6話 郷土料理
リベルがソリを牽引しながら進むこと一時間、不毛の大地に似合わぬ人工の砦が見えてきた。
「あれがあたしの家だぞ!」
「デカくね?ってかもう工場じゃね?」
「リナにもらった機械をくっつけまくったらああなった!」
一体どれだけ与えたのだろう。
高層ビルのようなコンクリートの塊が数棟立ち、その隙間を埋めるように大量の太いパイプが空間を埋め尽くす。
近づいてみるとわかるが、背の低い建物はいくつも乱立していた。
そして一つの巨大工場のようになっている家は、灰色のドームに覆われている。
「あれは結界だぞ」
「結界?」
「ルイナが張ってくれた結界でな、異形さえ拒む結界なんだぞ!この中なら何も入ってこれないから、よく危なくなったら誰かが訪ねてくれるのを待つんだぞ!」
何度も危ない橋は渡ってきたらしい。
辿り着けなかった場合が気になるが、この調子だと何も考えていない気がする。
「そういえば、俺は入れるのか?」
「んー?どうなんだろうな。みんな普通に入ってた気がするけど、確か設定はあたしでもできたはずだから無理なら探してみるぞ!」
その間に襲われるのがとても恐ろしいので、是非ともスルーさせていただきたいところ。
リベルは不安と一縷の望みを胸に、灰色のドームに減速なしで突入する。
思わず目を瞑ってしまうが、確実にぶつかるという時間になっても衝撃がないので、リベルはゆっくりと目を開ける。
「……あ、れ……?ここは、どこだ……?」
さっきまで荒廃した世界にいたはずなのだが、気づけば黒寄りの灰色の世界にいた。
目の前には誰かが立っており、それ以外には何もない。
その人はべールに包まれて、顔どころか体のラインすらわからない。
「あぁ、ここなら接触できるんですね」
「お前は……?」
「まだ知らなくて良いですよ。ええと、結界を通りたいんですよね?許可はするので、頑張って炎の神を討伐してください」
「……なんで」
「知っているのか、と?ふふ、それも含めて知らなくて良いです。あなたはただ真っ直ぐに、自分が信じるようにしてください」
それが正解の道ですから。と謎の人物は言って消えていく。
世界もそれに合わせて崩れ去り、気がつけば結界の中で立ち止まっていた。
「どうしたー?ここからは歩いてもそんなに変わらないからゆっくり案内するぞ?」
「……そ、うか。わかった」
あれは一体、誰だ?あの世界は一体なんだ?
見覚えがある気もしたが、リベルの記憶にある中にあんな喋り方をする人はいない。
わからないことは頭の隅に追いやって、リベルはゾーシャについていく。
外観だけなら絶対に工場なのだが、ゾーシャが普段生活をしているという区画は完全に人の家だった。
規模としてはリナが持っている一軒家。しかし三階建てで、屋根裏もあるらしいのだが、そちらは配線が通りまくっていて物置にすらならないとのこと。
「水道もガスも電気も全部リナが用意してくれたんだぞ!永久機関とか言うので無限に生み出せるらしい!」
「……流石だな」
そこにどんな理論があるのかは絶対に理解できない。
だから、流石リナの一言で納得しておく。
「焦土の時間は分かりにくいが、今は大体夜の十一時だな!どうする?休むなら部屋はあるぞ?」
「……とても、眠れる気分ではないな」
「そうか。なら、飯にでもするか!」
リベルが暗くなると、ゾーシャが決まって明るく振る舞う。
きっと気遣ってくれているのだろう。それでリベルも多少気分が晴れるのだから、ゾーシャにも救われている。
「みんなは料理上手なんだが、あたしはそうでもないからな。こういうのもあるんだと思って食べてくれ!」
「お、おお……?塊肉、を焼いたものか?」
「そうだぞ!焦土では肉が手に入りやすいからな!塩と胡椒で味付けすれば、めっちゃ美味い飯になるんだぞ!」
ゾーシャの言葉のどこかに引っ掛かりを覚えたが、その違和感を確かめる前に取っ掛かりに逃げられてしまったので、目の前の塊肉に意識を向ける。
