16話 笑ってくれるなら
あの後、リナは魔導神に家まで転移させてもらい、少し恥ずかしかったがそこまで距離もないので、リベルを背負って客室のベッドまで運ぶことにした。
「……二階になんか用意しなきゃよかった」
面倒な階段を登り切って、リベルに与えた部屋へ。
思えば風の神との戦闘で随分と汚れている気がしたが、流石に寝ている異性の服を脱がせるわけにはいかない。
布団は明日洗うとして、今日はリベルをゆっくり休ませる。
掛け布団を肩までかけてやって、頭を優しく撫でる。
その行動が完全に母親だと思ってちょっと頭を抱えたりしてから、リナは枕元のランプを消す。
「……おやすみ。それから、お疲れ。言いたいことはいっぱいあったけど、怒ったりはしないからゆっくり休みなさい」
最後にもう一度頭を撫でて、リナは眠るリベルに背を向ける。
しかし、それ以上足を前に出すことはできなかった。
離れていくリナの手を、リベルが掴んでいたから。
「……どうしたの?」
そう問いかけてみるが、起きてるわけではないらしく、ただすーすーと規則正しい寝息が聞こえるだけだ。
仕方なくベッドの淵に腰掛けると、リナは優しく頭を撫でる。
「これじゃあ私が寝られないよ……?まぁ必要とされるのは、嫌いじゃないんだけどね……?」
同じベッドで寝るという選択肢は、なかった。
それでも強引にリベルの手を引き剥がすという選択肢もないのだから、やっぱり気に入っているのだろう。
「じゃあ……子守唄歌ってあげるから、終わるまでには離してね?言っとくけど、私の子守唄なんて神が人間に土下座するくらいレアなんだから」
聞いているかもわからないのに、そんな言葉を並べていく。
なぜここで子守唄が出てきたのかは自分でもわからないが、きっと母性でも刺激されたのだろう。
それから柔らかくて優しい歌声が部屋を包み、きっちりフルで歌い切ってから、ほとんど力の入っていない手を離して、リナは部屋を後にした。
そして朝。リナが朝食の準備をしているとリベルが階段から降りてきた。
「あ。……リベル、だよね?」
「……なんで疑う?」
「いやだってその……昨日はなんか変な感じだったから」
話している感じはいつものリベルだ。
だがいつ力を暴走させるかはわからない。
「俺もよくわかってないけど、平気だと思う。一応訊くけど、勝ったんだよな」
「ええ。あんたのおかげでね」
リベルは手を握ったり開いたりしていたが、リナがそう言えば納得したようだった。
「それはいいけど、あんた昨日のままだから、とりあえずお風呂入ってきなさい」
「ん、わかった」
キッチンの横を通り過ぎるリベルのことはあまり気にせず、リナはスープの味見をする。
「あ、そうだ。リナって歌上手いんだな」
「っ!?げほっ、こほっ、ばっ、あんた起きてたの!?」
熱湯が思いっきり気管に入った。
むせるリナから逃げるように、リベルは脱衣所のドアをさっさと閉めてしまう。
「逃げんなこらぁっ!!」
閉まり切ったドアに向かって叫んでみるが、これで出てこられても困ってしまう。
リナは渋々キッチンに戻ると朝食の準備を進めるのだった。
「全く……起きてんならそうと言いなさいよね?」
「完全に起きてたわけじゃないって言うか、夢の中で聞いてた感じ?だから、起きてたわけではない」
「……はぁ」
目玉焼きをフォークで突き刺しながら、リナは溜め息を吐く。
あんな言い訳じみたことを言っておきながら、本当は聴かせるつもりなんてなかったのだ。
あれはリベルが寝ていると思ったからこその言葉で、本当に起きてたならもうちょっとつっけんどんな感じにしているはずだった。
「……これじゃあ、マジの母親じゃん」
寝ている人に話しかけるのもどうかと思うが、子供を寝かしつけるのはやはり母親だろう。
