5話 異形
ゾーシャが爆発で吹き飛んでから十数分、リベルはその飛んでいったゾーシャを発見した。
「おー!それすっげー便利そうだな!」
「……やらんぞ」
リベルは腰から等間隔に六本のワイヤーを伸ばし、地面を凍らせながらその上を滑って移動してきた。
道中何度か明らかに絡まれたらマズそうな異形を見かけたが、高速で移動するくせにそこまで音を立てないワイヤーなら気づかれることはなかった。
そんなワイヤーにゾーシャが興味を示しているが、リベルはリナみたいな拒絶をしておいて、ゾーシャが持っている物に話題を変える。
「それは?」
「これはなー、虫除けってやつだ!」
「虫除け?」
ゾーシャはいくつかの石を燃やしていた。
それがゾーシャを取り囲むように設置されている物だから、何か怪しい儀式のようにも見えてしまう。
そして周りに落ちているものから察するに、別の適当な石を剣にぶつけて火花を発生させ、それを火種にしていたようだ。随分と原始的である。
石が燃えていることには、何も言わなかった。
「どうしても異形ってのはでっかい方が目立つだろ?」
「まあそりゃあ」
「けど、不定形のあいつらが全部でっかいわけじゃないんだぞ」
ゾーシャが指を差すので足元を見てみれば、蟻のような黒い点が大量に移動している。
「こいつらどこにでもいるのに、狙われると全滅するか相手が死ぬまで纏わりついてくるから面倒なんだぞ」
「……なんだそれ」
面倒で済むレベルではない。
そしてその蟻は虫除けの範囲に入っていないリベルの方へ向かってきている気がする。
「あ、狙われてるなー。気をつけたほうがいいぞ」
「いや手伝ってくれ!?」
まだ展開していたワイヤーを回転させることで、地面から近づけないようにバリアのようなものを作る。
ギャリギャリギャリッ!と固い地面を抉っていたワイヤーが、蟻に触れられた途端刃こぼれするようにボロボロと少しずつ崩れていく。
「っ!」
「腐食させるのは知っていたがこんなになるのは初めて見たぞ。ちょっと空中に逃げられるか?」
言われた通り、リベルはワイヤーに力をかけて真上へ跳躍する。
その反動でワイヤーは完全に壊れてしまうが、所詮魔法で作っただけの物だ。あとで作り直せばいい。
そしてリベルが退避したところで、ゾーシャは大剣を片手で構える。
「まとめてぶっ飛ばしてやる!いくぞ!【天地穿貫剣】!」
ドゴッシャアッ!と地面を大きく抉り取る一撃が地表を蹂躙する。
蟻がいたところなんて話ではなく、周囲一帯の地面が数メートル陥没していた。
新しく背中に作ったワイヤーで着地しつつ、リベルはもう遠い目をするしかない。
「大丈夫だったか!?」
「……あ、ああ、大丈夫だ。ありがとう。けど、これは……」
クレーターができた場所に、生き残りなんていない。
リベルが呆然としている意味など知らず、ゾーシャは本当にただ無事を喜ぶような顔で笑っていた。
「これくらいならみんなできるんだぞ!それより、念のためにズボンの裾とか確認した方がいいぞ。あいつらは全滅させたと思っても、服のシワとかに隠れてたりするからな」
「え」
リベルは慌てて全身をパンパン叩いてみるが、幸いそれらしきものは出てこなかった。
まあ、見えてないだけの可能性も捨てきれないが。
「そういうのがあっての、その格好?」
ゾーシャの異常なまでの薄着、というか無防備な服装にはそんな意味が、と思ったのだが。
「ん?これは違うぞ。どうしても戦ってると汚れちゃうから、リナにここだけは隠せって言われた場所だけ残したんだぞ!」
「……じゃあ何、リナがいなかったら?」
「あたしは何も着なくていいと思うんだけどなー」
なんとこの女性、裸族だったらしい。
「なんでみんな服を着ろって言うんだろうな?」
