8.おっさんは裸であることを恥ずかしく思う。
凄まじい圧力を浴びながら、箸口は必死に思考だけで、
(すみませんすみません!)
と謝った。すると
『やめよ。直答を差し許したのは我である』
とソーフィアが声を発した。
途端に押さえつけていた力は消えた。
だが、弱い方の光はいまだ怒りに似た感情を帯びていて、それに箸口はびびっていたものの、そもそもソーフィアも光で他も光で、違いは強弱しか感じられず、箸口の混乱は続いた。それを哀れんだのか、
『……そうか。おまえはまだエーテルになじんでおらぬか』
ソーフィアが何かをやった。次の瞬間、自分が無数の小さな光に分割したと思うとそれが光の粒ごとにくるくると回転し、気がつくと箸口の肉体が出現していた。
箸口はまず自分自身が立っていることを自覚した。
改めて自分の目を通すと、目の前にあったのは何も無い空間ではなく植物とやわらかな風を感じる世界で、立っていたのは思念を発する光ではなく、穏やかな顔の美人だと認識した。白いふわりとした布を身体に巻き付け、年齢は三十くらいに見えた。やや目尻が下がった優しげな顔立ちで長い黒髪が腰の辺りまで伸びていて、体つきは超ナイスバディで、腰の辺りにはちょっと脂肪が付いている感じのマニアックなグラビアモデルのようだった。だが気配は圧倒的でどこまでも神々しくどう見ても女神だった。
一方、五つの光の方は『人間』だった。眉目うるわしい成人の男子二名と女子三名。とは言っても、こちらもアルピノのように銀髪の赤い目、さらに耳が尖っていたりしていて、ファンタジー世界のエルフのようにも見え、もしかしたら人間ではないのかも知れなかった。やはり青みがかった布を古代ローマ人のように身体に巻き付けていた。
箸口は彼らがこちらを見て顔をしかめていることに気づいた。女神ソーフィアも表情こそ変えてなかったが、視線を箸口の腹のやや下に向けていた。その視線を追い、箸口は自分が全裸だと言うことに気づいた。
慌てて手で股間を隠した。幸い箸口の性器は片手で隠せる程度のサイズだったので、余った右手で箸口は乳首を隠した。誕生したてのビーナスのようなポーズになってしまった。貝が欲しかった。
女神ソーフィアは視線をそっと逸らし、
「ここに滞在することを許そう」
それだけ言って、手を一振りすると空中にゆるりと溶けるように消えた。
アルピノエルフたちはそれを跪いて見送ったあと、女神の気配が完全に消えてなお十数えたくらいまで動かず、立ち上がったのは気配どころか女神の匂いの粒子まで消え去ったあとだった。
立ち上がった五人のアルピノエルフはそこで始めて箸口の存在を思い出したように顔を向けてきた。無表情だったり明らかに不快だったりする中、一人が笑顔で近づいてきた。彼は拳を自分の胸に当てながら、
「ソーフィア様が許したのだから問題ない。やぁ、歓迎するよ。僕はセンシル」
「あ、どうも。箸口馳丸です」
センシルは味方に見えた。今わかっているたった一人の味方だから箸口は必死に笑顔を浮かべた。箸口はもじもじしながら、
「あの、服をもらえないでしょうか?」
「服?」
服という言葉を初めて聞いたような顔をしてセンシルが目を見開いた。
「服とはなんだい?」
初めて聞いたらしかった。
次回更新は今日か明日の予定です。