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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
プロローグ 叛逆者始動編
2/362

プロローグ〜叛逆者〜

 コツンコツンと何か硬質な音が響く。

 それとおまけに頭に伝わる振動で、その少年は目を覚ました。


「……ん?」

「ん?じゃなくて、いい加減起きろってのよ」


 口調に対して意外と可愛らしい声に顔を上げれば、そこには緋色の髪と青い瞳の少女がいた。

 どこか責めるような眼差しの割に表情は柔らかい。しかしその手にはリボルバーのような銃が握られていて、まだはっきりとしない頭でもなんだか違和感のようなものを強烈に感じる。


「……ああ」


 とりあえず立ち上がると、少女は銃をどこかへしまった。

 あれでつついてきたのは何となくわかるのだが、一体なんだったんだろう。


 少女が銃を持っていた理由は、見ず知らずの相手に触れるのさえ躊躇ってしまったから。

 眠そうに目を擦りながら立ち上がった少年は、顔に腕の跡が思いっきりついていた。

 思わず吹き出しそうになるのを堪えて、少女は一つ問いかける。


「あ、あんたさ、あんたが、私をここまで運んだわけ?」

「多分?」

「くふっ、あは、あはははっ!」


 我慢できなかった。

 少年は訳もわからずきょとんとしているが、だいぶ間抜けな顔になっていることを自覚してほしい。

 そうでなければ跡が消えるまで目も合わせられない。いや、恥ずかしがられてもそれはそれで笑ってしまいそうだが。

 なんて割と失礼なことを考えている少女は、もうすでに少年への警戒心を忘れていた。


「はー、とりあえず、自己紹介しましょ。私リナ。ただのリナよ」

「名前、名前……リベル、かな?」


 一瞬、スッとリナの目が細められる。

 だがそれを勘付かれる前に、元の活発そうな笑顔に戻す。


「そう、リベルって言うの。じゃあちょっと踏み込んだこと聞いてもいい?」

「なんだ?」

「あんた何者?」


 こんなことを聞けたのは、リベルと名乗った少年から悪意を感じられなかったから。

 そして、思った以上に実力がなさそうだったから。


 少し険しい顔をしたリナに聞かれ、リベルはうーんと考えて、


「何者ってどう答えればいいんだ?」


 根本的なことを訊いた。


「……あんた、人間、じゃないでしょ」

「人間の定義がわからないんだが、そう言うなら、そうなのかもな」


 なんともはっきりしない男である。

 ただまあ人間ってなんなんだと問われたら、リナも少し答えに困ってしまう。

 リナは自分のことを人間だとは思っていないが、外見は人に見えるようにしている。そうでなければ人の生活に溶け込めないから。

 リベルもその同類だと思っていたのだが……。


「じゃあ、ただの人間だって言うの?なんの能力もない、ちっぽけな人間だとでも」

「……なんかすごいバカにされてる気がするから、それは否定しておこうかな」

「うんまあ何もない人間もそれはそれで珍しいんだけど」


 感覚だけで否定されたんじゃあ、リナの求める答えにはならない。

 ただこれ以上訊いてもまともな答えは得られそうにないので、この話は一旦保留にしておく。


「じゃあ別のこと。あの後どうした?」


 リナが訊いたのは、自分が倒れてからのこと。

 あの力の根源という意見もあったが、完全に信じているわけではない。

 だから、とりあえず状況証拠を揃えたい。本人からの証言があればかなり変わってくるのだが、


「あの後?」


 なぜか、リベルはきょとんとしている。


「そ、そうよ?私が倒れて、あなたがここまで運んできた話でいいのよ?」


 なんだか嫌な予感がして優しく訊き直す。

 しかしリベルは全く身に覚えがないとでも言うように、頭を捻って捻って……。


「そんなことしたっけ?」

「……」


 じゃあ、さっきここまで運んできた?という質問に、多分と答えたのはなんなのだ。

 それにわからないなら最初から覚えてないでいいのに、なぜそんな思い出そうという素振りだけするのだ。

 リナの中で色々な感情が湧き上がっている間に、リベルはもっと深刻なことを言う。


「というか、何も覚えてないんだよな」