「それが当たり前だからじゃないのか?」
「そうなのか?こんな布切れなくたって変わらないと思うんだけどなー」
リベルは人に囲まれた世界しか知らないが、逆にゾーシャは周りに人間がいない生活しか知らない。
故に親しい人しか知らず、羞恥心というものが育っていないのだ。
「ま、とにかく急ごうぜ!あんまり同じ場所に留まってると色々寄ってくるからさ!」
「マジかよ」
リベルは知らなかったが、二人を遠巻きに眺める視線はいくつもあった。
それらから逃れるように、二人は移動していく。
「おー!景色が流れていくぞー!」
リベルは、ワイヤーでの高速移動に合わせてソリを引いていた。
爆発とワイヤー移動で半分は短縮したとはいえ、それでもまだまだ距離がある。
四本を足に使い、もう二本を氷で作ったソリというか椅子に繋げてゾーシャを運ぶ。
かなり露出が多いせいで冷たいかと思ったが、ゾーシャは全く気にしないどころか風景を楽しむ余裕まである。こんな荒廃した大陸に変化なんてほとんどないが。
「これってどうやって移動してるんだー?」
「原理はリナに聞いてくれ。俺はただ、魔法で前に進むって結果を作ってるだけだから」
「それもすごいと思うけどなー」
これが魔導神にいきなり魔法を教えられた人の魔法である。
過程や理論なんて知らず、ただなんでもできるという思い込みだけが先行するリベルは、リナへの強い憧れだけで結果を生み出してしまう。
「あ、そこ止まった方がいいぞ」
「え?」
言葉に従った訳ではなかった。
ただ訊き返そうとして減速しただけだったが、結果として、地中から出てきたワームのような異形を避ける形になった。
「……」
「お、こいつは飲み込んだやつを強酸で溶かすけど、周りの皮膚は弱いやつだな!」
「それって弱いんじゃ?」
「弱いぜ!だから任せな!」
ゾーシャは椅子から飛び上がると、無造作に剣を振る。
それだけで、人を二、三人ならまとめて飲み込めそうなワームが縦に真っ二つにされた。
「これくらいなら余裕だぜ!」
「ワームが脆いのかゾーシャが強いのか」
「どっちもだな!」
椅子の上で大剣を肩に担ぎ笑う姿は、なんともまあ様になっていて格好良いものだった。
だがそんな余裕の笑みと言葉が引き金になったのか、辺り一帯から大量のワームが飛び出してくる。
「「……」」
呆然とワームの群れを見上げる二人。
しかもこのワーム共、どうやら地中からの奇襲ではなく正面から飲み込む気らしい。
そうでなければもう終わっているのだし、これはきっと敵討ちだろう。
なら戦闘が本能という話はどこへ行ったのか。
自分の命すら軽んじるという話はどこへ行ったのか。
リナの情報も随分と古いのか、ゾーシャの話を聞く限りどいつもこいつも厄介な性質を持ち合わせている気がする。
リベルがこれでもどうにかなるよね?とゾーシャに縋るような視線を投げるが、ゾーシャはどこか怯えた子供のようにぷるぷると首を横に振る。
「……終わった?」
「ま、まだ諦めちゃダメだぜ!こいつら、装甲が脆い代わりに唾液は触れた場所全部溶かすしなんでか空中に飛び出して泳いだりするけど、大丈夫だ!」
「何一つ大丈夫な要素がない」
つまり絶体絶命。
冷静なツッコミなどかましている暇があるのなら、試しに近くのワームを殴れば良いのだ。
リベルだってこんなところで死にたくないし、何より今はリナを助けに行くという大事な大事な使命がある。
「俺だって戦う術はある」
「お!良い顔してるな!よし、あたしも負けてられないぞ!」
二人はそれぞれ反対の方向に走り出し、別々のワームへ対応する。
一番避けなければならないのは、やはり追い込まれて二人同時に丸呑みにされることだろう。
そのためにも、各個撃破は必須事項だ。
