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5.鮮血女皇は襲われる。


 エスカフローネ二世は窓を見た。窓の外にかすかな揺らぎが見えた、気がした。

 次の瞬間、ガラスが割れる音がして、凄まじい勢いで護衛を兼ねている侍女クリスティーナが反応した。エスカフローネ二世の前に立って破片を払う。

 飛び込んできたのは人間だった。

 エスカフローネ二世は一瞬で現実に戻った。

 飛び込んできた人間は小柄かつ黒づくめで肌はいっさい露出しておらず、黒い布の固まりに見え、黒い手袋をした右手には細い片刃の剣を持っていた。

 侵入者は床に降りることもせずに飛び込みながら迷いなく片刃の剣をエスカフローネ二世に向かって振り下ろし、その刃がエスカフローネ二世の肉体を切り裂く寸前、クリスティーナが抜き撃った剣が間に合った。

 クリスティーナの剣が、相手の剣を削りながら跳ね上げる。

 そこでようやく侵入者はテーブルの上に降り立った。


「何者だ!?」


 クリスティーナが剣を構えて、エスカフローネ二世を護るように立ち誰何の声を上げた。それから、


「陛下は外へ」


 と言った。フアナも慌てて短剣を取り出し構えるが、こちらはずいぶんと頼りなかった。貴族の子女であり、護身術として多少の剣技は学んでいるだろうが、基本的には政治に必要な知識を買われた人間である。この状況で役に立つとは思えなかった。

 いったいどうやってこの暗殺者はここまで来れたのだろう、という疑問が浮かんだ。ここは宮殿の最奥ーー皇主の生活スペースであり、親衛隊によって厳重に護られているはずだった。そう簡単にたどり着ける場所ではなく、何らかの異常事態が発生していることは間違いなかった。

 部屋にいるのは暗殺者以外は自分とクリスティーナとフアナ、それから殺されるはずだった男の四名だった。この食事とこのあと行われるはずだったことが性的な儀式と認知されていたため、人数を最低限にしていたからだった。そのことが良かったのか悪かったのか。大混乱になるよりかはよかったと言うべきか。

 エスカフローネ二世はクリスティーナの指示通りに動くべきか瞬間迷い、


「いや。刺客を窓の外に潜ませ得る相手が廊下で何かを仕掛けてくる準備をしていないわけがない」

「……失礼致しました。仰るとおりです」


 エスカフローネ二世は眉をひそめた。


「刺客が一人ではないようだぞ」


 破られた窓から同じような黒づくめの刺客がさらに二人入ってきた。

 同じような格好をした三人が、部屋のそれぞれの場所で剣を後ろ手に持ち前屈みのままこちらを伺うという姿勢を取った。

 エスカフローネ二世は気づいた。

 三人組の刺客は有名だった。皇国の建国に貢献しその後反乱を起こして族滅されたダラシャンと呼ばれる一族の末裔という触れ込みで、『表』と『影』と『影の影』の三人一組で活動し、精霊バーバヤーガを信仰しその守護を受け、狙った獲物は逃さない、らしい。そして何よりも費用が高額であることが有名だった。

 誰が依頼をしたのかはわからないが、自分を暗殺するためにずいぶん張り込んだようだ、とエスカフローネ二世は内心で苦笑を浮かべた。

 これほどの大金を払ったのだから、相手側の準備は万端だろう。城内が制圧されている可能性さえあった。つまり助けはない前提で動くべきだった。

 改めて最高レベルの暗殺者を自分たちだけで迎え撃つことができるのか自問した。

 確かにクリスティーナは戦士としての能力は高い。だが、それは屋外で充分なスペースがありかつ組織として行動する前提があってのことで、屋内の戦闘に特化した暗殺者にどこまで対抗出来るのかと問われればかなり難しいだろう。

 そしてフアナと自分は戦力にはなり得ない。

 唇が自然と歪んでいた。

 なるほど。詰みだ。相手はどこの誰かは知らないがうまくやったようだった。これほどの計画をどこの誰が立てたのだろう、とエスカフローネ二世は首をひねった。最初は前皇弟、つまり父皇の弟、エスカフローネ二世にとって叔父に当たるイルナバロ公爵の関与を疑っていたが、彼にはこれほど周到な計画は立てられないだろうから、関わっていたとしても首謀者ではないだろう。彼が首謀者であれば行動と同時に大混乱が沸き起こりそろそろこの辺にも火が回っている頃だ。何しろ派手好きで、自分の趣味は何よりも優先する頭が悪さが売りだ。金額的には大貴族が関わっていることは間違いがなく、大貴族でエスカフローネ二世を排除したい人間は、ほとんど全員と言っていいから、考えるだけ無駄だった。

 わかった。私はここで死ぬ。

 あとは皇主としてふさわしい最期を飾るだけだった。


次回更新は……今日か明日……!

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