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日緋色の叛逆者  作者: 高藤湯谷
プロローグ 叛逆者始動編
1/362

プロローグ〜降臨せし水の神〜

 薄暗い空の下、鈍色の光を反射する水飛沫が舞う。

 人々の悲鳴が木霊し、またどこかで赤色が散った。

 そこは凄惨な現場で悲惨な戦場だった。

 赤と灰色が混じり、元は人々で賑わったはずの住宅街は血塗られた惨状と化している。

 そんな中で一人、右手で剣を振るい左手でリボルバーの弾を放つ少女がいた。

 その少女の周りだけは赤色が存在せず、ただただ弾け飛んだ水の跡だけが残されている。


「手数が足りない……早々に増援を呼ぶべきだったかしら」


 ちらりと雲に覆われた空を見上げる。

 だがそこには虚しい静寂が広がるばかりで、分厚い雲以外には何も見当たらなかった。

 仕方なく目線を前に戻せば、また新手の敵が迫っていたので、それを難なく斬り伏せる。

 ここら一帯の敵は掃討した。まだ生き残っている人々がいるので、そちらに向かうべきだろう。


「……いや」


 この現場を作り上げた元凶を叩きに行くというのも、また一つの手かもしれない。

 少女は目を閉じ数秒思案する。

 そして帰ってきた返答に笑みを浮かべ、少女は足を前に向けた。


「負けるわけがないでしょう」


 アスファルトの地面を抉るほどの力で少女は飛び出す。

 地面スレスレを飛行するような形で、自動車ほどのスピードで移動する。

 元凶へ一直線に向かう道の途中、幾度となく全身が水のような、否、水でできている生物と遭遇した。

 それこそが現在街を襲っている正体なのだが、少女にとってその程度では足止めにもならない。

 軽く剣を振り銃を撃つだけで、次々に原型を崩し水溜りを作っていく。

 本来であれば、どこを攻撃しようと液体であるためにすり抜けてしまうという厄介な性質を持っているはずなのだが、魔法の効果が付与された武器であれば、十分にダメージを与えられる。

 そして、少女の持つ武器は敵を一撃で破壊するに足る力を持っていた。


「こんにちは。て言ってもあんたみたいな半端もんじゃ理解もできないんでしょうけど。殺しに来たわよ」


 そう時間もかけずに辿り着いたのは、この惨劇の元凶であり本来崇められる存在であるはずの、水の神、とでも言うべき敵の前だ。

 それは人間というにはあまりに異質だが、他に似た形の生物がいないために人型と言うしかないような怪物。

 二足歩行で二本の腕があり、首の上には頭部がある。

 だがだからと言って人間と認めるわけにはいかない特徴は、顔面の真ん中で怪しく光る単眼に、地面についてしまいそうな腕の長さ。そして何より、鮮血と乾き果てた血の色を足したような、赤黒い肌だろう。

 体長も実に五メートルほどあるので、到底これを人間だと判断する人はいない。

 そんな異形の怪物は、いきなり目の前に現れた少女を瞼もないのに睨みつける。

 言葉を発する口もないのは、少女の言う通り人としても神としても中途半端だからか。


「大人しく死んで頂戴ね」


 もう一度地面を抉り取る踏み込みをし、射出されるような勢いで跳ねた少女は、勢いそのままに右手の剣で水の神の首を切り裂く。

 そのまま空中で体の向きを変えると、左手の銃を数発、後頭部目掛けて発射した。

 水の神の様子を窺いつつ、少女はゆっくりと着地する。

 数メートルの跳躍からの着地だと言うのに、少女は涼しい顔をしていた。


「さっさと死んで欲しいんだけどね」


 もう一度数メートルの跳躍をする。

 その少女の足元を、水の神の指先が音速で駆け抜けていった。

 人間にとっては最大の弱点となり得る場所を二箇所も攻撃したのに、なんの痛痒も与えられないのは、少女が弱いのか相手が神だからか。

 どちらかと言えば後者だろう。

 神という存在は、生半可な攻撃で殺せるようにはできていない。


「本当厄介。これだから神ってのは」


 浮いた所を水の神が狙う。それに合わせて少女も剣を構え、その拳を受け止める。

 だが衝撃までは殺しきれず、体を一回転させつつどうにか着地する。

 一連の流れをまるで作業のようにやってのけているが、これは少女だからできることであって、普通の人間にはまず不可能な芸当だ。

 そんなことができてしまうから、少女はこんな神と戦う羽目になっているのだが。


「不死性は本当やめてほしいんだけどな……これどうにかならない?」


 どこかで聞いているであろう仲間に問いかけてみるが、返ってくるのは静寂だけ。

 つまりできないということだろう。

 はぁ、とため息を一つ零した少女は、周りに誰も人がいないことを確認すると、その背中から六本のワイヤーを展開する。

 ワイヤーと言っても光を反射して見える程度の細い物ではなく、どちらかと言えばロープと表現されそうなほど太く丈夫な物だ。その先端にはクナイのような鋭利な刃がついていて、三本の指を持つアームのように開閉していた。

