2話 筋金入りの
魔導神が用意した昼食を三人で食べた後、リナは一人別れて家へ戻る。
リベルが魔法を覚えるのも重要だが、リナにも準備というものは存在する。
「さてと。ここを開けるのはいつぶりかなっと」
キッチンの換気扇のスイッチに偽装されたボタンを押す。
すると、家全体が大掛かりな装置によって一つの巨大扉を開く。
一階も二階も関係なく、廊下も部屋も関係なく、その全てが一枚の壁として扱われ、たった一つの巨大倉庫へと変貌する。
これが、リベルに下手にドアを開けるなと言った理由。
大体は客室に偽装してあるが、中には地下へと真っ逆さまの部屋もある。
そして落ちた先には、
「対異種用全身鎧、本当に使う時が来るなんて」
天井に吊り下げられたハロゲンライトに照らされた、それ一つで乗用車くらいの大きさのある兵器群が眠っていた。
一つ一つに別の名称はあるが、リナはこれらを総称してヴァーサティルアーマー、万能の鎧と呼んでいる。
「今回は、対神格と対異形。悪魔用も持って行きたいけど、流石に収納できないし」
リナは二つの兵器の頭を叩く。
そうすると、兵器は主の意思に応じてその形状を変化させる。
不定形の、液体金属へと。
どろりと溶け出した二つの兵器は、リナの両腕からその華奢な体に吸収されていく。
それに合わせてリナの体もボコボコと表面が泡立っていくが、全てを飲み込んだ時には、元の十四歳に戻っていた。
「よし。格納完了。こんなとこリベルに見られでもしたら幻滅されちゃうわ」
頭がコンピュータだと言っただけで呆然とするような男だ。こんなところを見せたら、多分気絶するんじゃなかろうか。
そんなことを考えながら、そこだけ違う色の床に乗る。
そして特定のリズムを足で刻むと、先ほどの逆再生のように壁が迫り出してくる。
物理法則を無視した動きで内装が組み立てられれば、リベルも見慣れた家に戻った。
「んじゃま、リベルのお迎え行くか。……、」
なんですっとそんな保護者みたいな言葉が出るんだぁっ、と少し自分の頭を叩いてから、リナは神殿へ向かった。
リナが自宅で何やらやっている頃、リベルはリベルで魔法とはまた違う特訓をしていた。
それというのが、
「あふぁぅ……なんだかピリピリゾクゾクしますの……」
「ならやめた方がいいんじゃ?」
「い、嫌ですわ。目の前にこんなにも興味深い題材があって、なぜそれを手放さなければなりませんの」
リベルの、叛逆者としての力を引き出すというものだった。
だがなんか魔導神の様子がおかしい。
頬は熱でもあるんじゃないかと思うほど紅潮しているし、抑えているようだがたまに目がおかしなくらい光る。
それはもう、獲物を見つけた獣のように。
そして今は媒体を氷に変えたワイヤーに黒い靄を纏わせているのだが、魔導神がそれを掴み、巻きつけ、そして頬擦りしていた。
とろけたような瞳は妖艶なのだが、それ以上に危険性が浮き彫りになっている。
「なあもういいだろ?確かにこっちの力は強いんだろうけど、それって神にしか通用しないらしいし」
「嫌ですっ!絶対に離しませんわ!そ、それよりも、これを全身に纏うことはできませんの?そうすれば、より神への抵抗力も上がりますし、何より攻撃を無効化できるかもしれませんわよ!?」
「……わかったよ」
有用性を示されれば、試さないわけにはいかない。
リベルが神を簡単に殺せるようになれば、その分だけリナも楽になる。
そして神を何柱も取り込めば、守られる必要だってなくなるかもしれない。
そう思うと、魔導神が怖いからだけで拒否するわけにはいかなかった。
「……全身、ってよくわからないな。一部だけならわかるんだけど」
「なら魔法の感覚を思い出せばいいのですわ。あなたは起点を空間に移すことにはもう成功しているのですし、その要領で力が出てくるイメージをすればいいですの」
