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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
一章 魔導国編
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11話 暴風、それは風の化身

 地上から数十メートルの位置に放り出されたリナは、落ち着いて周囲の状況を確認し、人がいないことを確認してからワイヤーを展開する。

 どうやら閉鎖された工場というのは街外れにあったようで、周辺に人の気配はない。

 この辺りの気配りは、人間性が為せる技だろう。


「よっ、と。ここなら存分に戦えるわね」

「……リナに高さの壁はないのか」

「ないわね」


 リベルもワイヤーを二本使って回収しておく。

 この伸縮自在のワイヤーがあれば、あらゆる障害は取り除ける。


「さーて風の神は……探すまでもないか」


 元々、座標がズレたとしても風の神の付近に転移させられているのだ。

 少し辺りに目をやれば、簡単に見つかる程度の距離しか離れていない。

 それも、向こうが風を吸い込んで回復しようとしているなら、尚更見つけやすい。


「……あれって竜巻じゃあ?」

「残念ながら風の神なのよねぇ。……相変わらずでかいけど」


 水の神もエネルギーを取り込むことでかなり肥大化していたが、今回も竜巻の規模だけを見ればほとんど変わらない。

 リナが今も地面にワイヤーを刺し、リベルを掴んだままにしている理由が、離せばすぐに巻き込まれるからだった。


「どうすっかね。一発レーザー撃ち込んで消せないか試してもいいけど」

「リナ」

「ん?」


 耳を貸せとでも言いたげなジェスチャーに、リナはワイヤーを巻いてリベルを近づける。

 するとどうしたことか、いきなり頭に手を置いてくる。


「んぬ、何?……ちょ、そーいうのってありなのかしらー!?」


 リナが何か叫んでいたが、リベルはほとんど聞いていなかった。

 なぜなら、頭を置いた時点でワイヤーが少し緩んだのを利用して、その拘束から逃げ出しているから。

 そして支えを失えば、すぐにでも渦を巻く風の奔流へと飲み込まれていく。


「多分なんとかなる。ならなかったら助けて欲しい」

「他力本願すぎない!?」


 リナの声は聞こえないのに、向こうはしっかり聞こえているらしい。

 この辺りもサイボーグと人間の違いかな、なんて思いながら、リベルはより竜巻の中心を目指す。


「……なんか動きにくいな」


 渦を巻く風の中で身動きが取れる方がおかしいのだ。

 水を掻くように腕を振り回していたが、それで風が掴めるわけもない。

 仕方がないので、リベルは、


「全部水に変えちまおう」


 風の渦を水の渦に変えた。


「あんたも無茶苦茶するわねぇ……」


 ただ壁もない、大量に水があるわけでもない状況では、渦の形は維持できない。

 最初こそ惰性で動いていたが、それが止まれば莫大な洪水が訪れる。


「私を巻き込むなっ‼︎」


 高波のようにうねって全方位へと殺到していた水が、一瞬で蒸発する。

 真っ白な水蒸気に視界を奪われる中、リナは冷静にリベルを回収した。


「何をしたんだ?」

「魔法っぽい何かでちょちょいとね。それよりも、風の神見えた?」


 それよりもで済ませていい話ではなさそうなのだが、リナにとってはその程度らしい。


「見えなかった。というか、風の中じゃ移動できなかった」

「……逆になんでできると思ったの?」

「……浮いてるし、行けるかなって」


 体を浮かすほどの風なのだから、ある程度自由は利くと思っていた。

 しかし現実は身動きなんて取れないし、上へ上へと引っ張られる。

 あれで敵の姿を確認するなんて、リベルには不可能だった。


