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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
一章 魔導国編
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10話 始動、つまり想定外

 夜、風呂から上がり脱衣所の扉を開けたリナは、ひんやりとした空気を感じた。


「……またか」


 窓を全開にし、そこに腕をかけて外を眺めるリベルがいた。

 昨日は風呂を出た時点でいなかったのでちゃんと寝たと思ったのだが、やはり気になるらしい。


「ん……今日は風が強いわね。そんなとこいたら風邪引くわよ?」

「悪い、寒かったか」

「私じゃなくて自分の心配しなさいな」


 リナは風邪などとは無縁の存在だ。何せ自分の体は自分でコントロールできる。

 異物の除去など、意識するまでもなく勝手に行われている。


「それで、またなんか感じるの?」

「今回は風の神だな。昨日も少し視えたけど、今日はちょっと弱い」

「……え、待って、昨日?」


 知らない。聞いてない。リベルが報告をしないことがあるなんて!


「ああ。ちょっと考え事をしたくてな。外にいた」

「……まあ、あんたも個人だもんね。そうよね、隠し事の一つくらいあるわよね」

「?」


 リベルが物凄く不思議そうに首を傾げているが、あまり気にしないでほしい。

 完全に従順など、それこそ魔法か道具で洗脳でもしない限りあり得ないのだ。

 やっぱり、自分の話はあまりできないな、と思って、話してもいいかもと思ってしまっていることに気づく。


(……どんだけ絆されてんのよ全く……はぁ、今は私の話じゃない。わざわざ墓穴を掘る必要はない)


 そう結論づけて、この信頼度の話からは目を背けておく。


「それで、風の神は動き出しそうなの?魔導神のオーラを塗り潰すくらいに強くなってんの?」

「いや、魔導神のオーラはこの街全体にあるからなんとも言えないが、その中で一際目立って視えるんだ。あれが明確な敵だって」


 そういえば国全体が魔導神の支配域だったことを思い出す。

 既に魔導神の腹の中にいるようなものだが、散々和平だの争わないだの自分で言っているのだから、まだ安全だと信じておく。

 そしてそんなことよりも重要な部分がある。


「……風の神が、目立ってるの?」

「ああ。なんだろうな……魔導神って言う絵があって、その真ん中に汚れがついているような?とりあえず、これが異物だってことだけが明らかな感じだ」


 面白い例えをするものだ、なんて感心している場合ではない。

 風の神は下級神で、魔導神は上級神。

 普通、その序列が覆ることはない。

 叛逆者が何を以て神だと判断し、何を以て敵だと判定するのかはわからない。

 しかしより強いものに反応を示すのは共通なはずだ。強すぎて感じ取れないか、生物としての本能が失われていない限り。


(あいつの八割は、私の全力さえ凌駕していた……。けど過去に下級神で腕試ししたときは、殺しきれなくても絶対に負ける気はしなかった。だったら、あいつの力が霞むはずがない。一点だけって言っても、あれの存在感は神の中でも上位のはずなんだから)


