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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
プロローグ 叛逆者始動編
3/362

プロローグ〜それは一つの準備期間〜

 朝から色々あってもう昼過ぎだが、二人は今ショッピングモールにやってきていた。


「まずはあんたの服を買わないとね。その服、割と意味わかんないし」

「え、そうなのか?」


 リベルが現在着ている服は、パッと見なんの変哲もない長袖のTシャツである。

 ズボンも黒に近いグレーのもので、まあなんというか全体的にファッションに疎い格好になっている。

 リベルはこれの何がいけないのか、と自分の服を眺めるが、そもそも記憶のない彼に何がわかるはずもない。


「まず縫い目がないのよ。それくらいなら既存の技術でもできるし、気にする必要はないかもだけど」

「なんでわかったんだ?」

「私の目は欺けないって話よ。もう一つの理由にも繋がってくるんだけどね、その服、魔力を帯びてる。ううん、そんなもんじゃない。魔力でできてるのよ」


 魔力。それは人が魔法を使うのに用いるエネルギーであり、血液のように常に生み出されているのだとか。

 そしてそれを自由に操れるほど、魔法の精度や威力は上がる。服を作れるほどとなると、どんな次元にあるか、リナでもよくわからない。


「多分私じゃなくてもこれに気づく人はいる。だから、さっさと普通の服を買いに行くのよ」

「魔力でできてると、何か問題があるのか?」

「それを維持するのに魔力を吸われ続けることになるし、何より臨戦状態だと思われかねないわ」

「……戦う気なんてないんだが」


 だが実際魔力を使うということは、なんであれ魔法を行使することに他ならない。

 これは服だからいいが、もし手に集まっているように見えてしまえば、何か危険な魔法を発動しようとしていると取られかねない。

 今の状態なら気づかれないか見逃してもらえるだろうが、何かが一つ間違えば大騒ぎになる。

 だから、街の中でこの服は着てはいけない。


 そんな説明を歩きながら延々と続けられているわけで、リベルとしてはかなり精神的に疲弊していた。

 だがそれを言うと、リナはなぜか嬉々として面白くもない話を続けてくるので、リベルはもう頭の方が限界に達している。


「あ、着いちゃったわ。それじゃあ適当に見繕って、いくつか買っていきましょうか」

「あ、ああ」


 やっと解放された、と思うのも束の間、今度はあれでもないこれでもないとリベルと服を見てはうんうん唸り始める。

 リベルとしてはもうその辺の服でいいから早く決めて欲しいのだが、リナ的には多少お洒落な服を選びたいようだ。


「私の隣に立つんだからそれなりにかっこ良くないとね」

「……そのリナがフードを被って顔を隠しているわけだが?」

「わ、私は、仕方ないのよ。別に顔を隠したいってわけじゃないんだけどさ」


 なんだか色々事情があるようだ。

 もう仕方ないので近くのベンチに腰掛けると、リベルはリナが満足するまでぼーっと座っていた。



「あら、結構似合うじゃない」


 最後の五択まで絞ったから試着してと言われ、着てみたらそんなことを言われた。

 褒められるのは嬉しいが、せめて二択にしてほしい。


「ほら次、早く着てみて」

「へいへい」


 試着室という大衆の中において一人になれる場所で、リベルは思う。

 服ってなんでこんなに色々あるんだろう。



