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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
一章 魔導国編
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9話 撃ち合い、言い合い

 ゆっくりと雲が流れ、時折柔らかな日差しを遮っていく。

 爽やかな空気が頬を撫で、草木を優しく揺らしていく。

 一本だけ生えた大樹の葉が木漏れ日を届ける中で、三人は地面にレジャーシートを敷いてサンドイッチを食べていた。

 ……独立した巨大な人型兵器と、魔導神によく似たひたすら魔法を撃ち続ける幻影が衝突する横で。


「んで、私はリベルを拾ったわけ。どっから出てきたのか今でも疑問だけど、まあ短時間でこれだけ話せるくらいには信頼してんのよ」

「それむしろ拾われていません?だって戦場から持ち帰ったのはリベルさんですわよね?」

「……うるさいな。リベルが従ってくれてんだからそれでいいのよ」


 ドドンッ!ゴンッ!なんて音が響いているが、二人の少女は全く気にしない。

 会話から空気感まで何もかも穏やかなのに、周囲の光景だけが間違っていた。

 リベルは呆然と二人(が用意した自動戦闘要員)の戦いを眺めているが、もう何をやっているのかわからない。

 基本的にリナ(の巨大戦闘兵器)の方が押されている気がするのだが、何より耐久力が高い。

 どれだけ魔法で殴られようと起き上がり、その背中や腕から大量のミサイルを発射する。

 胸の中央には何やら不穏な孔があり、タイミングが合えば極太のレーザーを放っている。

 しかし魔導神(が生み出した自分の幻影)はどんな手段を使っているのか、どんな攻撃も体に触れる直前に消滅させてしまう。

 リナの攻撃は届かず、一方的に魔導神が攻め立てる。

 だから、押されているように見える。


「つか、ほんと神域って便利よね。こんな景色を簡単に生み出せるなんて」

「ここはそのために調整した空間ですの。普通の神域ではできませんわよ」

「はー、やっぱ上級神の中でも上位ってのは伊達じゃないわけね」


 全体として流れの変わらない戦いよりも、本物の少女たちの方に集中しよう。

 というより、神域についてはリベルも気になる。


「神域って、具体的に何ができるんだ?」

「あ、リベルやっと起きたの」

「……寝てたわけじゃないけどな」


 寝ていたとしたら、座った姿勢をキープして寝ている人になってしまう。

 ある意味すごいだろうが、そんなところで個性を発揮したくはない。


「神域はそのまま神の領域ですの。その中であれば神はまさしく最強。相手の動きを完全に把握するなど当然で、神域にいれば蘇生、即時回復、権能強化、自動迎撃などあらゆることができますの。もちろん戦闘面だけでなく、生活においても役に立つ要素はいくらでもありますわ」