 とても常人にできることではないように見えるが、事実少女は普通の人間ではなかった。


「これ以上は出さない。やると怒られるし」


 背中に左右二本の三段構成で現れているワイヤーのうち最下段の二本を地面に突き刺し、少女は擬似的に空を浮遊する。ただ伸ばして運用するだけではないのがこのワイヤーの強みだ。

 伸縮自在な上に、ワイヤーのどこにでも力を伝えることができる。これによって、空中での変則軌道や少女の体を浮かせるということを可能にしているのだ。


 立体的に水の神から距離を取った少女は、いつの間にか構えていた対物ライフルを水の神に向けて計五発連射する。

 それは綺麗に人体の弱点を貫いていたが、やはりダメージには繋がっていない。


「チッ……その程度で私に届くとでも?」


 水の神の周囲に赤黒く光る刃がいくつも現れ、それが大気を切り裂くような速度で飛来する。

 どれか一つでも当たれば即死の攻撃を、少女は四本のワイヤーで対応してみせた。

 しかもライフルによる反撃までつけて、だ。

 確かに技量の点では少女が圧倒的に勝っている。それは誰の目から見ても明らかだ。

 しかしその攻撃は水の神には効かないし、相手の攻撃は当たれば即死、よくて瀕死の致命傷という、お世辞にも優勢とは言い難い状況だった。

 それでも尚、少女は不敵に笑う。


「やってみなさいよ。全部捌いてあげるわ」


 そこからは激しい攻防戦が続いた。

 少女はワイヤーの先端からレーザーのようなものを発射し、さらにライフルによる連射もつけて攻撃した。

 それに対して、水の神は最初から攻撃など無視して、思うがままに腕を振るう。

 それだけで赤黒い液体が蠢き、高速振動することによって切れ味を増した刃が少女へ襲いかかる。

 少女はそれを、地面に突き刺したワイヤーを巻き取ることで強引に回避する。

 引き伸ばされたような時間の中で、少女は自分の上空を掠める凶器となった腕を見ながら、さらに攻撃を重ねた。


「弱点は熱。蒸発した部位は、簡単には修復できない!」


 街中で今も暴れているであろう水の魔物と同様に、水の神も全身が水でできている。

 水の魔物の親玉なのだから、冷静に考えればわかることだ。

 そしてレーザーを浴びた箇所は、わかりにくいがへこんでいた。

 あの程度では傷とは呼べないようで、周りから液体が集まってきてすぐに修復されていたが、より大きな損傷を与えることができれば簡単には修復されないか、されたとしても弱体化を狙えるはずだ。