 結果として、最後まで悩み抜いた服はどれもリナ的に気に入っているらしく、全部買うことになった。

 だったら最初から買えばよかったじゃんとは思うが言いはしない。この数時間で、そういうことを言ってはいけないんだと学んだから。

 ついでにパジャマやその他必需品なども買えば、リベルの両手は完全に塞がっていた。


「……あの?」

「ん?」

「ちょっとくらい持ってくれても」

「それ全部あんたのなんだけど」

「……」


 そう言われると仕方ないのだが、隣に荷物を抱えて歩く人がいて、自分は何も持っていないなら少しは持ってほしい。


「しょーがないわねー!半分持ってあげるわよ!」

「なんでそんな嬉しそうなの」


 恩着せがましい、というわけではないのだが、にっこにこの笑顔で近づかれるとそれはそれで怖い。

 なぜ?と顔で聞いてみると、スッと目を逸らされる。


「いやまあ、笑ってたら誤魔化せるかな、って、そんな……考えで……う、うるさ〜いっ!」

「何も言ってないんだけど」


 ノリと勢いでどうにかしよう。そんな考えでしたとさ。



 リベルは持ってくれれば何も言うことはないので、どこか居心地悪そうなリナは落ち込みすぎだと思った。

 実はその考え方が一番リナ的に辛いのだが、それがわかるほどリベルはリナのことを知らない。


「それで、今日はもう帰るのか?」

「あ、うん……服選びに時間かけちゃったからね」


 まだまだリナのことなんて知らないのだが、しおらしくされると違和感を感じる。

 リナ自身も違和感というより忌避感を感じるので、すぐに話を逸らす。


「そういえば、私のご飯は美味しい?まだ私が作ったのしか知らないだろうけど」


 リベルはすでに朝食と昼食の二回を食べている。

 朝食は別だったが、昼食は一緒に食べた。しかしその時何も言われなかったから、内心少し不安なのだ。


「平均がどんなもんか知らないけど、美味しいんじゃないか?素人が変なこと言わない方がいいかと思ってたんだが」

「美味しいってんなら誰だって聞き入れるわよ。不味いって言われたらキレるだろうけど」


 それもそうか、とリベルは呟く。

 明らかにお世辞とわかるようなものならまた違うだろうが、ある程度自分の腕に自信があるなら、美味しいと言われて怒る人はいない。

 リナも、どちらかと言えば料理は得意だと思っている方なのだ。


「じゃあちょっと材料も買っていこうかしらね。嫌なら先帰ってもいいけど」

「ついてく」

「んっ、そう」


 即答されると考えていた選択肢が全部吹き飛ぶ。

 リベルが即答してくる可能性を考慮しないのが悪いのだが、リナだってリベルの性格を把握しているわけではないのだ。


「荷物増えるけどね」


 せめてもの仕返しにそう言えば、リベルの顔が若干歪んだ。

 それでもやっぱりやめたと言わないのは、優しさなのか、言った手前引き返せないと思っているのか。

 どちらでもいいが、リナとしてはリベルの困ったような顔が見れて満足だった。




 気分の良さそうな鼻歌と、ぐつぐつと煮込むような音がキッチンの方から聞こえる。

 換気のために開けられていた窓から外を眺めていたリベルは、ふと視線を部屋の中に移すと、意識はしていなかったが足音を消してリナの寝室に入る。

 別に何か疾しいことがあるわけではなく、ただ興味があったのだ。あの神話について書かれた本に。


『あんたがこの怪物だったらどうする?』


 今朝リナに言われた言葉だ。

 今の自分とは似ても似つかないが、他人とは思えなかった。リナに感じたように。


「……何か、理由があったんだろうな」


