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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
六章 生命神編
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11話 優しい金色

 ちゃぷん、と水面に波紋が広がる。

 ゆっくりと足から入って、肩まで浸かれば日々の疲れが抜けていくようだった。


「はぅ〜……気持ちいですねぇ〜……」

「まあ同感だわ」


 ここは大浴場。その女湯である。

 部屋についている露天風呂も、もちろん入りたいとは思っている。

 しかし、だ。その場合部屋にはリベルがいるし、人の目がないとルイナは何をするかわからない。

 それにルイナからの「朝焼けの景色も美しいですよ」なんて言葉を聞いてしまったら、今はいっかとなってしまったのだ。


「ミアルぅ?泳いだらダメですからね〜?」

「わかってるよだから泳いでないじゃん」

「ふふ、偉いですねぇ」


 竜だから泳ぎたくなる、とかはない。ただ元の気質が大人ではないので、広い水場があると遊びたくなることはある。

 ミアルは少しうずうず動くことはあっても、明確な行動を起こすことはなかった。

 そしてそのミアルの一点を見て、リナは少しだけ笑う。


「仲間がいると心強いわよね」

「む、どこを見てるのかな?人からの評価とか全く気にしないけど、そういう言い方されるとぼくだってムカつくんだよ」

「じゃあそっちのご主人に文句言いなさいよ。あんな贅肉の塊つけて、腹立つったらありゃしないわ」


 リナが嫉妬を隠さずに伝えると、ルイナはむしろ強調するように胸の下で腕を組む。

 そしてふっと笑って一言。


「いやぁ、あんまり大きくても邪魔なだけなんですけどねぇ」

「だったら寄越せよその肉の塊ッ!」

「嫌ですよリナに威張れなくなるじゃないですか。あ、ちょ、本気で引っ張らないでくださいって!」


 わーわーぎゃーぎゃー、迷惑客に早変わりである。

 ミアルはぼくの仕事じゃないんだけどな、とため息を吐いてから、リナの肩を掴み、ルイナの頭に拳骨を落とす。


「いったーい、です」

「そんな痛くなさそうなこと言われても信じられないよね。あとリナも、あんまり熱くなりすぎないでよ」

「……はい。ごめんなさい。部屋でやります」

「まだやる気なんですか!?言っておきますけど取れませんからね!?」

「いや……こう、ワイヤーでスパッと」

「……それは取ると言うより切り取るなんですよ」

「でも他は細いんだから滑らかに行きそうじゃない?」

「まだ言いますか。じゃあやらせてあげてもいいですよ?人間の断面がそんなに見たいのなら」

「……嫌な言い方するわね」


 ちなみに、リナの頭には人間どころか全種族の断面が入っている。

 それはさておき。


「はぁーあ、でも、大きい方がいいわよねぇ」

「まだその話なんですか?一応言っておきますけどね、大きいと街中でいろんな視線を感じたり、うつ伏せで寝ると苦しかったりするんですよ?」

「え、そうなんだ。もっと潰れるもんだと思ってた」

「……あなたも嫌な言い方しますね。肉の塊なんて言っておいて、そこに体積がないとお思いで?」

「ふーん、なるほど」


 まあ、リナは最悪自分で意識をシャットアウトしてしまえば、好きな体勢を維持したまま寝ることができる。

 大きくて困ることはない。むしろメリットの方が大きい、とまだ考えている。


「あとちなみに、男性はCカップくらいが一番好きらしいですよ」

「え、何それ」

「詳しい理由は知りませんけど、どこかで聞きました。まあ、誰かさんに当てはまるかどうかは知りませんけどね?」

「……」


 結局、その誰かさんが気に入ってくれればそれでいい。

 大きい方がいいなんて思うのは、大抵の男はそっちの方が好みだから、という理由でしかない。


「本人に直接訊けばいいんじゃないですかね」