こういうところは先生みたいだ。
けど少しでも靄が見えるだけで目の色が変わる。怖い。
「……うーん、なんだ、魔法とはまた違うな。そんなに簡単に遠くには向けられないし、そもそも出てくるってイメージができない」
「……そうですの」
魔導神が心底残念そうに項垂れる。
表情は子供っぽいのだが、中身が酷すぎた。
「はっ!?そうですわ!少々荒っぽいやり方ではありますが……!」
「?」
リベルが首を傾げる暇もなく、魔導神は神核の嵌め込まれた古木の杖を取り出す。
その瞬間、今度はリベルの目の色が変わる。
「!? 状態保存、固定、概念化、存在強調、透明化、上限設定、時空間固定!」
魔導神が連続で魔法を発動すると、古木の杖は天空で消えたように見え、リベルはその場から身動きが取れなくなった。
最初こそ杖に飛び掛かるような勢いだったが、足を、というより全身を固定されたことで唸るだけのモンスターに成り果てる。
だがそれだけには留まらない。
全身から怒りのような靄が溢れ出し、魔導に頼ってしまった部分を崩壊させていく。
「はっ、あっ、くぅぅぅぅ、目の前にこんなにも面白いものがあるというのに、このままではわたくしが滅ぼされてしまいますわ。あぁでもこれこそが実験というものですのっ!危険のない実験など、所詮はラット相手に状態を確認するだけ!真の効果を確かめたければ、やはり自分の身を削がなければっ!!」
破綻者と暴走者しかいない空間では、止める者がいない。
魔導神はどうにか魔法の力だけで杖を上空へ吹っ飛ばすと、黒い全身鎧を纏うリベルに抱きつく。
「匂いはあまりないと言いますかこれはきっと柔軟剤の匂いということは実際この装甲に分厚さはあまりなく服とほとんど変わらないそして手触りは見た目に反して平らと言うかやっぱり衣類に近い気がしますわそれでもって全身が焼けるように痛いっ!!」
それでも頬擦りをやめないのだから、魔導神はきっと生粋の変態だ。
千百年生きるリナより歳上のくせに、恋人の一人もいなかった理由もよくわかるというもの。
そしてリベルの中身は空中に佇んで一向に降りてこない神核より、目の前にある力に反応を示す。
「あっあっ、なんだか狙われている気がしますの。アイアンメイデンのように閉まっていくこれにはとても危険性を感じますが好奇心が抑えられませんわ!いっそここで一度死んでみるのもありかもしれなぼぎゅうっ!?」
魔導神の声が変に途切れた。
その体は、リベルから数十メートルも離れた場所にぶっ飛んで倒れていた。
「なんだあの痴女。どうせ神核残ってたら生き返るくせに」
お迎えにきた親御さんことリナが、リベルのすぐ近くに着地した。
魔導神が吹き飛んだ理由は、『友達』が変態に襲われている現場を目撃したリナに、真横からドロップキックをお見舞いされたからである。
「リベル?ちょっと大丈夫?起きてる?」
ペチペチと頬を叩いてみるが、反応が芳しくない。
これはもう少し荒技で叩き起こすべきか?と本気でリナが迷っていると、リベルの手がゆっくりと持ち上がる。
「なありな、あそこにおいしそうなボールがあるんだ。でもなんかあしがうごかなくてさ、ちょっととってくれないか?」
「……あのね?まず私にそれは見えてないし、ボールは食べ物じゃないの。あんたが動けないのは魔導神のせいな気がするけど、それはあいつにしか解除できないわ。だから、ごめんね?」
ゴッッ!という衝撃が走った。
リナが容赦無くリベルの鳩尾に拳を叩き込んだせいだった。
「が、ぁ……げほっごほっ……り、リナ……?」
「みんなのまとめ役リナちゃんよ。とりあえず落ち着きなさい。あっちの痴女には私から話つけとくから」
「……痴女?」
リベルはまだ何が何やらわかっていない様子だ。
大丈夫、ここにいて、と言い含めると、リナは痴女こと魔導神のところへ。
