7話 神VS機人
時間を戻し、場所は限海上空。
上空に佇むリナは、大海神からの追撃を受ける前に万全の体勢を整える。
「対神格用全身鎧、展開」
顔はフルフェイスのヘルメットに覆われ、その頭上には巨大な砲塔。顔の両脇には前後に刃を伸ばす独特な形状の鎌のようなものがついていた。
両肩には全方位をカバーする軽機関銃が乗せられ、背中の巨大な銀の翼がその体を空中に浮かせている。
翼より下の背中の余った部分からは、六本のワイヤーが所狭しと生えていた。
しかしいつものワイヤーも、今は淡い青の輝きを纏い、独立した生き物のように揺れ動いている。
四肢は全体を赤黒い装甲に覆われ、右腕からはほぼ自分の身長と変わらない巨大な電磁カタパルトが生えている。
左腕は逆に鋭利なフォルムの剣のようになっており、接近戦にも対応できるようになっていた。
両足は細かな兵器を取り付けつつ、膝裏と足裏に取り付けられたブースターで加速することで脚力を強化することもできる。
全体として人間的なフォルムは保っているものの、胴体の装甲が横開きするとその中からガトリングの銃身が三つは出てくるので、これを人間だと思える人は少ないだろう。
「本当の本気は出すと怒られるからやんないけど、それでも十分本気よ」
くぐもった声がバイザーの奥から聞こえる。
一方で、その意味を理解しているのかいないのか、大海神はその顔をぬっと海から飛び出させると、上空に佇む人間に向けて吼える。
声自体は動物の鳴き声のようにしか聞こえないが、そこに乗った思念が自動的に理解できる言語へと変換されていく。
『不遜なる人間よ。何故大いなる摂理に抗う。この海へ足を踏み入れるということ自体、人間にとっては破滅願望と対して変わらぬ。神の領域へ踏み込んだこと、後悔するぞ』
大海神は青黒い鱗を持った海洋生物である。一番わかりやすい形としてはリュウグウノツカイだろうか。
ただしその全長は二千メートルを超える。
鱗の硬さも既存の物質では説明ができない神の装甲。
海の化身、大いなる流れの体現者こそが、この大海神なのだ。
「知らねーわ。つかその大いなる摂理ってのが大っ嫌いなんだよ私は。この世界は神の掌の上?人間は神に与えられた幸福に喜び、不幸に嘆けばいい?誰がそんな理不尽を許すのか。誰がそんな運命を受け入れるのかッ!私はなぁ、そういうクソみてえなてめえらをぶち殺すためにこんな体になったんだよおぉッ!!」
叫び返したリナは、先手必勝とばかりに右腕のカタパルトを起動。
元は原始的な投石機だというが、それも電気の力で最凶の爆薬を撃ち出せば、その威力は禁忌に指定されるレベルに達する。
しかもそれが再装填に二秒もかからず無制限に撃てるとなれば、街どころか大陸を消しとばす威力にまで飛躍する。
そんな極悪兵器を、リナは大海神の右目に向けて一切容赦なく連続で撃ち続ける。
こんな程度で削り切れる相手ではないが、それでも傷を負わせられれば、という算段だ。
しかし、やはり神とは肉体の強度自体が狂っている。
『その程度で神へ挑むとは、実に愚かだな』
「ふん、まあそうでしょうね。これはあんたら陸海空の神用の調整じゃないし。使い物にならないのはわかってたわよ」
それでも、遠距離攻撃の手段として試した。
効けば上々、効かなくてもこちらはノーリスク。
電磁カタパルトは収納しておいて、その右手はまた別の武器の形状へ変化させる。
それは剣というよりは包丁。そして野菜や肉を切るというよりは、何かを削ぎ落とすことに特化したような形。
まさしく、魚の鱗を取るための包丁だった。ただし、規模は大海神に合わせて調整されている。
それをこの会話で稼いだ時間の中で組み上げたのだ。
この自由度こそ、対神格用全身鎧の真骨頂。
様々な力を持つ神々への対抗手段として、リナが長い時間をかけて組み上げた最強の装備だ。
「刺身にしてあげる」
『やってみるがいい』
目の前を通り過ぎる羽虫に興味はないが、それでも自分の周りを飛ばれると鬱陶しい、そんな感覚で大海神はビル一棟に匹敵する高圧放水をお見舞いする。
だが、体が大きくなればなるだけ狙いをつけるのは難しい。
