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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
一章 魔導国編
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13話 明暗、それは世界を分かつ境界

 異形の手が何度も振るわれる。

 それは悪魔の、自壊を齎す触れたら即死の攻撃だ。


「クッハハハハハっ!!逃げてばっかじゃいずれ当たるぞ!?魔導の一つでも見せてみろよ!!」

「……当たるわけがないでしょう。それにそもそも、その手の類は神域内では効果を見せません」

「ならどうして逃げる!?受け止めて、反撃してみればいいだろう!?」


 執拗に顔を狙う攻撃を、魔導神はすれすれで避けていく。

 長い横髪が前に出て、その漆黒の爪で切り裂かれる。

 魔導神から離れた体の一部は、触れられただけで乾燥しボロボロに朽ち果てていく。

 それが、答えだった。


「お前は神域の制御に力を割きすぎるあまり、自分の防衛が疎かになっている!!本来神の一部は、たとえ髪の毛一本だろうと既存の物質の硬さを超える!それがどうした!?離れただけでボロボロじゃないか!!!」


 神々は、たとえ人間の形をしていようと中身は全くの別物だ。

 枕に髪の毛がついていることもなければ、爪が伸びることもない。

 つまり神の体に変化はない。思うがままの自分の理想を体現できるのだ。

 それが、簡単に千切れ、朽ちていく。本来ならあり得ない現象。


「なら神域を増やせばいいですの」

「馬鹿か?そんなことをすれば自分の首を絞めることになる」

「ええまあ、普通なら」


 今まで以上に悪魔から距離を取ると、魔導神は杖で地面を叩く。

 悪魔が妨害のためにさらに接近するが、魔導とは意思一つで発動する。


「強制神域」

「ッ!?」

「ここを天上とする」


 蝋燭の光一つない漆黒の空間に、純白を超えた白が満ちる。

 莫大な力の奔流は、主人の元へと集約される。

 白き柱が身を焦がし、その存在を昇華させた。


「神が人の身に留まるなど、それこそ人の悪い思い込みですの」


 その背中には真っ白な翼、頭上には金の円環、瞳の中には十字の紋様が描かれていた。

 手にした古木の杖も、かつての生気を彷彿とさせる瑞々しさを取り戻していた。

 言うなれば、天使の器を借りて神託を告げるようなもの。

 しかし今はここを一時的に天の国と定めている。

 天使にとってはホームであり、万全の力を振るうための儀式場でもある。


「天使の肉を喰らいなさい。穢れた悪魔よ」


 慈愛に満ちた天使が、その情愛で以て悪魔の手を取る。


「ガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッッッ!!!」


 ジュ、と焼けるような音が響く。

 かつてより天使と悪魔は相容れないとされている。

 そしてここは天使と神を強化する天の国。

 正反対の悪魔が触れられれば、一方的に身を焼かれるしかない。


「どうしましたか?その手は相手の生命力を奪うのでしょう?辛いのなら、お食べなさい。神は万人に幸福を届けます」

「クソッタレがァッ!!笑顔の裏にドス黒いモン隠した天使に、誰が頭を垂れると思ってんだッ!」


 悪魔はどうにか距離を取り、魔導神の手を振り払う。

 魔導神が笑顔のまま悪魔を滅する魔導を発動しようとするが、今度は先に悪魔が動く。


「反転領域。地の底に堕ちろッ‼︎」


 真っ白な世界が元の、いいやそれよりも暗い世界へと塗り替えられる。

 それと同時に、天使の特徴も剥奪された。


「神に対抗するための術だ。こんなところで使うつもりはなかったが、仕方ない……」

「ふむ。ただの明暗反転とは違いますわね。神に力を与える性質まで反転させるとは」

「天国を反転させてんだ。築かれるものは地獄だよ」