 リベルが絵画の話をしていたから、それに倣ってたとえよう。

 リベルは魔導神という全体があって、その中央に汚れがあると表現していた。

 しかしその魔導神は、簡潔に表現すれば極彩色なのだ。何もかも塗り潰し、覆い隠してしまうような。

 そして下級神は赤だの青だの無個性というには強いが、周りが強すぎれば混ざって見えなくなってしまう色でしかない。

 極彩色なんていう色の洪水の中で目立ちたければ、それこそ無彩色の黒か白、それもある程度の大きさがないといけないはず。

 なのに、今は目立ってしまっている。

 それが意味するところは。


「魔導神が弱まっている……?それとも風の神が強化されている?」

「どっちかって言えば後者だと思うぞ。魔導神とぶつかって、ほぼ全力を見て、俺でもわかった。あいつは強い」

「そうよね……でも、どうして?下級神が強くなるなんて、それこそ神話大全にも載ってなかった……」


 まだ確認されていないはずの叛逆者でさえ記述されていた本に載っていない情報。

 あれを書いた人物は知らないが、きっと未来を知ることのできる能力者だ。

 叛逆者の前例があるため少しは信頼していたが、その能力も完璧ではないのかもしれない。


「情報の有無なんて気にすることないんじゃないか?あれが神である以上、俺がやる仕事なんだから」

「……だから不安ってのもあるんだけどね?」

「……信頼されてない?」

「いや、いやっ、違うよ!?あんたは唯一無二なんだから、こんなところで失いたくないの。(いやまぁ、ずっと一緒にいてくれたらいいな、なんて……思ってたりも、するんだけど)」

「? まあ、そうか。有用だと思われてるなら、それでいい」


 顔を赤らめるリナを差し置いて、リベルは窓の外にその腕を翳す。

 大きく息を吸って、力を込める。


「……無理か」

「……な、何をしてるの?」

「いや、昨日はなんとなくできる気がして、手に力を込めたらなんか出たんだ。多分、あの広がる闇とかと同じ類のが」

「えっ!?すごいじゃん!それ操れたら遠隔で全部の神殺せるんじゃない?」


 リナは期待に目を輝かせているが、リベルの方はその期待に応えられないことでかなり暗い顔をしている。


「……今やってみたけど、何も感じないんだ。昨日もなんでできたのかわかってないし、俺にはまだ早そうだ」

「あ……そっか。でも、前例があるのは良いことよ。一回できたんだったら、次もきっとできるわ」

「……ああ。そうだな」


 慰める、というよりは怒ってないよ、という意味でリベルの頭を撫でる。

 しかしそれをわかっているのかいないのか、そもそも撫でられていると認識していないのか、リベルは全く反応しない。

 リナはぽんと手を乗せられるだけで行動を制限されるというのに。大きな違いだ。


「それで、いつ殴りに行こうと思ってるの?」

「明日の昼……いや今回は夜でも良いのかな。とにかくそれくらいだ」

「そう。じゃあ今日はちゃんと休んで、明日に備えましょ」

「ああ」


 リベルが窓を閉めて、それぞれの寝室に行こうかというところで、そいつはやってきた。


「残念ながらそのタイムリミットはあれが本調子になるタイミングですの」

「あっ!?人ん家に断りもなく入ってくんな!」

「そんな悠長なことを言ってられないから、わざわざ転移しているのですわ」


 本当に余裕がないのか、普段なら小言の一つくらい言って来そうな場面でも、魔導神は正論で殴ってくるだけだった。

 実はそっちの方が痛かったりもする。


「……で?どういう状況?なんとなくわかるけどさ」


 魔導神に渡されたレポートの中に、一緒くたにされていた重要な情報。

 数百年単位で再封印をすれば良かっただけのものが、ここ最近は数日に一度しなければならなくなっていると言うこと。

 魔導神でも抑えきれず、近いうちにリベルに討伐してもらう必要があるということ。

 それを踏まえて、リナは魔導神に問いかける。

 今、どれくらい不味いんだ?


