15話 勝者の特権
「レストレーション」
魔導神は魔法で固定されているだけの地下空間に復元の魔法をかけてから、同族の反応が消えた場所へと転移する。
日付も変わろうかという夜の下、魔導神は見慣れた二人を見つけた。
「ちゃんと勝てたようですわね」
風の神の反応自体が消失しているため疑ってはいなかったが、これで相打ちなどになっていれば目も当てられない。
何やら騒いでいる様子のリナに近づけば、台風の目の方からこちらにやってくる。
「ねえどうしよう!リベルが動かなくなっちゃったっ!」
「……はい?」
神を目の敵にしているリナが、その神に縋るような目をしていた。
そしてもう一方のリベルはと言えば、見覚えがあるようでないワイヤーを伸ばし、それと一緒に何かを貪っている。
それはまるで、飢えた獣が久方ぶりの食事に歓喜しているようだった。
「さっきからずっとあの調子なの!急に目の色が変わったと思ったらいきなり走り出して、神核抉り取って食べてるの!」
「……ちょ、あの、あまりグロテスクなこと言わないでくださいまし。同じ物があるわたくしからすると、それはその……うっ」
魔導神の核は外にあるが、リベルがやったことと言えば生き物の腹を割いてその臓物を引き摺り出すようなものだ。
相手が神だから、敵だからで無理矢理納得させられる人間とは違って、同族である魔導神にはそのえげつなさがよくわかってしまう。
もう自分を嵌めるための演技なんじゃないかと疑いたくなってしまうが、魔導神が蹲るとリナは本当に慌てたようにおろおろしていた。だからきっと、リナも焦っている。
「と、とりあえず、あのワイヤーは何ですの。基盤にあるのは水魔法のようですが、付着物が異常ですわ」
「あれは多分、リベルの力。私も一回受け入れたことあるけど、神を相手取るならあれ以上はないと思える力よ」
「えっ、あなたあれを受け入れましたの!?……あ、今のあなたはただの人形でしたわね」
「ねえ今は私のことはいいでしょ?それより、どうしたらいい?あんなもの食べてリベルが暴走したらどうしよう!!」
どうやらリナが本当に危惧しているのは、神核を取り込むことで風の神の依代にされることのようだ。
人間から神に成った魔導神も、それに覚えはある。
人は神格を得ることで、神へと至る。ただ魔導神の場合は長い積み重ねの上で自分から取りに行ったので、あのように転がっていた核を取り込むことで神に成れるのかはわからない。
それでも、十分危険性があるのは魔導神も理解できる。
「まあもし乗っ取られたなら、わたくしが叩きのめしますわよ。……なぜそこでワイヤーが出てくるのでしょう?」
ゆるりとワイヤーの一本が魔導神の首に巻きつき、その先端をこめかみに向けていた。
到底和平を結んだ間柄でやるようなことではない。
「……やるなら、私がやる。あんたじゃ絶対殺すもの」
「それがわかるならこんな無謀なことはしないはずなのですが……」
適当に降参のポーズだけ取っておけば、リナのワイヤーも背中へ引っ込んでいった。
「……あなた、相当あれに執着していますのね」
「だから何?『友達』が危険な目に遭ってて、見過ごせるわけないでしょ?」
「はぁ……また随分と変わったことで」
魔導神の知るリナは、感情的でありながらどこか合理性を持っている人間、いや機械だった。
誰かが襲われたり殺されたりすれば誰よりも怒る癖に、相手に敵わないとわかった途端逃げ出し仲間に頼っていた。
今回のような場合でも、何が起こるかわからないけど、とりあえず一部始終を観察しておこう、とか思ったはずなのだ。
それがどうだ。この慌てっぷりは。
しかもその逃げ出すべき相手の魔導神にも、一歩も引かずに食ってかかる。
『友達』なんて言葉をリナから聞いたのは初めてだし、ここまで冷静さを失うのも珍しい。
本当に、何から何まで変化の時代のようだ。
「一度落ち着きなさい。あなたの目はいくつもフィルターがあったでしょう。魔導眼で見てみればいいですの」
「え……?」
リナの青い瞳が、水色の瞳に変わる。
魔力の流れを観測するためのフィルターによって、外から見た時の色が変わったのだ。
そしてそれでリベルを観察すれば、今も力を放出しようとする神核を抑え込んだ上で、そのエネルギーを喰らい我が物としていることがわかる。
危険だと思っていたが、あれは競合ではなく捕食だと、リナの直感が告げていた。
「……リベルって、やっぱり普通の人間じゃないのね」
暴走の心配はなさそうだ、と思ったら、次々に言いたいことが湧いて出てくる。
「当たり前でしょう。知っています?あの人、十六章の魔法を何も知らない状態で撃てましたわよ」
「はっ?あんたが作ったぶっ壊れ魔導教典の?」
「え、えぇ……なぜぶっ壊れなどと言われなければいけないのかわかりませんが」
そりゃもちろん、全て扱えれば神にも成れるなんて謳い文句で、実際にできれば成ってしまうという代物だからだ。
ただしそこに辿り着くには、肉体の改造が数十回と転生が三回くらいは必要になる。
普通の人間にはまず無理という、頭がおかしいとしか思えない魔法の教科書である。
「あぁ、そう。じゃあリベル、魔法面では私より強いのね」
「あなた何章まで使えますの?」
「……六。人間の範囲よ」
「随分と離されていますわね。しかもあれを完全に取り込んだら、風魔法も完璧に会得するのでしょう?より勝ち目がありませんわ」
ぶっ壊れ魔導教典は、二十五章まである。
そこまで覚えたら魔法で神に成れるらしいが、あくまで機械であるリナとは相性が悪かった。
しかしリベルは、さらに強くなっていく。
「……案外、あいつに守られる日も近いのかな」
まだまだ負ける気はしないが、いずれはリナをも追い越していくのだろう。
そうなった時にどんな選択をするかはリベル次第だが、きっと……。
「お人形さん、トリップしていないで見てくださいまし」
「あっ、え?」
ちょうどリベルが風の神の神核を食べ終えたところだった。
そして新たなる力を歓迎するかのように、全身から黒い靄が溢れ出す。
リベルより一回り大きな皮を纏って、黒の人間は天に向かって咆哮する。その体から水と風を発しながら。
狼の遠吠えのような物が終わると、黒い靄はワイヤーごと霧散し、本体のリベルだけが残された。
「わっ、と」
意識がない様子のリベルが後ろに倒れる物だから、リナは慌てて受け止める。
一瞬、息をしていないんじゃないかなんて嫌な予感が頭を過ったが、幸い呼吸は安定していた。
「……もぅ、心配させないでよ……」
涙目だが慈愛に満ちた笑みを浮かべて、優しくリベルの体を抱きしめるリナの姿は、それこそ母親か恋人のように、魔導神には見えていた。