 焼かれた手を摩りながら、悪魔はやはり笑みを浮かべる。


「さて、これでお前の力は削がれたわけだ。反転されているとはいえ下地は天国。塗り直しもできないぞ?」

「それで?」

「……殺気がないことで油断してんのか?殺せなくとも、仕返しくらいはするっての」


 不意に目の前に現れた巨大な掌に、魔導神の顔は覆い隠される。

 その下から熱した鉄を押し付けるような音が響く。


「今はこっちの方が強い。焼かれるのはそっちだよ」


 無造作に投げ捨てられた魔導神の顔は、見るも無惨に焼け爛れていた。

 それを隠すように帽子を目深に被ってから、魔導神はまた杖で地面を叩く。


「神域剥離。反転しようと元が絶たれれば戻りますわよ」


 今度こそ本当に元の地下空間が戻ってくる。

 相変わらず真っ暗だが、そこには特別な力は何もなかった。


「神域を手放したか」

「ええまあ、殺し損ねましたので。今回は見逃しますわ」

「ハッ、どこまでも上位者気取りか。やり返されたくせに」

「なんのことでしょう?」


 魔導神が帽子を少し持ち上げれば、そこにあったのはなんら変わらない美しくも可愛らしい美貌。


「……チッ、ああそうかい。まあこっちだって殺すわけにはいかないんだ。伝書鳩としての役目を果たさなくちゃだからね」

「そんなことを言ってましたわね。なんのご用でしょう?」


 魔導神は無表情でも可愛らしく首を傾げる。

 その仕草に悪魔は苛立ちを見せているが、本当に伝書鳩らしくそちらは無視する。


「簡潔に行こう。一回しか言わないからよく聞いときな?」

「待ちなさい。誰からの要件で、なぜあなたのようなものがでしゃばってきましたの」

「世界からの要件で。神と渡り合える力が必要だから、かな。さてこっちの話を聞いてくれよ?」


 世界。

 こんな悪魔をも伝言役に使い、神々をも歯車と定める大きな枠組み。

 魔導神とて神である以上、その存在の一部であり逆らえないことはわかっている。

 しかし、そんなものが何の用だ?

 魔導神の疑問に答えるように、悪魔はその表情から色を無くす。

 先ほどまでの憎たらしく気持ちの悪い笑みは、完全に剥がれ落ちていた。


「『叛逆者』を用意しろ。時間がない。このままでは崩壊する。とのことだ」

「……もういるはずでは」

「さて、その辺りはアタシも知らないね。アタシは所詮、手紙に過ぎないんだから」

「チッ」


 ゾンッ!とこの世の物とは思えない音が響いた。

 空間どころか時間軸まで飲み込んで消滅させる最凶の魔導だったが、それでさえ悪魔を消滅させるには至らない。


「闇の中で悪魔を葬れるとは思わない方がいい。役目を果たしたことだし、アタシはここいらでお暇させてもらうよ。他の理性持ちにも伝えなくちゃいけないことだしな」

「次に現れたときは確実に殺してあげますわ」

「それはこっちのセリフだよ」


 闇より黒い悪魔の姿が、周りの闇に同化するように消えていく。


「ああ最後に楽しい時間のお礼をあげよう。アタシの名は暗獄の悪魔。暗闇に潜み、暗闇を喰らう者だよ」


 それっきり、悪魔の気配は感じられなくなった。

 試しに魔法の光で密閉空間を照らしてみるが、どこにもそんな影は見当たらない。


「……はあ、悪魔の前で弱い光はかえって逆効果でしたわね。覚えていてよかったですの」


 あの手の闇に潜む者は、むしろ強い光から生まれる濃い影を好む。

 だから全面を染め上げる純白か、濃淡のない一定の闇の中で戦うしかなかったのだ。


「暗獄の悪魔、でしたっけ……?」


 魔導神は一冊の分厚い本を広げる。

 魔導神が生まれる以前の歴史の載った特異な本だ。


「史実に現れた初めての悪魔。始まりの神に滅ぼされているはずだというのに……厄介なことですわ」


 光を生み出した始まりの神の、もう一つの対となる存在。

 暗獄の悪魔。地の底なんて概念を持ち出した、始まりの悪魔だ。

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