4話 焦土で生きるということ
飛竜の背からリナによって投げ飛ばされたリベルは、最初こそリナの元へ戻ろうとしていた。
風と水の魔法を活かせれば、それは現実の話になったのかもしれない。
しかしリベルが習ったのは攻撃系のみ。
そして人が生身で音速を突破すればどうなるか。
自分の身を守る術も戻る術も持たなかった少年は、意識もない状態で空中を横に滑っていく。
天空神による天罰は落ちているが、幸い叛逆者であるリベルには効果がない。
しかし何が原因か、少年は焦土の大陸に僅かに届かず、暗い海へと墜落した。
「おーい、おーい!……流石にあれだけ天罰受けりゃ死んじまってるか……?」
耳元で大声で叫ばれて、リベルの意識は一気に浮上する。
その瞬間に気管を塞ぐ異物を感じて、咳き込みながらの目覚めとなった。
「おお!あそこから生還するなんて、お前もすっげータフなやつだな!」
なんだなんだと声の方を見てみれば、褐色肌の女性がこちらを覗き込んでいた。
「……?も?てか誰?」
「おっとまずは自己紹介だな!あたしはゾーシャ。生まれが古いから苗字はない!」
「俺はリベルだ。俺も苗字はないが、いつ生まれたかは知らん」
ゾーシャと名乗った女性が手を差し伸べてくるので、それを掴んで起き上がる。
改めて見ると、ゾーシャはかなりスタイルがいい。身長もリベルより高く、何より胸が魔導神より大きい。
服装としてはいわゆるヘソだしファッションで、ボトムスは太腿すら露出しているというかなり防御力の低いものだった。
随分と大人の色香を振り撒くような格好だが、それが様になっているのだから不思議だ。
ただリベルはリナ以外に興味が薄いので、こういう格好もありなのか、程度にしか考えていないが、一番気にするべきは背中の物だろう。
ゾーシャは背中に全体で三メートルはありそうな大剣を担いでいた。
斜めにしても地面を擦りそうなものだが、その辺りは身長も関わってくるのかもしれない。
「よくあの状況で生きてたな。あたしだったら死んでるんだぞ!」
「……その状況とやらがよくわからないんだが」
「音速の世界を生身で飛んで、天罰を大量に浴びながら『限海』に落っこちたことだぞ。あたしがすぐに引っ張り上げたとはいえ、『限海』は一瞬で群がられる場所だからな!助かったのも奇跡みたいなもんだぞ!」
色々と聞き慣れない単語が並んでいたが、要するにリベルが今生きていることは運が良い、ということだろう。
『限海』というのはリナが教えてくれようとしていたが気がするが、ちゃんと質問タイムも取れないまま襲われてしまった。
「天罰?限海?ってのはなんだ?」
「天罰は天空神が空中に留まる人間を堕とすための魔法みたいなもの。限海はすっげーでかい魔物しかいない死の海だぞ」
聞く限り本当に危ない状況だったようだ。
天罰はリベルの能力が無効化するとしても、魔物に喰われたらどうなるかわからない。
助けてくれたことに感謝は述べておくが、リベルの意識は別の場所に向いている。
目下最大の目標は、リナのところへ戻ることなのだ。
「ところで、ここってどこだ?」
「上見れば一発だ。焦土の大陸。不毛の大地だぞ」
リベルは改めて空を見上げる。
そこは見慣れた青空ではなく、それを反転させたような真っ赤な色をしていた。
流れる雲は真っ黒で、今にも雷を落としてきそうでもある。
「……仲間がいるんだ」
「仲間?」
「ああ。来る途中で変なのに襲われて、俺は先に行けって放り投げられた」
「投げられてあの軌道か……、そいつ、なんて名前だ?」
「……リナ」
よく知らない人に名前を教えるのは憚られたが、隠せる雰囲気でもなかったのでリベルは答えた。
そしてその名前を聞いたゾーシャは、少しリベルに顔を寄せてくる。
「その人、髪の毛が緋色で背中からワイヤーが出てたりしないか?」
「……知り合い?」
「はっはっは!そうかそうか!あいつならやりかねないな!」
ゾーシャのことはよく知らないが、そんな簡単に人を放り投げかねないと思われているのはどうなんだろう。
「でも、リナなら平気だろうな。あいつは殺したくらいで死ぬようなやつじゃない!」
