14話 憧憬、それを喰らう力
リベルは水魔法だけで、その背中に六本のワイヤーを展開する。
色は水色に近いが、その形は完全に本物をコピーしていた。
「なっ……あんた、それどうやってるわけ……?」
オリジナルであるリナが驚愕に目を見開いている。
リベルはそんなリナを安心させるように、ワイヤーを一本伸ばすと、その先端を手のひらのような形に変えて頭を撫でる。
「んっ……ねえ待って私その使い方知らない。私より自由度高いのやめよ?」
リナのワイヤーは完全に形が固定されているが、リベルのは魔法の水でできている。
自由度で言ってしまえば、リベルに軍配が上がってしまう。
「じゃあ、ちゃんとした使い方する」
リベルの腰回りから、さらに六本のワイヤーが飛び出す。
それらは地面を捉えると、その表面に薄く水の膜を張ることでリナのような高速機動を実現する。
「ねえ!?私より多いよ!?」
「え?……確かにそうか。でも、こっちの方が強そう」
「それ私の存在意義が消える‼︎」
確かに手数は多いに越したことはないが、それはもうオリジナルを超えている。
というより、本来人間の頭で十二本のワイヤーなど制御できるはずもないのだ。
この時点で、リベルも人の域にいないことが確定していた。
そしてそんなリベルは、移動用の足を六本、背中から攻撃用のワイヤーを六本生やし、巨大化し過ぎて透明な部分の多くなってしまった風の神へ突撃する。
もちろん、近づく者には容赦ない攻撃が待っている。
「もうそんなのには当たらない!」
ギュン、とリベルの体が加速する。
横へ移動し風の弾丸を避け、そこに飛んできた斬撃を跳躍で回避する。
足は離れてしまうが、背中のワイヤーを伸ばして風の神の肉体に刺せば、それだけで移動方法を新たに確立する。
「近づければ!」
ワイヤーの引き寄せを使って風の神に取り付く。
一度体勢を整えてから構えようとしていたリベルだが、風の神の上でバランスを取ろうと足と手をつけた時点で、その周辺が一気に消滅した。
「グボオアァァァァァァァァァァァッ!!??」
「今度は低周波……?もうやめてほしいんだけど……」
リナが耳を塞いでいるが、リベルの体は宙を舞っていた。
どうやらこの声にもならない振動は全身から出ているらしく、ワイヤーすら押し出してリベルの体を投げ飛ばしたのだ。
「けど、これなら着地できる」
背中のワイヤーを先に地面に刺すことで、落下の衝撃を吸収する。
腰のワイヤーが手持ち無沙汰になっている辺りがリベルらしいが、それでも本人と同じことができるのだから十分だ。
「……ほんと、馬鹿げてる」
リナはもう一度風の神にワイヤーを伸ばしつつ接近を試みるリベルを見ながら、そんな風に呟いていた。
先ほども言った通り、人間の頭で外部接続された器官を動かすなんて、相当練習しないと不可能だ。
それも十二本のうねるワイヤーともなれば、その制御は練習なんかでできるようになるものでもない。
そしていくら魔法で再現していると言っても、所詮は水でできたワイヤーで、本当に背中から生えているわけではない。
リナのように自由自在に折り曲げ力を伝え、自分の体を引き寄せるなんてことは、水の単属性でできる範囲を超えている。
「どうやっても過程が結果に結びつかない。……いや、どんな過程を用意しても結果を説明できない」
だが目の前にはその不可能が広がっている。
だからリナは頭を悩ませているわけだが、リベルはそんなのお構いなしに風の神を殴りつけていた。
「……再生が速い。このままじゃ埒が明かないか」
何度もワイヤーで密着しては、その表面に触れることで消滅させていた。
しかし場所を変えればすぐに回復されてしまう。
風の神からの攻撃は十二本のワイヤー機動でいくらでも避けられるとしても、いまいち決め手に欠ける状況だ。
「ワイヤーに纏わせられないの?ほら、あの黒いやつ」
「……やってみるか」
意識を一本のワイヤーに集中させて、黒い闇がワイヤーを伝う感覚を作る。
風の神が攻撃は仕掛けてくるが、ワイヤーを乱雑に振っておけば、それが即席の盾になる。
