12話 それを是とするか否とするか
「へっ?」
「ん?」
目が合った。それはもうバッチリと。
露天風呂にゆったりと浸かり、どこか黄昏れ気味だったリベルと、空間神の呪いをルイナの作為でいじられて、こうなるように仕向けられたリナが。
硬直は一瞬。リナの頭は、人間の部分がパニックになれば自動制御へ移行するようになっている。
まず、一番の問題は思いっきり裸で突っ立っていること。そして外気に触れていれば流石に人間の感性は寒さを感じること。
よって勢いよく湯船の中に全身を浸して、そのまんまちょっと冷静になった頭でぶくぶくと沈んでいく。
入浴剤でもあったのかお湯に少し濁りがあったのは不幸中の幸いだろう。
「……リナ?」
『見ないで見ないで見ないで見ないで……!』
「……」
何やらすごく強い思念が飛んできて、リベルはさっきまでのようにここからの夜景へと視線を移す。
リナはその高性能な探知機能をフルで活用して、リベルがこっちを見てないことを確認してから、ゆっくり、顔だけをお湯の中から出す。
「……見た?」
「なんか急に出てきたリナは」
「……私の体」
「……それ、どう答えても穏便には済まない気がするんだよな」
「いいから答えて」
「……ちょっとだけな」
ゴス、とお湯の中でリベルの横腹を蹴っておいた。
なんか痛そうに押さえているが、リベルが相当痛みに強く、怪我もしないことはもうわかっている。
「なんでだよちゃんと答えたのに……」
「見た時点でダメに決まってんでしょ。そこは嘘でも見てないって言うもんなの」
「じゃあ見てないか、ごっ!?」
「嘘つかないでよさっき見たって言った癖に」
「横暴だ……」
横暴なくらいがちょうどいい。こういう場合、強いのは女性側なのだ。
そしてこの八つ当たりには、恥ずかしさを誤魔化す意味合いも含まれている。
これでリベルに平然とされていたら、いよいよリナは全力でぼっこぼこに叩かなければいけなくなる。
「……どう思った?」
「え?」
「……見たんでしょ」
「……どう、か。今思い出すからちょっと待ってな」
「ばかばかばかばか忘れろ忘れろ忘れろ〜っ!!」
「痛い痛いっ、ちょ、本気で殴ってね?ってか見えてるし」
「っ!?」
そりゃあ腕を振り上げたら無防備だろう。
さっと隠して、リナはもう一度お湯の中に身を浸す。
だが頬を赤らめて涙目で睨む姿が、逆に嗜虐心を刺激するようなものだと言うことには気づいていない。
「なんだよ。殴ってきたのはそっちだぞ」
「〜〜っ、そうだけど、そうだけどっ!」
「……じゃあ悪かったよ。謝るから」
「じゃあって何よっ!」
「……ごめんって」
リナは大体撫でればいいと思っているのか、リベルの手が伸びてくる。
だが今は本当に羞恥心で死にかけているリナ。これ以上触れられるわけにはいかない。
湯船の隅の限界まで逃げてから、歯を剥き出しにして威嚇してみる。
「……俺はどうすればいいんだよ」
「今見たこと全部忘れて、あっち向いて目を閉じること!」
「……どうやって見た記憶って忘れるんだ?」
「頭叩いて意識吹っ飛ばす?」
「……それ死なないか?」
ルイナに頼めばそんなこともできてしまいそうだが、あれに任せるとむしろ鮮明に残るようにされそうなので絶対に頼めない。
あとは魔導神辺りも出来そうだが、今から戻るのは時間がかかってしまう。
「はぁ……もう、いいわよ」
「なんか呆れられた?」
「諦めただけ。……リベル、あんた本当に男?」
「多分?」
「多分……?いえまあ、疑わしいんだけどさ」
本人でも疑っているなら、もう多分性別はないんだと思う。
そう思えば、どうにか心の平穏は保てる。
「……こっち見ないでね。いいって言うまで出ちゃダメだから」
「? わかった」
いつまでもここにいる理由もないのだし、リナはリベルがこっちを見ていないことをずっと確認しながら露天風呂を出ていく。
魔導神の家でもやったように、魔法で水滴を弾き飛ばし、瞬時に替えの服を着る。
脱衣所からちょっと顔を出してリベルに許可を出してから、リナは駆け足で部屋の中へ戻った。
「遅かったですね」
「むぐ、な、何よ。文句あるの?」
「いえまあ、欲を言えば二人で並んで露天風呂を楽しんでほしかったところではありますが」
「……無理に決まってんでしょ」
「ふふ、そうですねぇ。でもまたどこかのタイミングで強制しますよ」
「……絶対逃げてやる」
その時はもう制限も忌避感も無視して転移してやろうと思った。
そしてまともに大浴場から帰ってきた二人は、パジャマではなく浴衣を着ていた。
確かこの旅館のサービスの一つだったと思うが、今更着替えることもできない。何せリベルが戻ってきてしまったから。
「おや叛逆者さんも浴衣ですか」
「なんかあったからな」
「……私だけ浮いてる?」
「「気にしなくていいんじゃない」ですか?」
「……じゃあ、いいや」
気まずいのはそうなのだが、周りがあまり気にしていなさそうなのでリナも気にしないことにした。
そして、湯上がりでなんだか雰囲気が変わっているルイナに、リベルが禁句を言いやがった。
「お前、髪そのままだと魔導神みっ」
「いったぁっ!?」
「がっ!?」
まず、リナが物凄い勢いで吹き飛ばされた。多分風魔法か何かだろう。そして、突然のことで防御もできずにリベルと衝突。そのまま床に倒れ伏す。