 それだけ呟くと、リベルは本を元あった位置に戻す。

 そして直後に部屋の扉が開けられ、外の光が部屋に入り込む。


「どこへ行ったかと思えば。何してたの?」

「本にはいろんな情報があるからな。少しでも学んでおこうかと」

「あらいい考えじゃない。じゃあ後で見繕ってリビングに置いておくわ」

「ん、ありがとう」


 リベルに言い訳などという概念は存在しない。ただ彼女に少しでも疑念を抱かれたくないだけ。

 人はそれを、嘘と言うのかもしれないが。



 今日の夕食はカレーになった。

 理由は単純。多少切り方が粗くても、多少味付けがおかしくても、大体美味しくなってくれるから。


「じゃ、いただきます」

「いただきます」


 手を合わせてからスプーンを握る。

 対面に座ったリベルは、それから黙々とカレーをかきこんでいく。


「……」


 自分も黙って食べればいいのに、人がいる環境に慣れないリナは、この静寂が嫌になって適当にテレビをつける。

 途中からでは何もわからないが、どこかでまた行方不明者が出た、というニュースのようだ。


「十中八九魔物でしょうね」

「魔物」

「ええそうよ。発生のメカニズムが未だ解明されない不思議生物。あいつら肉食だから、人も食われんのよ」

「……恐ろしいな」

「あは、まあ強い魔物は街に出る前に処理されるから」


 私たちの手でね、とは言えなかった。

 リナが所属している組織というのは、言ってしまえば魔物の殲滅部隊である。

 ただし、人類の手には負えないような、という注意書きが入るが。


「私がいる限り魔物には殺されないわよ」

「そうだな。リナは強いからな」


 リベルが想像したものはわかるので、あんな姿になりたくてなっているわけではないと否定したかったが、身の危険が迫ればやるしかないので、間違ったことではなかった。


 しばらく話すこともなく無言で食べているが、やはりテレビの音だけでは物足りない。


「あんたさ、結構無口よね」

「無口。まあそうかもな」

「話題とかないの?」

「……記憶喪失の人に聞く?」

「む、そりゃそうかもだけど」


 もしかしたら、面白いこと言ってよ並の無茶振りなのかもしれない。

 けどだからなんだ。


「だからこそ色々聞いてみりゃいいんじゃないの?」


 リナは、人とお話がしたいのだ!


「え、うーん……じゃあ、なんでリナはそんなに強いんだ?あと、色々知ってるのは?」

「……結構答えにくいわね。強いのは、鍛えたから。博識なのは、学んだから。それしかないわ」

「……なんか隠してるだろ」

「べ、別に〜?」


 隠し事なんて大有りだ。だがだったらどうした。こっちが言わなければ核心には辿り着けない。そのはずだ!


「まあ、いいや。なんとなく頭と体が合ってない気がしただけだから」

「え、待って待って物凄い気になる言い方してくるじゃん。何それ。え?精神年齢低いとか言ってる?」


 リナは一瞬喧嘩を売られたのかと思った。

 だがどうやら違うらしい。


「いやそうじゃなくて、リナが実際何歳なのかは知らないけどさ、確実に大人ではないだろ?なのに、あまりに強かったり賢かったりするから、なんか一致しないなってだけ」

「あ、う、な、なるほど?つまり私が天才ってことで?」

「見た目通りの歳なら」

「……うるさい」


 あぁ違うんだ、とリベルはなんとなく思った。

 よく見ていればわかるが、リナはあまり嘘をつけない人である。隠しているなら、そうとわかるような何かがどこかに現れる。それが表情なのか口調なのか声なのかは場合によるが。