そして、ずずっとリベルの背中から、黒い靄のようなものが迫り出してきた。
それはワイヤーの根元から先端へかけて侵食していき、一本のワイヤーを黒々と染め上げる、と。
「きゃっ!?ちょ、なんでこっち来んの!?」
なぜかリナを追っかけ回し始めた。
そして間の悪いことに、リナが逃げた方向に風の神の弾丸が飛んでいく。
「あ、リナっ」
リベルが叫ぶのと同時に、たった一本黒くなったワイヤーがその弾丸を叩き落とした。
まるでリベルの性格をそのままトレースしているかのように、リナを攻撃されたことでワイヤーが怒りを風の神に向ける。
しかし、先ほどの動きが悪かったのか、元々相性が悪いのか、靄が依代としていた魔法のワイヤーの方が崩壊してしまった。
「……なんだったの?」
「さあ……でも、やめておいた方がいいだろ」
「……うん。急に追い回されるのは、ちょっと……ね」
これが完全な敵だったら問答無用で無力化するのだろうが、本体はリベルでありその力であるとなると、対処に困ってしまうようだ。
「……しかも新しいワイヤーが生えない」
「え」
「まあ、一本減ったくらいは平気だろ」
背中側、左上のワイヤーが出てこなくなったが、それでもリベルのワイヤーは十一本ある。
改めて風の神に視線を移すと、どうやらこのやり取りの間にさらに巨大化していたようだ。
その規模は最初に見た竜巻と同程度で、つまるところほぼ全快に近かった。
「でも、やることは変わらな、っ!?」
リベルの体が、その意思に反して数十メートルも舞い上げられる。
だが今のリベルに落下は通用しない。
しかしそれは、今まで見ている風の神ならよくわかっている。
「!?」
今度は叩きつけるような烈風に、リベルの体は隕石のような速度で地面に叩きつけられた。
高度がないために本物の隕石のようにはならなかったが、しかしその速度は十分人間を殺すに至る。
「ちょっ、大丈夫!?」
土煙の舞うなか、リベルはゆっくりと体を起こす。
パラパラと土の塊が落ちていくが、目に見える傷はない。
「……なんとか、な。一応咄嗟にワイヤーをクッションにしたけど、ノーダメージにはできなかった」
「あれで生きてるなら十分よ……。ていうか、軽傷か。そっかそっか……」
これはいよいよ化け物じみてきたぞ、とリベルの異常さを再認識しているが、それを確認するのは全てが終わってからにするべきだ。
「あ」
「……」
死んでいないならもう一度、とでも言うように、リベルの体がまた地面から離れる。
その近くにいたリナも巻き込んで。
「ねえリベル」
「ん?」
「私キレちゃった☆」
ギュン!とリナは自分の意思で加速する。
背中のワイヤーに両腕の砲塔といつものセットを携えて。
「死なないでねリベルッ!出力全開!空気全部ぶっ飛ばせッッ!!!」
なぜ、リベルに注意を促したのか。
ほぼ無意識に魔法の貝殻で全身を覆って、ワイヤーをぐるぐる巻きつけてから、わかる。
ゴッボッッッ!!!と空気が焼け、空間が軋む音がした。
リナが何をしたかと言えば、まず風の神の体内に仕込んだ爆弾を起爆した。上方向への指向性を持たせて。
そして火柱のように膨れ上がる爆炎を、両腕のレーザーで叩きつけたのだ。
「ギァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」
「うるっさいな黙って死ね!」
リナは人間にあるまじき膂力で以て小石を上空へ投げる。
そしてそれを起爆すれば、今度は天から降り注ぐ爆発の柱が生まれる。
先に地上に降りていたリナに続いて、リベルも地面に足をつけてから呆然と眺めていた。
「……でも、爆発は無意味なんじゃ?」
「吹き荒れるだけの爆風ならね。でもああやって指向性を持たせちゃえば、全方向から吸収はできない。おまけに吸った瞬間全身を焼き尽くす熱量まであるんだから、あれで回復ってのも大分酷な話よ」
「……俺いらないんじゃね?」
リベルがそう思うのも仕方ないだろう。
しかし、ただ強さを極めただけの少女と、神に対抗できる少年の違いは明確にある。
