11話 優しい金色
ちゃぷん、と水面に波紋が広がる。
ゆっくりと足から入って、肩まで浸かれば日々の疲れが抜けていくようだった。
「はぅ〜……気持ちいですねぇ〜……」
「まあ同感だわ」
ここは大浴場。その女湯である。
部屋についている露天風呂も、もちろん入りたいとは思っている。
しかし、だ。その場合部屋にはリベルがいるし、人の目がないとルイナは何をするかわからない。
それにルイナからの「朝焼けの景色も美しいですよ」なんて言葉を聞いてしまったら、今はいっかとなってしまったのだ。
「ミアルぅ?泳いだらダメですからね〜?」
「わかってるよだから泳いでないじゃん」
「ふふ、偉いですねぇ」
竜だから泳ぎたくなる、とかはない。ただ元の気質が大人ではないので、広い水場があると遊びたくなることはある。
ミアルは少しうずうず動くことはあっても、明確な行動を起こすことはなかった。
そしてそのミアルの一点を見て、リナは少しだけ笑う。
「仲間がいると心強いわよね」
「む、どこを見てるのかな?人からの評価とか全く気にしないけど、そういう言い方されるとぼくだってムカつくんだよ」
「じゃあそっちのご主人に文句言いなさいよ。あんな贅肉の塊つけて、腹立つったらありゃしないわ」
リナが嫉妬を隠さずに伝えると、ルイナはむしろ強調するように胸の下で腕を組む。
そしてふっと笑って一言。
「いやぁ、あんまり大きくても邪魔なだけなんですけどねぇ」
「だったら寄越せよその肉の塊ッ!」
「嫌ですよリナに威張れなくなるじゃないですか。あ、ちょ、本気で引っ張らないでくださいって!」
わーわーぎゃーぎゃー、迷惑客に早変わりである。
ミアルはぼくの仕事じゃないんだけどな、とため息を吐いてから、リナの肩を掴み、ルイナの頭に拳骨を落とす。
「いったーい、です」
「そんな痛くなさそうなこと言われても信じられないよね。あとリナも、あんまり熱くなりすぎないでよ」
「……はい。ごめんなさい。部屋でやります」
「まだやる気なんですか!?言っておきますけど取れませんからね!?」
「いや……こう、ワイヤーでスパッと」
「……それは取ると言うより切り取るなんですよ」
「でも他は細いんだから滑らかに行きそうじゃない?」
「まだ言いますか。じゃあやらせてあげてもいいですよ?人間の断面がそんなに見たいのなら」
「……嫌な言い方するわね」
ちなみに、リナの頭には人間どころか全種族の断面が入っている。
それはさておき。
「はぁーあ、でも、大きい方がいいわよねぇ」
「まだその話なんですか?一応言っておきますけどね、大きいと街中でいろんな視線を感じたり、うつ伏せで寝ると苦しかったりするんですよ?」
「え、そうなんだ。もっと潰れるもんだと思ってた」
「……あなたも嫌な言い方しますね。肉の塊なんて言っておいて、そこに体積がないとお思いで?」
「ふーん、なるほど」
まあ、リナは最悪自分で意識をシャットアウトしてしまえば、好きな体勢を維持したまま寝ることができる。
大きくて困ることはない。むしろメリットの方が大きい、とまだ考えている。
「あとちなみに、男性はCカップくらいが一番好きらしいですよ」
「え、何それ」
「詳しい理由は知りませんけど、どこかで聞きました。まあ、誰かさんに当てはまるかどうかは知りませんけどね?」
「……」
結局、その誰かさんが気に入ってくれればそれでいい。
大きい方がいいなんて思うのは、大抵の男はそっちの方が好みだから、という理由でしかない。
「本人に直接訊けばいいんじゃないですかね」
「はっ!?できるわけないでしょ!?」
「裏返ってますよ。どれだけ恥ずかしいんですか」
焦るリナに対して、ルイナは気持ち良さそうに目を閉じて、肩どころか口元までお湯に浸ける。
「好きにすればいいと思いますけど、あなたの願いを考えるに、あまり時間もないと思うんですけどね」
「……それ今言ぅ?」
「今言わずにいつ言うんですか。直前ですか?瀬戸際ですか?そんなタイミング、あなたが一番嫌いそうなものですけど」
「……わかってるわよ」
きゅ、とリナは自分の体を自分で抱く。
それは羞恥によるものか、それとも恐怖によるものか。
「本当はさ、墓まで持ってくつもりだったのよ。ううん、今だってそう思ってる」
「……」
「でも、毎日顔を合わせる度に嬉しくなるし、そういう関係に、なれたらいいなって思うのよ」
「……じゃあ」
「だけど」
「……」
「私にそんな資格ないから。ただ一緒にいられる幸せだけ噛み締めて、死んでいければそれでいいのよ」
ふー、とルイナは大きく息を吐き出す。
あまりにも破滅的すぎて、一瞬なんて言えばいいのかわからなくなったのだ。
「あなた、それでも本当に元人間ですか?」
「な、何よ。今でも人間よ」
「だったらもう少し貪欲になればいいじゃないですか。神々は殺して、自分は乗っ取って、叛逆者は籠絡して、あなたが思い描く最良のハッピーエンドを、夢想していればいいんですよ」
「……だけど、私が悪者であることには変わらないわ」
「私を前にしてもですか?」
「ええっと……どういう意味?」
「はぁ、随分やつれてますね。普段から害悪害悪言っておいて、相談相手になったときはいい人ですかそうですか」
「……」
棘のある言い方だが、リナはもっと気を楽にしていいはずなのだ。
何せルイナは、リナなんて比べ物にならないほどの大罪を犯しているのだし。
「図太く生きましょうよ。お前が悪いだろって言われたら、力がなかった人が悪いって言い返すくらい」
「……それはちょっと……」
「まああなたの心性では無理でしょうけれど。それくらい肝が座ってないと、本当に呆気なく死んでしまいますよ。それこそ、何も守れないままに」
「……」
それは嫌だと、素直に思った。
昔だったらそれくらいでいいと思えただろうが、今はもう違う。
今となっては、かつての親友と同じくらい、命を賭しても守りたい大切な人がいるのだ。
「なら、その心に従えばいいじゃないですか。好きだと言って、死にたくないと喚いて、一人の人間としての幸せを願えばいいじゃないですか」
「……許されるのかな」
「少なくとも私たちは許します」
「生きてていいのかな」
「それを拒めるほど人間は徳の高い生き物ではないと思いますが」
「じゃあ……ちょっとくらい、願ってもいいのかな」
「あなたは望まなさすぎだと思いますよ。いくらでも蘇る悪魔や神でも、もう少し俗物的な願いがあると思います」
これだけ言っても、まだリナの心は完全に晴れていない。
それでも口角が少し上がっているのだから、多少はマシになったのだろう。
「そろそろ上がりましょうか」
「……そうね」
ルイナが立ち上がれば、リナとミアルもその後に続く。
ちらっと周りの様子を見ながら、ルイナは心の中でカウントを進める。
「あんたにはあんま言いたくないけどさ」
「はい?」
「……今日は、ありがとね。部屋は最高だし、珍しくまともなこと言ってくれたし」
「……」
「ルイナ?」
「……ごめんなさい」
次の瞬間、リナの体は全く別の場所へと飛ばされていった。
空間神の影響で、最愛の人の下へと。
「ルイナさぁ」
「うぅ〜……ここまで優しくするつもりなかったのにぃ〜……!」
こうなるならちゃんと言っておけばよかっただろうか。
この時間、このタイミングに風呂に入るように仕向けた理由を。