「封印が破られるのは今より一時間後、丁度日付変更のタイミングですわね」

「それってなんか意味あんの?」

「知りませんわよ。大体、時間によって強くなる神なんてごく限られているはずじゃないですの」

「まあ、確かに」


 光と闇の神、それから太陽神だの闇黒神だの、とりあえず光に関係がある奴らは時間帯で強さが変わる。

 しかし、それ以外の神が時間や明度によって変化するなんて聞いたことがない。


「流石に何百年もわたくしが封印していましたの。相当弱っているはずですが、相手は風の神。外界に出した時一番厄介な相手ですわよ」

「空気を取り込んで回復する性質、か」


 水の神の時にも見ているが、下級神はとにかく自分が司る属性に固執する。

 そして固執する理由は、その中であれば回復力と攻撃力が数段跳ね上がるから。

 風の神は空気ではなく風なのだろうが、そんなの人が動いただけでも発生してしまう。

 高度を上げればより強い風がいくらでも吹いているのだから、実質空気のあるところで戦えば常に強化状態と何ら変わらない。


「それがあるために閉鎖された工場を密閉状態にして飼い殺していたのに、ここに来て復活の兆しですわ。もううんざりしてしまいますの……」


 神は自分の領域を荒らされることを嫌う。

 少し暴れるだけでも、魔導神の逆鱗に触れるだろう。


「あんたの本気……は出せないか」

「ええ。何万人も死にますわよ。わたくしはあまり気にしませんが、あなた方は違うでしょう?」

「そうね。多分、私以上のが出てくるわよ。そうなりゃリベルも無理矢理連行されるだろうし、あんたは死ぬわ」

「確定されてしまうのが嫌なところですわ……」


 魔導神はずっと頭が痛そうにこめかみを揉みほぐしている。

 今は人間の理性が勝っているが、神の性質が顔を覗かせれば、きっとすぐにでも焦土が生まれるだろう。

 それを、人間の部分が嫌っている。

 神としては荒らされるのを嫌うのに、そうやって自分が暴れることも許容できない。

 面倒な神だが、リナからすれば嫌いではない。


「ま、どうせやるつもりだったんだし、貸し一ってことでいい?」

「どうせやるつもりならタダで引き受けてくださいまし……」

「いいの?タダより怖いものはないわよ?」

「……貸し一つでいいですわ」


 一体何を恐れているのやら。

 まあそれを狙ったリナが言えたことではないが、とりあえずもう一つくらいは願いを聞いてくれそうだ。

 さ〜て何をやらせよっかな〜、なんて内心わくわくしつつ、冷静な顔で続ける。


「じゃあ、もう行った方がいいのね?足はあんたの方で確保してくれる?飛竜呼んでる時間もないし」

「魔導の神がなんの考えもなしに来ると思ったら大間違いですの」


 パチンと指を鳴らせば空中に映像が投影される。


「地下にわたくしの力で無風の空間を用意してありますわ。ここなら弱体化状態で戦えるはず……きゃっ!?」


 魔導神がなんか女の子みたいな声をあげた。

 いや、元から女か、なんて状況に不釣り合いなことをリナは考える。

 きっと原因は、外から聞こえた爆発音と、立ち上る黒煙に関係しているのだろう。


「……風の神が脱走しましたわ」

「あんたさあ」

「ち、違いますわ!わたくしの計算に狂いはないですの!これは、外部からの攻撃です‼︎」

「は、外部?人間の仕業ってこと?」

「……いえ、これは……悪魔ですわね」


 悪魔。人間の悪意から生まれ出た、神よりも最悪の存在。

 確かにこの大陸にもいた気がするが、魔導神を恐れて出てこないはずなのだが。


「あなた方が狩っている、いつものやつですわよ」

「……変異種ねぇ」


 魔物には突然変異というものが存在する。

 魔力を多く取り込んだとか、進化だとか言われているが、詳しい理由はまだわかっていない。

 ただそれが悪魔に起きると、本当に神くらいしか止めようのない化け物が生まれてしまう。


「こちらはわたくしが対応しますの。お二人は、風の神の足止め、及び撃滅をお願いいたしますわ」


 悪魔なんかにリベルをぶつけたら、それこそ一瞬で消し炭だ。

 弱点を喋ってしまったのは痛いが、考慮してくれる材料になったのは大きい。


「リベル、いきなりだけど大丈夫そう?」

「ああ。風の神を倒せば、俺は強くなれるんだろ?」

「ま、予想通りならね」


 ならやる、とリベルが珍しくやる気に満ちた表情をしている。


「ではお願いしますわ。放っておくと、刻一刻と事態が悪化しそうですの」

「ん。てか足は?」


 言っている間に、二人は夜の空に放り出されていた。

「転移させますが、多少座標がズレるかもしれませんの」なんて声を遅れて知覚させられる。


「……うっざ。貸し一つ使ってぶん殴ってやろうかしら」


 そんなことを考えるくらいには、座標の位置はズレていた。

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