それはステーキなんかよりも何倍も大きさがあった。
もうかぶりついて食べること前提みたいな大きさに、リナの家庭的な料理に慣れていたリベルはしばし絶句するしかない。
どこから手をつけていいか分からないが、いい匂いがしているのも事実。
実質昼食抜きになっているリベルは空腹に耐えきれず、そのまま肉にかぶりついた。
「お!いい食べっぷりだな!それじゃああたしもいただきまーす!」
ゾーシャも自分の分の肉にかぶりついていた。
品性など欠片も感じられないのに、それが様になる不思議な女性だ。
肉の塊一つなど栄養もへったくれもないが、あまりに大きなそれは人の腹を満たすには十分だった。
本当に塩と胡椒しか振ってないのかと疑うレベルの美味しさに、リベルは「こっちの食事も悪くないな。そう、食事は」とか思っていたが、その真実を知ればもうここで食事はできない。
「お!外を見てみろ!さっきの肉はあいつの肉なんだけど、在庫がないからちょっと狩ってくる!」
「え、え?あいつ?在庫?」
窓の外には、ゾウを五倍くらいにした異形の生物が悠々と歩いていた。
皮も分厚そうで、いかにも天敵なんていないと思っていそうな異形だった。
いやそうではなく。
ゾーシャは今なんと言った?あいつの肉って言わなかったか?
「……つまり異形の肉?」
負のエネルギーから生まれるという異形。
なんでそんな生物の肉が残るのかちょっと疑問だが、そんなのはどうでも良く。
さっきの肉は食用の牛とか豚を連れてきたなんて話ではなく、どうやら現地調達だったらしいというのが問題だ。
リベルが少し疑問に思ったのもこれだろう。
「……マジかよ」
吐き出すわけにもいかず、ていうかなんでこんな美味くなるんだよ、と巨大ゾウに恨みと食欲の籠った視線を送るしかなかった。
「うん?なんだか顔色が悪いんだぞ。食べすぎたか?」
「……いや、なんでもない」
ゾーシャは返り血で褐色の肌を汚しながらも、巨大ゾウを引きずって帰ってきた。
それを倉庫みたいなところにぶん投げて、タオルで血のついたところを拭いてからこちらに向き直る。
「できるだけ早く炎の神を殺しに行きたいんだろ?」
「ああ。そうだな。なんの用意もなく行くのは無謀だと思うが、それでも、やらないと」
リベルは表情を強張らせて拳に力を込める。
こっちもこっちで色々あって考える余裕がなかったが、リベルがこんな呑気に異形の肉を食べていた間もリナは戦っているはずなのだ。
そう考えると、一刻も早く炎の神を討伐しに行きたい。
「大切な人のために危険に飛び込む。なんとも男らしくて格好いいな!まあ安心していいぞ。祭壇と炎の神のことならあたしがある程度は知ってるしな!」
「本当か」
「ああ!最近はなんでか動きが活発になっててな。本来祭壇の地下で寝てるだけのはずなのに、最近は地上に永劫の業火を撒き散らすから厄介なんだぞ。それであたしが一回黙らせに行こうかと思ってたから少しは調べたんだ!」
やっぱり色々気になることは多いが、情報があるのに越したことはない。
ゾーシャに知っていることを全部教えてもらう。
まず、炎の神は動き回られても厄介だからと祭壇が造られて、その地下に封印されていた。
そしてもう何百年も大人しかったはずなのに、ここ一週間でその封印が破られてしまった。
最初は地下を自分の居場所と認めていたのか動きも鈍かったが、それも時間と共に外界へ興味を示し始める。
本体が出てくることはなかったが、代わりに永劫の業火と呼ばれる消えない炎が地表を覆い始めたそうだ。
「ここは離れてるからまだ見えないけど、あと数日したら結界の周りは全部炎に埋め尽くされちゃうんだぞ」
「……それは大変だな」
「だから一発ぶん殴ってやろうかと思ってたんだ。けど、近づいてみたら異形が大量に発生してて、いくら天地穿貫剣が強くてもあたし一人じゃ勝てないから諦めたんだぞ」
祭壇は炎の神を封印するほどの力を持つ。
