8話 祭壇
焦土の中に、どこか神聖な空気を漂わせるお社が建っていた。
建物だからなのか異形たちにも攻撃されず、むしろ居場所として認識されているようであった。
辺りの地面は永劫の業火とやらが燃え盛っているが、お社の周りだけはそれもまばらになっている。
「一回抜ければここら辺はマシだな!」
「さっきまでが一番きつかった」
永劫の業火というだけあって、何をしても消火することはできない。
水をかけたり凍らせようとしてみたりしたが、どれも効果はなかった。
それで少し足止めされたが、どうしても先を急ぎたいリベルは水の防護膜を作ると、強引に炎の壁を突破したのだ。
「それでほら、見えるだろ?どでかい異形がいっぱいいるの」
「ああ。でも?」
「この装備とあたしらなら勝てる!」
ゾーシャは大剣を構え、リベルは左手にランチャーを構える。
こちらが明確な殺意を発したことで、先ほどまで悠々と歩いていた異形の全てがこちらを見た。
それが引き金となる。
二人は同時に駆け出し、異形もまた応えるように雄叫びを上げる。
巨大ゴリラから悪魔の羽が生えたような異形や、土星の環のようなものを持つ空飛ぶ鯨、果ては形容もできないような異形までいたが、リナがくれていた装備があれば呆気ないほど簡単に倒すことができた。
「その剣、よりすごいことになってんな」
「そうだろー!特殊斬撃のエンチャントだぞ!振るだけで三本の斬撃が飛ぶんだ!」
エンチャントはどちらかと言えば魔法だと思うのだが、これも一応リナがくれた力らしい。
そしてリベルが持ってきたものは、わかりやすい破壊力を簡単に生産する。
左腕のランチャーは弾数無制限で、リベルが標的を見据えて発射すれば自動で追尾してくれる。
着弾すれば球状の爆発を生み、広がるというよりは決められた範囲を抉り取るような効果を齎す。
それを撃ちながらワイヤーで移動し、突如目の前に現れてくる変則的な異形には右手を合わせる。
それだけで、敵を感知したアーマーが防御、自動迎撃まで行う。
なんとこの手袋、表面から小さな刃が出てくるとそれが飛び出して目を貫くのだ。
「流石理論値。自分に向いた時が怖いけど」
眼球を貫通された異形は、その先の脳まで貫かれて絶命する。
異形と言えど、構造や弱点は生き物に近い。
ワームに襲われた時はあれだけ苦戦したというのに雲泥の差だった。
改めてリナのありがたみを感じるが、このままではいけないとも思う。
この異形共を纏めて薙ぎ払って余りあるくらいの力を、いつかは身につけたいものだ。
「たのもー!」
「それ何?」
「言ってみたかっただけだぞ」
お社の襖を開け放ち、よくわからない言葉を叫ぶゾーシャ。
中はそこまで広くはなく、地下へと続く階段があるだけだった。
異形もおらず、ここだけは静謐な空気が流れている。焦土では珍しい場所だ。
「あたしの家より空気が綺麗な気がするんだぞ」
「そこまでは思わんが、まあ清浄な感じはする」
そういえば誰が建てたのかは聞いていないが、きっと高名な人なのだろう。
しかし澄んだ空気があるのもこの空間だけ。
階段の先を覗き込むと、こちらからは嫌悪感を催すようなオーラが漂ってくる。
「……行きたくなくなるんだぞ」
「ギャップがなあ……」
それでも行かないわけには行かない。
二人は階段を慎重に降りていく。
階段の先は、予想外の光景が広がっていた。
「ダンジョン化してるなんて思ってなかったんだぞ」
「ダンジョン?」
「こういう、人以外の意思を受けて環境や空間が形を変えた場所のことだぞ。ここは炎の神のダンジョンだろうな」
階段の先はゆらゆらと揺れ動く真っ白な炎が壁を作り、一本の道を生み出していた。
その先は見通せないが、真っ直ぐ進むしかないのだろう。
「これも永劫の業火だな。触れるとやばいだろうけど、触れない限りなんともないはずだぞ」
「……突っ切ってこなかったっけ」
「なんか効かなかったよな」
無知とは恐ろしいものである。
今回は良い方向に転んだからいいが、これで二人とも蒸発、なんてことになっていたら後悔する暇もない。
真っ白な炎の壁は、確かに触れない限り影響がないのか、ギリギリまで手を近づけても熱を感じることはない。
少し歩いては道が曲がり、また少し歩くと道が折れる。
どこまで続いていくのかと思っていたが、やがて少し開けた場所に出た。
「炎の神はいるかー?」
「……ここじゃない。気配は、別の場所から」
「おお、叛逆者はそういうのもわかるんだな!それでどっちだ?」