 それでは神域で戦う限り、リベルに勝ち目はないように思える。

 蘇生なんてされてしまうのであれば、どれだけ殺しても意味がない。


「叛逆者は別でしょう。何より神域は主がいてこその領域。主格たる神を殺してしまえば、神域は勝手に崩壊しますわよ」

「じゃあここであんたをリベルが殺したら、この空間も壊れるわけ?」

「……ええ。ただここは魔導の神が一から組み上げている空間ですの。今わたくしが死ねば、お二人は永遠に虚無の空間を漂うことになりますわよ」


 ゾッとするような話だった。

 だがリベルにも覚えはある。

 初めてここへ案内された時、扉を開けた先には真っ暗闇が広がっていた。

 それが魔導神の意思一つで様々な情景を描いていたが、その魔導神がいなくなれば。

 あの暗闇だけが広がり、出口の扉が閉まってしまえば二度と出ることはできないだろう。


「ま、今はやんないわよ」

「……わたくしは恒久の和平を望んでいるのですが」

「そうとも言ってらんないんじゃないの?あんたの予想が正しければさ」

「……そう、ですわね。その時は、託しますの」


 リベルにはわからない話で、二人がしんみりしている。

 しかしそれをぶち壊すのは、強烈な爆発音だった。


「あーーーっ!?片腕持ってかれた!?私の計算ではあと一週間は保ったのに‼︎」

「ふふ、攻撃を一点に集中させればこれくらい造作もないですわ。それもより効率的に壊れるように仕向ければ」

「くっそ、あれ修復するのにどんだけ時間かかると思ってんのよ!」


 しかし持っていかれたのは片腕。

 自律兵器はもう片方の腕を振り回し、巨体に似合わぬ速度で殴りかかっていた。


「リベル、ちょっと我慢してくれる?」

「え?」

「……あなた?」

「えいっ☆」


 リナ本人の背中から伸びたワイヤーが、リベルを掴んでフルスイング。

 コンピュータだという頭脳による計算の下、魔導神を防護していたバリアにリベルの体が掠った。

 それだけでガラスが割れるような破砕音が響いて、魔導神の幻影が無防備になる。

 そしてそこへ、自律兵器の拳が炸裂。しかもダメ押しに表面が爆発しているようだった。


「そ、それはズルじゃありませんの!?しかもバリアを張り直す時間もないように計算しているなんて‼︎」

「魔法対機械の戦いに権能を持ち出すのが悪いのよ。そんなの、絶対勝てるに決まってるじゃない」

「〜〜〜〜〜っ‼︎」


 魔導神が言い返せなくて憤っているが、そんなことより助けてほしい。

 リベルは今も、重力に従って落下しているのだから。


「「大丈夫」ですの」


 二人の声が重なって、まずリベルの体が空中で静止する。

 落下速度まで計算していたリナのワイヤーがズレた位置にいたが、すぐにリベルの体を巻き取ると二人の元まで回収される。


「ごめんね。でもあれを破壊するにはあんたの力が必要だったのよ」

「……そういうことなら、いいよ」

「甘いですわ!甘すぎですわ!そんな簡単に使われて怒りませんの!?」


 魔導神がリベルの対応にも怒っているが、リベルは元からリナのためにいる。

 役に立てるなら、投げられるくらいは容認する。


「……そんなのはもう奴隷ですの」

「無理やり従えてるならこっちが悪いけどね、生憎リベルは自分の意思なのよ」

「……くっ、負けを認めますわ」


 既にあのパンチで魔導神の幻影は消えている。

 後はリベルという部外者を巻き込んだリナと、権能なんてリベル以外に破壊できない力を持ち出した魔導神、どちらが悪いのかという戦いだった。

 その勝負に勝ったことで、リナの自律兵器が残った片腕を掲げて喜びを表していた。


「よーし初勝利。トントン相撲で勝ったくらいの喜びしかないけど、それでも勝ちは勝ちよね」

「まあわたくしたちが本気で戦うとまた過去の二の舞になりますので、それでいいですわよ」

「じゃーんけーんぽん」

「!?」


 慌てて魔導神が出したのはグーだった。

 そして仕掛けたリナはパーを出している。


「よっし。これで五分」

「ひ、卑怯ですわ!」

「えー?神様なんですよねぇ〜?だったらあれくらいの速度対応できて当たり前なんじゃないですかぁ〜?」

「……三本先取でどうでしょう。ラストの一試合ですわ」

「あ、ちょ、待って待って?なんで杖出してんの?しかもそれ私見たことないんだけど!?」


 幽鬼のように立ち上がる魔導神の後ろからは、何やらバチバチと不穏な音がしている。