 少女がワイヤーを大きく広げると、四本のワイヤーの色が変わる。

 金属質な色だった物が、水の神が纏う赤とはまた別種の赤色を帯びる。

 これには水の神も身の危険を感じたのか、無意識に一歩後退り、その事実に怒りを覚えているようだった。


「それだけわかれば十分よ」


 地面に刺したワイヤーを伸ばし、水の神に肉薄する。

 水の神は自分が危険を感じたことがよほど気に障ったらしく、正面から少女を迎え撃つつもりのようである。

 これは僥倖と少女は赤熱したワイヤーを伸ばし、水の神の肉体を切り裂く。

 元々貫通はしていた攻撃のため、ワイヤーは簡単に水の神を通り抜け、その腕を切り落とした。


「……ッ!!!」

「叫びたいなら口を作りなさいな」


 怒り狂い残った腕を乱雑に振るうが、そんな攻撃が今更当たるわけもない。

 少女はどこか憐れむような眼差しを向けると、冷静にワイヤーを操り、四本のワイヤーが高速で動き回ると、水の神の肉体をバラバラに切り刻んだ。


「さてどんなもんでしょう」


 この程度で死ぬとは思っていない。というか死なれたら拍子抜けすぎる。

 少女が眺めていると、一つ一つが小さなスライムのようになっていた肉体が怪しく蠢き出す。

 気味の悪い音を立てて震えると、バラバラだった体が元に戻っていく。


「……、えいっ」


 再生されるなら好都合と小石程度の小さな何かを放り投げる。

 阻害できるなら良し、できないのなら、と言った感覚だ。


「ふん、まあ想像通りって感じ?」


 結果として水の神は何事もなかったように少女の前に立ち塞がり、最初よりも険しい顔をしている。気がする。

 ただ一回り小さくなったようにも見えるので、弱体化はできたのかもしれない。

 そう思ったのは、間違いだったのか。


「っ!?」


 少女の脳内で警鐘が鳴り響き、直感のままに突き刺したままのワイヤーを思い切り巻き取る。

 その直後、少女が先ほどまでいた場所を赤黒い槍が貫いた。


「あっぶな……刻まれたときに地面に逃がしてたってこと?半端もんのクセに……なかなか頭の回ることで」


 地面から生えていた棘はゆっくりと地面の中に戻っていくと、水の神の肉体も少しずつ大きくなっていく。

 見た目だけなら、ほとんど同じ大きさに戻っているようだ。


「つまり全て蒸発させなきゃ死なないと。だる」


 心底嫌そうに呟いた少女は、しかし口元を楽しそうに歪める。


「まー何もしてないわけないのよね」


 少女は頭の中で起動と念じる。

 その瞬間、閃光が視界を埋め尽くした。

 それは肌を灼くような熱を伴い、辺り一帯を焦土へと様変わりさせる。

 ただし発動者の少女の周りだけは、元通りの街道が凄惨さを物語るかのように残されていた。


「私の予想では結構抑えられると思ってたんだけど……これってもしかしてやりすぎ?」


 少女がやったことと言えば、水の神の修復時に紛れ込ませておいた爆弾を起爆しただけである。

 ただその威力が桁違いで、地上で使って良いような代物ではなかったというだけで。

 そしてもちろん地上において破壊活動は御法度である。このままではたとえ暴走した神を鎮めた英雄だとしても、なんのお咎めなしでは済まされないだろう。


「……どうにかなる?なるよね?ついでだもんね!?」


 救援の呼びかけに応じてくれない非情な仲間に問いかける。

 頭の奥で長い長いため息が聞こえたような気がするが、どうにかしてくれるならなんでも良い。

 別の意味で焦燥に駆られていた少女は、煙が晴れてやっと明瞭になってきた視界の中で、水の神がぐちゃぐちゃになりながらも立ち続けていることに気がついた。


「いやまあ、予想はできてたけど」


 強がってみたって面倒な事実は変わらない。

 正直なところを言うと、人類には早すぎる火力を投入したのだからちゃんと死んでほしかった。

 だが現実は捻じ曲がらないしさらにもっと面倒なことが起きる。


「何!?」


 背後から異常な数の敵生体を感知した。

 とりあえず振り返りついでに剣で薙ぎ払いつつ、相手の正体を確認する。

 それは、今現在も街の住人を襲っているはずの、全身が水でできた魔物だった。

 なぜここに?と思いつつ、ワイヤーで至近距離を通り過ぎようとした何体かを焼き切る。

 しかし肉体が崩れてなお、水の魔物たちは走り続け、少女を通り過ぎていく。


「……、まさか」


 もう一度、水の神の方を振り返る。

 そこには、一回りなどという言葉では表せないほど肥大化した水の神がいた。

 その体躯は天を覆うほどで、見下ろす瞳は赤黒く濁っている。

