の元へ。ここは私が食い止めます」
「……わかった。任せる」
こくりと頷くその姿は、中に誰かがいるとしか思えない。
タクティカルスーツだった物は、もうリベルに見向きもせず迫り来る異形の相手を始めた。
リベルもリベルで、その直感が導く方へ進んでいくが、やはり直線で進めば炎の壁は立ち塞がる。
「……一度は平気だったんだ。なら次だって」
リベルはその身を魔法の水で守ると、白い炎の壁へと突っ込む。
その先の、炎の神の元へ。