そして負のエネルギーとやらは神や力のある物に引き寄せられるらしい。
炎の神の活動再開に合わせて、大量の異形が出現したとのことだった。
「ならより一層俺には無理なんじゃ?」
「でも戦えてただろ?大丈夫だ。何せこの家にはリナがくれた武器防具が大量にあるからな!」
「色々置いてってるのな」
居住区だけでなく装備まで与えているとは。
リナの性格的に誰かを優遇するということはあまりなさそうなのだが、ゾーシャはリナにとっても何か特別なのだろうか。
「保管庫はこっちだぞ」
ゾーシャの案内で、リベルは広めの家の中を歩く。
その保管庫は、ドームに囲まれた工場の中でもほぼ真ん中にあった。
最深部には緊急脱出用のポッドがあるらしいが、今の所それを使ったことはないそうだ。
そして件の保管庫だが、見ただけで凶悪だとわかるような兵器が、一つずつガラスケースに入れて並べられている。
そういう裏稼業のお店です、なんて言われたらそのまま信じてしまいそうだが、ここは焦土の大陸。物はあっても買い手はいない。
「この強化ガラスはあたしにしか開けられないらしいが、開けた後は誰でも使えるらしいぞ。だから大丈夫だと思う」
「ゾーシャって貰えるだけ貰って全部は把握してない?」
「みんなの言うことが難しいのが悪いんだぞ。生体認証?とかナントカ魔法なんて言われてわかるわけないんだぞ」
「それはまあ、確かに」
リベルは生体認証くらいならわかるが、魔法に関しては習った物以外知らないという極端なことになっている。
ゾーシャはケースをばかばか開けていくと、適当に自分に合う武器を探し始める。
「リベルも好きなのを選んでいいぞ」
「わかった」
どうやって使うのかさえわからない兵器も多々あるが、さてどうしたものか。
明らかに手袋のようなものがあったので試しにつけてみると、それが装着を確認した瞬間右腕を肩まで一気に覆われた。
そしてなんだかよくわからない文字と記号の羅列が走ると、その表面が真っ赤になる。
「エラー?」
「ケースの中に説明書があったはずだぞ。何か書いてあるんじゃないか?」
ケース内を見てみると側面に紙切れがついていたので、それを剥がして読んでみる。
リナが書いたようなのだが、説明書らしく真面目でお堅い文面で、なぜか違和感を覚えてしまう。
「えー……赤く光る場合は、適合率が異常値を示した場合。性能は理論値へ達するが、肉体への負荷も最大となる。使用には十分注意が必要。……いやこっわ」
そして正しい使用方法を見る限り、これは人間を人間の枠からはみ出させるための機械のようだ。
腕力上昇、反応速度上昇、特殊素材のそれは銃弾さえ受け止め、五指からは光学系の兵器が飛び出す。
指の形でコマンドを打つこともできるようで、中には液化防御とかいう腕に装着しているにしては怪しさ満点の技もあった。
「これはちょっと怖いし、やめておこうかな」
しかしなんとこの手袋、外す方法が存在しない。
外れろ!なんて思ったところで言うことは聞かないし、説明書にも何も記述されていない。
不良品、というかリナのミスである。
「どうすんだこれ……」
使ってもいいが、自分の腕がどうなるかわからない。
最悪右腕を失う覚悟をしておく必要がありそうだ。
「それにするのかー?」
「……外れなくなったからな」
「あー、リナは使ったら壊すが基本スタイルだから、もしかすると誤装着なんて考えてないかもな」
「人に与える物くらい親切であってくれ……!」
リナの悪い部分が全面に押し出されていた。
仕方がないので右腕はよくわからない手袋、から変形したアーマー。左手にはどでかいランチャーを装着し、リベルは準備を終える。
ゾーシャの方は剣に何かを纏わせていたが、その性能は見てのお楽しみだと言われた。
二人とも装備を固めたところで、炎の神へ挑むために出発する。
この先は、もう引き返すことはできない。
次はリナです。