「はっ!?できるわけないでしょ!?」

「裏返ってますよ。どれだけ恥ずかしいんですか」


 焦るリナに対して、ルイナは気持ち良さそうに目を閉じて、肩どころか口元までお湯に浸ける。


「好きにすればいいと思いますけど、あなたの願いを考えるに、あまり時間もないと思うんですけどね」

「……それ今言ぅ?」

「今言わずにいつ言うんですか。直前ですか?瀬戸際ですか?そんなタイミング、あなたが一番嫌いそうなものですけど」

「……わかってるわよ」


 きゅ、とリナは自分の体を自分で抱く。

 それは羞恥によるものか、それとも恐怖によるものか。


「本当はさ、墓まで持ってくつもりだったのよ。ううん、今だってそう思ってる」

「……」

「でも、毎日顔を合わせる度に嬉しくなるし、そういう関係に、なれたらいいなって思うのよ」

「……じゃあ」

「だけど」

「……」

「私にそんな資格ないから。ただ一緒にいられる幸せだけ噛み締めて、死んでいければそれでいいのよ」


 ふー、とルイナは大きく息を吐き出す。

 あまりにも破滅的すぎて、一瞬なんて言えばいいのかわからなくなったのだ。


「あなた、それでも本当に元人間ですか?」

「な、何よ。今でも人間よ」

「だったらもう少し貪欲になればいいじゃないですか。神々は殺して、自分は乗っ取って、叛逆者は籠絡して、あなたが思い描く最良のハッピーエンドを、夢想していればいいんですよ」

「……だけど、私が悪者であることには変わらないわ」

「私を前にしてもですか?」

「ええっと……どういう意味?」

「はぁ、随分やつれてますね。普段から害悪害悪言っておいて、相談相手になったときはいい人ですかそうですか」

「……」


 棘のある言い方だが、リナはもっと気を楽にしていいはずなのだ。

 何せルイナは、リナなんて比べ物にならないほどの大罪を犯しているのだし。


「図太く生きましょうよ。お前が悪いだろって言われたら、力がなかった人が悪いって言い返すくらい」

「……それはちょっと……」

「まああなたの心性では無理でしょうけれど。それくらい肝が座ってないと、本当に呆気なく死んでしまいますよ。それこそ、何も守れないままに」

「……」


 それは嫌だと、素直に思った。

 昔だったらそれくらいでいいと思えただろうが、今はもう違う。

 今となっては、かつての親友と同じくらい、命を賭しても守りたい大切な人がいるのだ。


「なら、その心に従えばいいじゃないですか。好きだと言って、死にたくないと喚いて、一人の人間としての幸せを願えばいいじゃないですか」

「……許されるのかな」

「少なくとも私たちは許します」

「生きてていいのかな」

「それを拒めるほど人間は徳の高い生き物ではないと思いますが」

「じゃあ……ちょっとくらい、願ってもいいのかな」

「あなたは望まなさすぎだと思いますよ。いくらでも蘇る悪魔や神でも、もう少し俗物的な願いがあると思います」


 これだけ言っても、まだリナの心は完全に晴れていない。

 それでも口角が少し上がっているのだから、多少はマシになったのだろう。


「そろそろ上がりましょうか」

「……そうね」


 ルイナが立ち上がれば、リナとミアルもその後に続く。

 ちらっと周りの様子を見ながら、ルイナは心の中でカウントを進める。


「あんたにはあんま言いたくないけどさ」

「はい?」

「……今日は、ありがとね。部屋は最高だし、珍しくまともなこと言ってくれたし」

「……」

「ルイナ?」

「……ごめんなさい」


 次の瞬間、リナの体は全く別の場所へと飛ばされていった。

 空間神の影響で、最愛の人の下へと。


「ルイナさぁ」

「うぅ〜……ここまで優しくするつもりなかったのにぃ〜……!」


 こうなるならちゃんと言っておけばよかっただろうか。

 この時間、このタイミングに風呂に入るように仕向けた理由を。

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