あっち、と指を差すと、ちょうどそこから炎の壁と同じ色の異形が出てくるところだった。
驚きに一瞬硬直するが、相手はこちらに気づいてやってきたのだ。思考停止する暇はない。
白熱した炎の山のような異形は、どこからどう出てきたのか巨人の腕を振り下ろす。
リベルは横へ跳んで回避したが、ゾーシャは大剣で受け止めていた。
「む、この拳、思った以上に重いんだぞ……!」
「大丈夫か?」
「問題ない!」
思い切り腕を弾き返すと、特殊斬撃とやらを腕、そして本体に向けて放っていたが、そちらは目立った成果をあげられなかった。
「リナがくれたのはどれもすごいんだぞ!まさか永劫の業火を無効化するなんてな!」
「え、しないと思ってたのに受け止めたの?」
「行けるとは思った!」
だとしてもそれを試そうとは思わないだろう。
少々呆れの目を向けていたリベルだったが、受け止めて反撃をしてくる相手よりは最初から避けた方が弱いと判断されたのか、巨人のパンチが迫ってきたので対応を迫られる。
「知らずに抜けたとはいえ、知ってから無謀なことはできないな」
もう一度避けてから、アーマーに強化された右腕で氷の剣を投擲する。
が、やはりなんの効果もなく消滅してしまう。リベルの脆弱性はどこまでも付き纏うようだ。
仕方ないのでランチャーで爆撃を放てば、こちらはしっかりと相手の一部を削り取った。
「おお!……でも再生力が高いな。周りの炎を取り込んでいるのか?」
「神の再生力を持った異形……俺一人じゃ絶対に勝てない相手だな」
自分の属性に適した物を飲み込んで再生するのは、下級神が見せる回復方法だ。
それを異形が持ってしまえば、ただでさえ厄介な再生能力がリベルでは突破できなくなってしまう。
普段は神であるが故にリベルにしか突破できないことを考えると、今回はリベルだけが苦戦するような相手、とも言えるのかもしれない。
「弱点みたいなのがあればいいんだけど」
「そんなの、斬ってみればわかるんだぞ!」
大剣を持ってゾーシャが飛び出す。
空中で何度か斬撃を放ちつつ、自分も一緒に斬りかかる。
その横合いから、ぬっと巨人の拳が顔を出す。
「しまっ……!」
それがゾーシャに触れる直前に、その拳が半ばから抉れへし折れる。
「そのまま行けッ!」
「……ああ!」
リベルは、自分の力が効きにくいとわかった時点でサポートに回った。
それだけで、ゾーシャは全ての不安を払拭する。
「おらあっ!あたしの剣は、なんだって穿ち抜くんだぞ!」
ゾーシャの大剣が異形の頭へと振り下ろされる。
さらにそこから、剣身が数倍へ膨れ上がる。
それは特殊斬撃による影響ではない。
「この剣はっ!天と地を丸ごと貫けるんだぞっ!!」
元から剣に備わっている能力。
その一端を、ゾーシャは解放したのだ。
ドッシャァッ!と炎の壁すら吹き飛ばして、衝撃による暴風が吹き荒れる。
全てが収まった時には、炎の異形はほとんど消し飛んで、残ったのは地面に燻る程度の火の粉でしかなかった。
「どんなもんだ!」
得意気に笑うゾーシャに拍手を送るリベルだったが、燻っていた火の粉が揺れ動いていることに気が付く。
「っ、逃げろ!」
「?」
まだ状況を把握できていないゾーシャに、火の粉から浮かび上がった人魂みたいな異形が突進する。
それを横合いからリベルは右手のアーマーで殴りつけ、炎の壁の向こうに弾き飛ばす。
「ま、まだ動いたのか……」
「みたいだ。しかも、嫌な予感がする」
ゾーシャの一撃で一度は吹き消された業火の壁も、今となっては何食わぬ顔で元に戻っている。
最初から不定形の相手は、どこまで小さくなろうと関係ないのかもしれない。
リベルが炎の壁を、その奥を注視していると、そこからふよふよと人魂のような異形が大量に湧いて出てくる。
「こいつら、めっちゃ増えたんだぞ!」
「小さいからって油断できないしな……」
試しに一体を右手で握り潰そうとしてみるが、炎は指の隙間から抜けて手を覆い尽くしてしまう。
熱さは感じないが、長時間纏わりつかれたらどうなるかわからない。地面に向けて叩き落とせば、あっさり離れたものの平然と飛び上がって仲間の元へ戻っていく。
「……殺せるのか、こいつら?」
「でもやるしかないんだぞ」
ゾーシャは今までで一番険しい表情で大剣を構える。
リベルもそれに感化され、張り詰めた空気が場を支配する。
「ああ、まだ負けたわけじゃないしな」
リベルも左手のランチャーの照準を向け、一気に殲滅できるようになるべく多くの人魂を視界に収める。
全てを消滅させる爆撃の音が、第二ラウンド開始の合図となった。