「べ、別に私が何歳だろうと関係ないでしょ。この通り、見た目は可愛い可愛い十四歳なんだから」

「……なるほど」

「おいなんだその何か言いたそうな顔は。文句あるなら言ってみろよ」

「い、いや、見た目気にしてるんだな、と」

「……」


 リベルの返答はいつだって予想の斜め上。

 もっと、貧相だとか可愛くないだとか思われてるのかと思ったが、それはないらしい。


「……ふん」

「……、……」


 リベルは満足そうだな、とか言おうとしたが、それはやめた。

 これ以上リナの機嫌を損ねるのはよろしくない。そう直感が告げている。


 また無言になってしまったが、もう食べ終わるのと、悪い気分ではなかったのでリナは満足だった。

 ただ少し貪欲になったリナは、食事中は恥ずかしくて訊けなかったことを訊く。


「美味しかった?」

「ああ。他を知らなくてもいいと思うくらいには」

「……♪」


 褒められる度、認められる度、リナはリベルのことを信頼していく。

 自分でもわかっているが、悪い気分ではないのだから仕方ない。


 それからリベルには風呂に入らせ、自分は食器を洗いつつ客室を少し綺麗にしてみて、リベルが出てきてから自分もお風呂に入る。


「覗くんじゃないわよ」

「進んで虎の尾を踏もうとは思わない」

「ならよし」


 これでたとえ事故だったとしてもリベルが来たら存分に叩きのめせる。

 まあそんなことがあるわけないのだが。


 お湯が溢れ出る湯船に浸かり、リナは浴槽のへりに手を置きその上に頭を預ける。


「はー……これが激動の時代ってやつ?」


 時代というにはあまりに時間が短いが、もう一週間くらい経ったんじゃないかと錯覚するくらいには疲れる一日だった。

 その一因はリナにもあるような気がするが、都合の悪いことは考えない。


「とりあえず、リベルが結構従順なのはラッキーよねぇ……」


 色々な話をしたが、ふとした時に感じるのが、気遣われているという感覚だった。

 服選びの時も、かなりわがままを言った自覚はあるのだが、諦めたような顔をして付き合ってくれた。

 男性と出かけるならやってみたかった荷物持ちをさせるというのも、まあ文句は言われたが怒りはしなかったし。


「優しい、って言っていいのかなぁ……なんかやだなぁ、私が狭量みたいで」


 今の状態を端的に表すなら、リナがわがままお嬢様でリベルはそれに振り回される執事、そんな感じだ。

 これでリベルを優しいと評価してしまったら、そのままリナはわがままお嬢様になってしまう。まあ何も間違ってはいないのだが。


「はぁ……でもその優しさもどこまで通用するかよねぇ」


 真っ直ぐ腕を伸ばして、その真っ白で細い腕を眺める。

 まるで作り物。いや、本当に作り物なのだが、リナの体は気づかれにくい場所でやはり人間とは構造が違う。

 髪の毛以外には産毛の一つも生えていないし、シミやほくろなど一つもない。


「極めつけは」


 腕同士をぶつけると、肌がぶつかるパチンという音に混じって何か金属質な音がする。

 それこそが、骨の代わりに全身を支えている正体。


「とても人とは言えない。だけど、私は人間……」


 頭をお湯に浮かせて、腕を天井に向けて突き出す。

 そこにあるのは、紛れもなく人としての体。


「まぁなんでもいいや。だって成功したら……ふふっ」


 リナにも秘めた事情はある。

 それこそ、仕事仲間にすら打ち明けないような大それた願望が。



 お風呂から上がったリナは、寝室に向かう途中でリベルが窓から少し身を乗り出して黄昏ているのを発見した。


「……どうしたの?眠れないの?」


 リナが声をかけると、リベルは少しビクッと体を震わせる。

 だがそこに焦りや驚きといった表情はなく、至って真顔で振り返る。


「朝言った、引っ張られるような感覚……あれがなんか、強くなってる気がして」

「……そうなの。あんたは、どうしたいの?」

「すぐ行った方がいい気がする。でも、もう間に合わない気もする」

「……そう。具体的にいつがタイムリミットだと思う?」

「明日の……昼頃。でも多分、今から走っても間に合わない」


 正直、リナにはリベルが何を感じて何を元に判断しているかはわからない。

 だが叛逆者が、神が動き出しそうだ、と言うなら、それはきっと本当のことなのだろう。


「……私にはわからないから、もう寝ましょ?きっと何もないわよ」

「…………ああ、そうだな」


 リベルは最後にもう一度名残惜しそうに窓の外を見ると、客室だと説明しておいた部屋に消えていった。

 リナも少し窓の外を見て、はぁとため息を吐く。


「柄じゃないんだけどなぁ」


 寝室に入ると、仲間に通話を繋ぐ。

 機械である彼女にとって、自分の頭はそのまま通信機器となる。


『何かな?』

「中型一つ。朝一で」

『大荷物?』

「ある意味ね」

『ふーん?珍しいね』

「……な、なによ」

『いやいや、仲良いねって』

「……だって、あいつ操縦できないでしょ」

『あーかもね。みんなすぐ乗りこなすから忘れてたよ。他には?』

「ない……あー、一応変換器積んどいて」

『じゃあルイナのお下がりで』

「なんでもいいけどよろしく」

『ん〜じゃあねー』


 何も聞こえなくなったのを確認して、リナはベッドに横になる。


「ほんと、らしくもない」


 人の言葉をあてにして、そのために行動を起こすなど。

 でも案外悪くないかも、なんて少し笑ってみる。

 本当に、リベルはおかしな人間だ。ここまで変えられてしまうなんて。


「ま、いっかぁ……」


 飽きたらやめるでもいい。そう軽く考えておいて、今は休むことにした。

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