9話 人であること
街は夜になるとまた違った様相を見せる。
灯篭などに照らされた街並みは、淡い暖かな光も相まって、光と影のコントラストがとても美しく街を染め上げていた。
ルイナが予約したという旅館も風情があり、その外観や周りを囲む柵からして、なんだか高級感を漂わせている。
フロントで鍵を受け取り部屋へ入ってみると、そこは畳敷きの和室でありながら、どこか現代風の居心地の良さのようなものまであり、なんと言うかもう、最高である。
「うっわぁ〜っ!広いし綺麗だし外の眺めも最高!え、ほんとにこんなとこ泊まっていいの!?」
「私もあなたもお金には困っていないでしょう。あなただって、もう少し人の文化を楽しめばいいんですよ」
「そうは言ってもさあっ、あること自体知らなかったんだから仕方なくない!?」
「ふふ、なら今日は存分に楽しむといいですよ」
ごろごろ畳を転がって、その独特な匂いを楽しんだり、窓をちょっと開けて冷たい空気と共に夜景を楽しんだり、リナはとにかく”最上級のおもてなし”の一端を堪能していた。
「あんなリナ見たことないな」
「それはそうでしょう。私だって純粋に何かをプレゼントしたのは初めてですし、リナにとって、人が考えた最上というものはあまり馴染みがありませんからね」
「お前、ちゃんとそういうのわかってんのな」
「ふふ、ただ頭のおかしいことを言ってるだけの人間だとは思わないように」
思われても仕方ないことは理解しているルイナだが、魔が差して犯罪を犯すのが人間なら、人を喜ばせたい、楽しませたいと思うのも人間なのだ。
善も悪も持ち合わせて、初めてそれは人間だと、ルイナは勝手に思っている。
「ちなみに、このお部屋露天風呂もついてるんですよ」
「露天風呂!?聞いたことある!」
「……むしろ入ったことないんですか。あなた随分庶民な暮らしをしてますね」
「貴族に言われたくない」
「……そうですか。じゃあ一人だけ別の部屋で」
「やだやだやだ待って待って冗談だって!」
今日のリナは、随分とテンションが高い。
ちょっと涙目になっているリナの頭を、ルイナは本当に純粋な笑顔で撫でて、本物のお母さんのように宥めていた。
「ずっとああしてたらいい人なのにね」
「……あれって本当にルイナ?」
「うはぁ、そこ疑われちゃうかぁ。でも大丈夫。ぼくだって疑問だから」
リベルは、ルイナの綺麗な部分を見るのは初めてだった。
それから探究心に駆られたリナは、部屋中隅々まで探索してみたり、露天風呂からの絶景に心から感嘆のため息を吐いてみたり、夕食だというメニューの写真を見てそれだけではしゃいだりして、ようやっと根本的なことに気づいた。
「なんでリベル一緒の部屋なの!?」
性別的な意味で、である。
ルイナを嫌がったり害悪だって罵ったりすることはあっても、別に同じ部屋で寝ることくらいは許容している。
だが、完全な異性で、しかも密かに(?)好意を寄せているリベルが一緒なのは、リナ的に心臓が破裂しそうなくらいの恥ずかしさがある。
「……ダメなのか?」
「えっ、やっ、ダメじゃない、けど……」
ものすごーく寂しそうな顔をするリベルに、ダメだとは言えなかった。
そしてその後ろから、ルイナがひょっこり顔を出してニヤニヤ笑っている。
「別にいいじゃないですか。お二人とも随分親密な関係ですし、最初から一つ屋根の下に暮らしていたんでしょう?だったら今更、同じ部屋で寝るくらいなんてことはないじゃないですか〜」
「くっそてめえさてはそれが目的だったなっ!?」
だが気づいたところでもう遅い。
今更別の部屋を取るのは難しいし、このロケーションの部屋はここしかないとも言われている。
まさに八方塞がり。外堀とは、こうして埋めるものなのだ。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。叛逆者さんは、別に一人じゃないと寝れないなんてことないですもんね?」
「まあ、うるさくなければ」
「寝る時に騒ぐことはありませんよ。まあ?どこかの誰かさんが誰かとくっついて騒いでいても、私は起きないと思いますけどねぇ〜?」
「嫌な言い方すんなっ!しないってそんなことッ!!」
「あれあれ?私はお喋りが盛り上がっても気にしないと言っているだけなのですが、どうしてそんなにお顔を真っ赤にしているんですかねぇ〜?」
「ッ!!」
ここは旅館の一室というプライベートな空間。
よって何を使ってもバレることはないッ!
「叛逆者の盾〜!」
「くっ……リベルそこどいて!その性悪腹黒女ぶっ殺すから!」
「……いやえっと、骨がみしみし言うくらい強めに固定されてて動けないっす」
「……あんたそれはそれでどうなのよ」
割と本気の呆れた目に、ルイナは渋々リベルを離す。
次の瞬間に六本のワイヤーが腹を刺し貫いたが、口や腹から血を流しながらルイナは笑っていた。普通にグロいっす。
「まあいがみ合いはやめましょうよ。そろそろ食事が来るはずです」
「……誰のせいだと思ってる?」
「私です♪」
「……わかってんなら変なこと言わなきゃいいのよ」
「いやぁ、あまりにリナが面白いもので。つい」
口元をふきふき。ついでに垂れた血も拭いて、ルイナは服を整える。
そして座布団の上に正座で座れば、いかにもお高くて美味しそうな料理の数々が運ばれてきた。
「わぁ〜すごーいっ!これお刺身ってやつ?私食べたことなかったのよね〜!」
「生の魚を食べるのはこの辺りだけの文化ですからね。とっても美味しいですよ」
「へぇ〜、いただきまーす!」
どこから手をつけよう、と活け造りの鯛に目を輝かせて、恐る恐る刺身を一枚醤油につけて食べて、本当に美味しそうに噛み締めるリナを見るルイナは、さっきまでの根っこが腐ってそうな笑みからは想像がつかないほど、穏やかな微笑みで見守っていた。
「そんな顔できるんだな」
「あなたは私をなんだと思ってるんですか。人並みに喜びを噛み締めて人並みに誰かの幸せを喜べる人間ではありますよ」
「……そうか」
「文句ありそうですね?」
「ならもっと優しくすればいいのにとは思うな」
「ふふ、人の不幸は蜜の味です」
「……やっぱ腐ってんな」
適当に言い合いながら、二人も滅多にお目にかかれない料理たちを楽しむ。
ミアルだけは特に貴重とも思っていなさそうな顔で食べていたが、その本質が竜なら人間の感性は少し合わないかもしれない。
「生魚から血の味がしないのはちょっと変だよね」
「……そんなこと言うのあんたくらいよ」
「まー、理解はするけどさ。ちょっと物足りないね」
とはいえ箸は止まらないので、ミアルだって美味しいと思っているんだろう。
本当に今この時だけは、どっかの金色が腐ってるとか、リナは空間神に目をつけられているとか、早いうちに生命神を討伐しなければいけないなんてことも忘れて、穏やかな時間を楽しんでいた。
流れ的に書けてませんがリナは多分何回か転移させられています。その度にリベルと衝突したりして、なんやかんやあったとは思います。