子守唄なんてついていたのだから、尚更に。
「お母さん」
「っ、や、やめて。私そんな歳じゃない。いや、実年齢で行くと何代前のお婆さんってなっちゃうけど、そうじゃなくて、私十四歳だからぁっ!多分あんたより年下なんだからねっ!?」
テンパると大声で誤魔化そうとする。
リナのわかりやすい癖である。
「まあ、リナはお母さんって感じじゃないよな」
「……なんかムカつく」
「いやなんでだよ。……どっちかって言ったら、妹か姉じゃないか?面倒見はいいんだし」
「……そう」
面倒見が良いように思えるのは、なんだかんだでリベルを失いたくないから。
結局リナの行動は打算ありきで、未だにこんな状態の自分が嫌になる。
さっきより強めに、今度はサラダにフォークをぶっ刺して食べる。
「……お母さんでいてほしい?」
「え?」
訊いておきながら咀嚼し終わるまでは喋らない。
ちゃんとマナーは守って、しかしフォークでリベルを指差す。
「だから、優しくしてほしいかって訊いてんの」
「……優しすぎるリナは、それはそれで怖いかも」
ギリギリギリ、と一旦リベルの首をワイヤーで締め上げておく。
「……優しくしてほしいかも」
「普段だってこんなことしないわよ。別にさ、自分を偽るくらい私は慣れてるし、あんたが死ぬまで演技してたって、私は問題ないわけ。だからちゃんと答えてみ」
「……」
ワイヤーで肩を叩いておく。
案外リベルが悩んでいるものだから、リナは無言でトーストを齧り続けていた。
そのトーストが半分くらいなくなってから、リベルはやっと口を開く。
「確かに、わがままだなって思う時もあるし、ちゃんと教えてほしいと思うこともある」
「……」
「でも、それがリナの素なんだろ。偽らざる本音なんだろ?だったら、俺は付き合うよ。俺にとってはそっちのリナの方が見慣れてるし、リナだって疲れないと思うから」
「…………はぁ」
ザク、と焼き方にこだわりのあるトーストを齧って、飲み込んで、それから答える。
「言っとくけど、私の本性はこんなもんじゃないし、めっちゃくちゃ隠してることもあるわよ」
「……そう、か」
「人との繋がりなんて、必要最低限で良いと思ってたし、一人でも良いと思ってた」
「うん?」
「……まあでも、生前って言い方はあれだけど、元の私は、こんなもんだったのかなって、思うことはあるわよね」
「……」
それは、肉体を機械に改造する前の話。
リナが本当にただの女の子で、戦いなんて縁遠かった頃のこと。
「だから、自然体って意味では、多分合ってる。でも覚悟しときなさいよ?自然体の私ってことは、これからも振り回されるんだからね」
リナがちょっと怖めの顔をして見せれば、リベルはむしろ頬を綻ばせる。
「な、なによぅ」
「いや、それで脅してるつもりかと」
「……本気じゃ、ないわよ」
照れ隠しにそっぽを向けば、リベルは本当に珍しいことに声をあげて楽しげに笑っていた。
(……そんなに笑うことかしら。でも、ちょっとだけ……可愛い)
いつも何を考えているかわかりにくいのもあって、こうやって楽しげに笑っているのを見ると、こっちまで頬が緩んでしまう。
一頻り笑ったリベルは、まだ少し楽しそうな顔でリナに微笑む。
「大丈夫だよ。それがいつものリナだと思うし、振り回されるのも慣れてる」
「……?」
「自然体のリナが、俺は一番好きだよ」
「……っ!?」
きっとこれも、恋とは違う。
だけどなんだか、その言葉はずっと耳に残っていた。
本当はもうちょっとだけ続くはずだったんですが、なんか良い感じにまとまってしまったのでこれで一章を終わります。
よって二章はこの続きから始まります。
上手くいっていない部分も多々ありますが、ここまでで思ったことを感想で書いていただけると嬉しいです。