リナは簡単にそれを避けると、肩から伸びるのに足の先をも通り越す長さの包丁を突きつける。
ガッ、と青黒い鱗に引っかかると、そのまま無造作にガリガリガリッ!と削り取っていく。
『それがどうしたァッ!』
大きな体がうねり、リナの小さな体を弾き飛ばした。
だがその瞬間にもリナは攻撃の手を緩めず、背面から伸びるワイヤーを鱗の剥がれた箇所へと突き刺す。
そこから高圧電流が流れ込むと、海水に身を浸す大海神の体を駆け抜ける。
しかしスパークが逆に海へ流れ出すと、大海神にはほとんどダメージを与えずに逃げてしまう。
『電気が流れやすいということは、こちらから流すこともまた容易いということ。残念だが、雷は効かぬぞ』
「チッ……」
それで一体どれだけの限海生物が死ぬかなんて考えもしない。
神は基本他の生物に対して無関心で、リナも凶悪な生き物にかける慈悲など持っていない。
また口腔に強大な力を蓄える大海神に、リナは頭上の砲塔から赤色の光線を放っておく。
自分の力で負傷、なんて都合の良いことは起こらず、ただ少しエネルギーを分散させただけ。
それでも十分な隙だと、リナはもう一度大海神へ肉薄する。
「もう再生してんのかよッ……!」
鱗が修復されていたので、もう一度剥ぎ取り、二度目の”うねり”は回避して、今度は左腕が変化した剣を思い切り突き刺す。
刺さってから剣の縮尺を変更し、その傷口を思いっきり広げる。
同じ色であることの方が気味悪いが、赤色の血をドクドクと流すそこに、リナは小石爆弾と劇薬を投げる。
『ぬ、我の体を傷つけるか。だが!』
外気に触れた血は汚染されている、とでも言うように大量の血が吹き出した後には、その体に傷らしい傷は見当たらない。
この再生力もまた、神を神たらしめる力の一つ。
「じゃあこんなのはどうかしら」
ドンッ!と大気を震わす爆音が響く。
誘導型の小石爆弾は、血管を通って既に大海神の体内へ潜っていた。
多少血を流したところで排出できるほど浅い場所にはない。
体の内側から内臓を叩かれた大海神は、水ではなく血の塊を口から吐き出す。
しかしその目は怒りに燃えるばかりで、痛みや恐怖を感じているようには見えない。
『やってくれるな人間よ……だがこの程度、怯むまでもないわッ!!』
神は耐久力だけでなく再生力も高い。
たとえ傷がついたとしても、そんな一部の破壊で恐怖に震えることはないのだ。
そして大海神の叫びに応じて、その眷属たる魚たちが巨大な水柱を立ち上らせながら空中に顔を出す。
一匹一匹が伝説に語り継がれそうな大きさをしているが、それが神でないならリナの前に立つ資格はない。
「破壊音」
ギイィィィン!と耳障りな不協和音が響く。
それは物を破壊した音ではなく、対象を破壊するための音。
一種の音響兵器だが、それは鼓膜を破るだけには収まらない。
鱗や皮膚を貫通してその振動を届ける音は、直接内臓を揺さぶり内部破壊を引き起こす。
全身の穴という穴から血を吹き出した魚群は、飛行する能力すら失って深い海へと没していく。
「数の暴力なんて効かないわよ」
『我が呼んだわけではない』
事実として大海神が傷ついたことで出てきただけの群れだったが、それでも大海神の力になろうとしたのだ。
だが非情なる者どもは、もう死んだ魚には意識なんて向けない。
大海神がもう何度目かになる口を開いたタイミングで、リナは下へ向かって急加速する。
今までは水面に出ていた表面を狙っていたが、もう海水なんかを気にしている場合ではない。
両腕を鋭い刃に変え、リナは大海神の背中をなぞるように全長二キロの距離を一瞬で駆け抜ける。
大量の血飛沫が上がり、一時的に天を赤く染め上げた。
『だから効かぬと……!ぬおっ!?』
再生の前に、大量に仕込んだ爆弾が起爆する。
天に火柱が上るとかそんな次元の話ではなく、下向きに指向性を持たされた爆風は大海神の全身を蹂躙し焼き焦がしていく。
耳や鼻から黒煙を吐き出しているが、それでも大海神は倒れない。
『無駄なことだ』
「どうかしら」
たった一つ不発だった爆弾は、大海神の脳へ到達する。そして激震。