 巨体によって日差しが遮られてできた暗闇の中、少女は表情を変える。


「こうなったら早期決着が最優先でしょ。どうせ何やったって元通りなんだし」


 頭の奥でわーわー騒ぐ声が聞こえるが、そんなものは無視してやる。嫌なら前に出てこいという話だ。

 六本のワイヤーを全て地面に刺した少女は、その人間性を捨てる。


「速攻で終わらせてあげる」


 刺さっていたワイヤーが地面から少し浮き上がる。

 その先端がブレて見えると、少女の姿が掻き消えた。

 今までは体を固定する役割をしていたワイヤーが、まるで氷上にいるように滑り出したのだ。

 一瞬にして水の神の背後に現れた少女は、体を回転させながら体勢を整える。

 ワイヤーが背中から腰にかけて、体の中を移動していく様は、この戦いが化け物同士のものであることを如実に物語っているだろう。

 本数は違うが蜘蛛の足のようにワイヤーを伸ばした少女は、その両手に巨大な砲塔を二門生み出す。


「撒き散らせ」


 腕の代わりに生えた銃口があかく輝く。


茜色の光線(ルビア・レーザー)ああぁぁぁっ!!」


 真っ赤な光が二つ伸びる。

 水の神の足に激突した光は、そのまま上を向いて遥か上空を目指す。

 片足ずつ焼き切った光は胴を縦に薙ぎ、両腕を斬り落とし、やがて首のところで一点に収束される。

 持てるエネルギーのほぼ全てを注ぎ込んだ威力は、たとえ神と言えど焼き滅ぼすに相応しいものだった。

 だと言うのに。


「まだ、動くわけ……?」


 それ一つで人の身長くらいある頭が、不気味に揺れ動いている。

 肉体から分離されたはずの腕が、何かを探すように手を伸ばしている。

 そしてその時がやってきた。


 ドッパァァッン!と轟音をあげて立ち上ったのは、見る人によっては温泉とでも呼びそうな間欠泉。

 地下水脈から溢れた莫大な水は、それを司る神にとって、まさしく力の源。

 大量の水を浴びた水の神は、血の色の禍々しさこそなくなったものの、本来の強さを取り戻していた。


「まさか、こうなることを予測して回復手段を模索していたとでも?こっちは全部注ぎ込まなきゃまともにダメージにならないってのに……!」


 認めたくはないが、これが彼我の実力差。

 何千何万の人間を相手にしても負けないような力を持っていたとしても、たった一柱の神にも届かない。

 そもそも、人の身を改造した程度で神に届くと思ったこと自体、間違いだったのかもしれない。


「それがなんだ」


 たとえ届かなくても、やらなければいけない時はある。

 被害は気にしなくて良いとしても、これを野放しにするわけにはいかない。

 暴走した神が歩けば、それだけで世界の形は変わりかねない。

 もちろん良い方向に動くのであれば、少女だってこんな無謀な戦いは挑まなかった。

 何がどう転んでも絶対に碌なことにならないから、少女はまだここにいるのだ。


「壊れたら後でどうにかしろッ!今はこいつを滅ぼすッ!!」


 どこかで、誰かの悲鳴じみた声が聞こえた。

 だがもう少女には届かない。聞く余裕が無い。


「正真正銘全力だ!それでこいつを吹き飛ばすッ!」


 すっと息を吸い込んで、力の限りの叫びをあげる、まさにその直前。


 世界が、闇に包まれた。


 それはまるで、あまりの速度で移動する光が、その通過地点において一瞬だけ弱い光を掻き消してしまうような、そんな瞬きにも似た暗闇。

 この星の上のほぼ全ての地点において、その闇が認識されることはなかっただろう。

 だがこの場所だけは違う。

 水の神に覆われていただけの影ではない、完全なる闇が世界を閉ざし、そしてその黒は一点に収束される。


「何!?」


 綿雲のように黒がまとまり、それがさらに圧縮されて、柱のようになって地上へと降り注ぐ。

 一直線に天と地を繋ぐ柱の中心には、今まさに全力を解放しようとしていた少女がいた。

 異次元の黒に呑まれ、焦りと困惑の表情を浮かべ、どうにか対応策を探そうとする少女に、不思議な声が聞こえた。


『使え』


 それは大人になりたての少年のような、男らしくも優しさのある声だ、と少女は思った。

 その瞬間、少女の中にあった疑念はどこかへ消えていく。

 闇の中で何も見えなかったのもあるかもしれない。

 ただ少女は純粋に、縋りたいと思ってしまった。

 この強大な力に。


「ありがたく受け取るわ」


 もう人間とは思えない付属品は全て消えていた。

 完全な人の身において、少女は神の力を越える。


『ありがとう』


 なぜ感謝を?と思う間も無く、全ての闇が少女に吸収された。

