3話 想定外はいつでも起こるもの
翌朝、リベルがリビングにやってくると、リナがソファに座ってワイヤーを一本だけ伸ばして何やらやっていた。
「何してるんだ?」
「あらおはよう。んーとね、私のワイヤーも一本を二本にできたら十二本出せるかなって」
「……それって分裂できるようなもん?」
「できないからこうやってずっと格闘してんのよ」
ワイヤーを半分に引き裂こうとしているが、ワイヤーはなんだか嫌がっているように見える。
と言うより、構造が自由らしいリナの体で、自分の意思で形を変えられないなら、それは無理だと諦めるべきだろう。
「くっそまあいいや。朝ご飯はおにぎりね。また飛竜の上で食べるから」
「あ、ああ」
「それと」
ピシッとワイヤーがリベルの鼻先に突きつけられる。
「私の前で十二本出すんじゃないわよ。やるならせめて私と同じだけにして」
「……」
リベルだけのアドバンテージが一つ失われた。
そして飛竜に乗り、二人は焦土の大陸を目指す。
「しばらくここには帰ってこないでしょうね」
「プリムに挨拶してないんじゃないか?」
「……ま、もう二度と会えないわけじゃないんだから、いいでしょ」
そんなことを話しながら、リベルはおにぎりを頬張り、リナは飛竜に餌付けをしていく。
ふと後ろの方を見れば、もう人の街は霞んで見えなくなっていた。
「また夜くらいには着くと思うわ。かなり暇になると思うけど、まずは焦土の大陸について説明しましょうかね」
「炎の神がいる、としか聞いてないからな」
焦土の大陸は、最初から不毛の大地だった。
少なくとも過去を語る者どもが現れた時には、荒廃した大陸になっていた。
そんな場所では、まずまともな生態系は存在しない。
まあエネルギーを生み出す植物がないのだから当然と言えば当然なのだが。
そして生物はいないが、動く物がいないというわけにはならない。
「あの大陸のほぼ全ての動物は異形って呼ばれる、魔物とも違う奴らなのよ」
「異形?」
「魔物以上に形に縛られない、気持ち悪い生き物どもよ」
異形はまさしくエネルギーの塊。
焦土の大陸には負のエネルギーが集まると言われており、それが固まったものが異形だとされている。
形に囚われないのだから、それが見覚えのある生き物を模していることも珍しくはない。
ただ、生態は何もかも違う。
「従来の生き物が他の生き物を殺す理由は、自分が生きるため、食べ物を確保するためなのよ」
「ふむ」
「けど、異形は違う。殺しが本能で目についた生き物を手当たり次第に攻撃する。それを自分が死ぬまで繰り返す。それが異形の性質よ」
「……」
生まれた時から成体である異形にとって、自分の命はとても軽い。
リナにとっては神々も悪魔も人間も理解し難い生き物ではあるが、異形はそれを遥かに超える。
そもそも考え方が違うのだ。いや、生き様が違うと言った方がいいのかもしれない。
生に執着しない化け物は、争いの中にしか自分を見出せない。
「そんなもんがうじゃうじゃいる、ってかそんなのしかいないのが焦土の大陸。魔境なんて言われるのもわかるってもんでしょ」
「……それ、俺が生きられる場所か?」
「一人じゃちょっと厳しいかもね」
リベルだって魔法を学んでいるが、相手は生粋の戦闘狂。
ただでさえ神以外に脆弱性を持ってしまうリベルでは、太刀打ちできないだろう。
「まああんま長居するつもりもないわ。安全を確保できたとしても、好んで居たいと思える場所じゃないし」
「じゃあ、いきなり炎の神に挑む感じか?」
「そうね。上から探して、ワイヤー任せに飛び降りる。今回は私も本気だし、神殺しの装備も持ってる。さっさと殺して、その日のうちに出ていけたらいいわね」
そう上手く行くとはリナも思っていないが、それが一番の理想だった。
リベルの力もある程度強くなっているようだし、もしかしたら上空から食えるかもしれない。
そうなったら本当に最高だが、リナは良くも悪くも他人に期待をしていない。