「まあいいわ。ほらなんか見えるでしょ。あれが多分、風の神」


 立ちこめる霧の中にうっすらと影が見える。

 それは人の腕や足らしきものはあるのだが、何よりも胴体が丸い。

 球体に手足をくっつけたような見た目のそれは、やはり人間でも神でもない。


「あれが回復すると気色悪い人型になるのよね。気持ち悪い」

「暴言がすぎるが、まあ同感だ」


 霧が晴れてやっと姿が見える、と思いきや、開けた視界には何も映らない。


「あいつは風を司ってんのよ?本体は透明に決まってるでしょ」

「いや、決まってるって言われても」


 属性で本体の色が変わるなんて聞いていない。

 ただ透明とは言ってもやはり回復が優先なのか、風を吸引してそこに渦が生まれているため、ある程度の位置はわかる。


「ああいう外部から取り込む奴らって、なんで異物とかの警戒しないのかしらね」


 言いながら、リナは水風船のようなものを放り投げる。

 おまけに小石も投げると、後は吸引が終わるのを待つ。


「起動」


 最初に弾けたのは水風船。中にはインクが入っていたようで、風の神の体がカラフルに浮かび上がる。

 ある程度巨大化し、長すぎる腕が際立つようになったカラフルな神は、やっぱり人とも神とも違う異形に見えた。


「もう一つはとっておきね。水の神の時にも使ったけど、結局内部破壊が一番手っ取り早いのよ」

「つまり?」

「爆弾☆」


 そして相変わらず威力調整をミスった爆弾である。

 もし起爆するのなら、何かしら防御策を用意するべきだろう。


「あ、なんかの弾みに爆発とかってオチはないから安心してね」

「そ、そうか。それで、どうする?殴りかかって勝てるような相手かな」

「んー、愚直に言っても多分風で飛ばされるわよねぇ。竜巻に巻き込まれてる時点で、あれは魔法の類なんだし」

「あ、そうか」


 水の神の肉体を抉れたのは、きっと形状維持に神の力を使っていたから。

 風の神だって殴れば消し飛ばせるだろうが、人間の重量くらい簡単に押し返せるだろう。


「なんかしら近づく作戦がいるわね。まあゴリ押しもできるけど」

「というと?」

「私がワイヤーで突っ込ませる。突風に抗うにはあまりに細そうだけどね、こう見えて大型トレーラーを三つ抱えられるくらいの膂力はあんのよ」

「……体へし折られそう」

「そっちも平気。指先くらい繊細に調整できるから」


 リナはなんでもありらしい。

 本当にそんなことができてしまうなら、苦戦なんて何一つしないだろう。

 今すぐに戦いを終わらせて、さっさと帰ってしまうこともできるだろう。

 だけど、そんなに余裕があるなら、


「……一人でどこまでやれるか、試してみたい」


 魔導神には実戦の方が成長すると言われているし、何より自分が本当に優位性を持っているのかが気になる。

 魔導を一つ消したとか、木の根の動きを止めたとか、そんなことでは本当に自分が強いなんて思えない。


「ふ、いいね。私そういうの好きよ。じゃあ、何があってもサポートしてあげるから、思いっきり暴れてきなさい!」


 一つ頷くと、リベルは風の神に突撃する。

 案の定突風で吹き飛ばそうとしてくるが、わかっていればリベルだって対策できるのだ。

 掌から水を噴射させて、一気に上空へと飛翔する。


「スチームグレネード!」


 ドッドン!という爆発音が鳴り響く。

 水蒸気が晴れたばかりだと言うのに、今度は爆炎が辺りを覆い尽くす。

 ジェット噴射を調整しながら地上を目指すリベルに、その黒煙を裂いて風の弾丸が迫る。


「ッ!?」


 咄嗟に身を捻って回避するが、その肩に浅くはない傷を受けてしまった。

 そして魔法の制御も失ったせいで、十メートルほどの高さから落下していく。


「大丈夫?」


 死をも覚悟するレベルの落下だったが、そこはリナのワイヤーが助けてくれた。


