49.おっさんは思いつく。
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箸口はダラシャンの村に留まっていた。やらなければならないことは色々あったが、主な目的は黒鱗病を排除する方法を探ることだった。ダラシャンの人々は箸口の配下になったわけだし、そうする必要があると考えたのだった。加えて飲み込んだままの巨人のエーテルパターンの処理をしなければならなかった。さらに箸口は自らの力不足を対応する手段も模索しており、とにかく大忙しだった。
力不足に関してはダラシャンに技を習ってみようかと思ったが、少しやってみて箸口は自分の運動能力の低さに絶望した。ダラシャンの皆が申し訳なさそうな顔をしながら、キレッキレの技を実演してみせるのを、たぶんダラシャン以上の申し訳ない気持ちいっぱいで見ることになった。とても真似はできないと思った。
一方で信仰魔術が身体にどのように影響するかを視ることができた。ダラシャンの信仰魔術はバーバヤーガに対するものであるが、目の前でダラシャンの若い女性が魔術を実際に魔術を発動し、それをエーテル界の『目』で視ることで、魔力がどのようにバーバヤーガのエーテル構成体に至り、それが変質して戻ってきて術者のエーテル体に還流するのを、段階ごとに確認することができた。エーテル界では距離という概念が不変なものとしては存在しないため、バーバヤーガの影響は一瞬で術者のエーテル体にもたらされ、術者のエーテル体の一部を変質させる形で発現することで、本来の肉体とエーテル体の組み合わせではあり得ない奇跡を発現するのだ。
流れを確認した箸口は、
(……ノイズが乗っているな)
と気づいた。バーバヤーガからの還流魔力にほんのわずかだが異質なものが混じっていた。それは巨人のパターンに酷似していた。
カリンに訊ねると、やはり少し驚いた感じで答えた。
『このような状況は私も初めて見たのですが……おそらくですが近くに巨人の根がありその影響だと思いますね。より密度の高いエーテル構成体は周囲のエーテル構成体に影響を与えます。バーバヤーガと巨人が影響し合えば、バーバヤーガからの魔力の流れに巨人の魔力が混ざっても不思議ではないでしょう。とは言ってもそれなりの密度を持つ精霊種のエーテル構成体にこれほどの影響があると言うのは妙ですね。少なくとも巨人が活性期に入っている必要がある、と思われますが……不思議なのは、巨人の存在が非常に希薄であるということですね』
『……どういうこと?』
『どういうことでしょう? 私にもわかりかねます』
『巨人の本体はどこにあるか分かる?』
『……わかりませんね。方向はある程度わかるんですが』
『じゃあ、バーバヤーガの還流魔力から巨人の影響を排除することはできない? たぶんそれをしないといつかまた鱗が出てきちゃうよね?』
『そうですね……信仰魔術の魔力供給のルートをエーテル界の別の層に移せば可能ではありますが、賛歌の構築が再度必要になりますし、大変ですよ』
『うはぁ……でもがんばってみるかぁ。一応、責任がある気がするし』
『ではがんばってみてください。繰り返しますが大変ですよ』
『……魔力のルートの再構築かーー』
箸口は考え込んでふと思いついた。
『あれ? そういえば、魔力って肉体の中にあるときは揮発してないよね?』
『え? しないですよ。したら大変じゃないですか。生きているだけで死にますよ。魔力は肉体とエーテル体とのやりとりも媒介していますからね。魔力は世界に出したときのみ、存在し続けることができず揮発します』
『じゃあさ、魔力を使って自分のエーテル体を弄れば、それって半永久的にそのままってこと?』
『不自然な変更ならばエーテル体は自然な状態に戻ろうとするのでそれを固定するのに魔力は消費されるでしょうがーー消費量は減るでしょうね』
箸口は何度か頷いた。
『それだな』
『どれです?』
『俺の魔力が足りないって話だけど、霊兵装を、エーテルシェルにいたころと同じ感じで外に出したから想定以上に魔力が消費されたんだよ』
『それはそうでしょう。それが?』
『それってつまり肉体の中に霊兵装を出せば問題解決ってことだよね。魔力の消費はすごく減るんでしょ?』
『……は? 肉体の中に霊兵装、ですか??』
『そう。魔力は消費されなくなるんじゃないの?』
『いや、肉体の中ですよ?』
『だからそう言っている』
『肉体の中ってのは肉体があるのではないですか? そのどこに霊兵装を出すんですか?』
『に、肉の隙間とかーー』
『言っている意味が分かりません』
『でもそれくらいしか俺が霊兵装出す方法ないじゃん。普通に出したら十分くらいで魔力がゼロになってぶっ倒れるよ?』
『……ソーフィア様のおわせられる第四のエーテルシェルに戻ればいいんじゃないですか? 今なら皆ハシグチを快く迎え入れてくれると思いますよ』
『……いや、それ俺がこっちに戻ってきた意味ないことになるじゃん。無駄じゃん』
『だから無駄だと言っています』
『それはいやなんだよ! だって助けてあげたいし!!』
気がつくと目の前には、演武を終えたダラシャンの女性が戸惑った顔で立っていた。
脳内でカリンと会話していた自分はたぶん奇妙な感じだっただろうと気づいて箸口は慌てて礼を伝え、それから賛歌の修正と先ほどの思いつきの実現を目指す生活が始まった。
訓練は過酷だった。何度も心が折れそうになったがその度に影狼を前に無力感に打ちのめされていた自分を思い出し泣きそうな顔で訓練に戻った。
一室に閉じこもってたまにうめき声を上げる箸口をエスカフローネ二世は部屋の外で困惑と心配の表情で見守ってくれた。
箸口が食事と睡眠以外は部屋に閉じこもったまま二日たった昼間、突然箸口は部屋から飛び出してきた。
驚くエスカフローネ二世の前を箸口はそのまま駆け抜けて、家の外に出た。
東を遠望し、
「なんだ、これ……」
恐ろしい巨人の気配があった。
それから箸口は自分の身体を見た。
自分の身体の中に押し込められたままの赤黒いエーテルが蠢いていた。
もう一度東を見た。
同じ気配の、だが恐ろしいほど強い存在感が感じられた。
突然地面が揺れた。
箸口は「うわ。地震だ」くらいの感覚だったが、他の皆は全員激しく動揺し、悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。何が起こったのかわからないようでうろたえて恐怖に満ちた目で周囲を見回した。この世界にはいわゆる地震が無いのかも知れなかった。
だからそれは世界に脅威が出現したことを伝える虚神アヌの身震いだった。
読んでいただいて有り難うございます。