「おらぁっ!あたしだって、もう三百年はここに住んでるんだぞ!」
ゾーシャは大剣を振り回してワーム共を薙ぎ払う。
リベルは、そんな言葉を聞いて「え、そうなの?」なんて思う暇があったら突破口を探すべきだ。
「……魔法すら効かない」
背中のワイヤーを巧みに操り、回避、攻撃、防御を全てこなしているが、ワームにぶつけたワイヤーは脆いと噂の皮膚すら傷つけず砕け散り、防御に回したワイヤーも上から丸呑みにしようとするワームを少し減速させることしかできない。
残った二本でなんとか迫り来るワームの群れを回避しているが、それだってまだ地上にいたワームに引っ掛けるとそれだけで壊れてしまう。
これが、リベルの弱点。これこそが、叛逆者が備えてしまう脆弱性。
「……一点に纏めれば」
ワイヤーは諦めて、少し離れたところで氷の剣を作る。
思考の全てをその剣に注ぎ込み、ただ切り裂くというイメージを与える。
そしてリベルは、その剣を思い切り投擲した。
ゾーシャのように振り回してもいいが、魔法があんな簡単に打ち砕かれるなら、ワームの口が掠っただけでどうなるかわからない。
ある意味逃げの一手だが、試金石にするには十分だ。
気持ちの悪い音を立てて、氷の剣は一体のワームを中心に穴を開ける。
強酸なのは体液全部なのか、通り抜けた剣は既にボロボロだったが、一本で一体を殺せるなら上出来と言える。
「このまま、削り殺す!」
リベルの殺気に反応して、声帯なんて持たないはずのワーム共が天へと咆哮する。
その隙にちゃっかり一体撃ち抜くと、さらに怒りの咆哮がワーム共から上がった。
「あっちも大変そうだな……!あたしが頑張らないと!」
ゾーシャは一体のワームを切り伏せると、囲まれているのも気にせずに溜めのモーションに入る。
それはただ剣を振るだけではない、力を込めた本気の一撃を放つためのアクション。
ここぞとばかりにワームが殺到するが、降りかかる唾液も意識の外へ追いやって、ゾーシャはただその時を待つ。
「今だ!【全周穿貫斬撃】ッ!」
ドッッッ!!とゾーシャを中心としてドーム状に斬撃が飛ぶ。
それはただの一振りを、極限まで昇華させる気合いの一撃。
光のように面で広がっていくのに、その全てが斬撃であるという本物の必殺技。
逃げ場すら潰すように囲んでいたワームの群れは、一瞬にして塵となって消し飛んだ。
「よし、リベルは大丈夫かな?」
ゾーシャが目を向けた先では、全身至るところから血を流しながらも、ワームの死骸の山に立つリベルがいた。
「辛勝、って感じだな」
「そっちも、随分とやられてないか?」
「はは、肉を斬らせて骨を断つってやつだな!」
ゾーシャの方も強酸で皮膚が爛れている。
すぐにでも正しい治療を施すべきなのだろうが、生憎とリベルに知識はないしこんなところに整った設備はない。
お互いに死にかけみたいな状態だが、リベルはそう簡単に死んだりしないらしい。
「ん?んん?」
その全身の傷口を黒い靄が覆い隠すと、動画を逆再生したみたいに傷が消えていく。
そしてついでとばかりにゾーシャにも伸びると、焼け爛れた皮膚を再生する。
「おお!リベルは回復能力もあったのか!」
「……そう、みたいだな」
確かに見覚えはある、というかリナから聞いていた。
けどそれは黒い闇が広がった時であって、こんな風に回復のために出てきたのは初めて見た。
「ありがとな!これであたしもまだ戦えるぜ!」
「……えっと、一応訊くけど、あのままだったら?」
「とにかく逃げる!逃げて逃げて、誰かが来るのを待つ!」
「……それってどれくらい?」
「どれくらいだろう?大体数年あれば誰か来てくれるぞ!」
そんな時間はない。というか絶対に死ぬ。
都合の良い能力があって良かったと、心の底から思うリベルだった。




