15話 囚われの
時間はかなり遡る。
それはパーズたち一行が地層の割れ目に突入した後のことである。
突然景色が変わり、流石のA級ハンターでも冷静さを欠いていたとき、それはやってきた。
「っ、木の、根っこ!?」
最初に気がついたのはルパシアだった。
ルパシアが一番近かったと言うのもある。
その声で仲間がすぐに気づき、パーズが一気に前へ出るが、その本質が神である木の根の速度を超えることはできない。
「きゃあっ!?」
鋭く尖った先端で貫かれたのではない。
触腕のように自由に蠢く木の根が、ルパシアを絡め取っていたのである。
「ルパシア!」
パーズが悲壮感に満ちた顔で叫んでいたが、もうその声もよく聞こえていなかった。
目当ての物を手に入れた生命神はすぐに木の根を引き戻す。
一番見目麗しく魔力の保有量も高い女性を手に入れられたから。
それから、何がどうなったかはわからない。
気がつけば木の枝を編んだ鳥籠の中に入れられていて、その檻の外に緑色のあまりに長すぎる髪を持った女性が立っていたのだ。
「……あなた、誰」
「うふふふふ、いいわいいわねとっても素敵なお顔。ねえその顔がもっと苦痛に歪むところ、私に見せてくれなぁい?」
「……嫌に、決まっているでしょう」
ルパシアは魔法使いだ。
そのせいで捕まったとも言えるが、魔法使いの最大の利点は、見てわかる武器などなくても攻撃手段を保有すると言うことだ!
「寄り集まれ、白炎の守護者ッ!」
それは真っ白な火焔でできたゴーレム。
あらゆる感覚を持たず、地面をガラス化させながら歩く兵隊は、王政が敷かれていた時代なんかであれば、たった一体で砦を陥落させられるほどの力を持った魔法存在。
だが。
「邪魔者はいらないの」
ざざざざざ、と不気味な音を立てて生えてきた蔦がゴーレムを絡め取ると、そのまま締め上げて動きを封じてしまう。
相性を考えれば燃え尽きなくてはおかしいはずの蔦は、白く燃える炎を意にも介さずそこに存在していた。
そしてさらに力を加えられると、炎という実体を持たないはずの存在が、土くれのように砕け散る。
「そ、んな……」
「あら良いお顔♪やっぱり魔力を奪わなくて正解だったわ〜。何せこんなに絶望に染まった顔が見られたんだもの〜!」
同じ人間のように見えて、中身は悪魔なんだと、ルパシアは思った。
だがその本性はもっと極悪な神だなんてことは、そもそも神の存在を知らないルパシアでは永遠にわかるわけもない。
それから、ルパシアは抵抗する気力も失せ、虚な目でひたすら”そのとき”を待ち続けた。
その間も生命神は飽きずにペラペラペラペラと喋り続けていたが、ルパシアはひたすら無視した。
こんな状況では空腹や眠気などは一切感じず、気づけば夜が明けていた。
そして。
「ルパシア!」
生命神なんかではない、もっと聞き馴染みがあって、聞くだけで沈んだ気持ちも明るくなるような、憧れの先輩の声が聞こえた。
その一声で瞳は生気を取り戻し、緊張の糸が解けて目の端に涙が浮かぶ。
「パーズ先輩!」
だがしかし、鳥籠の中に顔を覗かせたのは憧れた人ではなかった。
黒髪に黒目の少女だが、どこか違和感のある……一体誰だろう?