うつ伏せに倒れていた痴女を足で仰向けに変えると、その美しい肢体は服を貫通して焼け爛れていた。
「けほ、くふっ、あは、あははははははははははっ、久しぶりですわぁ……!こんなにも生を実感したのは……っ!!」
「あっそう。私としちゃここでくたばってもらっても構わないんだけど」
「彼の成長を見れないのは悔やまれますの……ですから、まだ死ねませんわ」
魔導神は寝たまま虚空へ手を掲げると、透明な何かを掴み取った。
そしてその瞬間、ボロボロでいつ死んでもおかしくないような体が生気を取り戻していく。
見る間に女性らしい美しい肉体を取り戻すと、魔導神は上体を起こす、
「ふぅ、死にかけましたげふっ!?」
ことはできなかった。
「おい、なんか言うことあんだろ」
「……」
容赦のないリナの攻撃パート2。
真上から振り下ろされた足で、魔導神はその豊満な胸を押し潰された。
そして絶対に今回の件だけではない怒りでぐりぐり圧迫される。
「な、何をしますの」
「あのさあ、神だからってやっていいことと悪いことがあんでしょ。わかるわよねぇ、あんたは人間性もあるカミサマなんだからさぁ?」
「……」
すぅーっと魔導神は目を逸らす。
「私さっき神を殺すための装備取ってきたのよねぇ……しかもリベルが来てから改良した一撃必殺の」
にぃっとリナの顔が歪む。
リベルが云々はもちろん嘘だが、魔導神とてプライベートは覗いていない。
「わ、わかリましたわかりましたわよ!何がお望みなんですの!?魔導の叡智ですの?それとも土下座ですの?」
「んー?そうねぇ……」
リナはわざともったいぶって考える素振りをする。
それだけで魔導神の目の端に光るものが溜まっていくのだから、リナとしては面白くて堪らない。
「一回だけ、私の言うことを絶対に守れ。期限とか内容とかはそん時言うけど、死ねって命令でも一生を捧げろでもなんでも聞いてもらうから」
「そ、そんなの」
「それができないなら、もう一回リベルを暴走させる。言っとくけど、今の私ならあんたの魔導くらい吹き飛ばせるわよ」
「……はぃ」
これが人間による下克上、なのだろうか?
とにかく上機嫌になったリナは魔導神を起き上がらせ、リベルの元へ戻る。
「遅かったな」
「お説教してきたの。ね?」
「あは、あははは……もうしませんわ……」
本物の地獄とは、悪魔によって天国を反転された性質の話ではなかった。
それを知った魔導神は、ずっと遠い目をしている。
「それじゃ、帰りましょ。明日には次の大陸に行くんだから、今日はゆっくり休まないと」
「ああ、そうだな」
どこかリベルを守るような位置取りで、リナは出口へ向かっていく。
新しい天敵がすぐに帰ってくれたことで、魔導神は安堵の溜め息を零す。
だが視線を下に向けたら、リベルのワイヤーのオリジナルの方が地面を這っていて、魔導神はビクゥッと体を震わせる。
『ぷぷ、こんなのでビビっちゃって。全くいい気味だわ』
イラッとしたのは事実。しかし恐怖が勝った。
そんな天敵の一部は、先端から小さく丸めたメモ用紙のようなものを吐き出すと、高速で本体に回収されていく。
魔導神はそれを拾い上げると、内容を確認する。
「えぇと……?『こんな形になるなんて思っても見なかったから急だけど、とりあえず要点だけ伝えてく』……ですの?」
その文の下には、箇条書きでまとめられた要点がずらっと並べられていた。
内容はどれも真面目なもので、本当にこんな形になってしまったのを後悔するしかない。
「……今ならあなたに死ねと言われても守りますわよ、リナさん」
もう見えなくなった背中に、本当に本当に心の底から謝罪をする魔導神だった。
なぜ魔導神がこうなったのかは作者にも分かりません。多分個性を主張したかったんじゃないかな。
しばらく出番ないんだから自重すればいいのに。