「……え、どういうこと?」
「そう簡単には死なねえってことだ!」
「……」
それはリベルも認めるところだ。
あのリナが、黙って死ぬところなんて想像できない。
だけど、
「大海神」
「へ?」
「リナが戦ってる奴は、多分大海神って奴だと思う」
「……」
先ほどまで快活に笑っていたゾーシャが、険しい顔をして黙り込む。
ゾーシャが一体何者で、リナのことをどこまで知っているかはわからない。
それでも、大海神は危険だと思ったのだろう。
「……リナはなんて言って投げたんだ?」
「先に行って炎の神を殺してこいって」
「お?炎の神を殺しにきたのか!助かるぜ!」
「?」
何やらこっちにも事情があるようだ。
だが全く知らない(それでも助けてくれた)人より、もう何度も助けてくれたリナの方を優先してしまう。
「行かないと」
「まあ待てって。リナが先に行ってこいって言ったんだろ?だったら、それなりの理由があるはずだ」
「……それは、そうだけど」
確かにリナは、お願いではなく命令だと言っていた。
戻ってくるなという強い意志を感じるが、それを破ってでも戻りたいくらい、リベルは不安だった。
「なあ、そもそも何で炎の神を殺そうって話になってるんだ?この大陸は最初から居住を諦めてるから、ここの化け物どもは全部野放しでいいって話になってたはずじゃないのか?」
「……俺は、叛逆者と呼ばれるものらしい」
「ほう?」
「神への優位性があって、取り込んだ神の力を使うことができるらしい。だから、力をつけるためにここへ来た」
リベルは自分のことには頓着しない。
だが神以外への脆弱性やまだまだ弱いことを言わないのは、防衛本能か認めたくないからか。
「叛逆者か。聞いたことあるな!」
「そうなのか?」
「前にルイナが言ってた気がする!」
「ルイナ?」
リナなら理解を示すだろうが、リベルはその名前を知らない。
「でも、それだったら大海神をぶっ殺しちまえばよかったんじゃねえか?」
「……リナが逃がしたってことはそういうことだろ」
「……」
大雑把に見えて、理解力はある。
ゾーシャは元気づけるようにリベルの背中を叩くと、おどけたように笑ってみせる。
「あいつが大丈夫だって言ったんだ。何も問題はないって」
「……そう、だろうか」
リベルは不安なのだ。リナが遠く知らない場所で傷ついていることが。
だがリナに炎の神を殺してこいと言われたのも事実。これで戻れば、まあ怒られるのは確実だろう。
「……信じても、いいんだろうか」
「逆に信じられないのか?あいつの強さが」
「……そう言われるとな……」
なんだかんだ言って、リナはとても強い。
何もなければ普通の少女のように見えるし振る舞っているのだろうが、一度怒れば止める間も無く制圧するような人だ。
魔導神の時も怯えていながら最後はマウント取っていたし、上級神だろうと不安になることはないのかもしれない。
「なら、すぐにでも炎の神を殺して、リナのところに戻る。それで助ける」
「覚悟の決まった顔してるな。よし。それじゃあまずはあたしの家に案内するぞ!」
「家?」
「何をするにも装備を整える必要はあるだろ?どうせ祭壇までの途中にあるんだし、一回寄っても無駄にはならないと思うな!」
寄り道をすることに疑問を持ったわけではない。
リナがここで生き物は生きられないと言っていたのに、普通に暮らしていそうなことが驚きだったのだ。
「ここって、生きられないんじゃないのか?」
「ん?そうだな、食べ物もろくにないし川も強酸だけど、でも生きていけないってわけじゃないぞ!まあ、あたしはみんなに助けてもらってやっと生きている感じなんだけどな」
気恥ずかしそうに頬をぽりぽり掻いているが、この環境に順応しているのが十分に異常だ。
そもそも、川が強酸とは何だ。
それじゃあ飲み水もまともに確保できないじゃないか。
「あたしが生きられるのは、リナの力も結構あるな」
「リナの?」
「そうだぜ。水をろ過してくれる装置をくれたのもリナだし、この環境に耐えられる食べ物をくれたのもリナなんだぞ!あいつは嫌な顔しながら色々くれるいい奴なんだ!」