 見た目の上では、特に大きな変化はない。

 だがその内側には、今までの少女とは比べ物にならないほどのエネルギーが宿っている。


「何、これ……」


 到底自分の体に収まるとは思えない力。

 自分も相当異質だが、それよりもっと異質で歪で、なぜ存在するのかが疑問になるレベルの馬鹿げた力。

 それは、ただ一つ神に対抗するための力。

 どこで生まれ今までどこに隠れていたかも定かではない、御伽噺の中の力。

 誰も扱いなんて知らないはずなのに、それを受け入れた少女は、不思議な全能感と高揚感に包まれていた。


「これなら、やれる。これなら、勝てる!」


 ワイヤー移動のような、地面を滑る動きで少女の体がずれる。

 元いた足元から莫大な水が噴き上がるが、その影響を受ける場所にはもういない。

 黒い風を纏った少女がただ手刀を繰り出しただけで、水の神の大木を思わせるほど巨大な足が弾け飛ぶ。

 やっていることは、赤熱したワイヤーで切り裂いているのと変わらない。

 だが得られる結果は、今までのそれを遥かに凌駕する。


「……ッッッ!!!」

「より危険を感じるって?あはっ、それはきっと正しいわ!」


 ワイヤーもなしに、少女は数百メートルも跳躍する。

 元の身体能力は高いが、絶対に不可能な領域。そこに、少女は片足どころか全身を突っ込んでいた。


「だって、私が一番そう思うもの!」


 目の前にある顔面を、少女は思い切り殴り飛ばす。

 普通なら受け流されるか衝撃を跳ね返されるはずなのだが、やはり水の神のおぞましい顔が弾け飛ぶ。

 だが間欠泉によるエネルギー供給は止まっていないようで、首からボコボコと水が湧き上がるとすぐに元の形を取り戻してしまう。

 それでも少女に絶望の色はない。むしろ戦いを楽しんでさえいる。


「再生力が高いなら、それを上回る速度で壊せばいい!」


 落下の勢いを活かして踵落としを肩に喰らわせる。

 それだけで腕ごと消滅するのだから、楽しくなるのも道理なのかもしれない。

 少女は回転の勢いもそのままに、その軸を縦から横へとずらす。

 そして落ちながら、絶壁を思わせる胴を滅茶苦茶に切って薙いで、その肉体を壊していく。

 豆腐に腕を突っ込んだような、あまりに抵抗のない感触を感じながら、少女は水の神の足元まで辿り着いた。

 地に足をつけてようやく見上げれば、もうどこにもその巨大な姿は残っていなかった。


「……改めて、馬鹿げてるわね」


 大雨となって落ちてくる元水の神を眺めながら、少女は一人呟いた。

 戦いの中で感じていたことだが、どうやら宿った力は時間と共に強くなっているらしい。

 最初は触れた箇所に穴が開く程度だったものが、気づけば末端にかけて消滅させるに至っている。

 最後に消し飛ばした脚なんて、肉体を構築していた水さえも消え去ってしまっていた。

 つまり今降ってきている雨は全て、少女が触れることなく肉体が砕け散ったことで、自由を取り戻した水ということになる。


 自分の中にあった全能感と高揚感は、今では達成感と疲労感に変わっていた。

 ふ、と口元を緩めた少女は、満足気にその場に倒れる。


「よくわかんないけど、これでいいでしょ……。あとは、誰かに、任せるわ……」


 いずれ復旧班がやってくる。

 こんな場所で寝ていても、少女に傷をつけられる存在は限られているので、それまで待っていればいい。

 ゆっくりと目を閉じる少女は、最後の最後に視界の端で、ゆっくりと歩く誰かを見た。

 だがそれが誰かを考えるより先に、少女の意識は闇へと消えていった。


 ○ー●ー○


 ゆっくりと瞼が開かれる。

 寝ぼけ眼でまず目にしたのは、見覚えのある天井。

 そっか一応勝ったんだっけ……とまだ眠気の残る頭で考えてから上体を起こす。

 一日経ったのか変わらぬ日差しを届ける窓の向こうへ目を向けると、そこにはもう、凄惨な現場も悲惨な戦場も残酷さを物語る赤でさえ、何一つ残ってはいなかった。


『既に復旧済みだよ。一応君らの記憶は残るようになってるから、あんまり言いふらさないように』


 少女が目覚めたことに気が付き、仲間の一人が声をかけてきた。

 相変わらず姿はないが、仕事は完璧なので文句は言うまい。


「そう。ありがと。まあいつものことだし……って、君ら?」


 そこで少女はようやくこの部屋に自分以外の存在がいたことに気づく。

 その少年は少女が眠るベッドに頭だけ預けて眠りこけていた。

 表情はどこか幼さも感じるが、なんとなく自分よりも年上だと思った。


「え、誰こいつ」