「は?」

「いやその、なんでここにいるのかとか、今まで何してたとか、何も知らないんだ」


 それはまた、随分と。


「厄介なことに……」


 次から次へと問題が浮き上がってくる。

 全部放り出して叫びたい気分だが、そんなことをしても何も変わらないのは自分が一番わかっている。


「大丈夫か?」

「あんたのせいで大丈夫じゃないわよ!」

「……ごめん」


 はぁあ……とため息を吐いて、リナは自分のベッドに腰掛ける。

 思えば自分の寝顔すら見られたのだろう。なんかもう自分の守ってきた尊厳がズッタズタにされている気がする。

 せめて根幹だけは知られないようにしよう、となんとも曖昧な決意をしたところ、リベルが何かを思い出したように嬉しそうな顔をする。


「そういえば、リナが物凄く強いのは覚えてるぞ」

「そ、そうなの?」

「ああ。腕から物凄いレーザーが出てた。あれは強そうだと思った!」


 まるでヒーローでも見た子供のようにはしゃいでいるが、それはまさにリナの核心。

 知られた場合消すか完全に信用するしかないという、両極端な選択を迫られるほどの秘密。

 考えることが多すぎて、常人より遥かに速く思考できるリナでさえ、頭がパンクしそうになっていた。


「……泣きたい」

「泣いてもいいと思う」

「慰めるなぁっ!」


 うぅ、と完全に顔を覆う。

 ぽんぽんと頭を撫でてくるのが微妙に腹立たしい。

 こんなことになるなら寝てる間に追い出しておけばよかった。


「もういいわよ。とりあえずこれだけ教えて?あんたは、私にとって味方?」

「それで味方だって自信満々に言い張っても怪しまれそうなんだが、まあ敵対するつもりはないな。というか敵なんだったら、運ぶ前に殺してる気がするしな」

「まあ、そうね」


 因みに寝込みを襲われた場合迎撃機能が目を覚ますわけなのだが、まあ知らない時点で悪意を向けてはいないのだろう。

 なんだかんだ頭上の手も放置してしまったし、リナの心は完全に信用する方向で固まっていた。


「はぁ、朝から疲れたわ」

「お疲れ?」

「何度も言うけどあんたのせいね」

「なんかごめん」

「悪びれてないのもムカつくわね。まあいいけど」


 リベルの処遇について、リナの中で一つの答えは出た。

 なら次は。


「力について考えないとね」

「力?」

「あんたのよ。わかってる?自分の異常さ」

「いや全く」


 これだから、と思わずため息が出る。

 ただこれは知らない方がマシ、というか知らないなら使いやすいので、あまり深く教えないでおこうと思う。


「あんたさ、なんか引っ張られるような感覚ってない?」

「……確かに、少しだけあるぞ。向こうの方に、何かがあるような予感はする」


 リベルが指を差したのは、方角で言えば西の方。

 そしてそこにいるのは、また別の神。


「ん、おっけ。それだけわかれば十分」

「そう、なのか?」

「うん。私にとってはね」


 あまり考えていなかったが、リベルがこのままこの家を、というかリナの下を去るというなら、ある程度は教えておいた方がいいだろう。


「ところで、あんたはこれからどうするつもり?」

「これから?」

「そうよ。一人でどこかへ行くのか、このまま私といるのか」


 ふーむ、と考え込むような素振りは見せるが、リナが思うようなところで悩んではいなかったらしい。


「こんな状態の俺を、リナ以外に受け入れてくれなさそうじゃないか?」

「……まあ、そりゃそうよね」


 いないと言えば嘘になるが、そいつらはどうせ碌でもない。まあリナ自身も碌でもない組織に所属しているのだが、それを言ったらリベルに未来はない。

 よし、と立ち上がって、リベルと真っ直ぐ目を合わせる。

 ほぼ同じくらいの身長で少し驚くが、そこは今はどうでもいい。


「これからあんたは私と行動するように」

「うん?最初からそのつもりだったが」

「……こういうのは明確にしておいた方がいいの!」

「そうか」


 なぜかこちらが主導権を握ろうとすると躓かせてくるが、これは意図しているのだろうか。だとしたら相当面倒な男だが、こんなあやふやな奴にそこまでの頭はないと思いたい。


「ほら、リビングにご飯用意してるから、とりあえず食べてきなさい」


 あ、ああ?と困惑した様子のリベルを寝室から追い出して、リナは一先ず一人の時間を確保した。