「あ、ごめんね。その人は向こうにいるから」
ぶちり、と。
白炎のゴーレムが通用しなかった時点で破ることを諦めていた鳥籠が、素手で軽く引き千切られて行く。
それでも人が一人通れるほどの穴が開くには、もう少し時間がかかりそうだった。
だが少女は「あ?うざったいわね……」とか呟くと剣を取り出して、堅牢な枝の牢獄を一息に破壊してしまった。
「あ、あなたは……?」
「ん?」
少女は何かを答えようとしたようだが、ふと後ろを振り返るとそのまま道を開ける。
そして、やってきたのは。
「ルパシア!無事だったか!?」
「あ、パーズ先輩!はいっ!私は無事です!」
ほら!と腕を広げて見せると、そのままパーズが腕の中に飛び込んできた。
「!?」
「よかった……!本当によかった……!」
「先輩……」
たった一日離れていただけなのに、こんなにもパーズを懐かしく感じる。
その大きな腕に包まれるだけで、安心感やら今までの恐怖やら、色々な感情が吹き出してきて、我慢していたものがぽろぽろと溢れ出してしまう。
「ルパシア……もう大丈夫だからな」
「せんぱぁい……!怖かった……怖かったですよぉ……!」
「そうだよな。遅くなってごめんな」
とんとんと背中を優しく叩かれて、ルパシアはひたすら泣きじゃくった。
それはもう、ハンターになってからずっと堪えてきた全てを吐き出す勢いで。
「リナさん、ありがとうございます」
ん?とリナはなるべく見ないようにしていた方へと目を向ける。
ルパシアは相変わらず泣き続けているが、パーズはもう大丈夫だと判断したのだろう。少し早めの感謝を述べてきた。
「まあ……無事で何よりね。とりあえず、喜びを分かち合うのはもう少し後にしてくれるかしら?」
「あ……すみません。ほらルパシア、立てるか?」
「うぁい……ありがとうございます……」
あれでも一応誰が何をしたかはわかっているのだろう。
リナの方へと頭を下げてきた。
その後から、ペルドとアリートも同じく頭を下げてくる。
「ひとまず、あなたたちを安全な場所へ連れて行くわ。まだ捕まってる仲間がいるとか、大切な物を奪われたとかはないわよね?」
「はい。ルパシアの命以上に、大切な物はありません!」
「「「……」」」
「ま、まあ、なら良いわ。道は開けるから、ついてきて」
リナはなるべく戦場に目が行かないように、自分がより目立つように歩いていく。
『そっちはどう?』
『問題ない。前以上に荒れ狂ってるけど、今の俺なら抑えられる』
『私もバックアップしてますしねー』
『……そういやお前、普通に頭の中に話しかけてくるよな』
『まあ、利用しやすいゲートがあって、本人の意思で開け閉めできないなら、これ以上に使い勝手の良いものはないですよね』
『『……』』
リベルにも管理権限をあげておくべきか。
まあそれは追々考えるとして。
「この辺でいいかしら」
「はい。……リナさんは?」
「戻るわよ。良ければギルドや付近のハンターに伝えておいて。今からこの森は第一級戦闘区域とするわ」
「……そんなに危険なんですか」
「ええ。だからさっさと帰りなさい」
第一級戦闘区域。人の手には負えないレベルの厄災が発生した場合にのみ発令される警報で、これを発令する権限を持っているのは行政、ギルド長、そしてS級ハンターだけである。
発令された区域は立ち入り禁止はもちろんとして、踏み入った者はあらゆる弁済や保険から外される。
立ち入れる人間は、発令者に認められた者だけ。それほどの、危険区域。
「どうせ信じられないだろうから、これを渡しておくわ」
「これは……?」
「名刺みたいなもんよ。ギルドに渡せば勝手に処理されるわ」
リナが投げ渡したのは一枚の紙切れ。
しかしそこにはギルドの特殊端末でのみ読み取れる文字が刻印されている。
内容としては、事後承諾で第一級戦闘区域発令の許可を取るものだ。
どこまで上へ回されるかは知らないが、大陸を跨いだ時点で魔導神の耳には入る。そうなれば、確実に受理されるはずだ。
「わ、わかりました。それではリナさんもご無事で!」
「ええ。またどこかで会いましょう」
事の重大さを理解して駆け足で戻っていくパーズたちを見送ってから、リナはもう一度森の中へと戻っていく。
今もリベルが戦っている、戦場へと。