あくまで、リナが知っている今のリベルができる限界がそれだと判断しての理想だ。
「まあ最悪を想定するとしたら、炎の神が見つからない、飛行型の異形に襲われる、飛竜が殺されて足を失う、かな?」
「そうなったら?」
「どうもしないわ。とりあえず周りの異形全部ぶっ殺して、まあどうにか炎の神見つけ出して、殺してる間に次の飛竜を送ってもらおうかしらね」
ただしそれは焦土の大陸に着けた場合である。
魔境に向かうまでの道は、たとえ空の上であっても危険が付き纏う。
「ああ、この辺から『限海』か」
「『限海』?」
「そ。生きられる命の限られた海。空が赤いのは『限海』と焦土の大陸の特徴でね。ほら、この辺から海の色も変わってるでしょ」
また後ろを振り返れば、そちらの海は穏やかで空も澄んでいる。
だというのに、前を向くと空は血のような赤色に染まり、海もくすんだ黒に見える。
そして色の境界のようなものを探して海を覗き込んでいると、それはやってきた。
「あ゛っ!?」
ドッゴォッ!と海を突き破って現れたのは、リベルでも出せるか怪しいほどの大きさと威力の水柱。
ビルのような規模のその柱は、リナでさえ認識できないような速度で立ち上り、運がいいのか悪いのか、飛竜の片翼をもぎ取っていった。
飛竜が痛みの叫びを発するが、二人だってそれどころじゃない。
「チッ!なんでこんなところで出てくんだ!テリトリーっつったって五百年間顔も出さなかったくせによぉッ!!」
「あれはなんだ!?何が起きた!?」
「説明してる暇はない!」
こうして話している間も、揚力を得られなくなった飛竜は海へ向かって落下している。
もうこの状況から飛竜を助けるなんて選択はできない。
どうせ翼をもがれた飛竜は長生きできない。なら、次へ活かす。
「リベル、これはお願いじゃないわ。命令よ」
「な、何を……?」
リナはリベルの腕を掴み、その腕からキィンキィンと聞いたこともないような音を発生させる。
「今からあんたを焦土に投げる。あんたは、炎の神を殺してきなさい」
「そしたら、リナは……?」
「何?私のこと舐めてる?」
絶望的状況にも関わらず、リナは不敵に笑って見せる。
「あんたを抱えて飛ぶことはできない。でも私一人なら空だって飛べる。大丈夫よ。こいつを追い返したら、すぐに向かうわ」
この時、なぜ殺すじゃなくて追い返すと言ったのかを、もう少しよく考えれば良かったかもしれない。
だがそんな余裕もなく、ハンマー投げのような要領でリベルを回したリナは、いっそゲームのような速度と角度でリベルを遥か彼方へ放り投げた。
そしてその直後、リナは背中に金属の翼を開き空中で立ち止まる。
飛竜は眼下の暗い海へと没していくが、空中に佇むはリナはもう重力に縛られることはない。
「誰に喧嘩売ったのか教えてあげる」
銀の翼を煌めかせて、リナは海の王を睥睨する。
そんなリナを撃ち抜くように、天空から一条の光が落ちる。
自然発生の雷のようにも見えるが、本質は全く異なる。
それは天罰と呼ばれる天空を統べる神による迎撃。
本来翼を持たぬ生物が不遜にも空へ進出した時、それを拒む一撃が齎される。
威力は雷と同等。しかし神の一撃は、あらゆるものを地に堕とす性質を宿す。
「効くわけねーだろうがナルシストッ!」
リナの瞳が赤く輝く。
神の一撃を受けてなお、その少女は空中に居座る。
どこか遠くの空で追撃が放たれようとしていたが、その前に対策を講じる。
「【オーラジャミング】」
ジジ、と空間に何かが走る。
それだけで、何者にも破れないはずの神の雷撃は標的を見失う。
「さあ、始めようじゃない。人間による叛逆ってやつをさぁ!」
とある神に傲岸不遜を極めた人形とまで言われた少女は、凄絶な笑みを浮かべて君臨する。
その瞳を、真っ赤な警戒色に輝かせて。
???「そんな装備(竜)で大丈夫か?」
リナ「一番良いのを頼んだのに拒否られたのよッ!!」