「はぁー……ほんと、疲れる」


 ベッドではなく椅子に座り、横にある本棚から一冊の本を取り出す。

 著者名はなく、タイトルも『神話大全』という簡潔なものだ。

 ただ少しおかしな点は、まだ未発見の生き物すら載っているということである。

 その中の一体に、叛逆者という奇妙なものがあったはずだ。


「えーっと、あぁこれこれ。叛逆者リベル」


 いずれ来たる大戦時に現れると言われる生き物、叛逆者。

 この本の中では異形の怪物として扱われているが、今いるのは完全な人型である。


「ええと?”叛逆者は神への絶対的優位性を保有する。そして神々の位置を常に把握し、やがて全ての神を葬ることだろう。”あれ、これだけ?」


 神を感知できるのは覚えていたので本人に訊いたが、まさかこれ以上の情報がないとは。

 どこかで叛逆者についてもっと情報を見たか聞いた覚えがある気がするのだが、かなり前のことだからか忘れてしまった。きっと当時はそんな存在はいないと割り切ったせいだろう。


「でも、なんで人型に?……最初に宿ったのが私だから?」


 だとしたら中身がどうなっているのかとても気になる。

 性別がずれた理由も気になるし、やはり一度詳しく調べたい。


「うーん……能力もこれとして書いてないし、リベルってやっぱ特異なのねぇ」

「俺がどうかしたか?」

「うひゃぁっ!?」


 後ろから突然声をかけられて素っ頓狂な声が出てしまった。

 確かに部屋に鍵はないのだが、だからと言って無言で入ってくる奴がいるだろうか。


「あ、あんた、入ってくるならノックの一つくらいしなさいよ」

「ああ、そんなマナーもあったか」

「ああ、じゃないわよ!全くもう……今回はしょうがないけど、次から気をつけてよね」

「わかった」


 本当にわかってるんだか……と内心呟きつつ、なるべく怪しまれないように本棚に戻す。が、人が何かを隠そうとすると天然なのか狙っているのか興味を示すリベルは、リナが読んでいた本にも目を付ける。


「何を読んでたんだ?」

「……別に、なんでもいいでしょ」

「まあ、それはそうなんだが」


 こいつに誤魔化そうとするのは逆効果なんじゃないかな、なんて思わせるくらいには、リベルはリナの願いを尽く踏み潰していく。

 つまり、戻した本をわざわざ取り出して読み始めやがった。


「あ、ちょ」

「神話の話か。ん?」

「ん?」


 取り返そうとしても逃げられ、パラパラと見ていたリベルは、あるページでピタリと止まる。

 そこには、世界の終焉を描いた最後の戦いが見開き一ページに渡って載っていた。

 その中では荒廃した世界で、終焉を呼ぶとされる神と、叛逆者が戦っている。


「これが、どうかしたの?」

「どうかした、っていうか……なんだろう、違和感?」


 このページに対して、歪なものを感じる。

 その正体はわからないが、どうにも目を離せなかった。


 リナはそんなリベルを見て、少し試してみようと思った。


「ねえ、この怪物知らない?」

「うん?知らない……かな。なんとなく、知っているような気はするんだが。よくわからない」


 一般に、動物は鏡に映った自分を他人だと認識するらしい。

 これも似たような反応なのかな、とかちょっと失礼なことを思う。


「……あんたがこの怪物だったら、どうする?」

「どう、だろう」


 変な質問をしている自覚はある。これで叛逆者の記憶を取り戻したら……良いのか悪いのかの判断はつかない。

 ただ、変化があれば良いなと思った。


「俺とは全く違うのに、そうだとしてもおかしくないと思うな。なんとなくそう思う」

「……そう」

「まあ、その場合こんなのと戦ってるんじゃないか?よくわからないが」


 本を閉じながら、リベルは片手でリナの頭に手を伸ばしてくる。


「ん……な、何するの」

「あ、いや……なんか不安そうだったから」

「わ、私が?何に?」

「さあ」


 それがわからないなら誰もわからない。

 だけど、


(何?この安堵感。まるでこいつがいなくなることを嫌がってたみたいじゃない)


 あながち、リベルが感じたことは間違っていないのかもしれない。

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