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7.おっさん、たぶん二回目の転移をする。


     @


 少し前の話である。

 箸口は味の薄い食事を「味がない」と考えながらそれでもひたすら口に運んでいた。襲い来る眠気は食べ続けることでしか押し返せなかった。口を動かしている間は起きていられた。ちなみに料理はすべて丁寧に作られていたが、何かが物足りなかった。調味料とかスパイスとかそう言ったものが決定的に足りないのだろう。そういえば肉には胡椒がかかっていなかった。胡椒がかかっているだけでずいぶん変わるだろうに……と残念がっているが、大丈夫、美少女をおかずに食べることができるのだった。美少女はそれくらい万能なのだった。見ているだけで満ち足りるほどの美少女は生きているだけで世界遺産なのだった。

 料理を口に運び、ソース代わりに当然のように美少女を見た。うん。心洗われる。料理が美味しくなる。

 好きだ。

 料理に戻ろうとした時、箸口は何かに気づいた。窓の外で何かが動いた気がしたのだ。

 目を細めたら窓が破壊され何かが飛び込んできて、箸口は仰天した。

 そこから先は衝撃的なことの連続だった。カンフー映画のアクションシーンみたいな状況が続き、美少女はなぜか助けも呼ばずに護衛のそれなりの美少女二人とともに飛び込んできた黒づくめの人間達と戦った。

 しかし美少女の側が劣勢だった。

 あっという間にやる気がある方のメイドは怪我をし、やる気がない方のメイドは重症を負った。

 さらに一番の美少女に兇刃が迫ったとき、箸口は思わず動いていた。

 とりあえず、手元にあった椅子を投げつけ、それから必死に持ち上げた机を投げつけた。

 相手はまったく怯んだ様子さえなかった。

 そして、なんだかわからない言葉を吐いて、美少女に斬りかかろうとしたので、慌てて美少女を護ろうと手を引いた。美少女の肌に触れた瞬間、何かがビリッとした。気にする余裕はなく、箸口は自分の身体を盾にするために美少女を腕に抱えて、背中を敵に向けた。抱きしめた美少女はすごくいい匂いがして、そしてそれ(・・)が起こった。

 気がつくと箸口は不思議な世界にいた。

 目を覚ますとまるで違う場所にいる、という経験は二度目だった。だが今回は前回とは違った。ここには何も無かった。『死』とはこんな感じなのではないか、という状態だった。

 次に感じたのは光だった。

 物理的なものではなく、圧倒的な神々しさと呼ぶべき何かを、箸口の脳は『光』として認識したのだった。

 神々しい圧力が脳内を焼き尽くし、何も考えられなくなったところで微妙に強弱が発生し始め、その波動が意味を成し始めた。箸口と『光』のチューニングがあったようなそんな感じだった。

 なんとか聞き取れた言葉は、


『どうしてお前がここにいる……?』


 だった。

 言葉を認識できてようやく箸口はものを考えられるようになった。

 びびった。圧倒的な存在を前に、箸口は唾を飲み込もうとして、唾を飲み込む口どころか自分の身体がないことに気づいた。ここには身体はなく、だがなぜか自分はいるという確信があった。

 身体がない、ということは自分は死んだのだろうか、と思った。

 だとするとこの世はあの世で、自分は死んで、閻魔大王的なものの前に立たされているのだろうか。

 先ほどまでの見慣れない世界で生きた経験は走馬灯的な奴で、巷間で言われていたように「一生を一瞬で見る」ではなくて、なんだか良く分からない体験をする、というものだったのだろうか。

 いずれにせよ死んだのだとすると哀しい気持ちになった。最初に考えたのは、「死んだらもうあの娘に会えないのかぁ……」だった。名前も知らないとてつもない美少女。生きていても次に会えるのかどうかわからないが、それでもそんなことを考えるほど重要な存在になっていた。


『……いや、違うか。セマルグルがここにいるわけがない、か』


 圧倒的な圧力を放ちながら、全視界を埋める巨大な光がそう言った。理由は分からなかったが言葉には落胆が籠もっていた。

 箸口は慄きながら、必死に、


(あ、あの……)


 と思考した。

 巨大な光が明滅した。宇宙そのものが明滅するように感じた。


『どうした? 言いたいことがあれば言うとよい。本来ならばあり得ぬが、特別に直答を差し許す。お前は人間だな? 我は第六のアイゴス、ソーフィアという。四番目のエーテルシェルを管理している』

(あ、ありがとうございます。私は死んだのでしょうか? それからあの娘は大丈夫だったでしょうか?)

『死? 分からぬ。だが、ここにいるということは霊魂は存在している。となれば人間ならば肉体は存在しているであろう』


 返事をしてくれた。思考は伝わっているのだった。交渉が一切できない幽霊とかではなかったという安堵が生まれた。一方で、ソーフィアと名乗った存在の言葉はわからなかった。何を言っているのかは分かるのだが、言葉の単語の意味がぴんとこなかった。アイゴスとはなんだろうか。エーテルシェルとは一体?

 そこで突然、新たに五つの光が周囲に浮かび上がり、箸口は驚いた。新しく現れた光はソーフィアと名乗った光よりも圧力も迫力もずいぶん弱かった。太陽と惑星ほどの差があった。それがソーフィアの周囲をくるくると回り、


『こちらにおられましたか?』


 と悦びと安堵に満ちた言葉を発した。発したあとも明滅しながらくるくると回り続けた。


『うむ。懐かしい気配があって参ったのだが』


 五つの光の中の一つが箸口の方に向いて(・・・)、怒気を発した。その怒りは、圧倒的な力で箸口を地面に押しつけた。


『無礼者。頭が高い。第六のアイゴスのソーフィア様の御前と知ってのことか!』


 凄まじい圧力だった。身体がないのだから頭などないはずなのに、強力な下向きの力で押さえつけられた。


次回更新は明日の予定です。

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