 一足早く逃げ出していたリナは、己の直感に従って一歩大きく前に跳ぶ。

 その直後、リナのいた場所にザグン!と言う不気味な音だけが発生した。


「チッ……外しましたわ」

「マジで殺す気か!?てか何だあれ!空間抉ってるなんてレベルじゃないんだけど!?」


 言ってる間にさらに追撃が飛ぶ。

 辺りを転げ回りながら逃げていたリナは、最終的にリベルの背中に隠れた。


「助けて、いやホント、マジで無理」

「……ここか」


 背中に張り付くリナを庇うように、リベルはリナの頭上に手を伸ばす。

 その瞬間、力と力がぶつかり合い、強烈な不協和音を撒き散らす。


「耳痛ったぁ……てか消せるってそれもう魔法じゃねーじゃん!?」

「魔法を超えた魔導とは、それだけで神の域にありますの。因みに今のわたくしは八十パーセントほどだと思っておいてくださいまし」

「ほぼ全力じゃん!?」


 一応そのほぼ全力の魔導でさえ叛逆者は掻き消しているが、本人に勝てるとは到底思えない。

 それでも、攻撃をされたからには確認しないわけにはいかない。


「リナ?」

「ん?」

「やるのか?」


 それは、神との激突を意味する言葉。

 魔導神が攻撃を始めた時よりも空気が張り詰めている。

 問いかけられたリナよりも魔導神の方が緊張した面持ちをしているが、リナだってそすぐには答えを出せないくらいの問いなのだ。

 ぐるぐると色々考えた末、リナははーっと息を吐き出す。


「……いいえ。結局勝ち目はないわ。ここで死んでもいいなら、試す価値はあるだろうけどね」

「……それは嫌だな」


 リナがリベルの背中から離れると、魔導神もほっと息を吐いて杖をしまう。

 小石を投げただけで爆発しそうだった空気感は、もうどこにもなかった。


「ふぅ、久しぶりに杖を出しましたの」

「つかあれくらいでキレてんじゃないわよ。神様ならもっと寛容であるべきでしょうに」

「……叛逆者さえいなければ、こんな人形消し炭ですのに」

「……」


 割と心の底からの本音に、リナは冷や汗を垂らしている。


「リナは、結局どっちなんだよ」

「え、何が?」

「煽りたいのか、怖いのか」

「……基本的に神は嫌い。だから、煽ってる。けど怒られるからやめる」

「言い方が完全に子供ですわね」

「うっさい」


 喧嘩するほど仲が良いを当てはめて良いのかは微妙なところだが、すぐにこうして言い合えるなら、きっと仲良しではあるだろう。

 リベルはぽんとリナの頭に手を置く。


「俺としては仲良くしてくれた方がいいよ」

「う……だから、言ったじゃない。基本的に、って。そもそも、魔導神は他の神とはちょっと違うし」

「そうなのか?」

「ええまあ。元が人間ですので」

「だから、恨むべきじゃないとは思ってる。けど、結局人間だし、神だし、強いし、嫌い」

「……どこまでもわがままですわね」


 リナはわからないことが多い。

 人の上に立って王国でも築きたいのかと思うが、力をひけらかそうとはしない。

 神を嫌いだとは言うが、普通に会って話している。


「リナは、何がしたいんだ?」

「ん……?んふふ、聞かない方がいいと思う」


 いっそ妖艶にすら見える笑みを浮かべている癖に、その裏に何か言い知れぬ恐ろしいものが眠っている。

 これを開けてはダメだと、覗いたら最後だと、リベルの直感が告げていた。


「……なら、聞かない」

「それが身のためよ」


 どさりとリナがレジャーシートの上に寝転がる。

 立った状態から倒れた気がしたのだが、それを怖がり痛がるような体はしてないらしい。


「はぁー走り回って疲れた。これからどうすんの?」

「リベルさんの特訓ですわね。まだ余裕があればですけれど」


 魔導神もリナの隣に座る。木の幹を背もたれにしていて、本でも持っていれば大人しい子供という印象を与えることだろう。


「できなくはない」

「ならやりましょうか」


 もう指を鳴らさずとも的が出てくる。

 首だけ曲げて周りを確認したリナも、そこまで驚いていない。


「今、何枚同時に貫けますの?」

「……やってみる」


 不規則に動き回り、たまに視界を遮るように目の前を横切る的の群れを、リベルは全体を見るようにして把握する。

 リナなら予測などで撃ち抜けてしまうのだろうが、リベルには不規則な的の行動予測なんてできないので、その一瞬、今の位置に対して魔法を発動させる。


「アクアトーン」