その証拠に。
「ほら、それでも復活しようとしてる。焼けた煙吸ってるから大分黒くなってるけど、それでも健在よ」
見た目の大きさも随分と縮んでいた。
できる攻撃が大きさに比例するなら、先ほどのような巻き上げて叩き落とすようなことはできないはずだ。
しかし放っておけば元に戻るし、この状態でも弾丸や斬撃は飛ばしてくる。
これが、リナとリベルの違い。
殴るどころか触れるだけで一部を消滅させられるリベルに対して、リナはあれだけやって時間稼ぎと一瞬の弱体化しか狙えない。
リベルという存在は、対神戦において純粋な戦闘力よりも重要になる。
「でも、これ以上どうするんだ?決め手みたいなのはないぞ?」
「んー、あんたが私の速度で動けるなら、ひたっすら切り刻んでバラバラにすることもできるんだけど」
「……」
それは水の神の時にリナがやったこと。
巨体を上から下まで解体し、復活の余裕すら残さず消し飛ばした。
あれができれば風の神だって一撃だろうが、リベルは空中での姿勢制御なんてできないだろうし、それで着地を失敗したら終わりだ。
「やっぱ、投げつける?そんで中心核ぶち抜けば終わりでしょ」
「言葉が荒いよ」
こうして話している間にも、風の神は着実に力を取り戻しつつある。
あれが核だよなー、とリナが一点を見ていると、その視線を追ったリベルがそこで顔ごと固定される。
そして気のせいかもしれないが、目からハイライトが消えたような気がする。
「で、どうよ。投げられる気ある?」
さっきまで冷静なツッコミをかましていたリベルが、動かない。
肩を叩いて呼びかけてみるが、うんともすんとも言わない。
「……ねえどうしたの?投げるって表現が嫌なら運ぶでもなんでもいいからさ、」
少し不安に駆られていたリナの手を振り切って、リベルが走り出す。
それも、腰から伸びたワイヤーの高速機動で。
「……なんだろう、あの感じ。リベルのようで、リベルじゃない……?」
リナにそう評価されたリベルは、今までの比にならない速度で地面を駆けていた。
あまりの速度に弾丸すら追いつかず、偶然目の前に迫った物は、それ以上の速度でワイヤーに落とされる。
「か、く」
ゾゾゾゾゾ、と全てのワイヤーを闇が包む。
そして失われたはずのワイヤーは、その闇を凝固させたもので補完される。
「キァァァァァァァ、ッ!?」
バズン!と鞭のようにしなったワイヤーに叩かれ、風の神が強制的に黙らされる。
そして叩かれた顔面が崩れ、内包していた黒煙が吐き出される。
もうインクなんかなくて、完全な透明に近いのに、その胸には同色の核が存在している。
それが、風の神の神核。
風の神を風の神と定義する中心核。
それに向かって、リベルは背中のワイヤーの全てを伸ばす。
「ヨコ、セ」
まず一つだけ色の違うワイヤーが風の神を貫き、その周辺を破壊する。
剥き出しになった神核へ、他全てのワイヤーが殺到する。
しかしそれを奪われれば敗北どころか永劫の死を与えられる風の神としては、されるがままになるわけにはいかない。
体の大きさからすれば絶対に出せないほどの突風で、ワイヤーを一度吹き飛ばす。
だが風の神は文字通り死力を尽くしているのに対し、リベルはあくまで借り物を使っている状態。
ワイヤーが弾かれると思えば、その身を使って奪いにかかる。
「力の、けっしょう」
一瞬で風の神の目の前に現れたリベルは、移動に使ったワイヤーを高速で回転させることで、風の神の肉体を限界まで削ぎ落とす。
だるま落としのように根こそぎエネルギーを奪われた風の神は、最後の力でリベルの眉間に風の弾丸を撃ち込んだ。
それは、普通の人間であれば頭蓋を貫通して外へ抜けるほどの威力。
だが、仰け反ったリベルが顔を戻せば、そこにはなんの傷もなかった。
「いただき、ます」
リベルが神核に触れれば、周辺に渦巻いていた力の残滓が完全に消え去る。
風の神に、永劫の死が齎された瞬間だった。
本当は魔導神サイドとリベルサイドを交互にするつもりでしたが、終わり方の関係でこっちを後にしました。