『それは本人に聞いてよ。ていうかそれ一応君の中から出てきたものだけど』

「え」


 それじゃあまるで少女の一部みたいではないか。

 いやそんなことよりも、と少女は頭をぶんぶん振る。


「なんでこんなの放置してるわけ?明らかに部外者でしょ」

『ルイナ曰く当事者だそうだよ。そのルイナもしばらくは起きないし、自分で解決した方が早いと思うな』


 ルイナというのは、この復旧作業を一瞬で終わらせてしまった、少女以上の化け物である。

 流れた血も、壊れた建物も、何もかも最初からなかったかのように元通りにしてしまったと言えば、その異常さは伝わるだろう。

 少女は頭が痛そうにこめかみを押さえながら、今も尚眠っている少年に目をやる。

 見れば見るほど、呑気な顔に腹が立ってくる。まあ、寝ているのだから仕方ないのだが。


『あ、そうそう。そんなルイナからの伝言だよ』

「何?」

『“一応言ったことはやりましたがあなたはやりすぎです。おかげで私はこれからしばらく休養を取らねばならくなりました。まああなたは強いので?死ぬような心配はないでしょうが、くれぐれも暴れすぎないように。壊したものの復旧はしばらくできませんし、自力でどうにかしてくださいね。あ、そうそう。あなたが暴れすぎたおかげで、随分と目をつけられたみたいですよ?私がいない間、どうにか持ち堪えてくださいね〜”って言ってたよ』

「あんのマイペース女がぁぁぁあああ!!」


 どうせ寝るなら全部やってくれればいいのに。そしたら自分が苦労する必要なんてないのに、なんて少女は都合の良いように考える。


『僕一人じゃ特にできることもないし、じゃ、頑張ってね』

「え、待って待って、私こいつと二人きり?どう見たって男でしょ?」

『え、うん。でも君女の子ではないよね?男でもないけど。問題はないと思う』

「大有りなんだけど!?」

『人の感情なんてよくわからないよ。とにかく頑張ってね』


 ぷつっと糸が切れるような音がした。

 それは少女が怒ったわけではなく、通信相手が一方的に回線を切断した音だ。

 息を殺して様子を窺うような静寂ではなく、本当に誰もいない静寂に包まれたことで、少女は現実に引き戻される。

 まだ呆然とした顔で視線を彷徨わせるが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 この少年も今は寝ているからいいが、起きたらその対応に追われることになる。

 ぎこちなくまた少年に目を向けると、試しにその頬をつついてみる。

 くすぐったそうにより目を瞑ったが、その程度で特段強い反応は示さない。完全に寝ているらしい。


「……私の中から出てきたって言うけど」


 思い出されるのは、あの全能感に満ち溢れる力。

 既存のエネルギーでは説明ができないような性質もあったし、あれがオリジナルと考えるべきだろう。

 もちろん、自分の力ではない。

 なら、この少年が?こんな、剣を突き立てたらそのまま死んでしまいそうな少年が?


「……ありえない、とは言い切れない、か」


 少女も華奢な見た目をしているが人間ではない。

 なら、人型をした何か、という可能性は大いにあり得る。

 だがそうだとすると、少女的にもっと認めたくはない。

 人ならば、まだ勝ち目はある。殺さない方法だっていくつもある。

 けれど自分の知らない何かなら?

 勝てるかどうかも怪しい、勝てたとして情報を引き出せる状態にできるかも不明。

 しかも無尽蔵とも言えるエネルギーを保有している。

 本当に未知数の相手だ。


「でも……」


 そっと、少女は少年の黒髪に手を置く。

 案外指通りの良い髪に驚きつつも、頭を優しく撫でてみる。


「力をくれたからか知らないけど、他人には思えないのよね……」


 面倒なことにはなってしまったが、そう不安になることもない気がしていた。

 それに、なんとなくこの少年は味方だと思える。

 もう一度だけ窓の外に目を向けると、少女はベッドから抜け出した。


「さて、まずは状況整理からかしらね。起きたら起きたで話聞かないとだし。あー忙しいわー」


 当てつけのように忙しいと言ってみる。通話は繋がっていないが、どうせ片割れは聞いているのだ。これくらいの文句は言わせてほしい。

 少年の寝顔にふっと微笑みつつ、少女は寝室を後にする。

 ありがとね、という言葉だけを残して。

作中で語れないのでこれだけ説明しておくと、技術力などは現代です。ただ魔法もあるだけで。


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