 パキン!と澄んだ音を響かせて、水でできた棘が的の中央を貫いた。

 その数およそ、四十と少し。


「五分の一ですわね。まだ二日目にしては上出来すぎますの」

「これ以上はできる気がしないが」

「最初はそんなものですわ。あなたはどちらかと言えば実戦を通して学習するようですので、ひたすら経験を積むのがいいと思いますの」


 とはいえ、模擬戦を頼める人なんてリナか魔導神しかいない。

 リナとは戦いたくないのだから、これ以上は望めない。


「ギルドはどうですの?」

「ギルド?」

「人間の魔物狩り専門の人たちのことよー。でも、リベルを人間とは戦わせたくないのよねー」

「あら、どうしてですの?」

「……やべ」


 それはリベルの弱点にも繋がるところ。

 もしかすると基礎の基礎の魔法でも大怪我しかねないなんて、人心掌握もできそうな魔導神には口が裂けても言えない。

 だと言うのに、


「俺は、神以外には弱いんだそうだ」


 リベルが簡単に言ってしまった。


「……あんた、それ自分の弱点だってわかってる?」

「? でも、リナがいれば大丈夫なんだろ?」

「いやそうだけどさぁ……」


 リナは困ったような顔をしているが、リベルは何がいけなかったのか今でもわかっていない。


「ふふ、ふふふっ、それでこそリベルさんですわね。もう保護者なのか子供なのか分かりませんが、とりあえずお人形さんも安心してくださいまし。そんな卑劣な手を使って命を狙うなどしませんわ」

「……同伴者だし」

「ふむ?まあお人形さんでいいですの」

「……!」

「そうかっかしないでくださいまし」


 横になっていることもあって、額を片手で押さえられるだけで、リナは腕をバタバタと振るだけの悲しい生き物に成り果てる。


「これでもわたくし、自分の力には誇りと自信を持っておりますの。たとえ魔導が封じられようと、絶対に自力で突破口を探しますわよ」

「あんた、そんな殊勝なやつだったっけ」


 リナのかなり失礼な疑問にも、魔導神はあまり怒った様子を見せない。

 どころか、なぜかうっとりとした表情をしている。

 そしてそれを前に見たのは、


「だってそっちの方が面白いに決まっているじゃありませんの……!まだ見ぬ力!超えられぬ壁!あぁ、こんなにも素晴らしい題材があるのに、誰が棒に振ると言うのでしょう……‼︎」


 好奇心に魅せられた時だ。

 今にもリベルを解体しそうな勢いに、リナが思わずリベルの前に立つ。先ほどまで寝転がっていたというのに素早いことだ。


「ああ、もちろん和平を誓っていただいたのですから、わたくしがそれを破ることはありませんわ。もしも、リベルさんが敵に回ってしまったらという話ですの」

「……リベル、わかった?これが神の本性。神は、何かしら己の心を焦がすほどの強い願望を持ってる。こいつのは好奇心ね」

「うふふふ、魔法を極め、未知への興味だけで神に至ってしまった人間。その過程にはもう興味はありませんが、神になって見えた世界はとても興味深いものでしたわ……!」


 リナがドン引きしている。

 その視線を受けて、魔導神は咳払いをして普段の冷静さを取り戻す。

 いや、こっちの方が作り物の顔なのかもしれないが。


「まあ、人間性も持っているわたくしは己の感情くらい抑え込めますの。あまり怖がらないでいただけると嬉しいですわ」

「怖かないけど、気持ち悪い」

「そっちの方が傷つきますわよ!」

「だから言ってんのよ」

「あなたとはやはり相容れませんわね。なぜそんな思考に至るのか、興味すら湧きませんわ」


 この言い合いが、最早お互いが正常であることの確認のようになっている。

 神の本性だとか好奇心だとかはわからないが、リナがまともに食ってかかる時点でリベルが気にする必要はないだろう。

 何せ、リナはどちらかといえば好戦的な気質なのだ。そのリナが話をしているのだから、戦う意味はない。


「はぁ……そろそろ練習に戻りますわよ。お人形さんも、見るだけならこっちに戻ってきてくださいまし」

「あーい」


 何事もなかったようにレジャーシートの上に戻るリナ。

 リベルが貫いた的も修復されて、練習が再開される。

 やっぱり気になることはたくさんあるが、リベルは考えるだけ時間の無駄だと割り切っておく。

 知ってしまったら、きっともう元には戻れないだろうから。

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