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9.おっさんは裸を受け入れる。

 箸口は服について聞かれたので、再度懇願した。


「その身に纏っている布というかなんというか……身体を隠したいんですが」


 センシルは戸惑った顔で自分の身体を見て「布?」と首をかしげた。

 センシルは別のアルピノエルフに目を向け、


「……誰か意味が分かるかい?」


 アルピノエルフたちはそれぞれ首をかしげたり振ったりしながら、


「まったくわからない」

「頭がおかしいんじゃないかな? そいつ」

「不思議ですわね。ここにはエーテル構成体しかないはずですわ……この方には別のものが見えているのでしょうか」

「……」


 センシルは困った顔のまま二、三度頷き、それから助けを求めるような顔を箸口に向けた。箸口が「冗談だよ」と言うのを待っているような表情だった。

 箸口はあることに思い至った。風が吹き植物が整然と生えているこの世界にどこか見覚えがあった。それはジオラマとして作られた箱庭だった。

 箸口はペニスを左手で隠したまま、しゃがみ込んで右手で地面に触ってみた。地面に触ったつもりだったが、それは地面を模した何かだった。真っ白で小石に似た凹凸もあったが、それは食品サンプルの天丼のエビのように分割できない状態で完全に地面と一体化していて、つまるところそれは地面に似ているだけで地面ではなかった。

 やっぱり、と思いながら、


「あの、先ほどエーテル構成体って言ってらっしゃいましたが……」


 センシルは笑顔で頷いた。


「ああ、そうだね。確かノロインがそう言ったな。うん。間違いない」


 ノロインと呼ばれたアルピノエルフの女性体が頷いた。


「そうですわね。わたくしが言いましたわ」

「えーっと、僕の身体はなにでしょう?」

「エーテル構成体ですわ」


 箸口は頷き、それから地面を指さし、


「これはなんですか?」

「エーテル構成体ですわ」


 失礼します、といってノロインに近づき、怒られないかなと恐る恐るその服と思われる部位に触れ、


(やっぱり硬い。地面っぽいのと同じ感触だ……)


「……ではこれは?」

「当たり前ですがエーテル構成体ですわ。何を聞かれても、エーテル構成体としかお応えできませんわ」


 ノロインが困ったという顔でそう言った。センシルも困ったという顔でこちらを見ていた。だが、箸口はちょっと喜んでいたので笑顔だった。

 思った通りか、と箸口は納得していた。すべてがそれっぽく見えているが粘土で作られた箱庭世界のようなものだった。つまりこの世界の素粒子に当たるものがエーテル構成体なのだと言うことなのだろうと箸口は気づいたのだ。そして、現実世界では素粒子が我々の目で見て触れるようになるまでに、「素粒子」→「原子」→「分子」→「物質」とそれぞれの段階で合体しながら様変わりしていくが、ここでは素粒子は、波であり粒子の性質も持つ、みたいなめんどくさい感じではなくて、そのものずばりの固体なのだろう。その固体はさまざまな形に変化するが、基本的に手触りも呼び方も一つなのだ。

 つまり箸口のここにある身体は、不摂生具合もその結果のたるみ具合もどこを見ても日本の時に鏡で見ていた身体と同じだが、実はエーテル構成体によって姿形を模しただけのものなのだろうと思われた。考えてみれば、先ほどまでは「身体がない」という自覚があった状態からこの身体もどきは一瞬で現れたわけだし、それに今掴んでいるペニスも、思い起こしてみれば勃起もしていないのに固かった。箸口はこの状況でここまでの硬度でエレクトできる度胸はなかった。


(つまり夢の中みたいなことなんだろうな……)


 つまりこの全裸は全裸だが全裸ではないのだった。一方で、目の前のアルピノエルフの美男美女たちは全裸ではないように見えてある意味全裸なのだった。

 この不思議な世界でみんな仲間なのだった。

 ヌーディストビーチにいるような開放感が箸口を包んだ。箸口がゆっくりペニスから右手を離した。隠すべきものはなかった。

 センシルが笑顔になった。


「おや、気配が変わったね」

「はい! みんな仲間なんですね!」


 後ろのまだ名前を知らないアルピノエルフ(女子)のひとりが舌打ちをしたが気にならなかった。


「まぁ、その……なんだろう。仲間ではないが友人になることはできる。ソーフィア様がお許しになられたのだからね」


 センシルがそう言った。ソーフィア様と呼んだときに胸を拳で叩くような不思議な仕草をした。そういえば先ほども同じような仕草をしていた。最初は挨拶的なものなのかと思っていたが、ソーフィアという名前と紐付いた祈りのようなものなのかも知れなかった。


「友達でもありがたいです。何もわからないので色々教えていただけないでしょうか?」

「もちろんいいとも。何を知りたいのかな?」

「何から何までわからないんです。なぜ俺がここにいるのか、も」

「ふむ。大丈夫。教えられるよ。似たような存在を預かったことがあると聞いたことがあるしね」

「そうなんですか?」

「うん。そうなんだよ」

「それではまず先ほどのソーフィア様?について教えてもらえないでしょうか?」


 箸口の質問にセンシルは叩かれたような顔をした。

次回更新は今日か明日の予定です。

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