「あいつに爆発系は逆効果よ。酸素の神とかなんだったら爆発は有効なんだけどね。吹き荒れる風の神は、むしろ爆発で強化されるわ」

「……じゃあ、わざわざエネルギーを与えただけだったか」


 スチームグレネードは水魔法で唯一使える爆発系統である。

 魔導神曰く、「これでさえ水の単属性からは逸脱していますわ」とのことだったが、その分水魔法の中でも高火力を誇る。

 だからこそ最初から大技で決めようとしていたのだが、それが裏目に出てしまったようだ。


「でさ、傷はどんなもんよ?」

「……多分平気だ」

「そんなに真っ赤に染めてんのに?」

「……痛みはない。痺れもない。ちゃんと動くから、大丈夫だ」


 リベルの肩口は風の弾丸に抉られ、その傷口から溢れ出た鮮血が周りの服を真っ赤に染め上げていた。

 それでもリベルはなんてことはないように肩を回し、違和感はないと五指を動かして見せる。

 そこまでされてしまえば、本人ではないリナは納得するしかない。後はもう、痛がる素振りを見せたら即刻後退させるくらいだ。


「ま、そう言うなら良いけど。じゃあ攻撃の方は色々試してみなさい。私が知らないだけで、あいつから色々教えられてるでしょ」

「ああ」


 実際魔導神に教わった魔法はかなり少ないが、魔法の自由度は途轍もなく高い。

 例えば飛んできた弾丸を、下から噴き上がる高水圧で以て防御するなんて使い方もできる。

 そしてそれを、風の神を取り囲むように発動することも。


「ジェットプリズン、かな?」


 超高水圧によるレーザーで、カラフルな風の神を閉じ込める。

 それはまさしく水圧によって相手を封じ込める檻。

 風の動きがなければ力を発揮できない風の神に対して、これ以上ないほどの攻撃だろう。


「キィィィィィィィィィィィァァァァァァァァッッッ!!!」


 大気を震わせるほどの絶叫が響いた。

 それは言語も知能も失った神の成り損ないの、苦痛に歪んだ怨嗟の叫びだった。

 振動を檻の外に流すことで発生させた咆哮によって、高水圧の檻は破壊されてしまった。


「ぐっ……なんか最近耳に攻撃受けること多いわねっ……?」

「耳じゃなくて全身で受けてる感じがする……」


 それは人間の耳には聞き取れないほどの高周波。

 リナが耳に受けたのは、単純に可聴領域が人間よりも広いため。

 しかし聞こえない人間のリベルでさえ、その音を振動として感じ取ってしまう。


「風の神だからって声出さなくていいでしょうに……!ほらリベル、来るわよっ!」


 あくまで傍観者であるリナはリベルを置いて一早く逃げる。

 薄情にも見えるが、自分でやると言ったのはリベルなのだ。

 ならば、相手の攻撃の一つや二つ、どうにか自分で対処しなくてはならない。


「アクアシェル」


 ともすればリベルを飲み込もうとする二枚貝が、リベルの体を覆い隠す。

 その直後、二枚貝の硬い表面を風の斬撃が粗く削り取っていく。

 相当な威力を秘めていたのか、分厚い殻にも穴が開いてしまうが、中のリベルは無事だった。


「そりゃずっと弾丸ってわけじゃないよな。でもどうしようか。よりでかい檻でも用意するべきか?」


 割れた貝殻から出てきたリベルは、今も肥大化して透明な部分を増やしつつある風の神を見てそう呟いた。

 今更根本的な話をするが、下級神は神であっても神になりきれなかった存在を指す。

 だがだからと言って人間よりも弱いなんてことはない。なまじ力だけを持っているから、下級の神だなんて評価されてしまうのだ。

 だから、リベルがいくら叛逆者と言えど、ただ挑んだだけでは下級神にさえも勝ち目はない。

 それも外気に晒され、今も力を蓄えていく風の神なんかには。


「でも、魔法は自由なんだ。だったら、やり方次第でどうにでもなる」


 リベルは、憧れをその身に纏う。

 魔法というツールを使って。

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