「変なことは言わないように。さて、そろそろ私は寝ますかね。ではおやすみなさい」
そんなことを言うと、ミアル共々さっさと布団の中に入ってしまう。
リベルの上で仰向けになっていたリナは、それを眺めながらどうにか起き上がる。
「リベル、大丈夫……?」
「これくらいならな」
「ったく……あいつも妙なところで頑固なんだから」
「妙?」
『魔導神と比較するとキレんのよ。こっちに切り替えてみてるけど、あいつ心読めるし多分聞いてるわよ』
「……そうなのか」
それでも配慮は感じ取ってるのか動くことはない。
そしてあれが寝たまま動かないと、なんだか不気味さを感じてしまって、こっちも早く寝た方がいいと直感的に思う。
「私たちも寝よっか」
「そうだな」
で、布団の場所へ行ってみれば。
「……川の字?しかも横並び?」
枕の位置を揃えて、全員で一列に並んで寝るような敷き方をされていた。
そして窓際にミアル、その隣にルイナが寝ている。あと残されているのは、ルイナの隣と、出入り口側の端。
ルイナを警戒するなら端なのだが……。
「リベル、端行ってくれる?」
「わかった」
「布団の端っこはね……なんだか寂しいのよね……」
人がいないことで寒さも感じるし、ふとそちらを見た時に人がいない寂しさを感じる。
二人で布団に入って、ちら、ちら、と両隣の人を確認してから、リナは目を閉じる。
(それにしても、今日はいろんなことがあったなぁ……いや最近はずっとそうか。リベルが来てから、暇な日なんて一日もないし……)
寝返りを打って、リベルの方を見てみる。
もう寝てしまったのか、安定した呼吸音だけが聞こえた。
(裸……見られちゃったのか……)
これでもう人間として、少女として守り通したかった防壁は全て突破されたことになる。
まあ寝顔もサイボーグの秘密も裸も全て不可抗力だった気はするが、それでも見られたものはどうしようもない。
あと一つ隠しておきたい秘密はあるが、それも生命神を殺せたら話すと言ってしまっているし、いよいよリベルから逃げられなくなってきた。
「だから、自分の幸せを考えてみればいいんですよ……」
「ひゃんっ!?」
「ふふふ、そんなに大声出したら、みんな起きちゃいますよ……?」
「ちょ、ばか、どこ触って……!」
「いいじゃないですか女の子同士なんですから」
布団の中で、ルイナに後ろから抱きしめられた。
そのまま服の下までまさぐってくるので、もうどうしようもなく、リナはワイヤーを全て展開した。
「ふぎゅぅ……腕落とさないでくださいよ……」
「はっ……はぁっ……いやマジで、身の危険を感じたわ……」
「別にこれで終わりとは言ってませんけどね?」
「!?」
本当に危険を感じて、咄嗟にリナはリベルの後ろへ。
リベルがなんだ……?とうっすら目を開けているので、ちょっとここは頼らせてもらおう。
「リベル、助けて……!盾になって……っ!」
「……まあいいけど」
何から逃げてるんだ、とリベルが顔を横に向ければ、ニッコニコのルイナがこっちを見ながらリナの布団で寝ていた。
一瞬で何かを察したリベルは、そちらに背を向けてリナを抱きしめる。
「大丈夫だからな」
「……うん」
いつものように抱きしめられて、ルイナからの危機感も薄れて、心が落ち着いてきて、やっと気づいた。
これってリベルと添い寝することになるのでは!?
『謀ったなルイナああああああああ!』
『うわちょ、頭の中で大声で叫ばないでくださいよ』
『全部、全部お前が仕組んだのか!?』
『ええまあ、そうですね』
『やっぱお前は人の皮を被った悪魔だッ!人間なんて言い張ってんじゃねえよ!』
『……酷いですねぇ。これでも一応、自分からは一歩を踏み出せない少女の背中を押したつもりなんですけど』
『…………わかる?歩き出さない理由ってね、覚悟ができてないからなのよ』
『そうでしょうね。だから、私は急かすわけですよ』
『なんでよ』
『そっちの方が面白いからです』
『……やっぱ悪魔よ。あんたなんか、人として扱ってあげない』
『最初からでは……?』
まあかもしれない。そしてさっきから頭の中で騒いでいるせいで、声は出ていないが体が暴れていた。
そのせいで、リベルが落ち着くようにと頭を撫でてくる。
「も、もう大丈夫よ」
「そうか?」
「ほんとほんと」
「じゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
とは言うものの。
「……寂しい」
「えぇ……」
「私が寝るまで、撫でてくれる……?」
「別に、それくらいなら」
そっと、本当に優しく頭を撫でられる。
その心地良さに身を委ねれば、なんだか今日は、よく眠れる気がした。
「おやすみ……」
「ああ。おやすみ」
こんな幸せが毎日続くなら、確かにずっと生きていたいと思う。
それに気づかせてくれたルイナには、感謝をするべきなのだろうか?
『存分に感謝するといいですよっ!』
……やっぱりあれはただの悪魔だ。
そう結論づけて、リナは意識自体もシャットアウトした。
『ふふ、おやすみなさい、リナ。願わくば、その希望が潰えませんように』
「全くなんのために空間神の呪いを放置したと思ってるんですかっ!もっと、もっとっがっついでくださ(殴」