えー面倒じゃんもっといい場所あるんだから引っ越そ?みたいなことを言いながら、よくわからない機械を取り出すところをリベルも容易に想像できてしまう。
リナの人柄は、今も昔もそんなに変わらないのかもしれない。
ゾーシャのことはあまり知らないが、共通の話題があれば人は盛り上がることができる。
リベルはそれを実践で学んだ。
「あのリナがなー、お前、相当信頼されてるみたいだな!」
「そう、ならいいな。俺には、リナしかいないし」
どうしても暗い顔をするリベルに、ゾーシャは悲しげな目をしていた。
「あいつはそう簡単に人を傍に置いたりしない。どんなに有用でも、信頼できないならちょっと使って切り捨てるのがいつものやり方だよ」
「……なんか想像できるのが悲しい」
リナならやりかねないと、そう長い時間ではないが見てきたリベルはわかってしまう。
本人がいないところで随分評価が下がっているが気がするが、それを知ったらどんな反応をするだろうか。
「楽しそうだな」
「え?」
「お前はリナのこと好きなんだなー。そういうの、いいと思うぜ」
「……そうか」
リベルは気づいていないが、リナのことを考えると自然と口角が上がる。
それだけ、リナが好きで信頼しているのだ。
「ところで、その家まではどれくらいかかるんだ?」
「ん?そんなにかからないぞ?ざっと三十二時間くらいだ」
「……え?」
普通に考えて、一日かけても着かないのは時間がかかると言うのでは?
「ダメだったか?」
「……その、祭壇?とやらまでは?」
「んー?三日かかるかな」
「……結構距離あるんだな」
ゾーシャの口ぶりから察するに、祭壇という場所に炎の神はいるのだろう。
リナがリベルをぶん投げた位置から大陸の端までどれほど離れているかはわからないが、少なくとも往復に六日かかることが確定してしまった。
「あ、そうだよな!もっと急ぎたいよな!」
「? まあ、できるなら」
「あそこに異形がいるだろ?」
「んん?」
「あいつの背中は爆発するんだ!」
なるほど。ゾーシャは危険な敵がいるから気をつけろと言っているんだな?そうだよな?なんか嫌な予感がするのは気のせいなんだよな?とリベルは願ってみるが、警戒を促すのにこんなに嬉々として語るわけがない。
「上手く爆発させれば半分くらい短縮できるはずだぞ!」
「……えっと?」
「ん?そのまま意味だぞ?」
「そうじゃなくて、本気で言ってる?」
不可能というか危険すぎる提案にリベルは正気を疑うが、ゾーシャの方はむしろなぜそんなに嫌な顔をされるのかが理解できないらしい。
「あたしはいつでも本気だぞ!あの異形は背中を攻撃される分には怒らない良い奴なんだぞ!」
「ええ……?」
ゾーシャがさっきからひっきりなしに指を差しているのは、巨大な亀の甲羅からクラゲの足を大量に生やした謎の生物だった。
クラゲの足は真っ白でイカのようにも見えるのだが、亀の甲羅は形状でしか表せない。
全体で見た分厚さは本当の亀と変わらない。しかし、その表面は煮えたぎるマグマのように赤熱し、ぼこぼこと泡を立てている。
確かに爆発しそうな色をしているが、それを利用するとはなんだ。
名前がわからないから適当にカメクラゲとでも呼んでおくが、そいつは浮遊していて、その背中に乗ろうとすれば最低でも十メートルの跳躍が必要になる。
『人間には不可能』が何層も折り重なっているが、きっとリナの周りにまともな人間なんていないのだろう。
「あたしが先に行くから真似してついてこいよー!」
「いや、ちょ、まっ」
ゾーシャは制止する間も無く駆け出すと、数十メートルの跳躍を見せてから背中の大剣を振り抜く。
それを真下に突き刺すように構えると、ゾーシャは綺麗にカメクラゲの背中へと落下する。
そして剣先が融解した背中へ触れると、リナの使う小石爆弾を彷彿とさせるような爆発力で、ゾーシャの細い体を吹き飛ばした。
あんな至近距離で喰らえば骨すら残らないようにも思えるのだが、どこか上空から元気な声が飛んでくる。
「言い忘れてたけどこっちの方向なー!」
「……絶対無理だ」
リベルは、ここで生きていくことを早々に諦めた。
しばらくリベル視点です