破壊には至らずとも脳震盪くらいは引き起こせるだろうとは思っていたが、大海神の意識が落ちることはなかった。
『小癪な……これしきのことで我が倒れるとでも?』
「生き物として頭攻撃されたら倒れなさいよ」
しかし神の本体とは神核である。
その頭はあくまで思考するためのスペース。
全身を熱風が吹き荒れても倒れなかった時点で、届かなかったと見るべきだった。
「やっぱ地道にやるしかないのかね」
ビュン!と風を切って、リナはまた大海神の肉に刃を突き立てる。
自分の体に当たるのもお構いなしに高圧放水を撃ち、その身を大きく震わせることで弾き飛ばそうとするが、その全てに喰らいつき、リナはひたすら斬り刻む。
こんな時にリベルがいれば、地道な作業なんて必要とせず一発で神核までの道を切り開けるのだろうが、そもそもこの戦いについていけるはずがない。
道具のように扱ったとして体が保つかも怪しいので、やはり先に行かせたことは間違いではないはずだ。
「ぶっ壊してやるよッ!テメエの力の根源をなァッ!!」
「キアアアァァァァァァァァァッッッ!」
もう思念を飛ばすなんてこともなく、大海神は怒りに吼える。
血流や海流まで操作してリナを引き剥がし粉砕しようとするが、リナもそれに抗う。
頭や肩の付属パーツはバラバラと壊されて流されていくが、本人の肉体が変化してできている剣や装甲はそう簡単に壊れない。
途中まで斬り進めば肉が再生され阻害してくるが、それは逆にワイヤーで妨害しておく。
そして遂に神核の端を捉え、リナは躊躇なく剣を突き立てる。が、神の力の根源は、肉体の比にならないほどの硬さを誇る。
「だからなんだッ!私は形も硬さも自由なんだよッ!!」
右手が刃からドリルへと変化する。
掘削機の轟音を撒き散らし、リナはそれを神核に押し当てる。
ギャリギャリギャリ!と凄まじい音が鳴り響くが、ドリルが進むような感覚はない。
「チッ……こっちが削れてる音か……!」
ワイヤーによる再生阻害も限界が近づいていたため、リナは腕を離すと一度上空まで退避する。
海水に入ったことによる不具合がないか確かめるが、あの攻防でいくらか兵器がもがれたこと以外に異常は見当たらない。
さてどうするか、と落ち着いて大海神を眺めていると、吼えるでも攻撃するでもなく海の中へと消えていく。
「……?引き返した?」
それならこちらもリベルの所へ向かうのだが、どうもそういう雰囲気ではない。
大質量の物体が移動したことで海の水が一方向へ引き摺られ、やがてそれを引き起こす張本人が顔を出す。
「ッ!? ただ飲み込みに来たってわけでもなさそうねッ!」
銀の翼を震わせ、リナは全力で上へ逃げる。
しかし神の歩みから逃れることはできない。
『誇るが良い人間。我が本気を出すなど生まれて初めてのことだ』
「そんなに怒ってんなら帰ってくれて良いんですけどね!?」
真横に並ぶ大海神に何度もその身を抉ってきた刃を投げつけるが、大海神の移動に巻き込まれた海水が阻んでしまう。
そして、きっと叛逆者以外に勝ち目どころか逃げ場すらない死の宣告が訪れる。
『神域構築。【始まりの海】』
この星は最初、陸や冷えた海など存在せず、ただマグマの海が広がっていたという。
そんな世界に空なんて概念はあるわけがない。
つまり、全ての始まりはマグマの海。
そんな正しいかも怪しい歴史の”状況を抽出”する。
空間の一部が、灼熱のマグマに覆われた。
大海神の真横にいたリナは当然のように飲み込まれ、極限環境を漂うことになる。
普通の、というか特殊な機械でさえまともに動けるか怪しい海でも、リナの体はしっかり動く。
だが、それだけだ。
「ま、ず……!」
翼で浮力を生み出す必要もないので、ワイヤーを回転させることでドロドロの海をどうにか移動する。
しかし空中や海中とは比べ物にならないほど遅いスピードでしか移動できないため、大海神からしたら格好の的でしかない。
どうにか突破口を探すが、レーダー系が異常値を叩き出してしまうこの環境で、そんなものが見つかるわけもない。
気配を感じて後ろを振り返ったリナが見たのは、迫り来る大海神の巨大な顎門だった。
また3話リベル視点になります。




